68「王都へ-2」
急に暑くなってきました。皆さんも体調にお気をつけください。
シンシアの父親、この国の王。
聞いた話によれば名前はマイン・オブリーン。
若いころは冒険に明け暮れ、今王家にある財産のいくらかは彼が冒険で持ち帰ったもので生み出したものだという。
その傍らにはいつも一人の女性、シンシアの母親がいたらしい。
母親側の出自は少々ややこしいらしく、
大手を振って王の妻となったわけではないようだった。
いずれにせよ、数々の実績を持った賢王というよりは冒険王とでも言うべき王か。
ただ力で制圧するのではなく、自らの経験を元に、
無意味に争うことへの不利益を意識させ、外交で国を守ってきたといえる。
その力は遅い子供となったシンシアの姉やシンシアたちの成長に従い衰えてはいるが、
今もなお、王の迫力は健在……の予定だった。
「ここ数年は病に伏したまま、か」
「はい。教会の方や、私の魔法で一時的には元気になるものの、すぐに体調を崩す、ということを
ずっと繰り返していますわ」
いきなり現場にいっても意味がないと思った俺は、シンシアから病状を聞きだすことにした。
状況としては、ずっと回復魔法をかけ続ければ問題なく動ける、ということのようだが、
現実的な話ではない。
しかも、完全な状態から体調が悪くなるのは早いが、重症になるまでは、時間がかかるらしい。
放置してもすぐには死亡に至らない、とは……これはどう考えても……。
(何者かの王への実質的な暗殺行為……だが)
恐らくは放置しても王は死亡しない。
なぜならば、下手に王が死亡した場合、
国は新しい王、この場合は女王の元に固まる可能性が十分にあるからだ。
この病気を仕掛けた犯人はそれを望んでいない。
致命傷となる傷を負わせたり、猛毒ではない辺りがいやらしいといえる。
「なるほどな。他に変化は?」
「特に他には……病気で加減が出来ないのか、寄りかかったテーブルを壊してしまったり、
グラスを砕いてしまうことは度々。先日は温かい薬湯の入ったコップを砕いてしまい、
指輪ごと手にかかってしまいました。見ていても痛々しくて……」
その情景を思い出したのか、目元にハンカチらしきものを持っていくシンシアの姿に
侍女も顔を伏せる。
(んん? ユーミ、MDのアクセサリー系統の情報なんて見れるか?)
『もちろん。えいっと!』
頭の中でユーミに問いかけると、軽い掛け声とともに脳内に
何かが入り込んでくる。
不快なものではなく、ただの情報だとなぜかわかった。
脳裏に展開される無数のアイテム情報たち。
俺は考える振りをしながら、思い立った項目を確認していく。
MMORPGのジャンルにふさわしく、多彩な装備のMD。
武具であればその属性攻撃や特殊効果でダメージをより与える。
アクセサリー群は一癖あるそのメリット・デメリットを良く考え、
適切なものを付け替えるのが基本だ。
もちろん、そのアイテムたちは様々な能力を持っている。
例えば、代償が必要だったり、効果の発動に条件があったりと。
中には禍々しい名前の武具だって勿論あった。
そう、RPGといえば伝説の武器であり、呪いの武器だ。
アクセサリーにだって力と引き換えに代償が必要なものがある。
その代償は大概はちゃんと条件を満たせば十分メリットが上回る中身だ。
ただし、ゲームの中でプレイヤーという前提で条件を満たせれば、だが。
「良くわかった。どこまで出来るかわからないが、
お会いできるならばすぐにでも」
「ああ……!」
王の病状にアタリをつけた俺はシンシアに丁寧に答え、
彼女の笑顔を作り出すことに成功する。
アルスも喜びを顔に出し、うなずいている。
こうなったからには何かしら良い結果を出さなければいけないと
強く感じさせる姿だった。
「王女様。いくら王のためとはいえ、このようなどこの馬の骨ともわからぬ者をここに招くとは……」
「よい。宝珠は青いまま。危険は無い。そうであろう?」
シンシアの先導を受け、向かった先で唐突に浴びせられた負の感情、
そしてそれを制す重い声。
寝室というには広すぎる部屋の奥のベッドで半身を起こしたままの
壮年の男性、この男性がマイン王だろう。
髪に白いものが混じり、年齢を感じさせる。
そして自分に暴言とは言わないが、良くは無い感情を向けてきているのは
身なりからしてそれなりに位のある貴族と推測した。
王の左右には女性3人。
一人はシンシア。他の二人は彼女の姉妹だろう。
王の一番そばにいるのが第一王女、今の国の代表となるに違いない。
第三王女はまだ幼さの残る少女だ。
何が出来るわけでもなく、かといってこの場にいないわけにはいかない。
そんな緊張が見て取れる。
第一王女は王を心配しつつも、場の立場を考えてか、気丈な表情だ。
「ええ、もちろん。アルスとともにかの火竜ですら退けた力の持ち主ですわ」
周囲へのけん制も含めてか、シンシアはやや事実を誇張して口に出す。
他にも侍女や兵士などがいる部屋が、静かな中にもざわめきに満ちる。
それだけこの世界でもドラゴンが強大な存在だということだろう。
「シンシア、彼は偉大な回復魔法を使えるというのですか?」
「そうではありません。……発言失礼しました。微力ではありますが、
世界を回り多少の知識は持っておりますので、何かお役に立てればと」
意外にも問いかけを口にしたのは第一王女だった。
その声は高いものの鋭さと力があり、現状維持を進めるようには見えない気丈さもあった。
それだけ国の重責というものは足かせとなると言うことだろうか。
こちらを見る瞳の中に、一縷の何かにもすがろうという感情を見た気がした俺は
思わず声をだし、場を思い出して丁寧に言い直す。
ついでにといってはなんだが、説得力を持たせるべくアイテムボックスから
外見が無駄に豪華な瓶に入ったポーションに見えるそれを取り出す。
「ほう……それは何かな」
「南方……清廉なる泉にのみ住まうという水の精霊、古の意志に至ろうかという
存在から譲り受けた一品です。どんな心の病からも救い出すという霊薬ですね」
つらいだろう体調不良を表に出さず、気丈に王として振舞う姿に、
俺はこれが本物かと感動を隠すことなく、そのポーションを説明する。
ゲーム的に言えば万能薬プラス魔力回復薬といったところだ。
クエストで入手したり、特定の素材を集めるとNPCが作成してくれる、
上級ポーションの類。
貴重品だが、どうせ使うのにためらうことが多い性格の俺だ。
ハッタリをきかせるのにも十分役立つだろうこの場で使うことにした。
「そんな得体の知れないものを!……!!」
文句を言ってきた貴族の動きが止まる。
当然だろう。
俺はポーションの蓋をグラス代わりに一部を飲み干したのだ。
約2割といったところだ。
中身を飲んだことを示すために掲げたグラス部分が室内の灯りを反射して、
まるで宝石のように光り輝く。
元々、一気飲みか蓋をグラス代わりに飲む物であり、蓋にも
豪華といえる装飾が施されている。
見た目も様になっていることだろう。
「……これでよろしいですか? ご心配ならグラスはこちらの物を使えばいいでしょう」
俺の前に立ったシンシアにささげ物をするようにポーションを手渡す。
「さ……お父様」
「うむ……なんと……」
王は一口含んだとたん、驚きの声を上げる。
効果は覿面である。
顔色は悪いままだが、その瞳には力が戻り、
全身から放たれる気迫は一流の冒険者のそれと十分渡り合えるものだ。
周囲の人間にもそれがわかるのか、明らかに動揺の気配が広がる。
「お体はともかく、気力はこれで十分かと」
「うむ。癒しの魔法では体調は戻っても気力は戻らないのでな。大儀であった」
頭を下げ、そう言った俺にかけられる王の声。
俺はその内容に疑問を抱き、顔を上げる。
こちらを見るその顔は『結果に満足している』という顔だ。
……冗談ではない。
部屋に入り、こちらを見る王の指にはまった指輪のうち、
1つを見た俺は確信を深めていた。
体調不良の原因が特定できたのである。
それがここで話が終わっては意味が無い。
「マイン王。これで終わりではありません。これからが本番です。
今のはただのお近づきのなんとやら、というものです」
周囲が、シンシアやその姉妹を含めてどよめきに包まれるのを感じながら、
俺はまるでステージに上がったマジシャンのようにポーズを取り、
外套や腰の装備、危険と思われるものすべてをその場に置き、
王を見て口を開く。
「そのためには少しお手をとらせていただきたいのですが」
俺がいきなり装備を解除したことに
驚いていた周囲も、続く言葉に納得したのかそのざわめきを収める。
「うむ。許す」
誰かが文句を言う前に力の増した王の声が響き、
俺はそれに頭を下げ、ゆっくりとベッドに近づく。
そして、差し出された右手をゆっくりとつかむ。
「……立派な指輪達だ。これ1つ1つでも何か謂れでも?」
「勿論だ。ああ……人差し指の物は献上されたものだ。長いベッドでの生活の内、
食い込んだのか取れなくなってしまったがな」
何気なさを装った俺の質問に、自嘲気味に答える王。
(献上品……ね)
俺は予想通りの結果、そして原因を前に、内心ほくそえんでいた。
(だからこういうお家騒動は面倒だというのに……)
献上されたというところで反応した一人の男。
だがそれは何かがバレたという顔ではなく、
王が口に出してくれたことへの喜びのようなものだ。
もしこの指輪のことをわかって献上したのであれば、
演技がうまいというどころではない。
ということはあの貴族は直接の犯人ではないということだ。
恐らくはまだ、裏がある。
「……残念ですが、宝珠はこの場にいない悪意まではわからないようですね」
「む? そう……かもしれんな。範囲の外に誰かが悪意を持っていてもさすがにわからん」
気力が戻り、若さも戻ってきたのか若干フランクな感じの混ざってきた
王の言葉を聞きながら、俺は診察をするかのように王の手をとる。
(ユーミ、パーティー申請ってどうすればいい?)
『勧誘コマンドを実行してください。なーんてね。自分を、分け与えるようにイメージしてみて』
俺は言われるままに意識を集中し、俺の中にある何かを分けるようにして
目の前の王にそれを伸ばす。
「ほう……」
王はユーミが見えるのか、あるいは何かを感じたのか。
俺が何かを言う前に伸ばされたそれを受け入れ、
俺と王との間にラインのようなものが出来上がるのがわかった。
すぐさま王の体力などのステータスらしきものが虚空に現れ、
魔力は全快し、体力が10分の2ほどであることが見て取れる。
そして触っても詳細のはっきりしなかった指輪のデータが
俺の目の前に現れる。
──ポイズンリアクター
戦闘中は10秒ごとに最大HPの1%がダメージとして生じる代わりに、
STRが20%上昇。ただし、このダメージでは死亡しない。
そんな中身だ。
自然回復があったり、回復前提のゲームではメリットだけが目立つ呪いの指輪。
MDのままではないところは、平時でも一定時間ごとに割合ダメージと追加されているとこだった。
試しに引き抜こうとしてみるが、わずかに指の皮ごと動くだけで取れる気配は無い。
(やはりか……だがパーティーが組めればこちらのものだ)
唐突だが、俺のアイテムを素材、精霊に戻す手段は今のところ自分の物にしか発動しない。
敵対した相手の武器をつかんでいきなり消す、といったことが出来ないのは
これまでに実験したとおりだ。
簡単に言えばMDにおけるPKやそのルート対策が適用されているということだ。
だが、パーティーの装備した武具は例外になる。
貸し借りや戦闘中の連携をゲームのエッセンスにするためだ。
混乱の状態異常となった味方の武器を叩き落としたり、
眠りに落ちた味方の武器を借りて敵を倒す、など等。
パーティーメンバーであれば制限を越えて干渉できる。
それは呪われてはずせない武具ですら同じ。
【外せない】ことと【干渉できない】こととは別なのだ。
「始めます。ああ……誰か王に回復魔法を」
唐突な俺の言葉にも、シンシアは待ってましたとばかりに駆け寄り、
高らかに回復魔法の詠唱を始め、その力を王に向ける。
王が光に包まれ、俺から見えるゲージもその赤さを増し、
8割ほどに戻ったのがわかる。
が、すぐさまその長さが減少を始める。
思ったよりも早いその始まりに驚きながらも、俺は指先を王の指輪、
献上されたという紫色の宝石のはまったそれに向け、石の部分をつかむ。
「失礼します。精霊還元!」
砂が崩れるような静かな音を立て、指輪が消え去る。
一瞬、何かのうめき声を聞いた気がするが周囲に変化は無い。
俺の声が響いた後の部屋には何も起こらない。
……何も。
「何もないではないか! っ! 貴重な指輪を壊しただと!」
件の貴族が叫ぶが、確かにそのとおり。
俺がやったことはただ指輪を壊したに過ぎない。
「どうです、王。お体は」
俺は笑みを浮かべて王を見る。
最初は驚きに自らの手を見ていたマイン王だが、
次に胸に手をやり、神妙な面持ちで深呼吸をする。
「貴様! 何を!」
なおも叫ぶ貴族をからかうかのように振り返り、
件の貴族を見、後に周囲の人間に意地が悪いと言われた笑みを浮かべる俺。
「いえ、何も起きていませんよ? ええ、何も」
続けてシンシアを、そして姉妹の王女達を見る。
最初に気がついたのはシンシアだ。
さすがに王に自ら回復魔法をかけていただけのことはある。
自らの魔法が、今まであまり良い結果を産んでいなかったことに
意気消沈していたのは彼女自身だからだ。
続けて近くにいる二人の王女も気がつく。
そう、時間とともにすぐに悪くなるはずの王の体調にすら何も起こっていないのだ。
「ファクト……と言ったな。素晴らしい。あの苦しい日々が嘘のようだ。
このようなすがすがしい気分はいつ以来だろうな」
今の王の体力は全体の7割ほど。
完全ではないが、安全圏といえる十分な値だ。
先ほどまでの顔色はどこへいったのか、
全身にみなぎる気力と、戻った体力は王の纏うオーラを本物のそれに戻していた。
立ち上がり、自らの足で1歩歩み出たその姿は
身なりは寝巻きに近い王としては質素と言えるものだが、まさに王。
「おお……」
叫んでいた貴族は元より、周囲の人間は膝をついた。
俺も形ばかりではあるが、周りに習って頭を下げるのだった。
最近のオンラインゲームだとデメリットばかりの呪いのアイテムがあるのがちょっと残念です。