66「ドール・ジャングル-4」
いろいろあって思うように書きあがりませんでした。
できればそのうち改稿したいところです。
(ここは……突撃した部屋か?)
ぼんやりした思考と、少しぼやけた様子の視界。
力が抜けかけたのか、一瞬足の踏ん張りが無くなる。
がくんと崩れそうになった姿勢をあわてて戻し、体が動くことを確認する。
「みんな、無事かっ!?」
いるであろう敵の注意も集めることになるが、
今は3人の意識を取り戻すことが先決だ。
手に持ったままのスカーレットホーンを構え、
周囲を見渡すと俺の前にアルス、左後ろにキャニーとミリー、という配置だった。
「え? シンシア? え?」
「戻ってきたの……? うう、まだ何か這ってる気がする」
「ちょっと……厳しいかな」
息も絶え絶えに状況が理解できていない様子のアルスに、
何もついていないのに何かを叩き落とすように手足をばたつかせるキャニー、
そして口調が通常のものに戻っているミリー。
状況的に3人ともまともに例の攻撃を受けたに違いない。
「罠に見事にはまったようだな。で? お前がまとめ役ってことでいいんだよな?」
俺はアルスに近寄り、荒い呼吸のままに上下する肩に手を置き、落ち着くように仕向ける。
同時に、スカーレットホーンを正面のテーブルの上に立つ、
黒いオーラが見える、ひときわ大きな人形へと突きつける。
その姿は森で出会ったアリス姿。
だが目は赤くルビーのように光り、手には黒い黒曜石のような光を放つナイフを持っている。
「魔法生物ってことですか? でもあんな人形が……」
「何、やろうと思えばしゃべる剣だって作れる」
人形は答えず、その代わりに物陰から次々とほかの人形たちが出てきた。
と、リーダー格らしいアリス人形がこちらを見た気がした。
視線を向けると、部屋に声らしきものが響き始めた。
『失敗した。失敗した。領主様が悲しんじゃう。悲しんじゃう』
「何なのこれ。領主ってここにいたっていう貴族のこと?」
どこか壊れたようにも聞こえる声に、キャニーがアイスコフィンと
別のダガーを構えたままで聞いてくる。
「敵の動きは無し。迎撃……する?」
「……来る!?」
戸惑いを含んだミリーの台詞をさえぎるように、アルスが叫ぶと
周囲の人形がにわかに武器を構えなおすのがわかった。
『失敗駄目。駄目。全部、もらう!』
「なんだと!?」
まっすぐに飛び掛ってきたアリス人形のナイフをスカーレットホーンで
危なげなく受け止めた……はずだった。
甲高い金属音とともに、予想外に恐ろしいほどの力で俺は受け止めた
スカーレットホーンごと、数歩分押し戻されていた。
「魔法で強化してきている! 人間大だと考えろ!」
振り払うようにしてかみ合ったままのナイフとアリス人形ごと
俺はスカーレットホーンを振るう。
まるで熟練の戦士のように、吹き飛ばされながらもふわりと後退した
アリス人形がこちらを見てまた笑った気がした。
「ここは任せてください」
「……わかった。任せるぞ」
俺とアリス人形の間に割って入り、片手剣を構えたままで言うアルスに俺は答え、
別の人形へと意識を向ける。
アルスの胸元で光を放つ赤い炎。
貸したままの指輪だ。
といっても、防御用の指輪に何か力があるわけではない。
アルスに眠っていた力、炎系統への属性攻撃の才能が目覚めてきたのだろう。
英雄の条件は努力できること、そして才能があるかともいえる。
……彼のように。
「ファストブレイク!」
鋭い声とともに、アルスの剣がアリス人形へと迫り、
アリス人形は器用にナイフの位置を変え、フェイントとなる一撃目と
本命の二撃目、両方を防ぐ。
それなりの品質であるはずのアルスの剣を受け止めても、
黒いナイフは欠ける様子が無い。
あれ自体も何かのマジックアイテムなのかもしれない。
そんな俺の思考を切り裂くように、周囲の人形が襲い掛かってきた。
その動きはまるで空中に足場でもあるかのようだ。
だが、その動きはどちらかといえば緩慢だ。
「あいつ以外は動きが悪いようだな」
ふわりと左上から降ってくる人形を、1歩下がりつつ救い上げるようにして
赤い刃で斬りつける。
戦闘能力も差があるのか、ドレス姿でありながら包丁を構えた人形が無防備な形で
剣をまともにうけ、両断される。
「上!」
「……足元も来てる」
(連携が取れている? いや、この感じは……彼の語ったとおりか)
孤立しかけた俺を襲う人形を2人が迎撃してくれる中、
俺はひとつの仮定を確かなものにしていた。
恐らくは幻覚となるあの世界で触れた日記からわかったこと、
それはこの場所が偽りの姿であること。
また、この人形たちはすべてが魔法生物というわけではなく、
ほとんどの人形は本当にただの人形だと推測できる。
つまりは……。
俺はきっかけをつかむべく、アルスに向けて叫ぶ。
「このっ、よくも!」
単純に評するならばアルスは苦戦していた。
見た目はアルスの太ももほどの大きさのアリス人形だが、
その攻撃は重く、まるで巨漢を相手にしているようだった。
見た目とのギャップに間合いを読むのが困難であり、
攻撃を仕掛けていながらもどちらかといえば防戦気味といえるアルス。
だが彼はあきらめることは無い。
湧き上がる怒りを力に変え、剣を振るう手を止めない。
あんな思いは現実にはしたくない、そんな気持ちからだ。
アルスが受けていた攻撃は幻覚。
ただし、現実としか思えない状況がアルスの思考を奪っていた。
目の前でさらわれるシンシア。
追いすがろうにもなかなか追いつけない。
無限とも思える追跡の途中、襲い掛かってくる影をアルスは切り捨て、
その度に少し離れる距離を必死に詰める。
時につまづき、こけそうになるもシンシアを抱える黒い影は
遠ざかるわけでも彼に近づくわけでもなく。
わざと見える位置で息を切らすアルスをあざ笑うように影が笑うのは彼にもわかった。
あせりと、シンシアを失うことへの恐怖が彼の叫びを誘う。
結果、人形たちの狙いと真逆の結果を生むことになる。
(あれがなんだったのかはわからない。でもなんとかなる!)
キャニーは思考しながらも、ミリーとともに人形を迎撃する。
獰猛な動きで襲い掛かるモンスターも恐ろしいが、
小さな姿で急所を狙ってくるこの人形たちも恐ろしい。
人はあっさりと死んでしまうのだと、キャニーは身をもって知っている。
それは彼女と同じく組織の中で育ったミリーも同じであろうことも。
相手は人形だとわかっていても、昔同じ境遇の子供を相手に
命がけの訓練をさせられたことをキャニーはどうしても思い出してしまう。
いつか自分に帰ってくるだろう汚れた所業。
(だからってあれはないわ、あれは)
戦いながらも身震いしてしまいそうな先ほどの光景。
じめじめとした洞窟の中で、
無数のスライム等の粘液を吐き出してくる相手との戦闘だった。
倒しても倒してもきりが無く、
だんだんと全身が粘液でまみれていく。
一人ではなく、ミリーと一緒だったというのが救いではあったが、
気持ち悪さに違いは無い。
「右前方、数三」
死角をカバーする形で聞こえる妹の声に、キャニーはその武器を迷うことなく振りぬく。
手ごたえといえるほどの手ごたえもなく、両断されていく人形。
「アルス、こっちへ!」
と、部屋に響くファクトの声。
自分とミリー、2人の間に移動するファクトの右に立ちながら、
キャニーは何が起きるのかとその視線をファクトに向けた。
アルスがファクトの声に従って間合いを取り、
4人が一塊になったとき、風が部屋を満たす。
「パニッシャー・ウォール!」
全員がスキルの範囲から外れることを確認し、
けん制用となる範囲攻撃スキルを発動する。
近接武器であればどれでも使用可能なスキルだ。
威力はゲーム的に言えばほとんど無い。
その主な効果はノックバック。
威力はわずかなダメージではあるが自らを中心に発動し、ドーナツ状の範囲で
すべてを吹き飛ばす。
MDでは相手がただ吹き飛んでいたが、今使うとその正体は
気迫というか、そういったものが物理的な衝撃波となっているのがわかる。
多くの人形を吹き飛ばし、壁の装飾品が揺れる。
唯一、アリス人形だけは床に足をつけたまま、すべるように後退しただけだった。
「なんでこれまで使わなかったのよ」
「武具も作ってスキルも使えるって目立ってしょうがないだろう?」
責めるようなキャニーの声に、俺はアリス人形をにらみながら答える。
「……大多数が沈黙。残存……一?」
「あの人形がほかを操っていたんですか?」
2人が言うように、アリス人形以外の人形は壁にたたきつけられたまま動かない。
俺は1歩前に出ると、スカーレットホーンの切っ先をアリス人形に突きつけ、
種明かしをするように口を開く。
語るのは日記から読み取れたこの悲劇の真実。
元々ここにいたのは、大切な領民と国のために長生きできればと考えた貴族。
より土地を知った人間が長期に、かつ計画的に統治できれば
それに越したことは無いと考えたのだ。
彼は政務の傍ら、さまざまな薬を求めたり、書物を読み漁った。
きっかけはともあれ、
ひょんなとこから手にいれた書物に人形を様々に手伝ってくれる
魔法生物としての侍従を作り出す儀式を発見する。
その効果は劇的なものだった。
掃除はするし、庭木の手入れもする。
わずかずつ魔力を食い続けるものの、疲れもしないその人形たちは働き続け、
貴族の好きにできる時間は増えていった。
だが、人形たちは段々と妙な自我を持ち始める。
貴族の食生活に口を挟むようになり、政務のやり方も小うるさく指摘する。
見かねた周囲の執事やメイドが貴族に人形の使役をやめるよう進言するが、
気がつけばその文句を言っていた人間は行方不明になる。
ついていけないと辞めるわけではなく、行方不明という不気味な形で
いなくなる同僚に恐怖を覚え、徐々に減っていく屋敷の人間。
貴族は本当に自分ひとりになる直前に、
古くから仕えてくれていた執事へと手紙を託す。
内容は自ら国に申し出る形での引退。
後は国が適切に状況を処理してくれることを期待して……。
最後には貴族ひとり。
そして力を振り絞って人形へと命令を下し、
無数の人形ごと屋敷を離れる貴族。
「ここまでは日記に直接記されていた。後は……彼の意識が語ってくれた」
こちらを警戒しているのか、動きを止めたままのアリス人形を見ながら続きを口にする。
結論から言えば外への誘導は失敗。
人形はこれまでの命令を屋敷と自分の維持、と解釈していたのか、
貴族の魔力が弱まるとともに最後の命令に従わず連れ戻されてしまう。
魔法使いといえるほどの力は無かった貴族は消耗し、
その命は尽きてしまう。
だが人形はそれでも開放されない。
命令を守るべく、そして自らを維持すべく魔力を求め、
その魔力で屋敷を維持していった。
一体、また一体と人形は動きを止め、
最後に残ったのはこのアリス人形。
「それでも魔力が足りるはずが無い。うっかり近寄ってしまった
不運な人間は捕まってしまう。庭木はそういうことだろう?」
そう、人の背丈よりわずかに高いあの庭木達は捕まった人間の成れの果てだと
日記に宿った意思、元貴族の男は語った。
隠すつもりが無いのか、不気味に笑うアリス人形。
その姿はすでに人形というよりは新しいモンスターだ。
「理由があるからって罪の無い人たちを!」
アルスが叫び、俺が止めるまもなく人形へと切りかかってしまう。
再び始まる攻防に、俺は下手に乱入できずにいる。
相手の大きさ的に、2人以上で戦うには向かないのだ。
「アルス、そのナイフはただのナイフじゃない。剣に魔力を込めるようにして斬りつけろ!」
「はいっ!」
俺と同じく、様子を伺う姉妹と3人でアルスの戦闘を見守る。
スキルを使うときのように、アルスの呼吸が変わり、
俺の目には剣にいくつかの精霊が吸い込まれるのが映った。
ほのかに赤く光る剣はアリス人形のナイフとぶつかり、
鈍い音を立ててナイフの表面を削っていく。
「ツイン……ブレイク!」
力強い声とともにアルスのスキルが発動し、人形の腕と、ナイフにそれぞれ剣が食い込む。
音を立て、黒いナイフは二つに砕け散ると同時にアリス人形も無言で
そのまま床に落下した。
その体は火をつけられたように燃え上がり、灰となる。
断末魔の声を上げるでもなく、その活動を止めたのだ。
とたん、響く重い音。
心なしか足元がゆれている気がする。
「地震……か?」
「ファクトくん、見て!」
つぶやく俺に、必死な様子のミリーの声が届く。
振り返れば壁に立てかけてあった絵が色あせ、朽ちていく。
よく見れば周囲の家具も急激に荒れ果てた様子となり、
まるで長年の劣化を一気に進めるように崩れ落ちる。
その姿に俺はこの屋敷達が偽りの姿であることの真の意味を知る。
「3人ともこっちへ! 上をぶち抜く!」
返事を待たず、スカーレットホーンを上空へと構え、剣に魔力を注ぎ込み、叫ぶ。
「赤き暴虐の角!!」
屋敷の崩れる音と合わさるように轟音が響き、
赤い光の奔流が屋根を貫き、空へと踊った。
「けほけほっ、もう、ファクトくんは乱暴だなぁ」
「ま、しょうがないでしょ」
「うう……埃だらけです」
床がそのまま落下したのは幸運と言うべきか、
俺たちは埃に包まれながらも無事に日の光を浴びていた。
見渡せば瓦礫の山、荒れ果てた庭。
そして服を着たままの骨、骨。
「犠牲者たちか……この数は俺たちだけじゃ無理だな」
埋葬するにも人手が足りない。
一度町に戻るべきだろう。
「ボク達は馬を取ってきますね」
「ああ……ん? これは……」
瓦礫を乗り越え、馬を迎えにいった3人の背中を見ながら、
一歩進んだ足元に妙な感触。
見れば足元にあった人形の残骸からこぼれ出ているビー玉のような小さな玉。
手に取ると浮かぶアイテム名と情報。
(この名前……そういうことか)
浮かぶのは『心の隙間を克服せよ』という一文。
これはMDにおいて、子供に悪影響があるとして、
実装まもなく中止になったクエストだ。
登録時のアンケートやゲームプレイ結果から苦手なものやシチュエーションを
蓄積し、プレイヤーごとに違った展開を見せる画期的なクエストだった。
だが、ある程度の大人ならともかく、子供にとって
苦手な物と相対するというのは相当のストレスだったのだろう。
精神的なショックを受けたという報告が続出したのだ。
『お帰りなさい。下手にしゃべるだけで狙われそうなんだもの。めんどくさい話よ』
「ああ。仕方ないさ。それよりも、こいつなんだが」
耳元に浮かぶユーミにその玉を見せる。
『全部仕込みってことかしら。それにしてもクエストまで……遺物にしても変な話ね』
「できればラスボス的なあいつらが出てくるクエストは遺物になっていてほしくないものだが……」
ほかにそれらしきものが無いことを確認し、
俺も庭の出口、森との境目あたりまで歩き出す。
森から吹く風は、命の気配が戻っている気がした。