63「ドール・ジャングル-1」
タイトル的に既にネタバレな気もしますが、そこはお約束ということで。
結論から言えば、俺の予感は半分だけ当たった。
「はい、こっちがシンシアからの紹介状。免状って程じゃないけど、
大体の相手は話ぐらいは聞いてくれるんじゃないか?って。
さっきまでシンシアもいたのよ?」
手渡された封筒の表には見慣れない印。
恐らくはこれはこの国か、シンシアが使える押印の一種なのだろう。
品質のよさそうな折りたたまれた紙を開くと、
同じ印の押された書類としての文面。
ざっと見た限り、キャニーの言うように、この書状を持った人物は
自分と交友があり、国を超えた益となる調査をしているので通常業務に支障のない範囲で
調査各種に協力するようにとなっている。
支障のない範囲で、といいながらもシンシアの名前と立場を考えれば
協力しないと言い切る相手はなかなかいないだろう。
むしろ、どこまで協力しろ、とラインを上に設けない辺り抜け目がない。
「これはありがたいな。それで、アルスのほうは何の用事なんだ?」
「はい! お二人には既に説明させていただいたんですが、ボクの行う調査に同行いただきたいんです」
(……調査?)
俺の疑問がそのまま顔に出ていたのか、アルスは苦笑しながら手に持っていた書簡の中身を見せてくる。
中身をまとめると
・この街と王都の間に元貴族の屋敷と領地がある。
・領地は既に他の管理下に切り替え済みである
・元貴族の屋敷だけがなぜか朽ちずにそのまま現存している
・実害はないが不気味なため、誰も探索に出ていない
・最近動く影を見たという領民がいる
以上のことから、調査の要有り、と判断したとの事だった。
「あれ、協力できないよーってなったらアルス君1人なの?」
ミリーが横合いからもっともなことをつっこんでくる。
だが、この場にいて話を既に聞いている彼女のことだ。
俺が断らないだろう事、自分達も付き合うであろう事をわかった上で言っているのだ。
ミリーのつっこみに、わかりやすく表情を変えるアルス。
彼はもう少し表情を隠すことを覚えたほうが良いのかもしれない。
モンスター相手だけだとしても、知能ある相手と戦うときには
頭を使う戦いも必要なのである。
罠にはまったからといちいちあせりを表に出していては相手の思う壺だ。
「え? は、はい……多分」
まさかそんな流れになるとは思っていなかったのだろう。
目に見えてしゅんとなる様子のアルスの肩を俺はたたき、
あがった顔に笑顔を向ける。
「何、ミリーの冗談だ。物事はダメだったときのことも想定しておいたほうが何かと便利だということだ」
「わかりました!」
俺の言葉に素直に納得するアルス。
……これはこれで心配だ。
世話になった詰め所の職員に礼を言い、
エイリルやシンシアへの言伝を頼みつつ、俺は出発の準備をする。
といっても、荷物をまとめて馬を確保するだけだ。
準備をしながら話を聞くに、シンシアは別の用事で既に先に出立したらしい。
アルスを一人置いていく形になっているが、
こちらの用事が彼のレベルアップの助けになると判断したのだろう。
書面の終わりのほうにこっそりとそんなことが書かれていた。
「ミリー、ポーション類あといくつあったっけ?」
「えー? 良い奴はもうないよ? 使っちゃったもん」
ごそごそと布袋をあさるキャニーに、
ばつが悪そうに俺をちらりと見て答えるミリー。
ああ、そうか……。
「街を出るまでに適当に買いながら出よう。そのぐらいの露店はあるだろう」
俺の提案に3人は頷き、武具やそのほかの物資は確保した上で馬を引きながら街に出る。
いつぞやと同じ、だがどこか気持ちいの良い活気に満ちた街中を歩きながら、
途中にある露店でポーションや薬草類をいくつか買い込み、
荷物として馬にくくりつけていく。
「どいてくれ~!」
と、背後からそんな声がしたかと思うと、1台の馬車が勢い良く道を走っていく。
荷物を確認する間もなく、馬車は大通りを曲がっていく。
「元気のよさそうな馬車だな」
「そりゃそうさ。あれは紙の配達馬車さ。今日は天気が悪いからね。
雨でも降ってしわくちゃになったら全部おじゃんさ」
妙に美味しそうな干し肉を購入がてらに聞いてみると、
興味深い話が帰ってきた。
(紙か……)
「この辺りだと、グリーンさんのところですっけ?」
「そうさ。いつも真っ赤なグリーンのとこさ」
ひょこっと横から顔を出してきたアルスには心当たりがあるようで、
店のおじさんもそんなアルスに軽快に答える。
「そういえば私、作ってるところを見たことないわね」
「私も興味あるな~! 寄り道してみない?」
興味津々の姉妹の瞳に射抜かれたアルスは少したじろぎながらも、
首を縦にふって口を開く。
「少しぐらいは……大丈夫ですよ!」
明らかに勢いに押されていた気がするのは、間違いではないだろう。
念のためにと場所を聞き出して歩き出すこと10分ほど。
「何か匂うな」
「そう? あ……本当ね」
たまたま吹いた風に乗った何かのにおいに俺が反応すると、
少し遅れてキャニーたちも気がつく。
嫌なものではないが、街中で嗅ぐことは予想されないものだ。
『あ、緑の子がいっぱいいる』
耳元でしたユーミの声に従うようにそちらを向けば、
大き目の建物の煙突からほのかな光が無数に飛び出ている。
「アルス、あそこでいいのか?」
「ええ。よくわかりましたね。看板も何もないのに」
目的地を一発で示した俺に驚きの表情を向けるアルスに、ちょっとなと言ってごまかしながら建物に近寄る。
精霊そのものが見える人間はあまり多くないのをこういったときに感じるのは仕方がないことだ。
敷地に入ってすぐに、独特の雰囲気を感じた。
建物の脇、そして見える倉庫のような場所に積みあがった無数の木々。
現実世界の伐採された木々ではなく、途中で折れたり、
不ぞろいなものが多い。
中にはしっかりと切りそろえられたようなものもあるが、少数だ。
「ん? 客か? ちょっと直接売るにはウチは向かないんだが……」
ちょうどリヤカーで木々を建物に運び込もうとしていた作業員らしき男性がこちらに気がつき、
俺たちを紙を買いに来た客と判断して声をかけてくる。
汗だくで、日焼けなのか顔は赤黒い。
「いや……見学、だな。気ままな冒険者なんだがね」
俺は簡単に自己紹介をし、見学の交渉をする。
「そうか。邪魔にならないんだったら見ていってもいいぞ。
しかし、面白いとは思えないがね。大きい街なら大概の場所にはあるだろうに」
何か企業秘密でもあるかと思ったがあっさりと許可してくれた作業員、
その男性は偶然にもこの工場の主であるグリーン氏その人だった。
「私達の故郷は村だったしね。気にしたことも無かったわ」
「俺はたまたま見る機会がなかっただけかな」
導かれるままに建物に入ると、まずは細かく木々を砕く作業をする場所、
次に大きなハンマーでそれをさらにたたく場所、
そして何かの液体にチップのようになったそれを付け込む場所、と案内された。
平たい机の上に木枠があり、そこに液体と混ざり合って
何やらごちゃごちゃした状態になっている。
最終的には数名の男女が魔法らしきものを唱えると、
チップのような形からどろりとした姿に変わり、
最後には湯葉のように少し木の色が残って茶色っぽい紙が一気に出来上がってくる。
一度に出来上がる紙の大きさは布団1枚分ほど。
(ファンタジーなんだが、なんだか所々工業っぽいな)
もしかしたら過去にいたという翁のような存在が
紙の生成をこの世界なりにアレンジしたのかもしれない。
そして、漂ってきた匂いはこの液体の匂いだった。
「この液体は何かのマジックアイテムですか?」
「そうたいしたものじゃないさ。少し森に入って木々に感謝し、
綺麗な水や森の養分になるようなものをささげれば、
この桶にすぐ一杯に溜まるのさ。この液体は森の精霊様の恵みがたっぷりなんだよ」
覗き込みながら言うアルスに、作業をしていた女性、
恰幅の良いおばさんが答えてくれる。
桶自体は別に特殊なものではないようだ。
「森は生きている。だから時に枯れた木や、風雨で折れてしまった木なんかがあるんだが、
それを集めて紙にするんだ。森は綺麗になって、より良い木々を育てる。
他にも森に影響の無い範囲で、よさそうな木は時々自分達で切ってくるがね」
グリーン氏の言葉に俺は頷き、アルスと同じく液体を覗き込む。
木枠からあふれた部分を指先でつつくと、少し粘り気があった。
(アイテム名が……ある)
新緑の雫。
確かMDだと砂漠になりかけた土地に復活のための種を植え、
それを育てるのに必要だった記憶がある。
『あの雫が木々から紙へと変化する事を助けているのね。
砕けた欠片から精霊が上手く出て行けるようになってるわ』
ユーミの補足に、俺は妙に納得しながら3人と一緒に出来上がりを眺める。
「面白かったね~!」
「本当! 大事に使わなきゃって考えちゃうわ」
「まったくです!」
満足そうな姉妹に、何やら興奮した様子のアルス。
アルスのほうは……新しい事を知ることが楽しいようだ。
俺はそんな3人をちらりと肩越しに見ながら、グリーン氏に向き直る。
時折、気になる視線をこちらに彼が向けていたからだ。
「さて、何か依頼でもありそうだが……」
「わかりますか。実は少々困ったことがありまして」
話だけでも、と先を促して得られた情報は有益なものだった。
普段グリーン氏らが新緑の雫を得ている森、というのが
件の元貴族の領地内にあり、屋敷に近いというのだ。
ところが最近、森に入ると何かの影があるのだという。
モンスターでもなく、スピリットのようでもない。
目立った気配は無く、死角ぎりぎりにささっと何かが動くのだという。
目に見えて戦える相手であれば将軍の下、戦いの経験のあるこの街の住人であるからには、
それなりに対処できると考えていたが、相手が見つからない。
不気味な状況だけが残り、最近は新緑の雫を得るために入る森を
別の森にすべきか、悩んでいるのだという。
(確かに何かあってからでは遅いからな)
「ちょうど良い。実はその近くにある屋敷を調査しに行くんだ。
ついでにできるだけ調べてくる」
「おお! それはそれは……」
俺の言葉に、笑顔で手を握ってくるグリーン氏。
「それはそれとして、信用のある配達人に心当たりはないか?
少し別の国に送りたい手紙があるんだが」
フィル王子やイリス、届けばジェームズ達へも近況を届けたい。
「それならば私の馴染みの相手を紹介しましょう。
よろしければ今お預かりしますが」
俺はその提案に頷き、配達に必要な料金と手紙をいくつか手渡して彼と別れる。
「動く影……か」
「スピリットの類でしょうか?」
馬の背で揺られながらつぶやいた俺の横に並び、答えてくるアルス。
その表情は真剣で、今からそんなに緊張していては本番までに疲れてしまいそうなほどだ。
「だったら楽なんだけどね」
対して、ある程度ゆったりしながらも、冷静なキャニー。
「うん。でも、ファクトくんが一緒だからな~」
「向こうからやってくるならそれでよし!」
そして何やら失礼な発言のミリーに俺は堂々とそう言い放って、
目的地へと向かうのであった。




