57「赤い息吹の根元で-1」
タイトルの場所へはたどり着けませんでした。
ちょっと説明回?
「では行きます。ツインブレイク!」
爽やかな風の吹く草原に、少年の声が高らかに響いた。
手に持った刃のつぶれた片手剣が風きりの音を伴いながら右上から迫り、
かと思うと間髪いれずに左上からの気配も産まれる。
見た目には右上からくる攻撃しか見えないが、
へたに防げばもう一撃が無防備な場所から襲い掛かってくるだろう。
だが、これは予想通り。
「素直すぎるなっ!」
俺はわずかに後ろに下がり、同じ刃をつぶした状態の剣を横にして
両手で支えるかのように剣の腹で少年、アルスの攻撃を受け止める。
響く2回の金属音、そして動揺の気配。
(本当は完全に防ぐつもりだったが、甘かったか)
2回鳴った音に俺は内心舌打ちし、間合いを取る。
「ほう、アルスのあの攻撃を難なく防ぐか。やるな」
「そうじゃなきゃ他の国になんて出てこないわよ」
外野として観戦している騎士、確かエイリルとかいったか。
リーダー格の彼が感嘆の声を上げ、キャニーはそれになぜか
鼻高々といった様子で答えている。
(まさか本当にスキルを使えるとは思わなかったぞ)
こちらを緊張した面持ちで見るアルスをじっくりと観察する。
正面に剣を構えたその踏み込みの姿や視線からは同じスキル、
ツインブレイクを発動しようとしているのが俺にはまるわかりだ。
そう、アルスは剣類のスキルをわずかながら習得しているのだ。
本人や周りは【スキル】であるとわかっていないようだが。
動き、名前、それらは俺の知る【スキル】であることを示している。
どこで覚えたか聞いてみると、
ある日、狼に囲まれたときに体が勝手に動いたのが始まりなのだという。
……うむ、素質あるね、君。
目的地への旅路、アルスが普通じゃないことをなんとなく聞かされていた俺は、
手合わせを希望された際に、これ幸いとばかりに受けたのだ。
最初は普通に模擬戦といったところだったが、俺から見ても
アルスが何かを遠慮しているのがわかった。
それを指摘した結果が先ほどの攻防というわけだ。
何故俺がアルスのスキル発動時に容易に対応できたかといえば、
その発動方法と結果にある。
MDに限らず、アクションゲームのスキルと言うものは同じモーションである。
多少のバリエーションがあるものも勿論、ある。
だがほとんどは同じフェイントだし、同じ攻撃回数であり、同じ軌道だ。
来るのがわかっているのであれば、俺の経験とステータスをもってすれば対応は容易だ。
「遠慮するな。今のアルスでは俺は倒せない。……来い」
俺はわざとだらりと剣を下げ、傍目には隙だらけに見えるように姿勢をとる。
予想通り、挑発と受け取ったのかアルスは表情を硬くした状態で駆け出してくる。
つむがれる結果は同じ。
教本どおりのツインブレイク。
利き腕方向からの一撃にほぼ時間差なしで迫る逆方向からの攻撃。
なるほど、原理を知らなければ魔法のように見えることだろう。
だがこのスキルは、一撃目が完全に回避、もしくは
武器をはじかれると二撃目は発動しない弱点がある。
先ほどはガードした俺は、今度は集中してアルスの一撃目を
左手に持ち替えた剣で大きくそのまま左にはじく。
「えっ!?」
「がら空きだ……ファストブレイク」
彼から見て、自分で両手を広げたような姿勢になったことに
驚きの声を素直に上げるアルス。
その驚愕の表情が張り付いた顔を見据えながら、
俺はがら空きになった体の中央へと、ツインブレイクより下位のはずのスキルを発動する。
アルスは俺の声を聞き、左手に持っている丸盾を自分の喉元へとすばやく移動させてきた。
(その反応速度はすばらしい。だが……!)
加速した思考の中、そう考えながら俺は
そのままであれば喉元を狙うはずの攻撃を、とある方法で捻じ曲げる。
本来と違う軌道を描いた剣はアルスの右腕、力瘤ができる辺りへとその腹をたたきつけた。
「あうっ!」
「……こんなものか。休憩にしよう」
刃をつぶしてあるとはいえ、刃の向きで切りつけては痛みもひどいと
判断しての腹でのたたきつけだが、これはこれで痛いのだろう。
取りこぼした剣を呆然と見つめながら、自分の右腕を抑えているアルスへと声をかける。
「……はい」
(ふむ? 落ち込んでいる様子ではないな)
「あの状況で喉元を守ろうと動けたのは良いことだと思うぞ。すぐに俺を超えていけるさ」
俺はアルスの様子を伺いながら、観戦席へと戻っていく。
「ファクト殿、アルスをああも簡単に打ち負かすとは。我が国にすぐにでも……」
「あらあら、ご迷惑ですわよ、エイリル」
俺が焚き火のそばで俺が食事の用意をしていると、声をかけてきたエイリル。
その表情は強敵に出会った男そのものだ。
だが、何やら熱気に満ちた声で俺を勧誘しようとする騎士を王女が引き止める。
その足で彼女はふわりと優雅な動きで立ち上がると、アルスの元へと歩き出した。
エイリルも彼女を追うようについていった。
俺のほうを振り向いて、少し名残惜しそうではあったが。
慰めるつもりなのか、あるいは彼女の性格からして煽りに行くのか。
少ししか接していないが、シンシアはただの王女ではない。
自分の言葉がどういう結果を生んで、どういう力を持つか、
自覚して動いている。
そう、守りたいと思っている少女からかけられた声が少年の力になることがわかった上で。
自分と彼の人生に必要なことは何か、今何をすべきか。
なんとなくわかっているように見える。
だが、そんな生き方で自分の気持ちが素直に出しにくいことにどこか
もどかしさを感じているようにも見える。
俺にはエスパーのような能力は無いはずだが、さて?
『いつ、気がついたの?』
はぜる薪の音、におい、そして出来上がってくる料理の香りの
心地よさを感じていると、ふとそんな声が届く。
見ればアルスはエイリルと特訓しているし、
シンシアはそれを見学、他の騎士は荷物の整備と警備、といったところか。
キャニーとミリーには、夜の見張りがあるので模擬戦の後に
すぐに馬車で仮眠を取ってもらっている。
ちなみに馬車は温泉街を出るときに確保したものだ。
あまり派手な旅にならないように、シンシアも同じ馬車に乗り込んでいる。
「そうだな。生成スキルもそうだが、MDと同じである必要はどこにも無い。
後は、見えるからな。スキルの補正が精霊だったってことが」
俺は答えながら、周囲にちらほらと見える精霊を見つめる。
この辺りは自然が豊富なのか、時折地面や木々からふわりと
精霊がでてくるのだ。
『それだけ? よく見てるのね』
「まあな。だが、確かに精霊の補助でもなきゃ、あんな動きはできないよな」
脳裏に浮かぶのは自分とアルスの動き。
勢いを生かした連続攻撃、ではなく明らかに異常な二撃目。
これはファストブレイク、ツインブレイクどちらも違いは無い。
通常の動きでは不可能なのだ。
それを可能にしているのが精霊の補助だ。
ゲームで言えばシステムのモーション故に行える強制的とも言える動き。
発動したスキルにあわせるように光となって腕なら腕にまとわりつく精霊。
そこに力が篭るのだから驚異的な動きもできるというものだ。
俺はそこで、まとわりついてきている精霊に意識を向けて
その作用というべきか、補助を少しいじったのだ。
故に、本来であれば喉元を狙う攻撃が腕となったのだ。
この結果は目の前のもの以上のことを示している。
つまりは、スキルが俺の知っているもので打ち止めとは限らないのだ。
『英雄に武器と技を授ける最高の老師……なんてね』
「勝手に老人にしないでほしいな」
俺はユーミへとそう答え、勢いよく立ち上がっていまだに訓練を続ける2人の元へ向かう。
「大事な旅の途中だ。そのぐらいでいいんじゃないか?」
俺の声に、2人はようやくといった様子でその手を止める。
と、アルスが息も整わないうちに俺の元へと駆け寄ってきた。
「ファクトさん! ボクの、どこがいけなかったんでしょうか? ボクの攻撃が防がれたことなんて無かったのに……」
かと思えばしかられた子犬のようにしゅんと落ち込むアルス。
「別にアルスがいけないわけじゃない。俺がちょっと特殊なのさ」
俺は明るい声でそう答え、今度は穂先が丸く、訓練用とすぐにわかる
槍もどきを取り出す。
唐突に現れたそれに驚くアルスを尻目に、エイリルへと向き直る。
「とりあえず、少し休ませたほうが良いよな?」
「そうだな。そのほうが彼のためだ」
余分な事を言わなくても良いというのは非常に楽だ。
俺が視線を戻すと、アルスは俺とエイリルを交互に見やり、結論にたどり着いたのか、
がばっとその体を跳ね上げると、剣を構えなおした。
「まだまだいけます! お願いします!」
「アルス、休むのも訓練だ。……といっても聞かないんだろうな。
構えろ。次が耐えれたら良い話をしてあげようじゃないか」
俺の本気を感じ取ったのか、アルスが間合いを取るために離れていく。
「ああ、そうだ。今回は剣じゃなくて良い。盾をしっかり構えてろ」
「え? あ、はい!」
最初は困惑した様子のアルスだったが、慌てた様子で彼の体格にあった丸盾を構える。
さて……手加減しないとな。
「腹に力を入れてろよ……行くぞ。スパイラル……シュート!」
通常であればらせん状のオーラと共に突撃し、相手を貫く槍系のスキル。
MDでは中級手前も手前、初級の中では中の上、といったところか。
貫通効果を持ち、狭い場所に奥までモブが連なっているときに便利だ。
溜めにちょっと時間がかかるのが難点ではあるが、先日の遺跡の中でも
数が重なっているときに使っていた。
だが今回は手加減なのでオーラだけ。
しかも、ちょっとお願いして周囲の精霊にも中に入ってもらった。
恐らく、いつも以上に濃密な光となっており、その中身も見つけやすいはずだ。
槍もどきの先から飛び出た光の束はアルスの構えた盾へと突き刺さり、
あっさりとそれを貫いて彼自身へと迫った。
「ああっ!?」
悲鳴とも驚きともつかない声と共に、光にアルスは体を貫かれ、
その衝撃でわずかだが体が浮き、その場に倒れこみそうになる。
「おっと、どうだ。見えたか?」
「……はい。何か、いました」
抱えた腕の中、アルスはそう弱弱しく答える。
「それでいい。感じたものが答えだ」
俺がそういうと、アルスは何かに安心したようにその意識を手放した。
目が覚めた後、アルスが講義をねだってきたことは言うまでも無い。
その吸収力に俺が目を見張るのはそう遠い話ではなく、
英雄ってこういうことを言うんだな、と思ったのだった。