56「ありふれてるからお約束-4」
ちょびっと英雄候補はお休みの回です。
「反省した?」
「ああ」
とりあえず正座。
これが謝罪のスタイルって物だ。
顔を上げると、乾ききっていない髪から一筋の水が顔を伝うのがわかる。
今俺は……自分の部屋の中央で正座している。
キャニーの桶攻撃を受けて、危うく敷地の外まで転げ落ちそうになった俺だが、
なんとか途中で引っかかり、そのまま誰かに見られることも無く脱衣場に戻ることができた。
着替えて廊下に出たかと思うとなにやら凄い音。
それは2階から駆け下りてきたキャニーが原因だった。
きっちり服を着込み、迫ってくるその顔が赤いのは温まったからか、
はたまた走ってきたからか。
本命は恥ずかしいから、で多分良いのだと思う。
その勢いのまま部屋に押し込まれ、お叱りを受けることになった。
なぜかミリーやシンシアらは遠巻きに入り口から離れてみているだけ。
しばらくの間、キャニーの苦情とも要望とも取れるお叱りは続く。
「ところで、なんでそんな座り方なの?」
粗方吐き出したところで少し落ち着いたのか、いまさらといえば
いまさらなことをキャニーが聞いてくる。
その息は荒く、肩も上下している。
(……そんなに恥ずかしかったのだろうか?)
俺はそんな事を思いながらも、崩れかけた姿勢をしっかりと戻す。
高レベルであってもじわじわと足がしびれるのがわかるが、
こればっかりはなかなか慣れない。
「これは正座っていってな、真面目なときの姿勢なんだ」
俺のいた頃のな、とはシンシアたちの目があるので続けることはできない。
しばらくキャニーと見詰め合う俺。
なにやら妙な空気になってきたところで、わざとらしいミリーの咳き込み。
ハッっと気を取り戻した俺は年甲斐も無く、
その空気に妙に緊張してしまい、慌てたままでキャニーのほうを向く。
すると、彼女はなにやらもじもじしたままでなぜか両手で自分の体を
隠すかのような仕草の後、おもむろに言い放った。
「そ、そうなんだ。それで……その……どうだった?」
「……キャニー、疲れてるのか?」
俺は思わずそう口に出していた。
よりにもよって何を言い出すのかと。
言葉の内容からして、自分はどうだった、見てどういう感じだった?といいたいのだろう。
これが2人きりで、ムードある夜の部屋などだったら
破壊力は言うまでも無かったであろう。
だがここはそうではない。
離れているとはいえ、すぐそばに第三者がいるのだ。
ち、違うのよ!などと叫びキャニーを尻目に、
ふと向けばミリーは元よりシンシアも微妙な表情……ん?
「……シンシア嬢。なんで期待に満ちた表情なんだ?」
そう、シンシアのそばにいる女性騎士は真面目な顔のままだが、
シンシアはどちらかというと喜劇を観賞する観客だ。
言葉を変えれば、盛り上がってまいりました!と言いたそうな顔。
「いえいえ、こちらのことはお気にせず。ささ、続きをどうぞ」
俺の追及にも、とぼけた口調で答えてくるシンシア。
……ただのお偉いさんではないようだ。
「こちらとしてはそうもいかない。そうだ。偶然とはいえ、見てしまったのは確かだろう?
お詫びに何か困ったことがあれば手伝おう」
何やら話がごまかされそうな気配がしたので、
半ば無理やりに話題を切り替えた。
「……そうですわね。いえ、そうであればこちらが助かるのは間違いないのですけれども、
それでよろしいのですか?」
「シンシア様?」
俺の含みのある問いかけに、シンシアはしっかりと頷き、
そばにいる女性騎士の疑問の声だけがはっきりと響く。
「ああ……話にもよるけどな」
そう、命の恩人だとしてもこうして招くだけならともかく、
身を守りにくい入浴という場へ招き入れるなどということは普通では考えにくい。
恐らくはこの場は俺達を引き込むための場。
キャニーも場の空気を感じ取ったのか、姿勢を戻して
俺の横に寄り添うようにたっている。
「まずはお食事しましょうか。そろそろアルス達も戻ってくる頃でしょうし」
緊張のまま、俺は誘われるままに彼女についていくこととなった。
(気まずい……)
用意された場で、俺は心の底からそう思った。
場が緊迫しているのは、身分の差があるだろうにもかかわらず、
シンシアやその他の騎士、アルスも含めて
皆が同じ内容の食事、が理由ではない。
ましてやその味がマズイというわけでもない。
その理由は……。
「と、いうわけでアルスったら真っ赤になってしまったんですの」
「そ、そう」
話を振られたキャニーも冷や汗をかきながら答えるのがやっとだった。
シンシアは天然なのかわざとなのか、食事が始まって間もなく始まった歓談の途中、
俺の乱入事件を話題に出したかと思うと、
止める間もなくアルスが過去に起こしたという事件も語りだした。
お忍びでシンシアが外出しようと隠れて着替えていた部屋を
偶然アルスがあけてしまい、下着姿を見てしまうという事件だった。
見られた本人は楽しい思い出のように語っているが、
話題の主であるアルスはまずいものが見つかった恋人のような顔をしている。
「その辺りは道すがらまた聞くとして、そろそろ本題に入ってもらっていいか?」
俺は予想しうる展開を様々に頭で練りつつそう問いかけた。
「ファクト様は冷静ですのね」
シンシアは表情を真面目な、どこか大人びた物に戻すと、
料理の一つとして混ざっていた温泉卵をスプーンですくい、一口運ぶ。
「問題は先にはっきりさせておきたいほうでね」
俺はそう答え、真正面からシンシアを見る。
意思の篭った瞳に、整えられた姿。
ただの成金の娘です、だとかそこらの貴族の娘です、などとは
誰も信じないであろう姿。
「そうですか……改めまして、私はシンシア・オブリーン。この国の第二王女ですわ」
「おっ、王女!?」
さすがにそこまでは予想していなかったのか、ミリーの驚きの声が響く。
キャニーは……驚きに声がでていないようだ。
「アルスや彼らはその護衛、というわけだな。だが立場の割には行動も、人数も不自然ではないか?」
そう、第二王女などという立場の割には護衛が少ないし、その人数で保養に来るなど無防備すぎる。
「普段は静かな物なのだ。シンシア様がここに来ることを具体的に知るものは限られる上、事前に街道筋のモンスター退治などは国の政策として徹底して行われている」
曰く、この温泉地への安全を確保するために定期的に行われているらしい。
「それはわかったわ。でもおかしいじゃない。ここと、私達が出会った場所と、この国の中央とでは位置関係がおかしいわ」
ようやく正気を取り戻したのか、キャニーがそう指摘する。
そう、単純に言えば、
・俺達がシンシアたちを救出した場所
・この温泉地
・シンシアの国の中央
という位置関係なのだ。
俺達が出会うためには、温泉地を通り過ぎていなければいけないのだ。
「……それは、見えたんですの。こちらに光が、いえ……光を生み出す者が」
「シンシアは時々未来が見えるんだ。ボクを騎士に推薦してくれたのも見えたんだからだって。ボクが、自分の前に立っている姿を」
横からそう伝えてきたのはずっと静かだったアルス。
黙っていたのは恥ずかしい話をされたことだけが原因ではないようだ。
アルスは唐突に立ち上がると、俺の前に立つと真剣な顔で俺を見つめてきた。
クレイとは違い、丁寧に鍛えられた騎士的な肉付き。
豪快さよりもしなやかさを感じる。
「お願いします! ボクに、力を貸してください!」
アルスはそういって頭を下げてきた。
「……少し話が見えないんだが?」
俺は困惑を隠さずにシンシアを見、騎士たちを見、そして最後にアルスを見る。
「ファクトさんが振るっていたその剣、それは隣国をモンスターの集団が襲ったときに、
無数のモンスターを撃退させた剣なんでしょう? その剣を持った男は、どこからか力ある武器を取り出し、どこからか守りの力を生み出すと、そう知り合いが言っていました」
腰に挿したままのスカーレットホーンを見たアルスがそう興奮した様子で言ってくる。
どうやら、俺が思っている以上に2度の襲撃は大規模なものだったらしい。
「……確かに俺は普通じゃない自覚はある。だが神話に歌われる様な英雄じゃあない。
ここでシンシアを狙う相手を倒せといわれても困るぞ?」
俺はアルスからの追及を避けるべく、一言、場に投じる。
場の空気が変わった事を感じ取った俺は、改めてシンシアに向き直る。
「貸せる力は貸すつもりだ。対モンスターならなおさらな。
だが、お家騒動は大概が泥沼だ。情報がほしい」
俺は言いながら、キャニーとミリーが俺に任せてくれる様子であることに内心安堵のため息を漏らす。
「どこからお話しましょうか……そうですね、私には姉と妹がいますの」
そうして語られる事情。
この国は第三王女までいるそうだ。
だが、現王である父親は病に伏せ、長女である第一王女が代行を勤めているらしい。
母親は既に病死しているとの事。
第一王女は良くも悪くも王の娘、増えるモンスターの被害や
周囲の戦争へのきな臭さに対して、従来通りの対応を行っているのだという。
だが、モンスターの被害は末端ではひどいもので、
軍の手は行き届いていないのだという。
そこで巻き起こるのが戦力増強の要望。
だが第一王女は戦力の単純な増加には消極的だった。
確かに安易な軍の増強は周囲との軋轢を生み、
下手をすれば戦争の火種になってしまう。
その意味では第一王女の判断は正しいものだ。
だがそれは軍の一部の暴走を産む。
1部の陣営が、辺境の被害に対して手が足りないことを理由に
勝手に傭兵を雇うなどして戦力を増やしはじめたのだ。
表向きは志願、現地徴用と称してだ。
単に手が足りないので傭兵を使おう、というのならまだいい。
だが、その1部は徐々に影響力を増やし、あたかも自分達がいるから国は平和なのだと言わんばかりに圧力をかけ始めてきた。
確かにモンスターからは守られている。
だが、国は不穏な空気に包まれ始めた。
第一王女としては何とかしたいところではあるが、
平和だった時代が長すぎたのか、思うようには動けていない。
そこで代わりに動いているのはシンシアなのだという。
保養や友好の旅と称してあちこちに出向き、
実情を確かめたり噂を集めたり、時には賛同者を増やしたり。
だがそれは反感も産む。
言うなればシンシアは彼らの目の上のたんこぶなのだ。
「今までにも妨害はあったが、直接の手段にでてくるとは……」
リーダー風の騎士が半ば呆然とつぶやき、例の襲撃のときと同じ内容の事をつぶやく。
「なるほど。大体わかった。だが、俺達にそいつらを討てというなら断る」
今回は助けはしたが、それとこれとは別の話だ。
「ええ。ファクト様達はあくまで隣国の使者同然ですもの。そんなことはさせられませんわ。でも、ご一緒にこの国の事を見て回るのは自然なことでしょう?」
にこやかに、シンシアはそういって自分の胸元に手をやった。
「そうくるか……」
俺は思わずそう口に出していた。
俺は国を見て回りたい。彼女らは手助けがほしい。
その利害を一致させようというのだ。
だが、自分を囮にするような行為をどう思っているのか?
俺がそう考えたのを感じたのか、シンシアはまた口を開く。
「私が賭けますのはこの命。そしてこの国の未来。目指すものは太陽へ誇らしげに顔を向けられる国。……馬鹿らしいとお思いでしょうか?」
降りる沈黙。
(蹴るのは簡単。だが……)
大人として、冷たく判断するならばこの場は断るべきだ。
しかし、それでは……面白くない。
「いや、気に入った。同行させてもらおう」
そう広くない部屋に響いた俺の声に、
シンシアは顔をほころばせ、アルスも力強く頷いた。
姉妹のどこか、わかっていましたよ、といわんばかりの
納得した顔が気になったが、ついてきてくれるのならば問題ない。
『この世界にクエストは無いけどね。これも運命かしら?』
(さてね。だが灰色の人生は真っ平だからな)
耳元でささやくユーミに俺は頭の中だけでそう答え、
シンシアと無言で握手を交わしていた。
「で、次の目的地はどこだ?」
「北東へ。そこに火山がありますわ」
俺の問いかけにシンシアはそう言い切る。
新たな戦いの地で、俺を待つものは何なのか。
それはまだ、わからない。