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55「ありふれてるからお約束-3」

制限された中で書くからこそ想像が膨らむというものっ……です。(年齢的な意味で)



まったくの余談ではあるが、MDが仮想現実への

リニューアルを果たした頃でも温泉地は健在だった。


いくら仮想現実で世界の観光地をリアルに再現かつ体験できるとしても、

本物の大自然の感覚というものはいつも新鮮だったのだ。


それは電子では再現できない、現実の何か、が理由だったのかもしれない。


そう考えると、余計に目の前の状況はここが現実であることを示しているのかもしれない。






「小さい……って、言ったわよね?」


「言ったな。まあ、そういう立場なんだろう」


目の前の光景に疑問を隠せないキャニーに、俺も困惑しながら答える。


近づいていく度にわかったのだが、確かに村だ。

建物はどちらかというと質素だし、雰囲気も街、ではない。


だが、その様子はただの村と呼ぶには少々大げさすぎる。


到着前に見えていたのは、村の隅の様だった。


建物から立ち上る煙。


側溝のように作られた水路を流れる液体からは蒸気が舞い上がり、

所々、門番付の建物が立ち並ぶ。


湯気の出る液体、つまりは温泉。


辺りの風景は一般的に生活するための場所、としては施設など、

ふさわしいとはいえないバランス。


俺達の前には地球で言う温泉街、のような光景が広がっていたのだった。


「川からも出てるのか」


河原からも立ち上る蒸気に俺は驚きの声を上げながらシンシアらに付き添う。


「噂は聞いていたけど、実際にきたのは初めてだよ~」


ミリー曰く、こちら側に温泉があるというのは聞いたことがあるが、

俺がいた側の国からは国境を越えてくることになるため、

一般人は容易には行き来できないのだろうとの事。


何より、モンスターが出るかもしれない道中を一般人がやってくるのは自殺行為だ。


「ちょうど業者による団体が来ているようだな」


俺たちが疑問を覚えるのを読んでいたのか、

リーダーらしき騎士が横からそう補足してくれる。


現実で言うパックツアーみたいなものか?


俺は村の入り口では護衛であろう冒険者らしき集団や、

大き目の馬車がいくつもあったのを思い出す。


行き交う人々の身なりは裕福な印象を受ける。


襲ってきた奴らも言っていたが、つまるところは……。


「ある程度以上の経済的余裕がある相手向けの保養地ってことか」


俺はそうつぶやきながら、治安等の面から

こうして利用を制限する形をとっているのも仕方がないかと思い直していた。


そうでなければシンシアのような立場の人間が来る事などできないであろう。


皆で歩を進めるうち、周囲と比べて小高い土地に建てられた建物が見えてくる。


白い石を積み重ねて作り上げられたであろう建物は、

周囲とはワンランク違うことを容易に感じさせる。


「あちらがシンシア様の滞在している場所だ。助けていただいたお礼に

 君達を招待したいとの事だ」


騎士の言葉に、俺はキャニーらへと振り返り、頷く。


断る理由はないのだから。






「ほう……」


俺は通された部屋で小さく声を上げていた。


シンプルでありながら必要な機能は十分に備えた部屋。


恐らくは主役である上の立場の人間に付き添う人用なのだろう。


それでも一般的な宿の部屋等と比べればその質は明らかに違う。


センスが良いとも言えるだろうか。


外に出していた荷物を降ろしたところで、ノックされる。


扉を開けると、そこにはキャニーとミリーがなにやら興奮した様子で立っていた。


「なんだ、遊びに来たのか?」


「そんなわけないでしょ。私達は温泉に入りに行くわ!

 なんと、シンシアさんが一緒にどうですか?って誘ってくれたの!」


「くれたんだよ~! いいでしょ?でしょ?」


明らかにテンションのおかしい2人であるが、嬉しいことだけは伝わってくる。


「そ、そうか。ろくに説明を聞いていなかったが、俺は一階でいいんだったかな?」


俺はこの建物に入ったときにされた説明を思い出しながら聞いてみる。


確か男女や立場で別れていたはずだ。


「ええ、そうよ。私達は二階になるわ。一階から二階への階段や、

 浴室の前にはちゃんと見張りの人がいるんだから、覗いちゃ駄目よ!」


「で、でもファクトくんがどうしてもっていうなら後から…ムグッ」


丁寧に説明してくれるキャニーに続けてなにやらつぶやいたミリーの口を

キャニーは慌ててふさぎ、引きずるように階段へと消えていく。


(姉妹は……姉妹ということか?)


しばし俺はその光景をぽかーんと眺めながらそんな事を考えていた。


と、背後に気配が近づいてくるのがわかったので確かめるように振り返る。


そこにはすっかり調子の戻った様子の騎士達が立っていた。


「こんなところでどうした? 迷ったか?」


「いや、これから噂の温泉に行こうかとしていたところさ」


答えながらこの中でも元の装備のままの騎士達に内心で

任務ご苦労様とつぶやきながら、相手を観察する。


よく見れば騎士の内、怪我をした1人は兜をはずしている。


その髪は、長い。


というか顔も……これはつまり。


「そうか……ん? ああ、彼女はシンシア様の護衛兼侍女……のようなものだ。

 私は既に出ているアルスと辺りを見回ってくるし、彼女は二階に行くからな。迷ったなら彼に聞いてくれ」


そういってリーダー格の騎士はそれぞれの騎士を紹介してくれる。


さりげなく握手の際に確かめるが、確かに

女性騎士は普段から戦っているような腕ではなかった。


侍女のままでは何かとなめられる世の中というのもあるのだろう。


「それはありがたい」


俺はそんな内心を表に出さず、自然に受け答え、

一階の浴室の場所だけ念のため、と確認する。


礼を言って騎士と別れ、入浴のための荷物だけを持って部屋を出る。


といっても現実世界のようなタオルなどない。


粗の目立つ布をタオル代わりに持ち、温泉へのルートをのんびりと歩く。


「しっかし、こんな平地に温泉? 火山が近いわけでもないし……どういうことだ?」


現実世界で言えば関東付近はひたすら掘ればどこでも温泉が出る、

というようなことは聞いたことがあるが……。


『下、何かあるわね』


と、肩口にユーミが現れ、そう伝えてきた。


「下? 地面の中か……」


足元を見つめてみるが特には何も感じない。


ふと視線を前に戻すと、なにやら立て看板が見える。


「何々……ブフゥ!?」


思わず噴出した俺を誰が責められようか?


仰々しい字体で書かれた看板の内容は、不意打ちすぎたのだ。


要約すると、偉大なる老人が火竜の息吹と水竜の心臓を用いてこの地に恵みを与えた、とある。


その姿は大きな槌と筒だったという。


老人として描かれたその姿、行為、そして源である2つのもの。


どう考えても古老の庵、彼の仕業だ。


思えば彼も日本人だった。


しっかりとした入浴の概念や、日本的お風呂のなかったMDだ。


MDに似たこの世界でもそれは同じだったに違いない。


つまるところ、我慢できなかったのだろう。


「それにしたってどんだけ本気なんだよ……」


描かれているとおりの性能を発揮できるような属性武器となれば、

この世界であればいくつもの国の予算を一気に食いつぶすレベルで

希少な素材らをつぎ込むものだ。


俺も作れといわれたら確実に躊躇する。


そんな性能ではあるが、2つだけではただお湯が出来上がるだけだ。


恐らくはなんとかして地下深くに押し込んだのだろう。


結果、地下水のようにあふれ出るお湯は周囲のミネラルやらを溶け込ませ、

この地に温泉として噴出させているのだ。


もしかしたら元々あった水脈を利用しているのかもしれない。


プレイヤーとしての能力を持っていたとしても

簡単にはいかないであろう行為に、俺はちらりと肩口のユーミを見る。


『他にも……いたのかもね』


ユーミは小さくそれだけ答え、ふわりとその姿を消す。


俺はユーミの消えた場所をしばらく眺めた後、自分の頬をたたいた。


「まっ、今は楽しむかな」


思えばこの世界に来てから入浴、という行為はほとんどした覚えがない。


お湯を大量に沸かす、というのは当然大変なのだ。


魔法は細かいコントロールのできるものではないので、

薪などに頼ることとなり、非常にコストがかかるのだ。


そんなわけで、俺はワクワクしながら一階にある一般男性用の浴室へと向かうのだった。








「ふー……声が出てしまうな」


俺は誰にでもなくつぶやき、階段状になった場所に腰を下ろして湯を楽しむ。


この辺りはさすがに無理だったのか、廃れたのか、

日本の露天風呂、というような状態ではなく、

地球で言うヨーロッパ的要素を感じさせる場所だった。


浴室と考えていたが、1部は天井がなく、

空が見えるようになっている。


余計な灯りなどない星空は無数の光を従え、

温泉でリラックスした俺はその光景に時間を忘れてしまう。


ふと、今頃キャニーたちはどうしているのか?と考える。


彼女達の気持ちに気がついていないわけではない。


視線や態度は恐らくはソレ……なのだろうし、

少なくともキャニーはそういう店でやり取りをする予定だったのだから

何も知らないというわけでもないはずである。


少々下品な話ではあるが、俺も何度か色街にはお世話になっているし、

命のやり取りで発散するにも限度がある。


それこそ夜這いでもかけられたならば、拒否する理由はこちらにはない。


「おっと、いかんいかん」


俺は自分の考えを振り払い、目の前の状況にゆっくりと浸る。


どこからか笑い声と何かの演奏なのか、

雑多な音が静かに耳に届き、それすらも俺をゆったりとした気分にさせた。


そのまま気の済むまでぼんやりできるかと思ったとき、

絹を裂く様に夜空に悲鳴が響く。


大きくは無いが、偶然俺の耳にはしっかりと届いたのだ。


声に覚えがあるが、誰だかはわからない。


だが、続けての声はわかった。

ミリーだ。


「なんだ!? 上か!」


俺は裸のまま立ち上がり、声の方向を確かめる。


同じ建物の二階、となれば距離としてはそう遠くは無い。


真上、というわけではないようだがそれなりに近いはずだ。


俺は布を腰に巻くことも忘れ、星空の見えるテラスのように

開かれた場所に出て辺りを見渡す。


と、続けて悲鳴がまた響く。


今度はキャニーだ。


「! あっちか!」


もしかしたら昼間に見逃した生き残りや、別の襲撃者がいたのかもしれない。


そう考えた俺は能力を隠さず、飛び上がるようにして声のした方向へと建物を外から駆け上がった。






――少し前、二階


「本当にいいんですか?」


「お姉ちゃん、ここまできてそれはそれでどうかなと」


「うふふ、遠慮なく。私も楽しみですから」


遠慮した様子のキャニーをたしなめるように、ミリーは彼女の背中を押しながら

湯気の漂う明らかに高級さがにじみ出る空間へと歩き出す。


色々な都合で自信があるとはいえない体のあちこちを少し気にしながらの辺り、

彼女も立派な乙女といえるであろう。


対してシンシアはそんな2人を見て、やわらかく笑みを浮かべると

自身の着こんだ白いワンピースのような服をつまみあげる。


その姿は淑女の卵が必死に礼を尽くすようにも、色気を惜しまない

魅力的な少女にも見え、キャニーとミリーは思わず立ち止まる。


「私もお二人のようにこれを着ないで入ったらもっと気持ち良いのでしょうかね?」


「シンシア様、どうかそれだけは……」


からかうような彼女の声に、硬い声で答える女性。


ファクトが廊下で出会った女性騎士である。


「冗談です。さて……あの子達は来てくれるかしら?」


誰かを探すようなシンシアのつぶやきに、怪訝そうな顔をする

キャニーとミリーであったが、すたすたと歩み始めるシンシアに

慌てて追いすがるように続く。


「ふわー……」


そして、4人は温泉でそれぞれにその顔を緩ませる。


「クセになりそう……」


「ええ、ですからこうして来ているんですの」


思わずでたキャニーのつぶやきに、律儀に答えるシンシア。


その姿は育ちの良さを感じさせるように整っており、

顔は若干緩んでいるものの、温泉に入ること自体が

儀式の一環であるかのような雰囲気をかもし出している。


「……シンシアちゃんはきれいだね」


思わずミリーがそんな事を言ってしまうほど、彼女は彼女すぎた。


湯浴み着であろう白い服はお湯でぬれてぴたりとその体に張り付き、

少女らしく未成熟の、それでいて意識して整えられたであろう

そのスタイルを正直に表現している。


理想の肉付き、少なすぎない女性としての要素。


欲情を抱く前にまずは感嘆する。


芸術的な彫刻、見るものにそんな感想を抱かせる姿。


高貴な血とはこういうところにも影響を与えるのか、と

キャニーは考えるが、彼女自身もミリーと共に、

シンシアにとって時折視線を向けるだけの価値がある

姿になっていることには気がついていない。


冒険者、そしてその前の立場に必要な鍛えられた体、

結果としてそぎ落とされた余分な贅肉。


随所に命のやり取りをした結果である細かな傷は残ってしまっているが、

それすら温泉で温まり、赤くなってきた肌とあいまって

命の脈動を感じさせる姿となっている。


シンシアと違い、体を隠せるような布は無く、

何よりここでは隠す必要も無いということか、

あらわになっている胸元や体躯、

少女から女性へと変化し始めているその体は

ゆらゆらとゆれる湯面とあいまって、魅力をあふれさせている。


横にいる女性騎士がそれぞれに魅力ある彼女らに何か声をかけたほうが良いのかと悩むとき、小さな声が届く。


それは鳴き声。


迷わずシンシアの視線が向いた先、そこに小さな影が躍り出る。


「いましたわ!」


あがる悲鳴じみた声。


何事かとキャニーとミリーもそちらを向き、

一瞬の驚愕の後、ミリーも思わず声を上げる。


そこにいたのは白、黒、それぞれ一色で染まった子猫。


綺麗に整えられた毛並み、無邪気な瞳。


少女の心を掴むには十分であろう。


「この子達、野良猫?」


「いえ、この施設でお世話をしている子達ですわ。先日の逗留の際にも見かけたんですの!

 もう、可愛くて可愛くて!」


止めなければぎゅっと力強く抱きしめてしまいそうなシンシアの姿に、

慌ててキャニーが止めに入るが、シンシアは慣れた様子でその白猫を抱く。


「いいな~」


ミリーはそんなシンシアの姿に声を上げ、黒猫を手招きするが、

黒猫はミリーではなく、キャニーへと飛び掛るようにジャンプを行う。


「え? 何々!?」


思わずあがるキャニーの声。


その悲鳴は届いてしまったのだ。







「大丈夫か!」


俺は悲鳴の上がった場所へと駆け上がり、

隠すことなく虚空からスカーレットホーンを実体化させ、仰々しく構える。


仮に襲撃者がいた場合、威嚇のためである。


「……あれ?」


だが、俺の視線の先にいたのはキャニー、ミリー、そして女性騎士と……シンシア。


護衛のためか、薄着ながらも衣服をまとってシンシアの前に出てきている女性騎士に、

体に張り付いているものの、湯浴み着であろう何かを着て、

なぜか面白いものを見つけたとばかりに俺を見るシンシア。


そして、何も着ていない姉妹。


「な……なっ」


わなわなと黒猫を左手で抱いたまま、俺を指差すキャニー。


と、隠せていないその胸元や、なぜか笑顔のミリーの裸を真正面から見てしまう。


「悲鳴が聞こえたから襲撃か!と思ったんだが違うみたいだな……キャニー」


「な、何よ!?」


俺の声に、律儀に答えてくれるキャニー。


俺はそんな彼女に微笑み、言葉をつむぐ。


「やっぱりあの時、した後襲ってくれたほうが良かったな」


俺の台詞に、キョトンとした様子のキャニーだったが、

瞬間、思い当たったのか真っ赤になって脇の桶を掴んだのがわかった。


「この……馬鹿ぁーーーっ!!!」


冒険者らしい腕力で放たれた桶は俺に直撃し、俺はそのまま落下していった。



「ファクトくんは大胆だなぁ……」


「あらあら……これで二人目ですわ」


そんな、彼女らの呟きを聞くことは無く……。


ああ……星がまぶしい……。



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