閑話「ある日のMD。お勉強の結果(三か月目少しあたり)」
時間軸はバラバラです。
ゲームであるマテリアルドライブ(MD)としての描写なので、
本編中とは描写、設定に差異があります。
読まなくても問題ありません。
ファクトはこんな奴だ、スキルはこんな感じなんだ、という参考やお楽しみになれば幸いです。
「何々……熱されたものをそのまま持つことは出来ないので、
何かで防ぐことって、アッツウーーー!?」
念の為に装備していたちゃんと火耐性のあるはずの厚手の手袋、
その性能は発揮されずに俺は熱さに叫んでいた。
街中で味わう感覚としてはフィードバック限界に近いと思う熱さだ。
意味はないが思わず、ふーふーと息を手に吹きかけながら、
俺は視線を脇に向ける。
そこには空中に呼び出したままの電子書籍がうっすらと表示されているだけだ。
MDでは専用の領域にプレイ中のメモやら、あるいは攻略情報なんかをまとめて
ゲーム中でも確認できるようになっている。
一昔前の、モニターを見てプレイするタイプと違い、
今は五感を疑似体験させる仮想現実が舞台だ。
そうなれば、モニターの中に複数のウィンドウを表示、だとか
別の場所にある情報を見たり、メモしたり、などということは出来ないためだ。
MD以外のほとんどのゲームもこうしてゲーム内で調べ物や
情報を書き留めるといったことが出来る。
ようやく落ち着いてきた感覚に俺は姿勢を戻し、
床に落ちてジャンクになった素材を見てため息をつく。
今日は、唐突にあてられたパッチ以後、
ゲーム内で発生している現象への対策中なのだ。
その現象とは、各種作成での成功率の激減、
そして耐久の低下などである。
自分自身も、一時的に通常の受注を止め、予約はほとんど入っていない状態だ。
出来なくてもかまわない、気長に待てる、という人だけ
わずかに受け付けている。
今までは溶鉱炉に素材を入れる、なんてことをせずに
金床の上で素材を叩くだけで何でも作れたのだが、
今は金属の音が帰ってくるだけだ。
小さいアクセサリーの類なら、小さな道具で小さい素材を弄ることで
作成は出来るようなのだが……。
肝心の武具がまったくもって上手く行かないのだ。
「うーん、火バサミなんかある……な」
今までは冬のように寒い場所でのイベントや、
無数にあるどうでもいいようなアイテムの1つだと思っていたが、
大きさもある程度変更可能な火バサミはNPCが販売しているようだ。
転送NPCを駆使し、手早く販売している街に向かい、
高くないその火バサミを購入する。
どう見てもペンチの大きい物にしか見えないそれを持ちながら
そのまま建物の外でキャンプを実行し、室内へ。
すぐに火の灯ったままの溶鉱炉の前に座る。
(そういや、こうなるまではこれもただの飾り同然だったよな)
俺は1人、目の前で熱を発し続ける溶鉱炉を見て思う。
戦闘訓練のカカシ然り、そこにあるものには何気に意味があったのだ。
買ったばかりの火バサミでそっと素材であるインゴット状態の銅を掴む。
今度は慎重に状態の変化を確かめながら時間を待つ。
「お?」
溶鉱炉の炎に晒され、銅が色を変え、少し反ってきた気がする。
物の本によれば、まずは熱して加工しやすくし、
必要な形に叩いて伸ばしていくのだという。
他にも細かく書かれていたが、俺の理解できる範囲ではまずそんな感じだった。
金床に火バサミを向け、赤く色を変えた銅を見る。
「こんな……かな?」
俺がこの手順にいたったのは至極単純な理由だ。
こうなる前の、公式に大きく告知された時のアップデートに、
【この先、躓いた時は先人に学べ】となにやら強調されていたのだ。
そのときは、戦闘用のスキルを覚えられるNPCなどが一斉に実装されたため、
そちらのことだと思っていたのだが、戦闘以外にそういったNPCが配置されたり、
何か変更が入らないという保証はどこにもなかったわけである。
そんなことに思い当たり、街中にいる武具を購入できる店の中、
奥で作業を続けるNPCを観察した結果、ちゃんとNPCは作るものによって
手順を変えていたことがわかったのだ。
きっとプレイヤーとしてもそれを取り入れることが出来るに違いないと思い、
その後は現実世界の鍛冶に関する文献などを調べてはダウンロードし、
適当にフリーの領域に放り込んである。
横に置いた別の素材を添え、
自分1人しかいない空間にハンマーを振り落とす音が強く響く。
何十回と叩いた末、目の前には最近見ることは少ない、
それでいて誰もが見たことがあるシルエット。
見た目は初期装備となるブロンズナイフの出来上がりだ。
そのままの初期装備であれば、変更の入った今でもすぐに作成可能だ。
そうなれば試す意味はない。
今回はちゃんと、今はなかなか作れない対象である性能、
クリティカル率が大幅に上昇する素材を混ぜたのだ。
手順が間違っていればほぼ成功しないはずの流れ。
目の前には特に問題の無い姿のナイフ。
手にとって確かめてみるが、耐久も本来のものと変わらない。
性能を確認すると、混ぜた素材はちゃんと適用されたようで、
クリティカル率上昇(強)が付与されている。
「でき……たか」
深く、息を吐いて力を抜く。
たかがゲーム、されどゲームだ。
時間をかけたからには楽しみたいものだ。
次に何を試すかと材料を色々と漁っていた時、
知り合いから直接のメッセージが届く。
『やっほー、作成頑張ってるー?』
「スレインか。今ようやく付与が成功したところさ。何か用か?」
その必要は無いのだが、つい耳元に手をやってしまうのは悪い癖だ。
『ちょっと頼みたいことが。素材はこっち持ちなんだけど』
(ふむ? 装備に困ってはいないはず……?)
「いいけど、今どこだ?」
スレインの場所を確認した後、キャンプから出た俺は手早く合流する。
彼はその手に、素材となるだろう赤い鉱石と木材を持っていた。
「それで何を作ればいいんだ?」
「焼き芋用鈍器」
……え?
「すまん。もう一回言ってくれ」
「だからー、焼き芋が出来る鈍器が欲しいいんだって」
話を聞くに、植物系統のモンスターを倒すと、
その際のトドメとなる攻撃でドロップがどうも違うらしい。
斬るタイプであれば斬られたような素材に、
叩き潰すタイプだとつぶれた形に。
その上で、どうも火系統の魔法だと炭やら、物によっては
焼けた状態の食べ物が出来上がるとのこと。
だが、それにしても……。
「そのままドロップを料理したんじゃダメなのか?」
「そう思ったんだけどさ。見てよ」
疑問を口に出した俺にスレインが2つのアイテムを見せる。
焼き芋と、モンスター名の入った焼き芋だ。
「ドロップを料理すると普通のになっちゃうんだよね。露店でコレは売ってたんだけど」
「なるほどなー。よし、やるか」
俺はスレインから素材を受け取り、PTを組んでキャンプに戻る。
許可を出した相手か、PTメンバーであればキャンプに一緒に入れるのだ。
(しかし、木材をベースに火属性っていうのも無茶な話だな)
「スレイン、これ、作ったとしても持つ部分が燃えないか?」
「でもさ、金属で作ると熱いよ?」
俺の疑問にスレインは即答する。
二人の間に言いようの無い沈黙が降りる。
確かに、その通りである。
だが、別に火が吹き出ている必要は無く、
属性だけ火であればいいのかもしれない。
まさか出来た瞬間燃えていくことは無いだろうと思いながら、
木材を道具で削りつつ、鉱石を熱してみる。
「こんなものか?」
性能的にちゃんとしているのかはわからないが、
耐久はちゃんとしたものが出来た。
名前はクリムゾンメイス。
なんだか仰々しい名前だ。
「おおー、さっすがー」
受け取ったメイスを振り回しながら、スレインの目は輝いていた。
「んじゃ、適当に行ってみるか」
俺はスレインを伴い、普段なら経験の入らない低レベルのモンスターがでるフィールドに向かう。
「湿った炭、木炭……お、焼き栗?」
植物系統のモンスターが多く出現するフィールドでひたすら戦っていると、
NPCに売ったほうが早いような素材がほとんどの中、
時折特有の名前がついた食べ物アイテムが出てくる。
効能もあるようで、少しステータスがアップするようだ。
「やった。アタリだ!」
スレインは自分の考えが当たったことがうれしいようで、
無駄にメイスを振り回してはモンスターをなぎ倒している。
その結果……。
「食べきれないぞ、これ」
「一定時間に食べないとアイテムが変化するとか、こだわりだね」
2人のアイテム欄には、冷えたなんたら、と名前を変えたアイテムたちがあった。
そのアイテムたちは味気ない上に、一部ステータスにマイナス補正が入るような
微妙なアイテムだったことはここにだけ記しておこう。