52「無造作に転がる転換点」
飛び散る汗! 舞い上がる熱気!
……今の時期はいいけど、夏は大変です。
「視線が熱いな……」
俺のつぶやきは、空気にはかなく溶けていく。
照りつける太陽が運動場ほどの広さの空間に等しく光を注ぐ。
「だな、あちらさんはずいぶんやる気だぜ」
隣に立つジェームズの声に視線を向ければ、こちらの声は聞こえないだろう距離にいる集団。
皆、同じような装備をした男性達だ。
答えを言えば、フィル王子指揮下の軍人の1部である。
対してこちらはジェームズの誘いに乗ってきた冒険者集団。
人数は30対30。
これだけの人数が集まって何をするかといえば、模擬戦だ。
無事にフィル王子へと報告に向かった俺だが、
その行動は良いことと面倒なこと、両方を生み出した。
予定通り、発見した物品の肝心なものは
そのまま持っていて良いということとなり、聖女像のあった土地は
すぐにでも国が出張り、ならず者が居座らないように管理することになった。
あくまでも仮定のものではあるが、俺から
聖女像と祈りの効果について聞いたフィルは、自ら行くといって聞かなかった。
フィル自身がそういう行動をすることはいつものことなのか、
それ自体には反対の声は強くなかったようだ。
ただ、留守を預かることになる部隊にちょっとした不満が出た。
簡単に言えば、自分達も体を動かしたい、というところか。
どうも先日の戦いの際にもどこかの留守を預かっていた部隊らしい。
現に、相手の視線は早くこちらを試したくてうずうずしている物だ。
フィル王子自身も留守ばかり預けることを気にしてはいたのか、
こちらに模擬戦の打診があったというわけだ。
模擬戦とはいえ、そのまま戦ったのではけが人も出る。
それを解決するためにわざわざ魔法の結界を貼った場所を提供してくれる上、
こっちの人選は好きにして良いとのこと。
横でその話を聞いていたジェームズに人選を任せ、今に至るのだ。
ちなみにキャニーたちは見学だ。
この場にいるのはジェームズとクレイ以外はこの前の戦いのときにいたらしい男の冒険者のみ。
別に強さの問題ではなく、泥臭さをお望みであるということが理由だ。
「本当に切れないんだね。不思議な気分」
自分の手に自身の剣を当て、何も起こらないことにつぶやくクレイ。
そう、この場所では刃物は物を切れず、打撃も
現実世界で言うウレタンのような感触となっている。
つまり、本当の戦いのように命のやり取りによる決着は無い。
そんな、恐らくはMDでいう非PKゾーンのような設定が可能な空間において、
決着のつかない自己満足のためだけに戦うことにこちらは意味があるのか?
答えは、イエスだ。
人間相手に戦ったことは少ないし、強さもわからない。
ある程度は俺自身の強さを第三者が把握していなければ、
肝心な場面で後方にいろ、ということになっても困る。
「で? せっかく集まったんだ。お互い勝手に殴りあうんじゃー、面白くあるまい」
背後から声をかけてきたのは、どっしりとしたドワーフを思い出させる体格の男。
使い慣れた様子の金属鎧に、持ち手に汚れた布を巻きつけた鉈のようなものを腰に下げている。
そのほかの面々も、おもむろに集まってくる。
(俺が指示を出すって言う戦いでもないよな)
俺はそう考え、口を開く。
「基本はそれぞれの得意な動きでいいんじゃないか?
ただ、1度獲物を見せてほしい。その上で前みたいに何か手の中に出てきても気にしないでくれ」
適当な円陣の中、各々の得意武器であろう物が俺の視界に入ってくる。
俺はそれぞれの重さなどを確かめて、脳内にイメージを作り上げていく。
これまでにも何度か行ってきた、複数の生成。
今まではどちらかというと、同じものを無理やり作り出していた。
だが、ここがMDそのものではないというのに、
MDのスキル枠にこだわるのもおかしな話だ。
もっと、進化できるはずなのだ。
俺の唐突な申し出に、前の戦いで証明してくれたように
そこは瞬間瞬間の判断で生き延びる冒険者達。
この場を楽しむつもりなのか、頷きながら意気揚々と配置についていった。
怪我の無い状態での勝敗は、それぞれの急所となる心臓の近くに添えられた
これまた訓練用の魔法のアクセサリー。
衝撃を受けると光り、当たった事を示すそうだ。
「便利なものもあったもんだ」
『戦闘ヘルプにもあったじゃない』
耳元で聞こえる声。
横を見れば肩に乗っかるユーミ。
ただし、その姿はミニサイズの上に恐らくはコーラルのような魔法使いでなければ見えない。
この世界での自分の力が強力すぎる事を気にした彼女(?)は
自らを小さくし、その力をセーブしている。
小さな羽が生えた、見方をかえればいわゆる妖精のような姿だ。
ユーミに言われて思い出すのは、大体のゲームにはあるだろうチュートリアル。
その中の戦闘訓練、という奴だ。
確かに言われて見れば、ルールで勝敗を決めておかないと終わりが無い辺り、近いかもしれない。
そうこうしているうちに合図を行う人間が両者の間に立ち、旗を掲げる。
そして、始まる戦い。
陣形対陣形、ということはなく、
それぞれの小グループ同士の戦いとなっている。
怒号とも思える声が響き、互いの武器が大きな音を立てる。
俺も迫る一人の兵士を相手に、その攻撃をさばいていく。
丁寧な、それでいて激しい訓練を受けたのであろう攻撃は、
高レベルの俺からしても鋭く、同じレベルであれば
俺は相手にならなかっただろう強さを秘めている。
その動きは、剣士系スキルを主に習得するギルドのメンバーを思い出させ、
ちょっとした感傷を俺の中に生み出す。
その後は互いに致命打を放つことが難しく、
ある種訓練といえるような戦いが続く。
冒険者側も、自ら磨き上げてきた動きを見せ付けるべく、
兵士相手にその強さを披露し、兵士も日ごろの訓練を昇華させるべく、
統率の取れた動きを見せる。
恐らくはこの時点で兵士達の確かめたいことは確かめられているだろうし、
問題は無いはずである。
ただ、どちらもやるからには勝ちたいのが本音といったところか。
『そろそろじゃない?』
「だなっ!」
耳元でささやくユーミに答え、俺は大きく間合いを取る。
リズムを崩され、姿勢を崩す相手に攻撃は仕掛けず、周りにすばやく視線をめぐらせる。
戦いの前に見せてくれた武器を脳裏に浮かべながら俺は意識を集中し、
辺りのフィールドに眠る素材、つまりは精霊の居場所を掴む。
ゲームのときには意識したことの無い手ごたえと、
精霊が視線を向けてくるような感覚。
この世界では1部の存在のほかは、魔法使いぐらいしか精霊に干渉しない。
それは世界から精霊から力を借りる魔法やスキルなどが
失われていったことにも関係がある。
その上で、幾度もの戦争は世界から精霊を失わせたのだ。
ユーミは言う。
同質である精霊の仲間が減るのは悲しいことだが、
自分達を認識する存在が減っていくのはもっと悲しいのだと。
精霊は寂しさを感じるのだろうか?
俺はそんな事を思い浮かべながらスキルを発動する。
「遠慮なく振るってくれ! 武器生成C・複!!」
スキルとしての効果範囲は恐らくまともに視認できる距離一杯。
その効果はいつもの武器生成のように新しく生み出される……というのとは厳密には違う。
冒険者達の持つ武器、剣が、手斧が、槍が、うっすらと光に包まれる。
科学的な検査ができれば、恐らくは皮1枚という程度で大きくなっているだろう。
例えるならば魔法で祝福を与えるようなものである。
本体である元の武器に、精霊からの力を借りて強化した形なのだ。
より振るいやすく、より硬く、より鋭く。
伝説級のものとなったわけではなく、上質、そんな変化。
薄皮1枚に等しいその部分は、通常の武器生成よりもさらに短い効果時間だろう。
だがそれは相手を一刀両断するような変化ではないが、
確実に差を生み出す。
武器がぶつかり合ったとき、一瞬の踏ん張りが効いたり。
あるいは振りぬいたときにその勢いがいつもより上手く乗ったり。
元々良い勝負をしていたところにその差は天秤を傾けた。
1人、2人と致命傷となる判定を受け、離脱していく兵士。
こちら側も離脱する人間はいたが、人数は明らかだ。
最後に、クレイの若さのある無謀とも思える突撃が決まり、兵士の最後の1人が倒れる。
審判を担当していた兵士の合図と共に、模擬戦は終わりを告げる。
後に残るのは、戦いきった熱気と充実感。
そして、互いを認め合った男達の感情だった。
そこに小さな音が響き、冒険者の持っていた武器から何かが零れ落ち、空気に溶けて消えていく。
スキルで生み出された皮部分だ。
それらはふわりと何かの気配となって大地に戻っていく。
恐らくは精霊となり、また世界を巡るのだろう。
『冒険の中で、強力なモンスターなんかを討伐したときにも凄いことになるわよ』
耳をくすぐるように、ささやかれるユーミの声。
魔力の強い存在や、強力な存在というものはそれ自体が
精霊の力を溜め込んでいるタンクになるらしい。
となると俺は……?
『ファクトや彼らみたいな存在は別ね。元々そういう世界からの存在なんだし』
彼らとは誰の事を指すのか。
ふと脳裏に浮かべる古老の庵の姿。
ユーミからの反応は無いが、きっとそうだ。
彼や自分のような人間は過去に幾人かいたのだろう。
所々に見られる、この世界の文化としては異質な物。
それらは恐らく、そういった存在が世界に与えた影響なのだ。
俺がそんなことに考えを向けている間に、
両者は馬が合ったようで騒ぎは大きくなっている。
見れば、アルコールは無いようだが
提供された食事を互いに笑いながら食べている。
「やるじゃないか。一応、留守を預けるにふさわしいだけの人員なんだがね」
俺に話しかけてきたのは、王子らしくない王子、フィル。
「結局は模擬……といいたいところだが、俺はちょっと手助けしただけさ」
差し出されたグラスを仰々しく受け取り、飲み干す。
独特の香りを残す、この世界特有のお茶だ。
食文化は近いものがある。
となれば、そちらで一発当てるということもできるのかもしれない。
「例の聖女像だがね。恐らくは政治の種にも使われる」
切り出される話題。
効力しだいではあるが、周辺諸国との同盟や駆け引きにも使われるだろうとの事。
使い方にもよるが、へたに手を出せばその場所が巻き添えを食うかもしれないことを
じっくり丁寧に浸透させればそうそう馬鹿なことは起きないだろうという考えらしい。
勿論、強攻策にでてくる国も出てくるだろうが、
そんな国はそもそも同盟には向かないのだという。
だが、恐らくは上手くいくだろうというフィルの言葉。
「理由は2つあってね。父や兄達は王族らしい性質だとは前に言ったかな?
それもあくまで国のためだ。君を拘束するかもしれない、というのも
色々な理由を踏まえたうえでだろうね」
俺はその言葉に素直に頷く。
俺という存在は歩く爆弾のようなものだ。
その素性、あるいは行動論理を押さえて対策を立てようというのは変な話ではない。
「それもこうして動いてくれるおかげで問題も解消となった。
となれば本来の役割。つまるところ人間の領土の確保ってとこだね。
知っているだろうけど、今は世界はきな臭い。人間同士の戦争はもとより、
モンスターからの被害がどこでも増えてるようだ」
ここでも聞かされる世界の変化。
一瞬、頭をよぎる、モンスター側にも元プレイヤーでもいるんじゃないか?という
嫌な考えを振り払い、話に集中する。
まだ未開拓の土地の多いこの世界。
未知の領域よりは既に開拓済みの……と起きる戦争だが、
それも最近は小康状態にあるらしい。
戦争をしあうような国が減ったというのもあるし、
その規模も変化し、動くに動けない国も増えてきたのも影響しているようだった。
だが、警戒を緩めるわけには行かない。
そんな中、モンスターにも対処しなければならないが、
国同士の戦いの可能性にも気を配らなければならない状況となり、
手が足りない、という事態が発生しているのだ。
「今は争うべきではない……という感じか?」
「単純に言えばそういうことだな」
その辺りの腹芸は他に任せているがね、とフィルは言い切り、グラスの中身を飲み干す。
「本当はこのまま軍の中にでも入ってもらっても良いのだが、
君には世界を見て回ってもらったほうがよさそうだ」
フィルはそういって、懐から封書のようなものを取り出す。
「これは? 通行証か何かか?」
家紋らしきものが表面に見えるそれを受け取った俺はそうつぶやく。
「うむ。早馬で父に嘆願してきた。この国と人間のためになる力だとね。
幸いにも隣接した国に戦争状態の相手は今はいない。それを見せれば
大体は襲ってくるようなことは無いだろう」
つまり、干渉はあるかもしれない、と。
俺は無言で心の中でだけそうつぶやき、通行証を受け取る。
「渡した地図には他国の物も数多い。期待している。
ああ、一応他の国では依頼を受けてモンスター被害の実態を調査している、
ぐらいのほうがいいかもしれんな。同じような調査員は今も互いに行き来している。
疑われることはほとんど無いだろう」
それはスパイというんじゃないか?という俺の不安はあっさりと解消される。
「道中、手紙なりなんなりは送ることにする」
「ぜひそうしてもらいたい」
互いに短く、それでいて十分な返答で話し合いは終わった。
正式にこの国を出る。
そのために訪れる別れを胸に、俺はまだ続く騒ぎへと身を投じ、
いつ話を切り出したものかと思案するのだった。
次回よりルート移動です。