50「掘って進んでまた掘って-5」
「体力も魔力もまだまだあるが、この疲労はなんだろうな……」
誰も答えない空間で俺はつぶやき、機械的にその右手を振るう。
既に聞き慣れて、ノイズほどにしか感じないスライムの悲鳴のような何かが響き、
どろりとその姿が溶けていく。
2人を見送ってから恐らくは5日ほど。
当然のことながら、ずっと戦闘をし続けるわけにはいかないし、
結界を発生させるアイテムもそこまで持たない。
それでもなんとかやれているのは、目の前に広がる罠たちのおかげだった。
2人が立ち去ってすぐ、部屋に出てきたスライムを倒した俺は、
奴らがあけてきた穴を覗くことにしたのだった。
「元凶らしい奴はいないな」
魔法の灯りに照らされたそこは、かなり奥まで続いている様子で、
ところどころにスライムが見える。
大きさは縦横2メートルほど。
ある程度は無理やり進むこともできそうだが、
何かあってはまずいと考えた俺は何とかして定点での迎撃を試みることにした。
そこで俺が取った手段は馬防柵のごとく、
通路を触っただけでダメージを与えてくれそうな良品で罠を貼ることだった。
必要な筋力や条件から十分に使うことはできなくても、
そのままで熱を発する斧であったり、
傷が凍りつくような性能を持った武具は多くある。
そこまでのものでなくても、刃物であれば十分意味はありそうだった。
勿論、適当な武器では相手に飲み込まれる。
いつかの冒険者のように……。
だが、ある程度以上のものであれば、刃の方向からやってくるだけでダメージを負うことだろう。
試しに、MDで納品予定だった某騎士団用の武器をいくつも取り出し、
迫るスライムの前に突き立てて間合いを取る。
一度も使われたことの無い、きれいな姿の穂先が、刃が、
今は何かの意志を持っているかのように光を反射する。
そこへ何も考えてないのか、無造作に近づいてきたスライムが武器に接触し、
身をよじるのがわかる。
見えた光景は、体のあちこちにダメージを追っている様子の相手。
何度か行き来を繰り返した後、勝手に溶けていくスライム。
「行けるか?……お?」
次のスライムは偶然、伸びきった状態で移動しており、
刃の隙間を縫うように近づいてきた。
(全部びっしり埋めるのも意味ないしなあ)
仮に、このルートは無理だ、と判断されて他に穴が開くほうが大変だ。
困難な話だが、ある程度はこちらに抜けてくることも考慮して
罠を貼ることにしよう。
手持ちのアイテムを見つめながら、いくつも実体化させては洞窟に差込む。
時折抜けてくるスライムを直接撃退しながら、だんだんと俺は下がっていく。
そして、部屋と洞窟の境目、というところで俺は適当にそばの瓦礫を椅子代わりにする。
ここからは長期戦だからだ。
(2人が帰ってくるまでは急いでも一週間弱はかかる。さて?)
それからは長期戦となり、
1時間に数匹、といったペースで抜けてくるスライムを相手に、
時にはうとうとしながら体調を気にしつつ迎撃をしていく。
どれだけそうしていただろうか?
時折、ドロップとしてなぜか落ちるお金、そしてスライムの核や体の1部。
それらを拾う気にもなれず、俺は迎撃を続ける。
(この調子ならなんとかなるか?)
俺自身は疲弊して使い物にならなくなったとしても、
増援に任せてなんとかなるだろうと感じたのだ。
だが、数値上ではダメージは無くても疲労は溜まる。
「体力も魔力もまだまだあるが、この疲労はなんだろうな……」
油断したところに食らった一撃がぼんやりしていた思考を引き締めなおす。
「このっ! ったく……どこからどうやって生まれて来るんだか」
念のためにポーションを適当に飲んでみるが、
よく見ると最大より手前でとまっている。
どうやら疲労の結果か、回復しきらないようだ。
「それでもこのペースならなんとか……んん?」
崩れた壁から数メートル、というところで目の前の1匹を倒したところで、物音がした。
何かが押し出されているような、重い音。
(この感じ、まさか!)
俺は慌てて部屋に戻り、音がしたほうを注視する。
世の中は嫌な予感ほど良く当たるという。
何か法則名があった気がするが、今はそんなことはどうでもいい。
今は、最初に崩れた壁のそば、おおよそ5メートルほどの場所に新たな亀裂ができたことが大事だった。
音をたて、亀裂はその大きさを増していく。
「同じ相手だと、まだいいんだけどな」
つぶやきながら、自身のステータスを再確認する。
白く光るとあるアイコン。
武器生成が開放されたことがわかる。
(何もずっと待っている手はないな)
思い直した俺は、さっそくとばかりに意識を集中させる。
「武器生成C!!」
気合を入れなおす意味も含めて、高らかに叫ぶと手元には無骨な槍が2本。
と、俺が生成すると同時に壁の向こう、かなり奥の方で何かが反応した気がした。
(ん? 何か引っかかるな)
それは別に不思議なことではなく、これだけのモンスターが現れるのだ。
奥にいるのは何かしら儀式のようなものを行える存在か、
それに近い存在だということになる。
考えを中断するように、ついに壁は新しく大穴をあける。
現れたのは黒い、芋虫のようなもの。
今度はしっかりと形をとってきたということだろうか?
「お手並み拝見!」
問答無用で生み出したばかりの槍を2本とも連続で投げつけると、
正面から奥深くへと槍は沈み込んでいった。
スライムとは違う、気味の悪い悲鳴。
後には、黒いままの死骸。
だが、普通のモンスターならば残りそうな姿はほどなく、
汚泥のような何かがどろりと残り、地面にしみていくだけだった。
形は違えど、スライムと同じ次元の存在であることがわかる。
自然と唇の端があがるのがわかった。
拍子抜けともいえる相手の耐久力に、きっと笑みを浮かべていたのだろう。
だが、現実はやはりそう甘くは無い。
即座に現れる芋虫の増援。
そして、意外に早いその速度。
触角のように伸びた細い何かがゆらゆらと動いたと思うと、
俺のほうをすばやく向く。
つまり、相手の目的は……俺だ!
それからは時間が長かったのか、短かったのかはあまり覚えていない。
ゆっくりとでてくるスライム、ただし核を攻撃しないとなかなか死なない。
こちらの攻撃に素直に倒れてくれるが、
駆け足よりは遅い速度で、黒い糸状の攻撃と鋭そうな舌とで攻撃をしかけてくる芋虫。
2つの集団はそれぞれのペースで襲い掛かってきた。
そのため、洞窟の中で迎撃という策は早々にあきらめることとなり、
今は間合いの取れる部屋の中であちこちで迎撃をしている最中だ。
幸いにも、聖女像に貼った結界には見向きもせず、
その上で出口となる方向へいこうともしない。
まるで、命ある存在を刈り取るのが先といわんばかりの行動。
「きてくれたほうが助かるけどなっ!」
突進してくる芋虫、闘牛を思い出すようなその体躯と動きに恐怖しながらも
すれ違いざまに右手に握ったスカーレットホーンの強烈な一撃が両断していく。
その隙を狙うように体を器用に伸ばしてくるスライムの、
核があるであろう部分へと左手に生み出した槍を投げつける。
個体差というものはほぼ無いらしく、これまでと同じ位置に核はあったようで
シンプルな槍は核を貫いてスライムと共に消えていく。
勿論、時折相手の連携がきまり、俺も被弾する。
完全に防御を貫いてくる攻撃はないようで、
一撃一撃はたいしたことの無い攻撃が何度も続く。
気がつけば俺のHPとなるゲージは半分ほどが黒くなっていた。
回復の手段はあるにはあるが、今は……。
「このぬめりはなんとかならんかっ」
スライムの体にせよ、芋虫の体液や死体にせよ、
どちらも妙な液体だ。
切りかかれば返り血のように体や、武器を持った手に降りかかる。
妙な気配を感じるが、毒というわけでもない。
ただ不気味にたれるだけだ。
それでも間合いを取って1度手を放すなどして対策を取るが、
根本的な部分ではかわりが無い。
どこまで時間が稼げるかと若干後ろ向きな考えが頭に浮かんだとき、
崩れた壁の向こうに新しい、大き目の気配を感じる。
見れば、一際大きなスライムと芋虫。
その核と、瞳に相当するであろう部分が赤い光を放っている。
「中ボスって奴か。強そうだな」
見た目は先ほどまでとあまり違いは無い。
だが、強さまでそうだとは限るまい。
覚悟を決めて、両手でスカーレットホーンを構えなおしたとき、
背後に幾人もの気配が生まれ出た。
そして……。
「空より降りる怒りの拳! 雷鳴の拳!」
聞き覚えのある少女の声とともに、芋虫(中ボス)へと光の塊が
大砲の砲弾のように襲い掛かる。
立ちっ放しの俺の脇を人影が走りぬけ、
力強い攻撃が2つに鋭い攻撃が2つ。
それらはある意味丸見えといえるスライム(中ボス)の核へと注がれ、
両者が大きなダメージを受けたのがわかる。
最初がコーラル、次がジェームズにクレイ、そしてキャニーとミリーだ。
「ふむ。こうだな。行けっ!」
最後に、ここにいる理由がわからない女性の声が響き、
MDでは見覚えのある攻撃、バットほどの大きさの炎の槍が背後からこれでもか!と
言わんばかりに中ボス2匹へと降り注ぎ、止めをさした。
「よっ! 無事だったか」
「手足あるんだもん、大丈夫だろ?ってなんだこりゃあ!」
全然心配していない様子のジェームズに、辺りに散らばるドロップ品に声をあげるクレイ。
「もう、無理しちゃだめじゃないの」
「おー、これだけでもおっかねもちだー!」
なぜか自然と俺の左右に立ち、それぞれに声をかけてくる姉妹。
「思ったより早いじゃないか。それになんで?」
この面々なのだ?という言葉を抜いた発言だったが、皆はそれを十分に理解したようだった。
「まだ……来ます!」
「おっと、詳しい話は迎撃しながらでもできると思うよ」
コーラルの声にそういって亀裂から顔を出す芋虫を指差すのは、
こんな場所でも研究者然とした服装のイリスだった。
全員と話せるよう、敢えて部屋と亀裂との境目辺りで迎撃を開始する。
話はこうだった。
無事に街に、驚異的な時間でたどり着いた2人。
そこにいたのはイリスと、依頼中のジェームズたち。
イリスは新しい遺物を探しにこっちまででてきていたらしい。
そこでジェームズに声をかけている姉妹の話の内容を横で聞いて、
遺跡ならば自分が役立つかもしれない、ということでついてきたのだという。
偶然にしてはできすぎている。
これが実はイベントでした、と言われても信じてしまいそうだ。
それとも、偶然に遭遇できるのもそれぞれの英雄の資質だとでもいうのだろうか?
他の冒険者を雇うことも考えたそうだが、
胡散臭い依頼となる上、そんな単純には人は集まらない。
結果、とにかく駆けつけようということになったようだ。
「助かる。強さはこのとおりなんだが、数がな」
「間違いない。奥でつながってそうだな、少し進んでみようぜ」
ジェームズの提案に頷き、
スライム側にジェームズたち、芋虫側に俺と姉妹、そしてイリスという編成で進む。
「イリス、いいのか? 無事に帰れるとは限らないぞ?」
「君も面白い事を言うな。目の前に興味を満たすモノが出てくるかもしれないんだ。
そこで引き下がるような奴は知識を追う権利など無いさ」
俺の心配に、イリスはあきれたといわんばかりに肩をすくめる。
背中に抱えるのは、どう見てもミサイルランチャーのような無骨な塊。
「それ、魔力を込めると切れるまでああやって炎の槍で攻撃できるんだって。
もっとも、彼女、コーラルは丸一日ぐったりするぐらい魔力が入るけど」
俺の視線に気がついたのか、キャニーがそう解説してくれる。
どこからかは知らないが、新しく見つけた遺物ということなのだろう。
(妙に物騒だが、はて?)
しばらく進むうち、洞窟が重なる。
高さはジャンプしたらぎりぎり手が届くかな、といったほどだ。
これを全てスライムや芋虫が掘ったことも驚きだが、
いまだに奥から相手がやってくるのはもっと驚きだ。
「うへ……何匹いるんだよ」
「打ち止めを期待するのはどうも難しそう……ですね」
「気配が消えない。魔力が循環してる?」
既になえた様子のクレイとコーラルに対して、答えたのはミリー。
「なるほどな。倒した死体がほとんど無いのは体を構成している何かが、
一度材料に戻っていると考えるべきだな。どこかにその循環元がいるはずだ」
時折、モンスターの消える前の死体を調べていたイリスはそういって洞窟の奥をにらんだ。
しばらく進んだ後、またイリスが口を開く。
「倒しても尽きないというのはすごいことだ。だが、美しくない。これでは何の意図もなく、破壊だけが広がるだけだ」
「アレに聞いたら答えがわかるんじゃないかしら?」
皮肉に満ちた口調でキャニーがいい、指差す先には黒い光。
闇色なのに光だとわかる。
だが、辺りを照らす光ではない。
「何かいます。……え? 精霊? でもこれはっ」
コーラルがつぶやいたように、
光の中に何かがいる。
『今度は人間……もう、誰でも良いわ』
(しゃべった!?)
俺の驚きは全員共通だったようで、コーラルやイリスはあからさまに驚愕し、
それ以外の面々もしゃべる相手だということに驚きを隠せない。
「君は、精霊なのか?」
しゃべっている間にも、そこかしこからゆっくりとスライムと芋虫が
その体を持ち上げるように地面からせりあがってくる。
だが全てがでてくるまで動かないのか、それぞれの攻撃の前にすぐさま沈黙する。
『精霊? ……ああ、そうかもね』
ぽつぽつと、迎撃の間につむがれる精霊らしき相手の独白。
精霊は長い長い時間を経ると、自然とある程度の自我が出るのだという。
そして、時を過ごすうちにその自我は希薄となり、また世界に返っていく。
古の意志はその直前だということだ。
自らの力の強大さが生む結果を精霊自身が良くわかっていたのだ。
騒ぎを嫌い、とある森の奥に暮らしていた古の意思に近い次元の精霊。
あるとき、何者かが近づいてきたかと思うと妙な魔法をかけられたのだという。
ほとんどの力と引き換えに、自分という存在に何かが混ぜ込まれた、そんな感じだと。
それから、森は黒に侵食された。
何とかしようにも奪われた自分の力ではどうにもならず、
精霊は嘆き、大地の深くへと潜ったのだという。
せめて、黒、スライムたちが広がらないようにと。
広がる空間も限られ、襲う相手がいなければ動きはほとんど無かったようで、
孤独な、しかしながら静かな時間は過ぎていったのだという。
だが、少し前から動きが活発になり、穴を掘り始めたのだという。
(間違いなくきっかけは俺だな。なんてこった)
恐らくはここへの進入、もしくは像への接触などが
ひっかかったのだ。
「どうすればいい?」
『わからない……こいつらは残った私の力を糧に勝手に出てくるから』
疲れた様子でつぶやく精霊。
「何か器でもあればいいんですが」
「聖女のお話にあったアレね!」
「……これでいってみるか?」
コーラルとキャニーの言葉に、俺はふと、以前の探索で
光る精霊を捕らえていたランタンのような箱を取り出す。
視線を感じながら、無造作に精霊へと近づき、蓋を開ける。
「とりあえず、解決方法は後から考えるとして、入ってみてくれるか?」
近づくとわかる。間違いなく精霊だ。
闇色でなければどこか保護欲を誘う幼い姿。
その虚ろな瞳が俺を捉え、見据える。
と、虚ろな様子だった瞳に一瞬、光が戻る。
『面白いね。また会えるなんて』
「また?」
俺の疑問には答えず、精霊は箱の中にふわりと入り込み、自然と蓋がしまる。
「あっ」
それは誰の声か、わからぬまま俺も周囲から急に消えたプレッシャーに驚く。
半ばまで実体化していたモンスターもそのまま崩れ去った。
「終わったみたいだな」
「あー、きつかった」
「助かったよ。みんなもな」
ジェームズらに手を上げつつ、しっかりと増援をよんでくれた姉妹や、
コーラルたちにも声をかける。
「何、良い刺激になった。ところで、この精霊、何歳かわかるぞ」
イリスは唐突にそういって、荷物の中から電卓にも似た何かを取り出した。
「こいつはな、この棒の先にいる相手の年齢がわかるんだ。
街の1000人以上で試したから間違いない」
しかも魔力消費はなしだ!と叫んで嬉々とした様子で精霊の入った箱に装置を向ける。
「おお? おおお? でたな。……驚いたな1832歳だそうだ」
『そのぐらいかしらね』
箱の中から精霊が答え、意味深に俺に視線を向ける。
(1800? MDの時代より前じゃないか)
イリスは精霊の視線に気がつかず、ジェームズたちへとその装置を向け、
次々と年齢を言い当てる。
そして、最後に俺へと向けられる。
ゲーム設定どおり、20以上30前、だと答えてくれると予想していた俺に反し、
イリスの動きが止まる。
「ん? どうした。故障か?」
俺の声に、イリスがゆっくりと顔を上げる。
その表情は真面目だ。
「ファクト、君はいつの時代の人間だ? いくらなんでも10代前半はおかしいだろう」
そして、その口から衝撃が飛び出した。