49「掘って進んでまた掘って-4」
ちょっと伸びました。
俺は、キャニーら2人と共に、とある部屋で立ち尽くしていた。
後ろにはこれまで進んできた道。
そして目の前には日の光。
正しくは、何かしらの技術で擬似的に照らされる陽光のような光、だが……。
「聖女だわ……」
「きれーい」
2人が前に言っていた、物語の登場人物の像。
さらにはそれは幻想的とも言える状態で目の前にあるのだ。
彼女らが見上げて立ち止まるのもわかる。
俺自身も、驚愕を顔に貼り付けているに違いない。
何かに縫い付けられたように動かしにくかった足を、
無理やり動かして像に近づく。
像の頭までの高さ5メートルもあるだろうか?
頑丈そうな台座の上に像があることから、
本来の身長より多少高い、程度だとは思う。
右手に勇ましく長い杖を構え、左手にバックラーと思わしき小盾を持っている。
何かの作品のように、腰まで届くような長さの髪が大きくなびき、
数々の宝石がはめ込まれていたであろうティアラを身につけ、
石像であることを忘れさせる見事な彫像となっている。
本物が何かで石化された、と言われたら信じてしまいそうである。
像の後方上、ステンドグラスから陽光が差し込むような位置から光は降り注いでいる。
降り注ぐ光が本物の太陽の光のはずはなく、
手をかざしてまぶしさに目を細めれば、灯りの魔法を使うときに感じるのと
同じ精霊がたくさん集まっているのがわかった。
ただ偶然に集まっているとは考えにくい。
恐らくは何かの秘密があるのだろうが、下手にいじって目の前の光景がなくなるのは勘弁してほしいところだ。
俺達が入ってきたことで舞い上がった様子の埃が光を反射し、
より目の前の光景を美しくさせている。
どれだけそうしていたのか、押し黙ったままの3人だったが、
誰かの足音に俺は意識を周囲に戻した。
改めて周囲を見渡せば、光が届かないほどの広さに
整然と並べられたままの長椅子。
何かの石材で作れられた物のようで、動かせるようなものではない。
それは見える範囲だけでなく暗闇の向こうまで続いているような印象さえある。
何かしらの講堂、礼拝堂のような場所なのだろう。
ここが無事だった頃は壁に明かりが灯され、見渡せたに違いない。
きっと聖女を称え、祈っていたのだ。
と、数歩歩き出したとき、俺は足元の感触が変わったことに気がつき、床を見る。
「ん? ここは……他と違うな?」
「本当ね。位置としては祈りをささげるべくしゃがみそうな場所だけど……」
いかにも床!と言った様子のほかと比べ、その辺りだけつるつるとした表面だ。
そこから見上げると、像と差し込む光とがちょうど良い感じになっている。
立ち上がり、他の場所も見てみるが同じような場所は無い。
「だったら、祈るしか!」
俺が首をかしげていると、そういって元気よくミリーが横から飛び出し、
ぴょこんとその床に膝をつくと慣れた手つきで祈る姿勢をとる。
はしゃいだ様子から、一転して静かな、そして真剣な空気をミリーがまとうのがわかる。
「……日々の祈りを糧に、我等に希望を」
小さなミリーの声が部屋に響いたかと思うと、
めまいにも似た何かが部屋を満たす。
瞬間、何かが変わる。
世界が上書きされる、とは言わないが
確実に目の前の空間、祈っているミリーに変化があった。
本人もそれに気がついたのか、
不思議そうな顔つきで自分の体を見やり、立ち上がる。
「何か……入ってきたような」
「大丈夫なの?」
心配した様子のキャニーの肩を掴み、任せろとばかりにウィンク1つ。
うなずくキャニーに微笑み、俺はミリーにそのまま歩み寄る。
「ちょっと触るぞ」
「へ? あわわっ」
子供にそうするように、わしゃわしゃと頭を撫でる勢いで
ミリーの頭に手をやり、集中する。
浮かぶミリーのステータスらしきもの。
具体的な数値はわからないが、
いくつかの箇所が光っているのがわかる。
恐らくは何かの祝福のようなものなのだろう。
俺と同じならば、身軽さに関係するAGIと、LUK、そしてHPだろう箇所が光っている。
「ミリー、体が軽い感じするか?」
「んー? どうだろう。よっほっ! ……そうだね、すごい好調なときみたいな感覚。
これだけ探索した後だとは思えない気分のよさだよ」
俺の問いかけにニコニコと答えるミリー。
その頬が少し赤かったのは、俺が触ったからか、されたことへの恥ずかしさか。
前者だと思っても、外れではないように思える。
その感情を少し横にやり、目の前の結果に意識を向ける。
(回復? いや、違うな……単純な上昇か、一時的なものか……)
一時的なものだとしたら期間にもよるがあまり意味は無い。
この辺りで冒険するならともかく、どこかに行くとなればその前に効力が切れてしまうだろう。
続けてキャニーが同じように祈り、やはり何かの変化を感じたようだった。
「じゃあ俺はどうなるかな?」
わざとおどけた風にして、俺はその場に立ち、聖女だという像を見やる。
(あんたが誰だか知らないが、俺のいた時代の直系なのは間違いないみたいだな)
心の中だけで、像へ向けてつぶやく。
手に持った杖、装備している防具、指にはめられた指輪、それらの独特の意匠。
具体的な性能は省くが、確かに本人にある程度以上の才能があれば
聖女と呼ばれるにふさわしいだけの力が振るえることだろう。
MDで、イベントアイテムとしてだけ見たことがあるNPC専用だった装備群。
それらが指し示す事実は今は興味はあまりない。
ここがなぜか生まれ出たゲームの世界の未来なのか、もっと別の話なのか。
いずれにしても俺はここにいて、まだ人生がある。
「……自分がここにいる証、そのための道を」
ある意味だめもとで、そうつぶやいた俺。
脳裏によぎるのはこの世界にきてから出会った人たち、そして共に戦った人たち。
そして全てのプレイヤー作成武具を凌ぎ、高難易度クエストの報酬ですら
その前には有利とはいえない強力な性能であるNPC専用装備群。
雲が途切れ、日の光が差し込んだときのような感覚。
全身を満たすやわらかく、それでいて暖かい光。
俺は近いものに覚えがあった。
完全回復の魔法、そして専用の回復ポイントで回復したとき、
一番近いのは、全ステータス強化のアイテムを使ったときだった。
見れば俺のステータスは全てが光っている。
だが、その数値そのものは特に増えた様子は無い。
元々減るものでもない上に、増えてもいない。
これは一体?と考えたところでどこからか何かの意思が伝わってくる。
明確な言語ではなく、その意味だけが浸透してくる。
(人の可能性を見れる? あるべき姿?)
明確にはわからないので、なんとなくの解釈が続く。
相手は精霊なのか、それとも聖女と呼ばれた誰かなのか。
それすらわからないままその意思との接触は続く。
(俺は……自分を知って成長できている?)
「ファクトくん! ファクトくんったら!」
「はっ!?」
横合いからかかった声、そして体を揺さぶる感触に意識を戻す。
横を見れば心配した様子のキャニーに、体を掴んでゆする姿勢のミリー。
どうやら少なくない時間、こうしていたらしい。
俺は立ち上がり、改めて像を見る。
(なるほどな。ゲームとしてステータスを把握し、自分でどれをあげるか俺は、俺達は選べた)
MDはレベルアップごとにステータスは任意のものをルールの範囲内で上昇させることができた。
ゲームとしてはオーソドックスな仕組みだ。
それにより多彩なキャラクター達が世界に生まれた。
だが、現実として生きる上では思うようにならないのは当然だ。
レベルが上がったからと、望むような強さになれるとは限らない。
それは才能の差であったり、自覚できているかの差もあるかもしれない。
いずれにしても、余分なのびしろの無かった俺と比べ、
逆にのびしろがあったらしい姉妹は、それを引き出されたことになる。
むやみやたらに強くなるのではなく、努力が報われるということか。
「面白いな。世界中から冒険者が押し寄せそうだ」
俺はつぶやき、2人に像の秘密をそれとなく語る。
最初は驚いた様子の彼女らに、フィルに報告した上で有効活用させるべきだと伝える。
秘匿し、自分の国だけのものにするのか、料金を取って使わせるのか、
はたまたこれが火種になるのか。
どれもありえることだとは思う。
だが、隠したままでいつか誰かが見つけ、騒動になるほうがよっぽど怖い。
「よし、この辺りで帰るか」
俺は元気にそういい、2人もうなずきかけたそのとき。
――音がした。
最初は小さな。
続く大きな崩れる音。
振り返ればそちらは光が届いていない闇。
俺は感じる嫌な予感に従い、迷わず魔法の灯りをそちらに投げつける。
「何……あれ」
「嫌だ。あれは……嫌だよ」
崩れた壁。
そして瓦礫。
その上にしみこむように揺らめく、黒。
俺だけじゃなく、2人にもわかる。
あれは、イレギュラーだと。
動く石像も、カエルも恐らくはこのダンジョン備え付けのもの。
だが、アレは違う。
この世界のモンスターであることに間違いは無いようだが、
崩れた壁の奥から精霊に関するものと思わしきプレッシャーがにじみ出ている。
黒いもの以外に、何かがいるのだ。
すぐそこなのか、もっと奥なのかはわからないが……。
どろどろとした何かが徐々に形を戻していく。
形自体は見慣れた姿、スライムだ。
だが、普通なら見えやすい核は色のなかに埋没している。
「くっ! とりあえず仕掛けるしかないな!」
俺は自分に言い聞かせるように叫び、牛ほどの大きさのスライムへと攻めかかる。
伸ばされた水飴のように迫るスライムの一部を回避と同時に切り裂くが、
悲鳴をあげる様子も無くスライムは黙ったままだ。
「「はっ!」」
姉妹の息の合った投擲も、嫌な音を立ててスライムの中に沈んでいくばかり。
こちらを敵と認識したスライムが大きく跳躍し、飛び掛ってくる。
空を飛ぶスライムという図式に驚愕しながら、それを何とか避けると
スライムは長椅子へとその体をたたきつけるように着地した。
粘性のある液体をぶちまけた嫌な音。
偶然、長椅子に押し出されたのか表面近くにうっすらと玉の様なものが見えた。
たんこぶのように出てきたそこは間違いなく核。
「そこかっ!」
偶然か、祝福か。
とにかく現れた目の前のチャンスを逃さないよう、俺は無理な姿勢のまま切りかかる。
スライムのカウンターというべき一撃が剣を持った右手を包み込み、
腕全体を蝕む痛みに悲鳴をあげそうになるが剣を握る手は離さない。
確かな手ごたえの後、スライムはその場にどろりと崩れ去った。
「はぁはぁ……いけることはいけるな」
俺は傷の具合を確認しながらそうつぶやき、2人に振り返る。
すると、2人は倒せた安堵よりも恐怖にその顔を染めていた。
「こんなの……」
「この気配はまずいわね」
2人の言葉に、俺も気配を探るように意識を向ける。
(! なんて数だ……1度には出てこられないようだが……)
穴の向こうに、少なくとも同じやつらが二桁はいる。
後は気配が混ざって正確にはわからない。
そして、気配の向こうに何かがいる。
そうこうしている間に、どろりと2匹が互いを押し合うようにしてこちらに出てくる。
大きさには違いがある。
片方は犬ぐらい、片方はポニーほどだ。
小さければ核に当たる可能性も高くなり、3人の攻撃は数度の攻防の後、それを貫く。
だが……。
「増援を確認。詳細不明、対処困難」
「そうみたいね。きりがないわ」
崩れた壁の向こうは洞窟のようで、
かなりの広さがあることがここからでもわかる。
そのうちをどれだけやつらが埋めているかはわからないが、気配は濃密だ。
このまま3人で何とかできるか?
いや、それなりにはいけるだろうがリスクがあるのは間違いない。
ならば……。
「二人とも、俺はここで奴らを足止めする。二人は町に戻ってフィルから援軍を確保してくれ」
「何言ってるのよ! 私だってやるわ!」
「そうだよ! なんで一人なんて!」
抗議の声を上げる2人に答えず、俺は懐から消耗品をいくつか取り出し、
その中の1つを聖女の像のほうへ、もう1つを崩れた壁と投げる。
甲高い音を立ててはじける水晶のような石のはまったペンダント。
とたん、うっすらとした膜が聖女の像周囲と壁の穴を覆うような形に広がる。
一定の物理ダメージを防ぎ、プレイヤー以外の侵入を防ぐ結界アイテム。
デメリットは値段と、動けないこと。
ネットゲームにおいて、狩りといえば定点に陣取っての物か、
移動しながらか、いずれにしてもこのようなアイテムに需要はあまりない。
ましてやこのアイテム、対人には効果がないのだ。
俺とて在庫は2桁しか持ち合わせていない。
「仮にどうなってもあの像があれば便利だからな」
俺はそういって、光の膜にまとわりついているスライムをにらみながら
アイテムボックスから有効そうなアイテムを無造作に選び出す。
「聞いてるの?」
責めるようなキャニーの声に俺は手を止め、膜の向こう、空いていた空間に
どろりとまた姿を現してくるスライムに警戒しながら、口を開く。
「あれが転送できないと決まってるわけではない。途中相手にした連中は、
決められた場所しか動けない、そういう相手だ。だがスライムは違うだろう」
しゃべりながら取り出したスカーレットホーンを床に適当に突き刺す。
「確かに今の数なら3人で全部防げるかもしれない。
だが防げなかったら? 数がもっといたら?
下手をすればあれが平和なはずのこの地域にあふれ出す。
ここからは俺のカンだがあれは自然発生していない。何かがある。
外に出すわけにはいかないんだ」
再び虚空からアイテムを取り出そうとした俺の右手、
スライムの攻撃で少し荒れた手をミリーが掴む。
「……私達2人じゃ時間稼ぎにしかならないし、どちらか1人だけが戻るのじゃ、
万一があったら全てが無駄。そういうことなんだね」
俺は頷き、促すようにミリーを見る。
信じてる。
そう小さくミリーはささやいて、まだ納得していない様子のキャニーの手をとって下がっていく。
後に残るのは嫌な音を立てるスライムと、俺。
そして像。
連携も何もなく、膜に体当たりとまとわりつきを繰り返すスライム。
後10分もすれば1回目の膜はダメになりそうだ。
相手はただの野生だけで動いているのか、
それとも知性を持ってやってくるのか。
「いずれにしてもだ。遠慮はなしでいかせてもらおう」
俺は見咎める存在のいない空間で、
いつかのMDを思い出しながらアイテムボックスの画面をあちこちに展開。
消耗品、武具、それらが様々に選べるような配置になる。
武器生成はそろそろだろうが今は無理。
援軍がいつやってくるかも不明。
馬に仕込んでおいたアイテムは強行軍を可能にするだろうが、
それでも明日にでも、というわけにはいかないだろう。
上手く倒しつつ、結界を張るアイテムを使っていけばかなりの時間は稼げるだろうが、
ずっと防ぐだけの在庫があるとは思えない。
「ま、元々有限の力だからな」
覚悟を決めた俺は無造作に床につきたてた10本ほどの武器から、
黄金色に輝く槍を掴み、構えた。
そして、孤独な戦いが始まる。
ファクト:LVUPのたびにステータス基本+任意上昇
この世界の一般人:基本上昇のみ。任意分はきっかけがあれば。
という感じです。