44「戦いの狼煙-4」
描写は悩み続けてます。
読み込んで、書くしかないですね。
「総員、構え!!」
号令と共に、どこからか野太い声が周囲に響き渡る。
国の歴史がどうとか、自分たちが誇り高いなんたらだとか、
俺には思い入れの無い言葉が続いていく。
こうなってしまう前に、何かできなかったのだろうか?
そんな考えが、浮かんでしまう。
今日、ここに来ている関係者はマシなようだが、
国同士の争いは国を維持するために必要な
肝心な部分への気遣いをどこかに置き忘れるものなのだろうか?
(万一の場合の被害のひどさは、俺なんかより想像つくはず……いや、今言ってもしょうがない)
俺は考えを切り替え、出てくるであろう相手の情報をいくつか頭の中でまとめることにした。
そのまま突撃してくるだろうか? 何か絡め手でも混ぜてくるだろうか?
「ファクトは無理すんなよ。コーラルの護衛頼むわ」
「ああ、そうさせてもらおう」
ジェームズの声に俺はふと、事の始まりを思い出していた。
(準備を待たずに、少数精鋭で奇襲でもすべきだっただろうか?)
俺はそんなことに思いをはせながら、懐から双眼鏡もどき、
以前イリスから受け取ったソレに力を込める。
ぐぐっと、鮮明かつ拡大されていく視界。
拡大した状態でもかなりの距離があるが、
見覚えのある体格の集団が見える。
「いるな。かなりの数だ」
「みたいだな。あっちも騒がしくなってきやがった」
俺は目を離さないままそうつぶやくと、
隣にいる別の冒険者からと思わしき声。
結局、この双眼鏡もどきは遺物ではなく、便利な部類のアイテムだったようだった。
というのも、偵察要因と思わしき軍人が同じようなものを携帯していたからだ。
(ん? あれは……)
さらに細かく見るべく、もう少し力を込める。
すると、拡大倍率は上昇し、集団の詳細が視界に入ってくる。
ここまで来ると手元をわずかに動かすだけで大きく視界がずれるので、
なかなか固定が難しいのだが、なんとかなっている。
これも高いステータスの恩恵だろう。
と、先陣となるオークの集団の後ろに大きめの影。
しわくちゃの老人の手足のような独特の枝。
根っこがかなり気味悪い動きをして走る存在、ウッドゴーレムだ。
(前の集団のリベンジなのか?)
まだ見えていないが、魔法を使いそうなやつもいることだろう。
だが、明らかに戦力は違う。
こちらに国の軍隊がいるように、
相手もその中身、数が増強されている。
「ただの襲撃にしちゃ、手が込んでるというか、不自然すぎる。
この街、何かあるんじゃないのか?」
思わず、俺はそう口に出す。
「何かって、地下に魔人の封印がー、とかですか?」
緊張をほぐすためか、コーラルがそのつぶやきに乗ってくる。
「そんなもんが地下にあったら街なんて作る前にあちこち瘴気であふれてらぁ」
見知らぬ冒険者の笑いに、周囲が乗ってくる。
飛び交う軽口に、俺も笑いながら思い出していた。
MDにいた様々なユニークモンスター。
ヴァンパイアだっていたし、首無しの騎士だっていた。
天を貫くようなよくわからない巨人もいたし、
ゲームじゃなかったら相対したくも無いような強力な姿の相手も多かった。
その意味では幸いなことに、俺自身が実際に戦うことがあった相手というのは少ない。
ほとんどは攻略サイトや、プレイヤー視点の動画などで見た程度だ。
それでも、まったく見知らぬ状態とでは違いはあるだろうから、
無いよりはマシに違いない。
ともあれ、そんな中にも人間にとっては純度100%悪、という存在はいくつもいる。
自然現象に近いような巨大生物や、ほとんどの相手は
たまたまテリトリーの都合で人間とぶつかったり、
敢えて踏み込んでいかなければ設定上、被害の無い相手なのだ。
だが、彼らは違う。
明確に生きている人間を使って自分の部下を増やしたり、
根絶やしにしてテリトリーを広げようとする。
例えるなら、死霊をまとめる者だったり、
亜人種の王だったりである。
ゲームでは不定期なイベントであったり、そもそも
プレイヤーが受注しなければ先に進まないクエストであったりする相手。
しかし、この世界ではそんな便利に待ってはくれないだろう。
人間側が対処できないときにそんな相手が動き出さないことを祈るのみである。
「! 遠距離の魔法攻撃、始まります」
コーラルの声にやぐらの上を見れば、ここからでもわかるほどに
魔法使いは詠唱の声を張り上げ、力が放たれる。
魔法の種別は火球、ファイヤーボールだ。
別にそれしか魔法がこの世界に無いというわけではなく、
消費、威力共に一番使い勝手がいいのだろう。
今、俺たちがいるのは街のそばではない。
街からは少し離れた場所だ。
平地と、林とが点在し、若干視界は悪いが
他の場所はここ以上に迎撃には向かない。
最初は街から離れることに疑問があったが、
オリジナルとなる予告にはちゃんと方向も書かれていたらしい。
街には最後の砦となる兵力で、予告と違う方向からの襲撃が合った場合に
時間を稼ぐつもりなのだという。
(前もそうだったが、これじゃまるでMDの大規模イベントだ)
着弾するファイヤーボールの爆音とその炎を見ながら思考する。
「そろそろだな。あいつらも痺れを切らす頃だぜ」
ジェームズの声が、混乱しかけていた頭に入ってくる。
そうだ。色々な研究や確認は、終わってからでいい。
俺は装備の最終確認を行い、肉眼でも見えてきた集団をにらむ。
遠距離攻撃にもひるんだ様子は無く、勢いを落とさず進軍してきたようだ。
「騎兵隊、進め!」
響き渡る声と共に、軍に動きがあるのがわかった。
先行して放たれた魔法による炎が地面を焼き、煙を上げる先へと
旅に使うものとは体格の違う馬に乗った兵士達が駆け抜けていく。
続けて、金属鎧を一律に装備した歩兵達ががちゃがちゃと音を立てて進んでいく。
音と土煙とが、否応無しに空気を張り詰めさせていくのがわかった。
布陣が途切れないよう、徒歩となる俺たちもそれに少し遅れてだが
戦場へとその身を躍らせることになる。
(こいつは、かなりの数だな)
相手は街を滅ぼすつもりなのは間違いが無いようだった。
地面が見えない、などということは無いが、
それでも敵のいない方向を探すのは難しい状態だ。
あちこちで戦闘は行われ、あっという間に乱戦となってしまっている。
「この……ええいっ!」
右利きなのか、力の限りと言った様子で
棍棒を振り下ろしてくる1匹のオークの攻撃をバックステップで大きく回避し、
開いた数歩ほどの間合いをダッシュで詰めながら飛び上がり、
すれ違いざまに首付近に両手持ちでスカーレットホーンを突き刺す。
手に剣を握ったまま刺さった箇所を支点に、ぐるりと回転するように
姿勢を無理やり整えた上で手を放して地面に降り立つ。
「貫く手よ届け! 雷の妙手!」
『ピギッ!!』
のけぞったオークへと雷の魔法が襲い掛かり、
俺の一撃にか、コーラルの魔法にか、オークは一言叫びを上げ、そのまま倒れこむ。
俺は無言で首から剣を抜き取り、周囲の索敵を行う。
大人1人分の体重がかかったエグい切り口には目を向けない。
戦闘中とはいえ、直視はしたくないものだ。
それよりも……。
「こいつら……強いぞ」
「はい。動きが思ったより速いですし、丈夫ですよ」
しとめた相手から漂う異臭に少し顔をゆがめながら、コーラルが答える。
いつもならば、腹にまともな一撃でも食らえば多少は動揺するだろう相手のはずだが、
いくつも槍で貫かれてなお、最後の一撃を放ってから倒れようとすらしている。
軍の統率された動きや、冒険者たちの連携で
今は優勢と言えるだろうが、時間がたてばどうなるか。
「おい! そっちいったぞ!」
「! こいつっ!」
横合いからかかった声に向けば、先ほどよりも幾分か豪華な装備をした1匹。
持っている武器も、ただの棍棒ではなく大き目の鉈のようなもの。
ちらりと視線を後ろに向ければ、こちらの背後ではまだ戦闘中の集団ばかり。
(下手に避けて別の方向に向かわれても面倒だな)
そう判断した俺は手早く手持ちのスカーレットホーンを背負いなおし、
背中から別の剣を取り出してガードの姿勢をとる。
性質としてはディフェンダーに近い、耐久と防御に重点を置いた一振りだ。
特別な名前は無く、性能だけそういう調整をしてあるのである。
奇声を上げて迫る相手の攻撃に合わせ、刃で手を切らないように横にして
上段からの一撃をまともに受け止める。
脳裏に浮かぶ、嫌な想像を振り払い、全身で衝撃を受け流す。
幸いにも、両断されるということは無かったが、
足元が少し地面に沈むのがわかる。
甲高いとは言いがたい、重厚な金属音。
俺と武器が無傷であることにオークの表情が驚愕に染まるのがわかる。
いや、正確にはわからないのでそういう気配がした、であるが……。
そのとき、鈍い音と共にオークの体が揺れ、ゆっくりと横に倒れる。
見れば、無防備な背中に突き刺さる金属槍。
「おう、おいしいとこ持っていくぜ?」
「キール! いや、助かった」
オークの後ろから顔を出した彼に礼を言い、次の戦闘へと向かう。
時折戦場に降る魔法が、地面にいくつもの穴を開け、
互いの攻撃が血肉を撒き散らし、地面が荒れていく。
(仕方の無いことだが……少しな……)
戦いのために、傷ついていく風景に内心、心を痛める。
そのときに感じた違和感を大事にしなかったことを、後で俺は後悔することになる。
戦場に響くモンスターと人間の怒声に悲鳴。
俺は横から回り込もうとする集団にコーラルと混ざり、
後ろから投石や自らの枝を飛び道具にするウッドゴーレムに攻撃をしかけようとしていた。
「薪にでもなってろ!」
コーラルら魔法使いにより、炎系統の魔法を浴びて
狂ったように暴れるウッドゴーレムへと大きく跳躍し、
攻撃方法の源となる人間で言う手にあたる部分を
上段から真下へと振り抜いた剣でばっさりと切り落とす。
木とは思えない、妙に質感のある手ごたえと共に、
大きな音を立てて切り取った部分が落下し、動かなくなる。
それが周囲の注目を集めたのか、
いくつもの殺気らしきものが俺のほうを向き、
周囲にいたウッドゴーレムがその体を独特の動きで揺らす。
(あれは、飛ばしてくる!)
その動きは人の体などあっさりと貫く鋭い枝の槍とでも言うべき飛び道具の予備動作。
その数は多く、1匹からくるものでも防ぐのはなかなか困難だ。
今向かい合っている俺達はともかく、それ以外のメンバーは
そもそも飛来してくることすらわからないことだってある。
避けろと叫ぶことが頭をよぎるものの、目の前で他の敵と戦っているのにそうそう他の攻撃を避ける余裕などありやしない。
こちらの面々とて、盾を持っていない人間もいる。
(こうなったら! ちょっと目立つが……)
今からやることは、この前兄妹を助けたのとある意味同じ手段。
周囲に漂う、蹂躙された大地や林の中にいたと思われる
緑色の精霊の力を借りての手段!
「今から盾が出てくる。構えろ!」
ウッドゴーレムの攻撃をどう防ごうかと悩んでいる様子の近くの冒険者たちに
大きく声を張り上げ、俺はスキルに集中する。
ついにウッドゴーレムの目が赤く光る。
後10秒もすればそれは放たれるだろう。
だがその前に!
「盾生成!!」
同じスキルを何度も叫び、いくつもの盾を作り出す。
突然目の前、もしくは手の中に生まれた重量に慌てるものの、
それは普段が命がけの冒険者。
理由は後回しとでもいう動きで生まれ出た盾を構え、自らと仲間を守るような位置に動く。
ちょうどそのとき、弓矢のような風切り音をたて、かなりの数の枝が飛び出してくる。
全てを防ぎきることなどはできなかったが、動作を見越して各人回避したり、
構えた盾で受け止める形で事なきを得る。
はじかれた音は無く、ズブリと刺されるような音。
それは盾に突き刺さった相手の攻撃が生み出したものだった。
俺が作り出した盾は木製といっていいタイプ。
完全に防ぐようなものでは、どこにはじかれていくかはわからない。
突き刺さり、威力を殺せるようなものが必要だったのだ。
「今のは……?」
誰かの呟きを始まりとして、近くに広がる衝撃。
さてどうしたものかと思案したときに、1人の声が届く。
「精霊の守りは我々と共にある! 正しく力を使う我等に祝福があったのだ!」
背後からの声に振り返れば、身なりの良い、騎士と思わしき一団。
その先頭にいたリーダー格と思わしき人物が叫び、
部下であろう幾人もの兵士が敵へと突撃していく。
妙に力のあったその声は周囲の動揺を収め、待ったの無い戦闘が
それ以上の混乱を押し流していった。
「教会の連絡がうまくいってるみたいですね」
息を整えるためにか、俺のそばにやってきたコーラルがそう声をかけてくる。
「いや、それだけではないな。君がファクトか? イリスから色々と聞いているぞ」
「隊長! 指揮官が馬から降りた上に1人で移動しないでください!」
先ほどの声の主が、こちらへと歩み寄ってきたかと思うと
思ってもいなかった名前を口にした。
ついでに、追いついてきたもう1人の言葉が、彼の立場を教えてくれる。
「イリス? 元気に……ってそれどころじゃないな」
「そういうことだ! まずは終わらせてからだな!」
騎士は若く、20台前半と思わしき青年だった。
力強い動きと共に振るわれる両手剣はオークを武器ごと押し返していく。
しばらく後、俺は一緒に行動していたメンバーの武器交換や、
休息のために一度後退していた。
1度前線から下がって戦線を見渡すと、人間側にも
相応の被害は出ているのがわかる。
自分の足で後退するもの、運ばれるもの。
……倒れているもの。
だが、このまま行けば人間側の勝利で終わるだろう。
「戦いって……」
小さくつぶやいたコーラルの顔は険しい。
何か声をかけようかと思案したとき、彼女だけでなく、
一緒にいた冒険者の何人かが体をこわばらせる。
(ん? 何か増援……なんだアレは?)
皆の視線の先、戦場の上空。
今はまだ黒めの雲、と言った様子だが明らかに異質だ。
何かが、おかしい。
「よくわかりませんけど、嫌なものがアレに向かって上っていっています」
コーラルの声に、周りの人間、恐らくは魔法に長けた人々がうなずく。
「ワシは見たことがある。確かアレは何かの召喚用の儀式だった」
初老というべき冒険者の男性が、含蓄を持った言葉でその正体の一片を語る。
負の感情だけでなく、意識ある者の感情というものは
集まると何かしらの力を持つ。
それはお祭りの熱狂であったり、
戦場の狂気であったり、喜びの催しだったり。
「ワシが見たときは、大地が死霊で埋め尽くされておったよ」
そのときはたまたま、英雄の集団がおったがな、とつぶやき、
男性は武器を構えなおした。
俺は双眼鏡もどきを取り出し、雲の真下辺りに見当をつけて見る。
「いやがる……何かが杖を振ってる」
既に黒いオーラが周囲に漂っており、姿ははっきりとはわからない。
「……行こう」
誰とでもなくつぶやかれた声に、俺の足も動き出す。
(マテリアルドライブは一回限り。どこだ、どこで行く?)
俺は走り出しながら、恐らくは切り札を切るシーンが来る事を感じ取っていた。
「コーラル、そっちの少年も」
腰のベルトと、外套の内ポケットに下げていたポーション、
以前彼女にも飲んでもらったことがある魔力回復用のソレを無造作に投げ渡す。
「これは金貨でようやく買えるかという……いえ、今はそういう話ではないですね」
見覚えは無い魔法使いの少年は驚いたような表情をしたが、
後は無言でポーションを飲み干す。
そして、俺たちが戦場にたどり着いたとき、
輝いていたはずの太陽は――黒雲に覆われた。
どこからか聞こえる高笑い。
それはあのモンスターのものなのか、情景が生み出した幻聴なのか。
どちらにせよ、形勢に変化があったのは間違いない。
オークが、ウッドゴーレムが、相手が立ち止まる。
瞬間、何かもやのようなものに覆われたと思うと
現れたのはぼろぼろになった肌、うつろな瞳、
禍々しい空気をまとった相手。
「馬鹿な! 生きているものが不死者になるだと!?」
騎士、俺のフォローを先ほどしてくれた青年が驚愕の声を張り上げる。
当然のことだ。
死体がよみがえる。
これ自体はそう突拍子の無いことではない。
確かに、この世界にはアンデッドやその類はいるのだから。
だが、意識もある上に、致命傷を負っているわけではない相手が
そのまま変化するなんてことは、聞いたことが無い。
「見ろ! 他にも!」
あがる別の叫び。
そう、本来ありえない相手が変化しているのだ。
ならば、本来ありえる相手は?
俺の考えを肯定するように立ち上がる影。
「ひどい……」
コーラルの声。それはひどく震えている。
(効率的……ではあるのだ。間違いない)
どこか冷静な頭が現状をそう評する。
敵を倒し、味方が倒され、どちらもが不死者となる。
残るのは自分の勝利のみ。
だが、こんなことができるのは相当に力を持った特定のモンスターだけのはず。
この場にはそれだけの気配は感じない。
ならば、何故?
瞬間、脳裏に走る感じていた違和感。
大地が、見た目以上に穴だらけに感じていたのは……!
「そうか、精霊を代償にしたか! なんということを。これでは人が住めなくなる!」
俺が言葉をつむぐより早く、手早くアンデッド達に有効な炎魔法を打ち出していた魔法使いが叫ぶ。
「代償? つまり、相手を倒しても戻ってこないのか?」
俺は半ば悟りながら、コーラルにも声をかける。
「っ! は、はい! 通常、魔法の数々は精霊の力を借ります。
私の感覚では精霊そのものと言って良いです。
ですが、借りているだけですから本来精霊自身が持っている力のいくらかです。
強い魔法はそれだけ多くの精霊の力を借りて発動します。
でも、あれは力だけを使って……無理やり……。
このままでは、精霊が壊れたままになってしまいます」
コーラルの手から繰り出された光の魔法がオークだったものにぶつかり、
その体を崩れさせる。
「ある程度ダメージを与えてあればこの魔法ならなんとか……でも数が多すぎます!」
どうやらあの幽霊に教わった魔法であれば懸念したことにはならないようだが、
彼女の言うように戦場の敵は全てあってはならないものに変わっている。
倒すことは不可能ではない。
だが、そのまま倒してしまえばこの土地は不毛な土地となる。
(なるほど、命を頂く、とは洒落た話だ)
防ぎきれなければ蹂躙され、防ぎきってもこの土地には住めない。
よくできた、作戦だ。
「くっ! 空っ!」
誰かの叫びが聞こえ、上を向けば羽の生えた異形。
どこからやってきたのか、地上と比べて数は多くないが空を舞う、ガーゴイル。
普段は遺跡等にいるはずの彼らが今、飛んでいる。
一瞬の隙を相手は見逃さず、俺に向けてガーゴイルの手から魔力光が放たれる。
(しまった!)
近くの相手に攻撃を仕掛けた姿勢のままで、
避けるのも間に合わないタイミングでの攻撃。
直撃しても致命傷にはならない可能性は十分にある攻撃。
だが、そんなことは周りから見ればわからない。
「ぐぅっ!」
響くうめき声。
横から滑り込んできた影は、俺に当たるはずだった魔力光をその身で受け止めた。
「大丈夫か!」
俺は魔力光を受けた姿勢のままで倒れそうになる相手、
どこかで見覚えのある男性を抱きかかえる。
「ははっ……そっちは大丈夫か? 奇跡の担い手さえいれば、なんとかなる」
力の無い声。
慌てて回復のためのポーションを飲ませようとするが、
俺は気がついてしまう。
彼の、HPゲージは……もう黒い。
正確には、半透明のゲージだけは赤く残っている。
だがこれは、大きなダメージを受けたときに残る今際の時間のようなものだ。
真っ赤な部分が残ってさえいれば、回復させることも可能だが、これでは!
「俺の、俺のために!」
「何、命にはそれぞれ役目がある。生きるもの、全てにな。
俺は山で動物たちにそれを学んだ」
力なくつぶやく男性、彼は以前談笑した……猟師のおっちゃんだ。
「俺は見てたよ。お前が地竜に挑むところをな。
だったら、俺なんかより、生き残るのは……お前だ」
抱きかかえる俺の手をぐっと握る男性。
「手が、あるんだろ? なら、後は頼むぜ。この大地を救ってくれ」
言い切った彼の体は、動かなくなった。
俺が正体を明言していればこんなことにはならなかったのか?
もっと早くあらゆる手段で力を使い続ければ解決したのか?
俺が、彼を殺してしまったのか?
脳裏に浮かぶ意味の無い問いかけ。
今も命は失われている。
それが、戦いだ。
俺だって、何かの命を手にかけている。
思考を無理やり纏め上げ、俺は立ち上がる。
そして周囲を見渡し、コーラルと、見覚えのある騎士を見つける。
「コーラル、あの魔法は武器に重ねられるか?」
「え? いろんな魔法は武器の追加効果みたいに付与できますよ。
でも、長くは持ちません」
肯定の返事と共に、コーラルはうなずく。
可能ならば、十分だ。
「今から戦場に向けてその魔法の使い方を教えてくれ。みんなで使う」
「で、でも。スピリットそのものではないので、
ある程度ダメージを与えていないと効いてないですよ?」
俺の提案に慌てた様子のコーラル。
「大丈夫だ。手段はある」
俺は答え、騎士へと駆け寄ってその傍らに立つ。
「どうした、ファクト」
騎士はイリスからどこまで聞いているのか、何かを期待するように
こちらに視線をやりながらも手の武器を振るうことをやめない。
「声を届かせる手段はあるか?」
「あるとも。どこに、誰の声を伝える?」
俺の短い問いかけに、騎士はきっぱりと答えた。
「彼女の、コーラルの声を。そして、その後起こることに従わせられる人の声を」
「ならば私が後のほうは行おう。これでも指揮権は持っている」
力強く答えた騎士は、すばやくコーラルの元へと駆け寄り、
懐から何か拳大の物を取り出す。
それは一見、ワイヤレスのマイクのようなものだった。
「これに力を込めて語りかけろ」
「よし、流れはこうだ。まずは彼女が使える浄化用の魔法を各所にいる魔法使いに伝える。
その後、なぜか人員の手元に出てくる武器にその魔法をかけ、倒す」
俺は乱暴に手順を伝え、コーラルと彼、2人に伝達を依頼する。
「ほう……奇跡はいつ起こるかわからんものだと思っていたがな。
それはいい。方法があるのならば問題は無い。まずは私が」
言って、彼は戦場へと語りかける。
曰く、
・状況を打破する手段がある。
・次に続く女性の声を聞き、使えるものは準備をしろ
・この後に何があっても驚くな。そして、やるべき事をやれ。
俺としてもこれで伝わるのか、少し不安だったが、
彼は有名人なのか、大きな混乱は起きなかった。
続けてコーラルから、浄化の魔法に関する使い方が戦場に届く。
「あの魔法使いはこの近くにいたんじゃな」
行動を共にしていた初老の冒険者がそうつぶやき、
コーラルから教えられた魔法の準備をするようにつぶやく。
「よし、伝わったぞ? さあ、どうするのだ?」
どこか興奮した様子の彼の視線を受けながら、俺は目を閉じる。
(そのまま実行したのでは足りない!……感じろ!)
前のようにマテリアルドライブを実行したのでは、
範囲も効果時間もたいしたことは無い。
俺は意識を広げ、人の、精霊の気配を読み取る。
「がんばってください……」
そっと、コーラルが俺の手をとりつぶやくのがわかる。
感じるつながり。
全ては精霊に連なり、精霊は全てにめぐる。
それは人同士だって同じだ。
(……掴んだ!)
俺は目を開き、脳裏でスキルの実行結果をイメージしながら叫ぶ。
「廻る精霊の恵み! 制限開放・武器生成!《マテリアルドライブ》」
広がる白い光。
それは禍々しい地面の雰囲気を押し流すように戦場を満たし、
俺に最後の一手を繰り出す力を与えてくれる。
(作り出す物は槍!)
俺の、近くの冒険者の、そして恐らくは離れた場所にいるジェームズやクレイの手元にも。
作り出される白い槍。
――ホワイティア
MDにおいて、マテリアル教の教会で貢献度のようなもので交換、
あるいは製法を教わることで特殊なアイテムを素材にして
作り出すことで手にすることができる武器だ。
通常の使い道としての武器のランクは低い。
儀礼用というべきランクの強さしか持たないのだ。
だが、この武器の真価は投擲時に表れる。
スキル名、━想いの一投━。
使えばアイテムとしては消滅することになるが、
効果は絶大となる。
貫通効果をもち、ここで投げれば後ろのほうまで巻き込んでいくことだろう。
そして地竜のような特定の相手や、
ユニークボスの類には効かないが、効果はHP100%ダメージ。
つまり、確実に倒す。
一人では上級ダンジョンになど行けない俺のいざというときの一手の1つ。
ゲームのアイテムとしてはイマイチなネタアイテム。
それが今、戦場の全ての人間の手に渡る。
「魔法を! そして」
「唱えよ! そして投げろ!」
俺の言葉を途中でさえぎり、騎士の声が戦場へと響き渡る。
届く詠唱の声、そして……。
あっけなく、戦場から音が消える。
空に、大地に白い光が走り、当たった相手はその身を消滅させる。
それはまるでアニメで見たSFのビーム兵器のような、派手な光景だった。
周囲に舞う、なじみのある光。
スキルの効果と魔法の効果が合わさり、
一撃で倒された上、精霊は開放されたのだ。
「ありがとう。よくわかったな?」
「何、私とて無駄に武器を振るってるのではないからな。
驚いたぞ。アレは教会の儀礼の際に稀に受けることのできるモノだろう?」
俺は騎士に歩み寄ると、騎士も驚きに表情を染めながら答える。
そうか、そういうものなのか。
「いや、いい。奇跡は起きた。それでいいのだ。後はなんとかしてみせよう」
騎士はそういい、口元に拡声器もどきを持っていくと叫ぶ。
奇跡は起きた。我らの勝利だと。
勝利の雄たけびが、戦場を満たした。