40「彷徨う影-2」
男2人の依頼は、別途書く・・・かな?
現場への道中は、かなりのどかなものだった。
馬に乗っているとはいえ、勢いよく走らせるという形ではなく、
のんびりした馬車程度の速度での移動である。
まだ日本のような明確な四季があるのかはわからないが、
今は初夏といえそうな陽気の陽射しが2人に注ぐ。
北方であるこの地域でこの暑さとなれば、
そうでない場所に行けばもっと暑そうだ。
もっとも、この世界が地球のような形をしていて、
そんな地域差があれば、ではあるが……。
太陽に暖められた地面の土のにおいと、木々のにおいとが混ざり、
ここが自然に満ちている事を感じさせる。
時折、耳に届く鳥達の鳴き声と、馬の足音。
思い出したようにふく風がさわやかだ。
「ところでコーラル、暗いのがダメか? 動くはずが無いものが動いてる感じがダメか?」
目的地まで半分ほどをすぎたと思われる辺りで、
俺の左後ろに同じように馬でついてくるコーラルへと
振り返りながら、前から気にしていた事を聞いてみた。
「どちらでも無いですね。それに、絶対に無理っと言うわけではないんですよ。
つい反応しちゃうというか、想像しすぎるというか」
悩んだ表情をするコーラルは日差しの都合か、いつもよりも軽装だ。
薄めの生地で作られた様子のローブの下に、
動物の皮ではない、恐らくは麻等の植物由来と思われる素材だろう上下。
後衛とはいえ動くときは動く。
今日の彼女はズボンのようなものをはいている。
女性の服に詳しくない俺には名前はわからないが、
膝の辺りを中心に、多少ふくらみを持ったものだ。
いずれにせよ、飛んだり跳ねたりには向いた感じである。
全体の色合いは地味だが、胸元につけられたネックレスと、
光るブローチはまばゆく、その存在を主張している。
「月の無い夜は何か感じてもドアを開けちゃいけない、
って子供の頃よく言われていたんですよ。今思えば、スピリットが
彷徨ってるかもしれないから、ってことなんですけどね。
ある夜、外からクレイの声が聞こえて、何でこんな時間にって思わず開けたら、
そこにお化けに変装したクレイがいたりして、私叫んじゃいました」
手綱を持つ手にきゅっと力が入ったのがわかる。
当時の彼女にとって、よっぽどだったに違いない。
「他にも、私が驚くのを良いことにか、よく脅かしてきたんですよ。
どこそこの森に幽霊がいた、だの。家が魔法使いだからか、
他の家庭以上にスピリットやアンデッドの怖さについて聞いていたんですね。
だから余計に気にしちゃって。暗闇を警戒しすぎるというか、そんな感じです。
それに、駆け出しのころにアンデッド、ゾンビ退治を受けたときになんですが、
気配を感じて、たいまつごと振り返ったらすぐそこに目標がいて、直視しちゃったんですよ」
そのときの事を思い出したのか、体を少し振るわせるコーラル。
(なるほど。それは俺も遠慮したい)
迫力あるモンスターはより迫力を持って、と描写されたMDではあるが、
流血部分や、嫌悪感を抱く巨大な虫、アンデッドの類はフィルターも用意されていた。
この世界ではそんな便利なものはないわけだから、
恐らくは言葉では表現しがたいほどのモロな姿を目にしたのだろう。
「そうか。今回は肉体が無い相手のはずだから、それなら大丈夫か?」
「はい! 得意っていうわけじゃないですが、多分大丈夫です」
いやに元気なので聞いてみると、どうもスピリットのようなタイプで
ゾンビな見た目をしたものは皆無で、ほとんどが白いもやのように
半透明で、あいまいな姿をしているらしい。
中にはおどろおどろした姿の個体もあるようだが、
過去、出現した情報ではほとんどが強力な相手で、
山奥の古代遺跡だとか、ダンジョンの守護者のような存在なのだそうだ。
ゆえに、こんな、というと問題だが
日常で受けられる依頼の場所に出てくる相手はぼやけた相手しかいないといえるのだ。
街から1時間ほど移動した場所にある街道沿いに、
小さな看板が見えてくる。
文字そのものはわからないが、意味はわかる。
ここが目的地のようだ。
細い道の正面に立てば、森の奥に確かに白い墓標達がここからでも見える。
この街道は別の町に行くためにも使われる場所のようで、
道中、ふっと横を見たときに問題の影が見えたというのが証言だ。
看板のそばにそのためと思わしき杭が何本もあったため、
馬をそこにつなぐことにする。
森の間を切り裂くような細道を進み、
奥へ進むと野球場のような広さの場所に出た。
どうやら外から見えていたのはごく1部だったようだ。
「結構広い……ですよね?」
馬を降りたコーラルが、杖を手にしながら現場を見渡す。
「ああ、今のところ気配も無いしな」
墓地の中央、俺の3倍ほども高さがある大理石のようなものでできた
何かのモニュメントの元で周囲を見渡す。
(ずいぶんと広い……それに外側ほどなんとなく新しい、ということは……)
「森を切り開いてる感じだな」
「そうですね。この方達なんか、200年も前のですよ」
コーラルが示した先には、街を救った英雄が眠る、というような記載がある墓標。
どんな人物達だったのか、意識をそちらに少し向けたとき、強めの風がふく。
周囲の森がたてる音が今は不気味に聞こえる。
「見て回ろうか。スピリットだけじゃないかもしれない」
「わかりました! 私はあちらから回りますね」
念のため、地面からアンデッドが出てきたような跡が無いか、
手分けして確認している間に夕方を迎える。
モニュメントへと戻ってきた俺は、剣から手を離して辺りを見渡す。
先ほどまで白かったはずの墓標たちは、燃え盛る炎のように赤く染まっている。
ある種幻想的なその風景に視線をやりながら、同じく戻ってきたコーラルへと向き直る。
「一度、墓地から出よう。何かをきっかけに周囲にたくさん、
という状況も回避したい」
「はい。できれば観察してから挑みたいですね」
コーラルはモニュメントそばの墓標に供えられていた花が乱れていたのを見、
それをきれいに直してからこちらへと駆け寄ってきた。
看板のそばにちょうどいい大きさ、俺の背丈ほどもある岩があったので
それを背にする形で焚き火を起こし、時間をつぶすことにした
「そろそろ……いいか?」
「今日は月もかなり欠けていますから、気をつけないといけませんね」
パチパチと音を立ててはじける木に意識を少しむけながら、
俺は立ち上がって空と、森とを順に見やる。
コーラルの言うように、空にある月の明りは少々心許ない。
森に入ることがあるならば、しっかりと明りを用意しないといけない。
「よし。行こうか」
「ええ。あ……お湯が余りましたね」
言われてみれば、やかんにしては丸みの無い、俺の記憶で言えばポットと呼ぶべき形状の
容器が注ぎ口から湯気を立てている。
「2人だったからな。そこらに流して捨ててしまうしかないな」
答えたところで、急に馬がきょろきょろしだしたので
なだめるべく俺はその体を撫でてやる。
「そうですよね。ちょっともったいないですけど」
『そうじゃのう。ワシの家を掃除するのに使ってもいいかの?』
「ああ、かまわな……!?」
コーラルの声に、極々自然に、それでいて唐突な声。
思わず返事をしたところで違和感と、その中身に驚いて声の方を向く。
視線の先、岩の脇に白い影。
白いひげ、白い髪、白い服、全身白い。
というのも、明らかに透けているからだ。
(スピリット!? いや、その割りにはっきりしすぎている!)
俺は相手の姿に攻撃をする事をためらっていた。
ここまではっきりした相手は、よほどの力を持った相手だろうからだ。
手の内を先にさらすわけには行かない。
「はわわっ、み、見えてます!」
コーラルも混乱しているのか、杖を構えることも忘れて指差している。
『見えておるし、聞こえている。でいいのかの?』
油断無くシルバーソードを構えた俺に視線を止め、
敵意の無い瞳で言葉をつむぐ影、老人に見える。
「ああ。聞こえるし見えている。というかこれは頭に響いているのか?」
『ワシにはもう口は無いからの。思念というやつかのう』
とりあえずは襲撃してくるようなモンスターではなさそうだと判断した俺たちは、
出てきた理由を聞くことにした。
「お金が無いって、切ないですね」
「話としては、あるのにケチったっていう形みたいだけどな」
老人の幽霊と別れた俺達は徒歩で現場に向かっていた。
元老人曰く、適当に埋葬された人達の無念さが最近のスピリットの発生原因らしい。
昼間も、見えないが墓地にいるのだという老人の話では、残された家族が少しでも
財産を残そうと少々ぞんざいな埋葬を手配し、葬儀代金を浮かせようとしたそうだ。
勿論、勝手に埋めるわけにも行かないので教会なりが間には入っているようだが、
かなり簡素なものだったらしい。
恨みというよりも、もう少しなんとかならなかったのか、というような
思念だけが残り、今に至る、とういうことだ。
なぜそんなことがわかるかというと、
老人はそうやって嘆きながら消えていった幽霊未満の存在とよく語っていたからだという。
「コーラル、一般人も死んでから、今の話のように意識は残るものなのか?」
「さあ……実験するわけにはいきませんからね。でも、強い力を持った魔法使いや、
強い心残りを持っていた人やモンスターが何かに宿ったり、
あのおじいさんのように現世に影響を与える存在になるというのは確実にあるみたいですよ」
なるほどなあと、コーラルの説明にうなずきながら、俺は視界に入った影に
気がつき、腰のシルバーソードを抜き放つ。
わずかな金属音を立て、剣が乏しい月明かりに光る。
魔法の明りを用意したいところだが、
強い光が出ては相手が消えてしまうので意味がないのだ。
足元に注意して動かなければならない。
「私は属性なしの純粋な魔力攻撃でいきます。先行、どうぞ」
「了解した。では、行こう」
2人に気がつき、腕を伸ばすようにいくつかの影がこちらに迫る。
何も無ければ襲い掛かってきているようにも見えるが、
話を聞いた後だと、自分の愚痴を聞いてほしいから近寄ってくるようにも見える。
「気持ちはわかるが、遠慮はしない!」
駆け出した勢いそのまま、手直な1つの影へと右上から左下へと剣を思い切り振り下ろす。
手ごたえの無いはずの空間に、布をはさみで断ち切ったときのような感覚を残して、
白い影があっさりと切り裂かれる。
わずかに響く耳障りな悲鳴。
煙が立ち消えるように、影も消えていく。
そして、俺が姿勢を戻す前に後ろから飛来した、幾条かの白い魔力光が別の白い影を貫く。
今度は悲鳴をあげる間もなく、影は消えていった。
(随分とあっさりしてるな。コーラルの魔法が強いのか、相手が弱いのか……)
俺はその結果を見、相手の強さに関して考える。
俺自身の攻撃の結果からも、そんなに強くは無いようだ。
とはいえ、油断しては何が起こるかわからないので、
気を引き締めた上で別の影へと迫る。
今度は胴を薙ぐように、両断することに成功する。
自分の間合いに影がいないことを見、俺は懐の容器を確認することにした。
「1本、溜まってるか」
「問題ないみたいですね。続けます!」
答えるコーラルの手に力が入っているのがわかる。
ずいぶんと力んでいるようだ。
「おう! 無理するなよ!」
それ以上は下手にツッコミをいれず、
俺は墓標を壊さないように注意しながらできるだけ広い場所を
確保するようにして影と相対する。
モンスターと呼ぶのも微妙な存在らしい影達はもろかった。
走り続け、1時間もしないうちに、墓地に彷徨っていた
何十体もの白い影を一掃することに成功したのだった。
「追加は……無いな」
「見たいですね。静かになりました」
その場に、2人が立てる足音と、風が立てる木々のこすれる音だけが響く。
先ほどまで聞こえていた小さなうめき、影の発する声は聞こえなくなっていた。
『おうおう。ありがとうよ』
「!? 急に来るのは、勘弁してほしいな」
「……(コクコク)」
脳裏に響く唐突な声に、内心の驚きを隠しながら振り返る俺と、
驚きのあまり、声の出ていないコーラル。
例の老人が墓地の中に立っていた。
ちゃんと、足もある。
焚き火のそばではわからなかったが、服装はコーラルがするような
ゆったりとした魔法使いスタイルだ。
『それはすまんかったの。改めて、ありがとう。これでゆっくりできる。
できれば街の連中にも、ちゃんと埋葬するように伝えてくれるかの?』
「勿論。幸い、ツテもあるからな。しっかり伝えておくよ」
「最後までちゃんとしてもらわないと!」
復活した様子のコーラルが妙に力を込めた返事をする。
『頼んだぞ……おお、お嬢ちゃん。いい事を教えてあげよう』
疑問を口に出す前に、老人が構えた指先に明らかに魔力と思われる光が宿り、
ビー玉サイズの光の玉となり、それがコーラルのほうへとふわふわと漂う。
『ワシには行使するだけの力はもう無いんじゃがの』
戸惑っていた様子のコーラルも、寂しそうな声で語る老人の表情に、
その光を自分の手のひらで受け取る。
「これは、魔法? それも、浄化の」
俺にはわからないが、コーラルは光の玉から何かを読み取ったようで、
呆然とした様子でつぶやく。
『そうじゃ。その魔法の光は、狂気と化したスピリットを正気に戻せる。
あくまで単一の存在であれば、じゃがな。
本当は今回使えればよかったんじゃがの。まだお嬢ちゃんが
この魔法を使えるかどうかわからなかったからのう』
ひげを撫でながらコーラルを見る老人の瞳は優しい。
『お嬢ちゃんは、ワシらのような相手を見てもいつも、優しい。
見るもおぞましい姿になった相手でも、それは変わらないようじゃ。
まずは、救いたい、そう思ってくれている』
「でも、しっかりと魔法を撃ち込んでいますよ」
コーラルの反論に、老人は首を振る。
『今日はそうするしか手段が無かったからではないかの?
この魔法があれば、まずはそれを使う。そうではないかの?』
「……みたいだな」
自分の手のひらを確認するコーラルの顔が何より物語っていた。
どうやら途中の攻撃魔法も、相手がやられたと感じることの無い様にか、
敢えてオーバーキルに近いだけの攻撃を放っていたようだった。
「ありがとう……ございます」
コーラルのかみ締めるような返事に、満足したのか老人はうなずいた。
『ワシはこのままこの場所を見つめるでの。どこかで、彷徨う相手がいたらそれを使ってやっておくれ』
「はい!」
にこにこと笑顔を浮かべる老人は、そのまま古ぼけた墓標の1つへと
吸い込まれるように消えていった。
「……魔法使いだったんですね」
「ああ、それもかなり前のだ」
お墓に刻まれた年代は今から100年は前だ。
名前はかすれており、読み取ることはできない。
どちらからとも無く、墓標を掃除する。
草を取り、手持ちの適当な布で表面をふき取ると、なんとなくだが
墓標もきれいになった気がした。
「戻りましょう。そう遠くないですし、街にそのまま帰りましょうか」
「そうだな。依頼も達成できたし、必要な分も確保できた」
何が必要なんですか?と聞いてくるコーラルに道すがら答える形で、
2人は夜の道を馬で街へと進むのだった。




