34「暗闇よりの叫び-1」
寒いし残業だし……でも頑張ります!
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
感想等、お待ちしております。
「暗いな」
「ああ……これは暗い」
若者2人を従え、俺とジェームズの声が暗闇に響く。
今、俺とジェームズらの4人がいるのは地下水路のとある入り口。
街の開発対象から漏れたのか、周囲がどこか朽ちた様子の一角。
丁度流通の死角になるような不便な位置だ。
そんな場所の路地を少し入ったところにある地下への階段。
そこを降りてすぐにぽっかりと開いた黒い空間。
そこが、目的地へのスタートだった。
俺は突入の準備をしながら、発端を思い出す。
「行方不明者の探索?」
ミストから語られたのは、信徒兼冒険者である男性を探して欲しいという依頼だった。
歴史あるこの街だが、それに伴い、歪な区画や施設が各所に点在する。
街のあちこちに入り口があり、普段使用されるルートはともかく、
全容ははっきりしない地下水路、というのもそのひとつだという。
地下水路には、今は場所もわからなくなった過去の建造物や、
倉庫のようなものへの通路もあるらしい。
そんな中に、教会に関する建造物もあるそうだ。
「そうだ。教会からの依頼で、1人で探索を行っていた冒険者がいる。過去、チンピラ程度のことしか起きていなかったからな。特に問題はないと判断されたのだ」
ところが、戻る期日になっても帰ってこないのだという。
精々、灯りに困る程度だと思っていた側からすれば慌てるわけだ……。
「冒険者の特徴は?」
「少し背が低い、中年男性だな。装備は……依頼を受けた時には手斧を持っていたな。防具は皮鎧などだった」
そのほか、特徴になりそうなことを確認し、頭の中でぐるぐるとめぐらす。
(地下に降りたらアンデッド軍団がいました、なんてことは多分ないだろうな)
何かしらイレギュラーなモンスターか、犯罪者がいたか、といったところだろう。
「わかった。連れ戻せばいいんだな?」
「無事なら、そういうことで頼む。ああ、見つからなくても戻ってきてくれればいい」
何かあって報告もせずにどこかにいってしまった可能性も考慮したのか、
ミストはそういい、依頼料としてかそれなりの重さを感じる布袋をテーブルに置く。
「一般的な探索依頼の相場にしたがって用意した。たまたま彼らに先に会ったので、話だけは通してある」
ミストはそういい、工房の裏口を指差す。
見ればそこにはジェームズら3人。
ならば話は早い。
「良い話が出来るといいんだがね。行って来る」
俺は席を立ち、キロンに用件を伝え、一時的に工房を出ることになった。
そして地下水路を前にして立っている、という状況だ。
「さてと……どうも嫌な予感がするな」
俺はそういうが、曲がりなりにも3人も冒険者だ。
危険は承知の上だろうし、俺の言葉もただの確認でしかない。
俺が一番後ろ、中央にコーラル、前を残り2人が固める形で侵入する。
入り口から差し込む陽光も心細くなった頃、
念の為に俺とコーラル、2人で灯りの魔法を作り出す。
灯りに照らされ、どこまでも続きそうな暗闇がぼんやりと輪郭をまとっていく。
俺の脳裏には、現実世界での下水がふと浮かんだ。
足元にたまにいる良くわからない虫を避けながら進むと、
カツンカツンと、4人の足音がバラバラに地下に響く。
「臭いが、きついですね」
「余り整備もされてないみたいだな。少し横に行くと壊れたままだぜ」
口元を押さえるコーラルに、ジェームズが覗き込んだ横道の感想を告げる。
「何かいたほうがすっきりするけど、いないほうがいいよね」
我慢した様子のクレイの言葉に、俺は無言で頷きながらも
マテリアルサーチを実行する。
背後で展開されたスキルに、コーラルが背中で反応したようだが黙っている。
先日の事件で少し成長した彼女のことだ。
周囲の精霊が一斉に反応したことに気がついているのだろう。
近いうちに、上手く3人には説明するべきなのかもしれない。
自分が、この世界では過去の物となったスキルたちを使えるということを。
ともあれ、実行されたスキルから周囲の精霊たちの反応を探る。
空気中にも精霊がいないわけではないが、土であったり何かの塊であったり、
そういったものと比べれば明らかに数は少ない。
自然と、地図のように反応が出てくるのだ。
マップ表示が面倒だった時にマップ代わりに使ったこともある。
反応を見る限り、縦横無尽という言い方が正しい形で
あちこちに水路は伸び、いたるところで途切れている。
精霊の反応が強い部分は崩落したか、埋め立てられてしまったのか、
とにかく通れないと思うべきだろう。
どう汚れているかわからない水に落ちないよう、
痛んだ通路を4人は進む。
どれだけ進んだだろうか?
時折行き止まりにぶつかりながら、地道なマッピングを行いつつ、
大きなねずみや虫以外には特に遭遇せず、時間だけが過ぎていった。
要所要所に光取りか、ゴミでも投げ入れる場所なのか、日が差し込む場所もあり、
そこにはわずかながらも草花が生え、不思議な空間を作り出していた。
時には大きく崩落して、外に出れそうな場所もあった。
人気のある街中に穴が開いていれば騒ぎになるだろうから、
ここはそういう場所ではないようだった。
どうやら放置された土地はいくつもあるようで、
上空からこの街を見れば意外と荒れてるように見えるのかもしれない。
(こいつは、思ったより面倒だな)
天候の悪い時などには、あちこちから雨が注ぎ、
きっと濁流に近い状態に違いない。
と、再びマテリアルサーチを行うと、明らかに遠くに伸びていく道。
この道は街の外へと伸びているように思える。
隠し通路の1つや2つあってもおかしくはないが……。
「待て。何かあるぞ」
「え? うわ……何、これ」
ジェームズが足を止め、クレイもそちらを見たようで声が漏れてくる。
俺とコーラルも追いつき、2人の視線を追えば何かの塊。
剣でつつくとぬめる感触。
これは……粘液?
中にはねずみと思わしき骨だけが残っている。
「面倒な奴がいそうだな。スライムじゃねえのか?」
「えー、あいつ強いよ……」
ジェームズの嫌そうな声に、負けじとクレイも続く。
――スライム
旧時代からゲームなどにオーソドックスな敵として登場する奴らだ。
時には最弱、時には厄介者、となる存在だが
MDにおいては後者、正しくは初心者キラーという形になる。
大体が大きく育ち、多少の傷は致命傷にならない。
コアとなる部分を破壊しない限り、すぐ再生してしまう。
時には分裂したり、爆発したり、魔法を使うものもいるというのだから恐ろしい。
基本的には獲物を取り込み、酸で全て溶かすか、
スポンジのように体液を吸い取るか、という流れで襲い掛かってくる。
下手に取り込まれれば、四肢のいずれかは犠牲になること請け合いである。
槍のようなリーチのある武器でコアに挑むか、
数名で囲んで回復速度以上のダメージを狙うか、魔法を使うか。
いずれかがよくある対処法だ。
そう考えれば、4人いて魔法使いもいるこのメンバーなら大丈夫だろう。
そう、普通ならば。
水音。
「っ! 右っ!」
俺は耳に届いた、決してただの水ではない物音にすぐさま体の向きを変え、警戒する。
横幅の広い通路。
その奥に、何かがいる。
「いよいよお出ましか?」
「わかりません。灯り、行きます!」
コーラルが気合一発、魔法の灯りを何かの方向へと投げつける。
結論から言えば、コーラルとしては大失敗だったといっていいだろう。
俺自身も、いきなりは直視したくなかった。
「うわっ!?」
クレイの叫びも短い。
ただ、全てが集約されているといっていい。
魔法の灯りに照らされたのは、3mほどもあろうかという黒い大きなスライム、
そして中に取り込まれた男性の干からびた遺体だった。
魔法の灯りに照らされ、その視覚的なえぐさは増している。
スライムは何かに夢中なのか、こちらに向かってくる気配は無い。
その間に俺は一応、犠牲者の観察をする。
コアの位置からして、スライムの背中側に来ている犠牲者は当然死亡しているようだ。
瞳があった場所が、虚ろな空洞となって4人を見つめている。
スライムの体内には朽ちかけた手斧、そしてぼろぼろになった皮鎧。
恐らくは例の冒険者で間違いは無いだろう。
良く見ればスライムの足元には何か動物のようなもの。
野良犬か何かのようだ。
どこからかやってきたこのスライムは地下水路の動物を餌に生きているということだろう。
「……やるか」
ジェームズが武器を構え、そう静かにつぶやく。
「そうだな。コーラル、炎系統の魔法を思いっきり。俺達はその後に仕掛けよう」
スライム系統には炎が1番だ。
蒸発するかのように、その体を溶かしていくのだ。
「はいっ! 強く輝け! 熱き熱波! レッドウェーブ!」
MDでも良く使われていた炎系統の範囲魔法がコーラルによってつむがれ、
通路の奥にいるスライムへと襲い掛かる。
中の犠牲者ごととなってしまうが、仕方が無い。
気配に慌てて向きを変えるスライムだが、間に合うはずもなく、
その巨体を炎が包む。
叫びなのか、良くわからない音を立ててスライムが身をよじり、
徐々にその音も小さくなっていく。
そして、沈黙。
異臭のする通路に、冒険者の遺体と、動物だった何かが残り、
コアを含んだ塊が残った。
思った以上に魔法は効力を発揮し、
武器で何か行うまでも無く、一般的には回復しようが無いレベルまで
スライムを削りきった。
後は朽ちていくだけのはずだ。
「終わったな。遺品を回収しようぜ」
「そうだよね、返してあげないと」
塊はピクリともせず、沈黙している。
2人がそんなスライムのいた場所へと近づき、
冒険者の遺品を回収する。
出来れば遺体も何とかしたいところだが、運ぶ手立ても無いので
後でミストか教会に届け出るようにしよう。
あっさりと終わった戦闘に拍子抜けしつつも、
戻ってくるジェームズ達の代わりに警戒を続けていた
俺の感覚に何かが引っかかる。
慌ててそちらを向けばコアを含んだ塊が、棒のように細まり、クレイの背中を狙っていた。
「クレイ!」
俺の叫びにジェームズは咄嗟にクレイを下に押し付ける。
汚水につかろうとお構い無しだ。
クレイの上半身があった場所を鋭い槍のようになった黒い塊が通り過ぎ、
壁に突き刺さる。
「やらせないっ!」
抜き放った俺のシルバーソードがあっさりとコア部分に突き刺さり、両断する。
今度こそ終わったのか、どろりとコアごと黒い汚水となってスライムは溶けていった。
「あんなになってもまだ生きてるなんて……ここのスライムは強いですね」
コーラルの言葉どおり、あの状態から復活する力は普通のスライムには無い。
そういう個体だったのか、もしくは……。
「お? なんか扉があるぜ」
「本当だ。……開けて見る?」
スライムが刺さった辺りを落ち着いて調べてみれば、
人の背丈ほどの扉。
素材は何かの石材のようで、周囲に溶け込んでいる。
良く見るとあまり放置された様子は無い。
周囲と比べれば、最近にも動いたような感じがする。
安全面から言えば、あけるべきではない。
依頼事態は達成なのだから。
だが……。
「ここで引き下がっては冒険者じゃないよな」
「そう……ですねえ。もしかしたらこの人も中に1度は入ってるかも」
ゲーマーだった頃の気分が俺を後押しし、コーラルもそれに続く。
ジェームズとクレイが左右に陣取り、ゆっくりと扉を開いていく。
そこは何かの部屋だったようで、朽ちた樽や
テーブル、棚などが散乱していた。
「祭壇がありますね。ここ、教会関係の部屋だったんじゃないでしょうか?」
コーラルの指差す先にあるのは、マテリアル教の教義を示す
精霊と世界の融合を表すオブジェ。
「特にめぼしいものはなさそうだ。帰ろうぜ」
「なーんだ……」
肩をすくめるジェームズに、先ほどの危険を忘れたかのようなクレイ。
「何、教会からすれば貴重な研究対象かもしれない。諦めるには早いぞ」
俺はそういって2人を元気付け、帰りを先導する。
帰り道はスライムに遭遇することも無く、無事に地上へと戻ることが出来たのだった。
4人が立ち去り、スライムもいなくなった空間。
扉の近くには冒険者だった遺体が残る。
そこに響く水音以外の何かの音。
その場に誰かがいればすぐに気がつくだろう。
人間の足音だと。
足音が消え、少し後、再びの足音。
それは地下水路の奥へと消えていった。