31「先に見える物-2」
まもなく半年! あっという間のような、長かったような。
教会内の用意された部屋で片づけをしていたとき、扉がノックされる。
(クリスたちはまだ地下だろう……となると?)
一般の信徒がいきなりやってくるというのも考えにくい。
実はまだ勝負する相手がいたというのもあって欲しくはない。
「はい、どうぞ」
念のため、コーラルに合図を送った上で外に向けて返事をする。
「邪魔をする……行くのか? 一晩ぐらいここにいてもいいだろうに」
ランタンを片手に、立っていたのは男性、確かミストと呼ばれていたような。
整えるのが面倒なのか、ざっくりときられた短髪。
どこかくたびれた感覚のある衣服、そして寝不足のクマがあるかのような瞳。
初対面では誤解されそうな姿だが、瞳に見える色はいい人のように思える。
「それも考えたんですけどね。一応、依頼は終えましたし、いてもお邪魔かなと」
この場では自分は信徒で相手は教会幹部という間柄だ。
噛みそうになりながらも丁寧に応対する。
すると、ミストは懐から封筒のようなものを取り出し、差し出してくる。
「今回は念のために私が地上待機だったが、この事態を解決したかった気持ちに変わりはない。ありがとう、そしてすまなかった。これは工房への紹介状だ。地図も入っている。後で訪ねるといい」
一気にそう言い放ち、押し黙るミスト。
手に持った封筒は意外に重い。
手触りは羊皮紙といった感じではなく、紙だ。
そういえば、この世界には書物がある。
紙はどう作っているのだろうか?
現実世界のような機械生産をするには文化面はまだまだ機械化がされていない。
意外と裏側には国家機密で機械化が進んでいる可能性は十分にあるが、
今はまだわからないだろう。
「ありがとうございます。ではこれで」
コーラルとともに頭を下げ、ミストの脇を通って部屋を出る。
「元気でな。また会おう」
背中に意味ありげな言葉を受けながら、廊下を歩き出す。
一応の解決を見た後でも、夜の教会は何か違う見え方をしている。
どこかに何かがあるような、何かがいるような。
(ゲームのやりすぎだな。妄想だけは逞しい……)
外に出ると良い天気で、月明かりが周囲を照らしている。
「ん~~っ! さて、1度戻ろうか」
「そうですね。クレイ達は元気でしょうか?」
横を歩くコーラルが持つ杖をふと見ると、ほんのり宝石部分に光がある気がした。
「コーラル、杖……光ってないか?」
「え? うーん、前よりしっくり来る気はしますけど、特には光ってないですよ?」
改めて見させてもらったが、コーラルの言うとおり、特に光っているわけではなかった。
月明かりを反射して、緑色に光っているといえば光っているが、
俺が見たように思えた発光、という様子ではない。
(見間違いか? それとも……)
思うところはあるが、ここで立ち止まっていても仕方がないので、
宿に戻ることにする。
夜も遅くだというのに、まだ騒ぎの聞こえる街中を歩きながら宿に到着する。
主に確認すると、2人は戻っているらしい。
なにやら疲れることでも合ったのか、既に寝ている様子なので
俺達も今日は寝ることにし、コーラルと別れる
「ボスクラス……か」
何かを読んだりするには不足気味なランプの灯りに照らされながら、
1人つぶやく。
俺自身の強さはこれまでどおり、中堅となるわけだが、
自らの作る武器たちがどこまで通用するのか。
Sランクを容易に作れる環境であれば相当楽だが、
同じモンスターを毎日延々と狩り続けられるゲームと違い、
この世界では素材の問題もある。
「見たことの無い素材も見つかると面白いかもな……」
うとうとと、取り留めのないことを考えながら、夜が過ぎていく。
翌日、起きた俺はあくびを押し殺しながら宿の一階に降り、
お茶を飲もうとしていた。
先客としてテーブルにいたのはジェームズだった。
「お、ファクトじゃないか。戻ってきたのか」
「そっちこそ。昨日の内に戻ってたんだな」
声をかけてきたジェームズに答え、宿の主人から
熱いお茶を受け取り、彼のそばに腰を下ろす。
「いや、俺達はすぐに戻ってきたさ」
鼻を通るお茶の香ばしさに意識を向けながらも、
ジェームズとの会話をしばし楽しむ。
どちらの用事もひとまずの終わりを見たようなので、
新しい依頼を探しつつ、俺は工房に顔を出す予定があることを伝える。
「それがいいだろうな、楽しみにしてるぜ」
白い歯を見せてジェームズは笑い、顔を綻ばせる。
その後、起きてきたクレイとコーラルを伴い、
依頼を探すべく宿を出る。
道中、互いに起きたことを要約しながら話していく。
「へー、そんなのが売ってたのか。危ないな」
「まったくだ。人騒がせにも程があるぜ」
ジェームズ達の事件でも謎のアイテムが原因だったらしい。
ガイストールは大きく、歴史もある街だ。
良くも悪くも様々な存在がいるということだろうか。
露店を一通り眺めるのも面白いかな、と考えた時に
こちらに見知らぬ少女達が走り寄ってくるのがわかる。
街娘、という様子ではなく、どこか歳不相応な色気をかもし出している。
ジェームズが限りなく自然に、しかしながら不自然に立ち位置を変えたかと思うと、
クレイへと少女がぶつかってくる。
その後は事情はわからないが、面白そうなことになっている
クレイと少女達を眺め、思わず顔がにやけてしまう。
「何よ、クレイってばずっと女の子と遊んでたの?……不潔」
コーラルの一言とともにクレイはその場に膝をつき、俺とジェームズの笑いを誘う。
「いやー、すまんすまん」
「いいよ、別に。ファクトもジェームズと同じ様なところ、あるよね」
すねた様子のクレイがそう答え、どんよりとしながら歩を進める。
向かう先はミストにもらった紹介状と一緒にあった地図。
記載内容から、この街の工房と思われる場所だ。
3人もぜひ一緒に見てみたいというので4人で向かっている。
予定の場所に近くなるほど、どことなくそれっぽい建物や、露店、馬車などが目立ってきた気がする。
積み上げられた箱、はしご、木材や石材、
入り口の広い建物の中には鉱石と思われる石達等。
流れからして、ここで消耗されるものだけという形ではなく、
ここから各地へと輸送されるものでもあるようだ。
「何か、煙いです」
「確かに、火をたくさん使っている感じがするな」
口元を服のすそで押さえながら言うコーラルに、
ジェームズは鼻をひくひくとさせながら答える。
「工房が近いってことだろうな、楽しみだ」
「俺、鎧が欲しいなぁ」
口々に好き勝手なことを言いながら、地図に記された建物にたどり着く。
視界に入る分には見た目は小さな公民館、と言った様子だ。
ただ、見えない位置ではあるが、いくつも建物が連なっているように見える。
1つの大きな建物、という状態ではなく、
増築を繰り返した結果なのかもしれない。
奥のほうには何本もの煙突が見え、白い煙を吐き出している。
メインの入り口と思われる場所の扉は開け放たれたままだ。
時折、急いだ様子で人と荷物が出入りしている。
邪魔にならないように、先に俺1人で中を伺う。
手前は受付のカウンター、荷物を置くのであろう土間のような場所、
中間には武具を立てかけるのであろう置物や棚等があり、
ここからでは良く見えないが奥のほうが実際の作業場所のようだ。
と、入り口そばにいた職人と思わしき男性が振り返る。
「あれ? ガウディ?」
俺はその顔を見た途端、思わずその名前を口に出していた。
だが良く見れば似ているが少し違う。主に髪の毛の量が。
「ん? なんだ、弟を知っているのか。アイツは元気にしてるか?」
上半身はシャツのような肌着1枚、腰から下は作業着、と如何にもだ。
全身どこかしらが煤に汚れたのか黒くなっている。
「ああ、良くしてもらった。元気だったさ。多分、今もな」
あの豪快さだ、今もどこかで笑いながら働いているに違いない。
「そうかそうか。んで、お前さんは?」
問われて自己紹介をする俺。
彼の名前はキロンというらしい。
会話をきっかけに、ジェームズ達も入ってくる。
若者二人は中の様子に興味津々と言った様子で、
ジェームズも口元に笑みを浮かべている。
「実はこんなものがあってな」
懐からミストにもらった紹介状を出す。
「うん? 何々……ほぉ。楽しみなことだ。で、後ろの3人はお仲間か?」
「ああ、一緒に見学に来たんだ」
蝋で封がしてあったので俺は中身を見ていないが、目の前の相手が納得するだけの中身が書かれていたようだった。
「ミストのお墨付きなら問題あるまいよ。通うもよし、住み込むもよし、好きにしな」
キロンはそう言い、まずは案内だと先導してくれることになった。
こうしている間にも製作の依頼が入ってきたり、
その依頼を終えた職人が棚に武具を置いていったりと、
なかなかに騒がしい。
「ここが小さい奴を主に担当している場所だ」
キロンについて奥のほうに行くと、熟練の空気をまとった1人が、熱くなっているであろう金属に
ハンマーを振り下ろしているところだった。
大きさからして槍の穂先に思えるソレが、確実に形になっていく。
俺の目には回りに精霊であろう小さな人影が見えていた。
どこか戸惑うような、道路を渡るタイミングを計っているかのように見える。
職人がハンマーを振り下ろす際に時折、1匹(?)が飛び込んでいく。
「よし、これでいい」
職人がつぶやき、作業は区切りのようだった。
まだ周囲には精霊が残っているところから、もったいなさを感じるが
これが恐らく、一般の職人の事情なのだろう。
「他にも大きさや作業によって作業場所が違う。それらで作られた武具はこっちで受け取りまで待機、その後販売や受け取りにまわされるわけだな」
修理や製作の依頼のルールなどを聞いていくと、
俺が思った以上に、体制が整っているようだった。
「おお、そうだ、いいものを見せてやるよ」
キロンは何かを思い出したように手を叩き、俺たちをさらに別の場所に案内し始める。
「なんだ? 魅力的な彫刻でもあるのか?」
「ジェームズ、それは多分無理だと思うよ」
クレイのツッコミに頬をかくジェームズ。
コーラルが静かだなと横を見ればずっとキラキラした様子で
あちこちを見ている。
何が気に入ったのかはわからないが、楽しんでいるならなによりだ。
案内された先でキロンが扉を開けると、
空気の違う武具達が立てかけられた棚、そして大きな箱。
箱は金属製のようで、何か魔法がかかっているような気がする。
「これ、保存に使う魔法ですか?」
「おう、お嬢ちゃんは魔法使いだな。それがわかるってことはそれなり以上ってことだ。その箱には乾燥やらの魔法がかかってる。地味だが保管には最適さ」
キロンが笑い、合言葉のようなものをつぶやいたかと思うと箱が小さな音を立てる。
「この部屋にあるのは昔作られた名品達さ。今も参考にさせてもらってる。で、この中にあるのはとっておきだ。こいつは部外秘ってわけじゃない。この街にいればそれなりに耳にする奴さ。ただ、見せることは少ない。お前さん達が教会に認められてるなら大丈夫だなと思ったからだ」
真面目な表情でキロンが箱から持ち上げたのは、半ばから折れた剣。
誰かが息を呑む音が聞こえた気がした。
きっとジェームズかクレイだろう。
あるいは、俺自身かもしれない。
武器としての刃物を手に取ったことがある冒険者なら誰でもわかるだろう。
その剣、恐らくは両手剣だったであろうそれの残った刃が放つ力、
柄や握り手に潜む堅牢さ、それらが壊れている今も尚、伝わる。
「何十年も前にとある山の遺跡の奥から見つかったものだ。製造年代は不明。状況から神話時代とも言われている。修復しようにも素材も製法も不明。下手に弄ればさらに壊れるかも、とあっては触るぐらいしかできないって代物さ」
「遺物ってことになるのか?」
ジェームズの声に、キロンは首を横に振る。
「それすらわからん。カンでよければ、そうであろう、ぐらいは言えるけどな。少なくとも、存在自体は遺物と呼ばれるに値する物なのは間違いない。持ってみるか?」
思ってもいなかった申し出に俺は慌てて頷き、
恐る恐る剣に手を伸ばす。
貴重なものだからという意味合いではない。
この世界にきてからは自分の作ったものでしか感じなかった感覚を持った武器に驚いているのだ。
壊れた状態の眠れし森では感じず、+1となったあの杖には感じる感覚。
あるいはアイテムボックスに入ったままだった過去の製作品には感じたもの。
明確に見え方が違うだとか、すごい性能があるだとか、
そういったものではなく、何がどうというものではないのだが、どこかに引っかかる感覚。
剣を手に取り、おそらく俺にしか見えないであろうアイテムのウィンドウを
生み出し、情報を確認していく。
━壊れたライトニング・ザンパー━
雷属性でも付与されたのか、はたまた速度重視なのか、
壊れた状態では正確な付与性能はわからない。
だが、読み進めていった情報の中に俺が硬直するだけのものがあった。
【製作者:古老の庵】
これまでに出会ったそこらの武器には、人間、などとしか記載されていなかった項目。
そこに記された固有名詞。
俺には覚えがあった。
勿論、この世界でも現実世界でもない。
MD内部での名前。
まさかこの世界でこんな名前を付けられた人間がいるわけもないだろう。
その覚えとは、数少ない俺と同じ道を歩んでいたプレイヤーのキャラクター名。
脳裏を廻る当時の彼との思い出。
だが何故だ?
(ここはまだゲームの中なのか? それとも夢なのか?)
色々と覚悟を決めたはずの俺の心が揺さぶられる。
似たような変な世界、だけであれば問題なかった。
だが、これはなんなのだ?
ゲームが1000年も続くはずがない。
かといってこんなリアルなアップデートがあるはずがない。
「どうだ?」
俺の沈黙と様子を、武器に見入っていると取ったのだろう。
キロンの声に俺は我にかえる。
「あ、ああ。すごいな」
簡単に感想をいい、剣を返す。
「よし、俺達はこれで依頼を探しにいくぜ。ファクトはゆっくりしていけよ」
ジェームズは気がついているのかいないのか、そんなことを言ってきた。
「それならカウンターで相談してみるといい。輸送の護衛だとかはいつでも募集中だ」
キロンの提案にジェームズは頷き、3人は先に部屋を出て行く。
その背中を見ながら俺は動揺した心を整えていた。
(これが胡蝶の夢だろうとかまわない。現実であれば必死にやるだけで、夢だったとしても良い夢になるようになれば良い)
状況は俺一人がわめいたところで変わらないのは間違いない。
そう考えた俺は、悲観的になりそうな心の向きを変え、
ある意味開き直ることにしたのだった。
他にもプレイヤーが携わったであろう何かが見つかるかもしれないし、
強力なアイテムへの手がかりがどこで出てくるかもわからないのだから。
「よし、キロン。しばらくお世話になることにしたよ」
「おうよ。まずは、お前さんの腕を見せてもらわないとな」
俺の表情をどう取ったのか、キロンも真面目な声のまま頷き、
新しい俺の、俺がやるべき戦いがまた始まる。