25「ガイストールの闇-2」
和製ホラーって見えないもの、触れないもの、が多いですよね。
音とか気配、とか。
洋物は直接物理的に襲われるパターンが多い気がします。
依頼を受けた俺とコーラルは、
信徒の1人であろう妙齢の女性に建物内部の案内を受け、
祈りをささげる場所だとか時間、その方法といった
各施設の利用方法について教わることになった。
その間には特に妙な気配もなく、特別なことは何も起きなかった。
本当に何かが起きているのか疑問に思いながらも、時間だけは過ぎていき、
特に進展もなく、夜となってしまう。
「結局、何も発見できなかったな……」
用意された部屋のベッドに腰掛、鎧は着たままで剣だけを壁に立てかける。
アイテムボックスたる布袋はベッドの脇だ。
「気のせいかもしれないんですよね?」
向かい合うコーラルが首をかしげながら答え、
首飾りが小さく音を立てる。
「いや、であれば調査だけでも良い、とかそういう中身のはずだ。クリスは解決、といった。つまり、何かは起きているんだ」
もしかしたら、神官だとかそういう類の何かで感じ取っているのかもしれない。
「そうなると、明日も地道に探索ですか?」
「いや、こういう超常現象といえば夜が定番だ。今からもう1周しよう」
俺がそういうと、なぜかコーラルは大きく体を震わせる。
杖を始めとして冒険用の装備を解除しているコーラルは普通の街娘のような姿をしているのだが、その顔はいたずらがばれた子供のような表情だ。
「……もしかして、夜というか、こういうの……苦手だったか?」
「……(コクリ)」
灯りのあるここにいる分には全然大丈夫なんですが、とコーラル。
俺自身も姿がはっきりしない相手が得意というわけではないが、
MD時代もそうだったかアンデッドや幽霊タイプの依頼は割が良いことが多く、
ある程度割り切ってなんとか我慢していた。
「それでよく一緒に依頼を受けてくれたな?」
「いや、まあ。慣れないといけないことですし、明るいうちに終わったら良いなとか考えてました」
しゅんと落ち込んだ様子のコーラルに、俺はそれ以上言えずに息を吐く。
「まあ、襲われたという話はないから大丈夫だろうから、俺だけで行くよ。コーラルはここで一応、魔力的な気配が無いか、探りながら待っててくれ」
「はい、お気をつけて」
そのうち、専用の依頼でも受けてゴースト退治したほうが良いような気もしつつ、
布袋を肩にかけ、俺は扉を開けて夜の教会内部に歩き出す。
(月明かりか……目立つから下手に光源用に魔法を使うわけにはいかないな)
採光用にか、いろいろな場所にガラスと思われるものがはまった窓があり、
そこから月明かりが差し込んでいる。
十分ではないが、足元につまづくというほどでもない。
それでもところどころ、物陰が真っ暗になっているあたりは良い気分ではない。
何かいそうな気分に時折足を止め、耳を澄ますが特に歩いている人がいる様子は無い。
今の所、巡回の信徒などはいないようだ。
人影が無いことを確認した俺は、普段は布袋にしか見えないはずのアイテムボックスから、祝福を受けた銀を素材にした剣、所謂シルバーソードを取り出す。
その意味ではこの武器は何も特殊ではない。
何故銀がゴーストのような存在やアンデッドなどに有効なのか、は俺には原典の覚えが無いが、
どのゲームにでもあるだろうアイテムの1つだ。
この世界ではまだ遭遇したことは無いが、他の武器よりは期待できそうだ。
アイテムボックスを小さくして腰に下げ、剣を鞘に収めたままで建物の中を歩く。
まだ脅威のある相手がいるとは限らないのに向き身の剣を持ち歩くわけにも行かない。
気をつけているつもりでも、コツコツと自分の足音が静かな空間を満たしていく。
1時間か2時間か、教会内部をぐるぐると回り始めて夜も更けてきた。
外にも一応出てみたが、月明かりに照らされた空間があるだけだった。
自分の動きや呼吸、足の運びになにやら微妙な感覚を覚えた頃、
視界と音に違和感を覚えた。
まず、足音が多い。
正確には、俺の足音にまったく同じ感じで別の足音が重なっている。
そして、視線の先には……月明かりが差しているはずの通路の突き当たりに影がある。
何かに光が当たって、という形ではなく、文字通り黒い影の塊があるのだ。
さりげなく、手元の剣に手を伸ばし、気配を探りながら歩く。
影のある場所まではまだ20mはありそうだ。
覚悟を決め、剣を抜き放ちながら背後へと回転しながら切りかかり、そこにいた存在に驚愕しながらなんとか剣をそらす。
そこにいたのは、半透明の女性の信徒の姿。
これがいかにもな姿だったり、もっと恐怖を感じる姿であったなら、俺は剣を振りぬいていただろう。
だが、目の前の相手は何かを心配するように、涙をたたえた目で俺を見つめていた。
(まさか本当にこんな場所に来て、幽霊と遭遇するとは……)
内心の驚きを横に置き、警戒を続けながら目の前の相手を見る。
特に手が無いだとか、目が光っているだとかそういった様子は無い。
向かい合ったまま、後退、即ち通路の奥へと一歩足を動かした途端、
彼女は俺の服をつまむように手を伸ばし、首を横に激しく振った。
(なんだ? 止め様としている?)
疑問が浮かんだ瞬間、嫌な予感が背筋を走る。
そうだ、怪しい何かは後ろにもいたのだった。
迫ってくる殺気に近いその感情に、今度は迷うことなく手の中のシルバーソードで振り向きざまに切りつけた。
わずかな手ごたえ、そこにいたのは黒い、紫色を混ぜたオーラのようなものをまとった小さな存在だった。
一瞬、精霊か?と思ったがそうであるならば襲ってくる理由がわからないし、
目の前の相手はどちらかというとモンスターのような気配を感じる。
シルバーソードの一撃は十分効いた様で、もがきながらその影は消えた。
通路の先にはもう何も無い。
先ほどまで見えていた黒い影は今の存在だったのだろう。
それにしても、クリスの話では襲われた人間はいないとのことだが、何故だろうか?
そもそも夜に出歩く習慣が無かったからか?と思いながら改めて振り返ると、幽霊の彼女はそこにいなかった。
慌てて周囲を見渡すと、とある壁に半分ほど体をめり込ませ、そのまま消えていくところだった。
彼女が消えた壁の辺りに歩み寄り、ふと思い立ってコンコンと手の甲で叩いてみる。
上から下まで叩いていくと、丁度人間の胸元辺りの音だけが違った。
次に手のひらや指先で触っていくと、指が引っ掛けられそうなくぼみを見つける。
「ん? 開きそうだな」
つぶやき、少し力を込めて動かそうとすると、小さな音を立てて、CDケースほどの大きさで壁の石が外れる。
タイルのようなそれを手に持ちながら、石が外れた箇所に目をやると、小さな水晶球が収められていた。
念のために剣の先で一応つついてみるが、特にいきなり反応するということは無かった。
隠されたようにある水晶球。もしかしたら教会の結界だとか、何か必要なものかも知れないが、明らかに怪しい。
このまま戻して、明日報告しようかとも思ったが、日が昇ればここもそれなりに人の目に着く。
これが何かの陰謀の一部であったりしたら余り人目につくのもよろしくないことだろう。
もし、教会に良いほうの何かだったら謝ることにして、そっとその水晶球を手に取った。
壁にタイルもどきを戻し、俺は今日の探索を打ち切ることにした。
「ただいま、何も無かったか?」
「お帰りなさい。少し前に魔力の波動を感じたんですけど、何かありました?」
ドアを開けると、コーラルは杖を構えたまま瞑想していそうなポーズだった。
「ん? あー、何かいたよ。後、これ」
何かいた、という部分にコーラルは体を震わせるが、俺の差し出した水晶球に目を見張る。
「それ、今も動いてます。ちょっとずつ魔力というか、何か吸ってますよ」
「何っ!?」
慌ててベッドの上に転がし、距離をとる。
「でも、今はほとんど吸えてませんね。多分、どこか適切な場所におくと効果がしっかり出ると思うんですけどね」
そういいながらコーラルは懐から布を1枚取り出し、水晶球を包む。
「これ、こういった魔力持ちだとかのアイテムを持ち歩くための布なんです。それで、どこにあったんですか?」
効果が微微たる物だとわかった俺は安堵し、事情を説明する。
ベッドの間に小さな机、そこに水晶球が布に包まれて置かれている。
「信徒……ですか。知らせたかったのかもしれませんね、これの位置を」
コーラルが視線を水晶球に向け、つぶやく。
「こういったものはどんな感じで使われるんだ?」
MDではこういった物自体はあったが、何に使うのかといわれると特に心当たりは無い。
「そうですねえ……一番多いのは、四方を囲んで拠点にそれぞれ置く事で中にいる人間の魔力を糧に結界を貼ったり、魔法の力を増幅したり、でしょうか。でもこの教会ではそんな様子はありませんし、大体は象徴的に目立つように置くので、教会の本来のものではないと思いますよ」
語るコーラルは少し大人びて見えた。
「ということは、何か隠してやっている、後ろめたいこと……か」
「ええ。それこそ、教会に住んでいる人間、出入りしている人間からこっそり魔力を集めている、という可能性が高いんじゃないですか?」
どこかコーラルの口調は強い。
魔法を悪用していることが許せないのだろうか?
「よし、これは明日クリスに聞こう。変な影のほうはどう思う?」
小人というか、手のひらゴブリン、みたいな様相だったが……。
「そんな大きさのモンスターというか、亜人、みたいなのは聞いたことが無いですね。多分、何か魔法で力がそういう形になっているだけだと思います」
元の世界風に言えばエネルギーの塊というところか。
あんなのがうじゃうじゃいたらちょっと面倒だなあと思いながら、
これ以上の結論は出ないだろうということで、寝ることにする。
「これが激しく動くようなら教えてくれよ」
「はい、勿論。そこまでのことが起きたら布が魔力との抵抗で燃えたりしますから大丈夫ですよ」
コーラルはそういってベッドに横たわる。
どうやら思ったより便利な布だったようだ。
高いのか、安いのか、そんなことに思考をめぐらせながら夜は過ぎていく。
「これは……思ったより厄介なものが出てきたね。君に頼んで正解だったよ」
翌朝、クリスに会いに行った俺たちは、すぐに水晶球と影について切り出す。
それに答えたのは個人的には満足そうな、それでいて立場ある人間としては複雑な感情をにじませたクリス。
教会、ひいてはガイストールに潜む闇の断片と事件への入り口が
俺の前に開いた瞬間だった。