閑話「ある日のMD。始まりの日(初日)」
最初の日。
短いです。
時間軸はバラバラです。
ゲームであるマテリアルドライブ(MD)としての描写なので、
本編中とは描写、設定に差異があります。
読まなくても問題ありません。
ファクトはこんな奴だ、スキルはこんな感じなんだ、という参考やお楽しみになれば幸いです。
「電源よし、トイレもいった」
自分以外誰もいない部屋で、俺は指差し確認をしながらそのときを待つ。
締め切られたカーテン、掃除された部屋、
目覚ましのように時間を伝える時計、
そして、ヘルメットにも似た専用の被り物と、
両手首につけるバンドのようなもの。
被り物とバンドは今からマテリアルドライブにログインするために、
装着しなくてはいけないものだ。
俺の買った機材の名前はVRION、ヴィリオンという。
由来はVR、ビジョン、等々あるらしいがそこまで興味はない。
そのほかにも複数のVR、仮想現実用の機材は販売されている。
こうして個人で買えるものから、医療用のカプセルのようなタイプもあれば、
複数人前提の大き目のものまである。
それぞれ、再現できる中身やその安定度、
ログイン時の肉体への負荷などで違いはあるが、
体験できるものが視覚に限らないという点では共通している。
脳波でマウスを動かす、といったようなものから進化した技術は、
いつしか逆に人間の知覚する情報として仮想の物を与えることに成功する。
それがVR系統の技術だ。
「後3分、よし、付けるか」
誰にでもなく、そうつぶやいて俺は
殺風景な部屋のベッドに横になり装置をつける。
わずかな装置の起動音がしたかと思うと、
ゲームへのログインの前に、プラットフォームとしての
機材へのログインが始まる。
響く音、輝く視界。
メーカーロゴとテーマソングとが俺を刺激する。
奇妙な浮遊感の後、俺はいつのまにか
暗い空間にいくつもの窓が浮かぶ場所にいた。
ここはVRIONの仮想世界の中、実行するメニューを選ぶ空間だ。
俺は事前に練習したとおりに、見覚えのある画像の写る窓を選び、
目的のゲームへとログインする。
──チュートリアルを実行しますか?
「すぐにプレイだ」
頭に響くシステム音声にそう答え、
新しい世界への第一歩を踏み出す。
最初の感想は、森だ、というただそれだけだった。
現実の森の中に放り出されたような、自然に満ちた空間。
どこからか聞こえる鳥の声、時折吹く風。
濃いものでもないが、緑の匂いさえする。
「っと、えーっとトスタの森、だな。よし、行くか!」
チュートリアルを飛ばしたことを思い出した俺は、
現在地を確認するとそれが2Dと3Dの違いはあれど、
元のMDと違いがないことを確かめた俺は、目的地へ向けて猛ダッシュを始める。
ネットゲームにありがちな、最初の武器防具入手は必要ない。
なぜなら……。
「邪魔だっ!」
レベル差も関係なく、正面に立ちふさがるゴブリンを、
アイテムボックスから取り出した長剣で無造作に切り捨て、駆け抜ける。
最初はただの布の服、といった様子の俺の姿は
魔力のこもった鎖帷子、羽のついたブーツ、
特殊効果のついた小手、と変化していく。
コンバートにより継承された旧MDでのアイテムたちだ。
俺はその性能頼りに、休むことなく突き進んだ。
途中、何回もモンスターに遭遇し、
そのリアルな刺激に驚愕するものの、なんとか切り抜ける。
大地を踏みしめる感触、息をする感覚、
相手を倒す実感。
それら全てが俺の興奮を増大させていく。
その姿は決して、スタートしたばかりのゲームではありえない。
全てはコンバートのおかげである。
最初はコンバートが可能と知ったとき、その中身に
俺は運営は馬鹿なんだろうか?と本気で思った。
寿命を早めるようなことをして何がいいのだろうか、と。
せめてもう少し抑えた内容にすべきだと。
レベルが99までしかないゲームでいきなり60とかから
始まってしまっては面白みは少ない。
俺以外にも多くのプレイヤーがそう考え、意見を表明したが
運営はコンバート内容を変えることはなかった。
疑問を抱きながらも、俺のようなタイプや、
廃人と呼ばれるようなラインのプレイヤーは結構な人数が
コンバートを選ぶにいたった。
俺が選んだ理由は単純で、もう一度単調なスキル上げは
辛いと感じたからだ。
途中、同じように駆け抜ける恐らくはコンバート組と思われる
プレイヤーたちと時に声を交わし、視線を交わし、
時に同じモンスターをなぎ倒しながらとにかく進む。
理由は、どこまでいけるか、が知りたいからである。
ゲームである以上はリソースの奪い合いであり、
ネットゲームとなれば如何に先に有利な狩場、
収入源を確保するかだ。
新規が多い序盤は論外すぎるとはいえ、
事前の知識があったり、VRに慣れている人間、
あるいはコンバートを選ばなかった旧MDのプレイヤーが
どこまで進んでくるかわからない以上、進めるだけ進み、
自分の強さに見合った稼ぎの場所を先に確保する必要がある。
が、運営の真の目的はわからないが、
1時間もしないうちに俺はコンバートしても大丈夫だと
運営が判断した理由の1つにたどり着いた。
「こ、これは辛いぞ」
何が、といえば仮想現実で体を動かす感覚が、であった。
実際には肉体は動いていないので、疲れるはずはないのだが、
走り続け、剣を振るい続け、敵を倒し続けた結果、
いつのまにやら体は重くなり、息は上がってきた。
「どういうことだ?」
俺はモンスターがポップしても対応できるように、
視界を確保して虚空にヘルプメニューを呼び出す。
『はいはーい。初めての呼び出しありがとうございます!
貴方のヘルプマスコット、ユーミです!】
途端、直接響く甲高い声に俺はしばし衝撃を受けるのだった。
『もしもーし?』
「はっ!? えーっと、ヘルプのNPCか?
それにしちゃ受け答えがリアルだな」
現れたのは肩に乗せれそうな人形サイズのNPC。
半透明で、幻想的な雰囲気すら持っている。
『そうですよ。ヘルプのNPC、ユーミです。
私は各人のVR機材に処理能力を一部委託し、
受け答えの性能向上、カスタマイズが行われます。
簡単に言うと、専用NPCになっていくということですね』
えっへん、と胸を張る姿と仕草も、NPCとしての性能、ということか。
「なるほどな……おっと、さっそく聞きたいんだが。
なんでこんなに仮想現実で息が上がるんだ?」
『プレイ中における疲労感、ということでよろしいですか?
こちらは長時間プレイすることによる健康被害を防ぐほか、
リアリティ重視のためでもあり、狩場独占を防いだりとマナー面の問題もあります』
時折、その現場を再現しているのだろう、
大き目のスクリーンショット風味の画像が浮かび、
ユーミの説明は続く。
その理由1つ1つは納得するものであり、今の技術ってすごいな、
そう思わせる物であった。
「なるほど。つまりはパーティーを組んで疲労を分散したり、
正しく休憩を取れば疲労感はなくなるわけだな?」
『そのとおりです。時間がもったいない、とお感じかもしれませんが、
仮想現実内ではソフトに応じて体感時間は加速されています。
本作品に置いての加速レートは1対5、つまり現実の1時間は、
ここでの5時間ということですね」
それはすごい……。仮に1時間休憩しても、
ゲームとしては十分問題ない時間が使えるということだ。
その後も一通り確認すべきことを聞きだした俺は探索を再開する。
そして、ゲーム内の時間で5時間後、俺は初めて死亡する。
相手は青くて黒い感じの肌をした、
巨大なトロールだった。
巨大な棍棒を回避しきれず、まるで投げ飛ばされるかのように
俺は吹き飛ばされ、HPを0にしたのだった。
「こんなものか」
復活した俺は、受けてしまったペナルティである
経験値数パーセント減少を確認しながら、
最後に立ち寄った街で状態を確認していた。
ようやくというべきか、俺は仮想現実の姿に
じわじわと感動が襲い掛かってくるのがわかった。
これまでにも大自然を再現!というような
ソフトではログインしたことはあったが、
やはりそれらとは違う。
物語の中で自分が過ごしているという夢が現実になった姿。
「ははっ、いいじゃないか」
自然とこぼれる笑み。
まるで現実の街であるかのように、
あちこちを行き来する人影は全てがNPCだろう。
耳に届く会話もそこに住んでいるような中身。
暮らしがどうとか、モンスターの被害がどうとか。
「さて、情報入手といきますかね」
武器で戦うタイプでもなく、魔法で戦うタイプでもなく、
俺はアイテムを作る側だ。
素材が入手できそうな依頼や、採取ポイントを探して世界を味わうとしよう。