21「北の地で-3」
余りお話が進んでいません。力不足を感じます><
「おい、聞いたか? 地竜が街を襲ったって話」
「ああ、聞いた聞いた! しかも、倒されたんだろ?」
俺はそのとき、2階のカウンターに移動して洋酒に似た香りの強い酒をちびちびと飲んでいた。
いよいよ情報収集に向かうかと思っていた矢先、
無視できない話が耳に飛び込んできたのだ。
ちなみにクレイ達とは少し離れている。ジェームズもこの階にいるはずだ。
この酒場は2階建てになっており、2階は飲んでいる面々も熟練を感じさせる冒険者や、
ゆっくり飲むつもりの人間が多いようだ。
雰囲気を掴むためにゆっくりとしていたところで、別の意味で当たりを引き当てたようだ。
確かに黙って街を出てきたのだから、何らかの騒ぎにはなっているだろう。
怪我が悪化して死んだ、とは思われていなくてもややこしいことには違いない。
(変な噂になっているかな?)
さりげなく聞き耳を立てていると、男2人の声が他にも聞こえたのか、
俺も聞いたぞ!などと乗ってくる相手が増えてきた。
これはまずい、と思ったが話は妙な方向に動いていた。
「違うって。金色の髪をした大男が素手でふっ飛ばしたんだって!」
「いやいや、赤く目を光らせた魔女が魔法で切り裂いたって言うぜ?」
「なんだお前ら、全然違うぞ。究極の技術を身につけた不老不死の職人が勇者に武器を授けたって話が本当に決まってる!」
……俺が言うのもなんだが、この世界の冒険者はゴシップ好きなのだろうか?
もちろん、興味を持つのは儲けるためには必要なのかもしれないが……。
いつの間にか酒場の一角を完全に巻き込んだ、【誰が倒した】論議は、
酔っ払った冒険者のテンションと相まって、たまに混ざる本当の話、
大多数の違う話、とが完全に混ざり合って良くわからないことになっていた。
これで上手く噂が広がれば良いだろうが、そうもいかないだろう。
究極魔法だの、聖剣だの、さすがに荒唐無稽な話は信じる人間は少ないはずで、
自然と有り得る話が残るだろう。
多少は脚色されたとしても、俺の名前はともかく、姿は話に昇ってもおかしくは無い。
グランモールの貴族の手が迫ってこないとも限らない。
今のうちに何か手を打つことを考えなければいけないだろう。
「っと、いかんいかん」
考え事に集中していると、手元のグラスで氷が音を立てた。
気がつけば結構な時間がたっていることが氷の溶け具合でわかる。
軽くグラスを回して濃さを調整し、一気にあおって喉を焼くアルコールの感覚に気を引き締める。
話の振り方は……強い武器が欲しい、潜り甲斐のあるダンジョンを探している、あたりで行こうか。
空きのあるテーブルに無造作に立ち寄り、適当におごりながら酒に付き合い、混ざり合う話から有効な情報や、依頼につながりそうな話を聞きだしていく。
やはり、ドワーフそのものは街でも知られているらしく、
たまに街に商売でやってきてはその武器は高値を呼ぶらしい。
どうも、街にいる著名人の主催オークションらしいのだが……。
ドワーフはどこから来るのか?も酒のつまみになっているようだった。
ドワーフの里に先に顔を出すべきか、コネのありそうな主催者に当たるべきか。
俺はある意味では有名かもしれないが、この世界、冒険者としてはまったくの無名といって良いだろう。
今後はともかく、今話をしようと思えば、何か札を切らなければいけない。
これはまずい気がする。
まずはヒートダガーがあれば話は聞いてくれそうなドワーフの里を目指すことにしよう。
また、近くにダンジョンや遺跡は結構あるらしく、昔のモンスターの住処だったり、
人間側の砦跡だったり、詳細不明の遺跡なんかもあるらしい。
誰の手によるものか、階層が増えている遺跡もあるようで、
古代文明の遺産だとか皆は呼んでいるらしい。
「小銭稼ぐならやっぱり山よ山! こいつなんかいくらあってもたりねーぜ」
そう言ってヒゲの長い冒険者が取り出したのは黒い石の塊。
何かの鉱石のようだ。色合いには覚えがあるが……。
ポピュラーなものなのか、特に警戒せず手渡されたその鉱石は、
ウィンドウに━ジガン鉱石━と名前が出てきた。
確か、鉄系統のスチールなんたら、の1段階上の性能を持つ武具達が作れる素材だ。
MDだと黒曜石かと見紛う程につやのあるアイテムだった。
(元はこんなにゴツゴツしてたのか。意外だな)
「へー、思ったより軽いんだな。簡単に取れるのか?」
鉱石を返しながら聞くと、男はあっさりと頷いた。
「近い場所や表層は結構とっちまったからな。少し奥に行くか、割れ目なんかを探さないといけないだろうが、それでも結構見かけるぜ」
この辺りの冒険者にとっては、ついでに手に入れるぐらいポピュラーなものなようで、
どこの山にもあるらしい。
礼を言い、大分夜も更けてきたので1度合流することにして席を立つ。
ジェームズ達もいくつかの話を仕入れたようで、俺の聴いた話のほか、
需要のある薬草類の情報や、最近山羊のような姿だが、
巨大なモンスターが増えているとのことで遭遇に注意という話を手に入れていた。
翌日に備えて部屋に戻り、朝を迎える。
「よし、行くか! ファクトも準備は良いか?」
「俺はいつでも。2人も良さそうだ」
馬に乗ったジェームズの掛け声に俺も答え、4人は連なって北西に馬を進める。
目指すはドワーフの里である。
俺の装備はスカーレットホーンに、栄光の双剣、そして赤い鞘のショートソード。
最後に腰のベストにはヒートダガー。
本当は布袋に収納しておけばいいのだが、アイテムボックスのことを知らせていない以上、いきなり出てくるのはまずいと思い、最初から出してあるのだ。
道中、モンスターに襲われることも無く、小さな道を進む。
整備はされていないが、通るのに問題はない程度の道だ。
「クレイ、緊張しすぎても疲れるぞ」
「そうなんだけどさあ。酒場で聞いた話がすごかったんだ」
クレイはその話が気になるのか、きょろきょろと周囲を見渡している。
なんでも、件の山羊もどきは集団で走っているようで、一際大きな集団にとある商隊が一気に粉砕されたらしい。
バッファローの暴走のようなものだろうか?
確かにそんな集団がここに出たら逃げようが無い。
「あ、あれ!」
「げっ!」
唐突なコーラルの叫びにジェームズのうめき。
コーラルの示すほうに顔を向けると、道の先に小さな土煙。
目を凝らすと、数匹の山羊のような何か。
明らかに大きさがおかしい。
MDでは見たことが無いが、一般的な牛の2倍以上はあるように見える。
「群れからはぐれた数匹のようだが、避けよう」
何か目的があるのか、道をまっすぐ走ってくる様子に、俺達は
左右に分かれて少し離れたところに馬を進める。
俺とクレイが右側、ジェームズとコーラルは左側である。
走る音が聞こえるようになり、土煙も大きくなってきた。
その巨体がはっきりと見えるようになった途端、そのうちの1匹がいきなり曲がってくる。
距離は100mも無い。
今から馬を走らせたのでは間に合わない!
「クレイは追撃頼むっ!」
馬から飛び降り、スカーレットホーンを抜き放って
相対し、わずかな時間に動きを観察する。
このまま避けても馬に当たるし、まともに受け止めるのも無傷では無理だろう。
脳裏を地竜のタックルを受けたシーンがよぎるが、今回はそれほどでもない。
「その勢いのまま、転がってろっ!」
山羊もどきの突撃はかなりの勢いがあり、俺はその勢いを利用する形で
器用に前足等に攻撃を加え、転倒させる。
大きな音を立て、茂みに突っ込む山羊もどきにクレイが追撃をかけ、仕留めることに成功した。
「ふー、後はどっかに行ったか?」
「そうだな。しかし、なんでコイツだけ曲がってきたんだ? ファクト、わかるか?」
(いやいや、私賢者じゃ無いんで)
ジェームズに首を振って答え、ふと思いついてヒートダガーを取り出す。
「あ、角ですね!」
「そうそう。毛皮は、なんかごわごわしてるな」
コーラルに明るく答え、角を根元から切断する。
ヒートダガーの効果―どうやら刀身が熱くなるらしい―で、あっさりと角は取れた。
「でっけえなあ……美味いかな?」
「一応モンスターだから、やめとけ」
角を袋に入れている頃、クレイとジェームズはそんな会話をしていた。
その後は無事に旅を続け、途中で薬草を採取したりで目的地と思われる廃墟が見えてきた。
「教会……か?」
「大分古いが、あの塔部分なんかは間違いないな」
中央付近に、確か鐘をぶら下げるのに使っているはずの塔が見える。
ちなみに教会の信じる宗教名称はマテリアル教である。
現実世界だとマテ教だとか、まてきょ、だとか呼んでいた記憶がある。
誰かが手入れをしているのか、はたまたご加護でもあるのか、
廃墟呼ばわりされる割には非常に綺麗だ。
もちろん、人が住んでいる気配は無いが。
「馬はどうする? 置いていったほうが良いよね?」
クレイの提案に頷き、4人は馬を下りた。
「うっすらですけど、魔法の結界みたいなのが覆っているような……」
立ち木に馬を固定し、歩いて近づいていた時にコーラルがそれに気がついた。
「俺にはわからんな。ファクト、クレイ、2人はどうだ?」
「変なプレッシャーは無いよ?」
「俺もだな。ただ、特定の魔法やアイテムがないと素通りしてしまう空間があるとは聞いたことがある」
言って、ヒートダガーを鞘ごと手にする。
「それか……よし、まず俺がそいつ無しで入ってみる」
ジェームズが言い、ゆっくりと教会跡に入っていった。
10分ほどした後、無事に戻ってきたジェームズは何も手にはしていなかった。
「何も特別なものは無いな。小部屋がいくつかあったが、カラだった」
ヒートダガーを売っていた店主は入り口代わりだと言っていた。
ただの目印なのか、果たして……。
「よし、行って来る」
何か潜んでいるということはなさそうだが、一応の警戒をしながら教会跡へと足を踏み入れた。
(家具もほとんど無い。まさに跡、か)
崩れていてもおかしくない高さの天井を見上げながら、室内の様子を確かめる。
ジェームズが何もなかったという小部屋のいくつかが目に入り、
そのうちの1つにヒートダガーを持ったまま入ってみる。
と、暖房の効いた建物に入った時のような感覚。
「え? これは……」
ただの小部屋のはずの空間が、長く続く通路になっていた。
後ろを振り返れば、ドアの外は先ほどまでいた教会跡。
「なるほどな」
手の中のヒートダガーを見、納得した俺は一度教会跡に戻り、3人の下へと向かった。
今度は4人でドアの前に立つ。
「手でもつなぐか。そのまま入って俺1人消えるっていうのも面倒だ」
3人とも頷き、手をつないで先ほどのようにドアをくぐる。
最初と同じ感覚。
「あっ」
「おっ?」
「うわっ」
3人の驚きの声を聞きながら、この先には何があるかと考えた時、
視界に明らかに自然のものではない光が見えた。
「なんだっ!?」
ジェームズ達も気がついたようで、大人が4人横並びで一杯になりそうな
幅の通路の中、戦闘姿勢をとる。
徐々に近づく光。どうやらランタンのようだ。
「誰かがくぐってきた気配にやって来れば新顔が4人とは、珍しいのう」
聞こえたのは自分達にもわかる人語。
どこか訛りがあるようだが……
「もしかして……ドワーフさん?」
「え? あ、ほんとだ!」
コーラルの声に、クレイも叫ぶ。
俺も相手の姿を見るや、小柄な体に多いヒゲ、そして意外とたくましい体躯、と
MDで出会ったとおりの姿に安心感を覚える。
「まずは第一段階突破ってとこだな」
「ああ。おっと、初めまして。見ての通り人間です。少々お尋ねしたいことがありまして」
一歩前に出、喋りだした俺を、ドワーフは見つめてくる。
その瞳は驚きの色に染まっている。
(あれ? 俺、何かやったか?)
良く考えれば初遭遇なのだから何かやったわけはないのだが、
思わずそう思ってしまったのだ。
と、ドワーフが持っていた袋からふわりと、光る小さなものが出てきた。
それは俺が持ったままのヒートダガーに向かい、ヒートダガーからも赤い小さなもの、精霊が出てくる。
双方の精霊は踊るように絡み合い、俺の周りを飛んでいた。
思わず目で追ってしまった後、ドワーフがまだこちらを見ていることに気がつき、視線を戻す。
結局、無言になったのはわずかな間だろうか?
「お主、精霊が見えるな?」
ドワーフの衝撃の一言が、広くない通路に響き渡った。




