19「北の地で-1」
短め。導入話ですので、進展は基本的にありません。
地竜達との戦いから2日。
目覚めてから1日。
どうせガイストールまでは馬車でも何日もかかるということで、
道中で休むことにして早々に宿屋を引き払った。
グランモールへはほとぼりが冷めた頃に様子を伺いにいくとしよう。
「思ったより荷物は軽いんだな」
御者席で日に当たっていると、手綱を握っているジェームズにそんなことを言われた。
「さすがに材料全部は持ってられないからな。金目の物と、装備ぐらいさ」
答え、空を眺める。
ジェームズはただの暇つぶしだったのか、そうか、と小さくつぶやいて
なんでもないように前に向き直った。
俺も特に続けず、ぼんやりと上を向く。
真っ青な空。
時折ある白い雲が高さを感じさせる。
気にしていなかったが、俺がこの世界に来たのは夏だったらしい。
現実世界の日本と違い、暑いと言っても湿気の少ない気候だったからか、
余り気にならなかったともいえる。
頬に冷たい風を感じながら、俺はまとまりのない思考に溺れていた。
この世界への転移、あるいは転生。
新しい生活、そして戦い。
大人しく暮らしたければ、手持ちの銀貨だけを使って
親の遺産を受け継いだとでもしておけばよかったのだ。
あるいは、遺物の存在を知った時点で、どこかに取り入って死の商人のごとく、
戦争に影響を与えるような供給者になることだって出来た。
だが、結局は自分で現場にいられるような行動を取ってきた。
それはプレイヤーとしてのゲームクリアへの欲望なのか、
自身の強さへの疑問なのか、それとも、この世界への問いかけなのか。
自分のことながら、はっきりとはわからない。
だが、俺はこの世界で生き残らなければいけない。
この世界が、機械仕掛けの何かが用意した場所なのか、無数にあるといわれる平行世界の1つなのかはわからないが、現実なのだ。
正しく理解し、正しく付き合うべきなのだろう。
(自分の作った装備が英雄の強さを支えている、とか格好良いよな)
幾度かの訓練の結果、俺自身の筋力などは人並み以上には上がらないことがわかっている。
恐らくは、Lvが上昇しない限りは能力に変化がないのだろう。
となれば、上がる機会に恵まれない状況である以上、俺はこれ以上強くなれない。
――俺自身は、英雄になれない。
遠回りだったが、その事実は俺自身に、ゆっくりと染み込んでいく。
一緒に旅をするジェームズたちを支えて行くのか、
どこかで違う相手に出会うのか、それはわからない。
わからない……が。
外套のポケットから、緑色の石を取り出してぼんやりと眺める。
預かっている壊れた杖から、石の部分だけ取り外したのだ。
適当にカッティングしたようなその表面も、良く見ると何らかの規則性が見て取れる。
ふわりと、唐突に浮かぶ白い人影。
ミニフィギュアのような大きさの精霊が何人か石を中心に浮かぶ。
今は鍛冶の際に、勝手に力を借りたり、入り込んできたりする彼らだが、
俺がちゃんと理解していけばもっと深く、関われるのかもしれない。
見ていると、精霊の1人がこちらを向いたままその姿を消していく。
石と同じ、濃い緑の瞳。
幾重にも重なった森の中に注ぐ日差しのように、輝きを含んだ瞳に見つめられながら、
俺は消える様を眺めていた。
切り札を使ってから丁度3日目の夜、ステータスウィンドウを確かめた俺は、
わずかながら魔力のバーが白くなっていることを確認する。
今は見張りの時間だ。
街道沿いの一角に、キャンプを張っている。
ガイストールまでは、話によれば後4日はかかるらしい。
回復量が半分とは言え、それだけあればかなり回復できそうだ。
「武器生成-近距離C-《クリエイト・ウェポン》」
小さくつぶやき、スキル実行を試みる。
わずかに手ごたえはあったが、何も起きなかった。
魔力量としては、足りないということはないぐらいの消費量なので、
やはり使用不可能なようだ。
ため息をつき、大量の星が散らばる空を見る。
大きな月、まばゆい星空。
きっと火を消せば、無数の星が見えるのだろう。
のんびりと一夜が過ぎていく。
「ガイストールには有名人っているのか?」
途中、俺はそんなことを聞いてみた。
ガイストールまでは後1日といったところのようだ。
ガイストールはグランド帝国の時代からあるらしく、
その占領範囲も時代によって変化し続ける、まさに最前線なのだという。
近くには豊かな森や、豊富な鉱山類もあり、土地も肥えているらしい。
その分、モンスターも過ごしやすいのか、戦闘も度々起きているのだそうだ。
それでもこの土地から供給される資源や物資達は各地で重宝されているようで、
職人の引き抜きも、この街からはほとんどおきていないらしい。
もっと早くこの話を聞けていれば、目的地に出来たのだろうが、後の祭りだ。
ともあれ、MD時代も合わせればこの世界の人類の歴史は2000年以上続いているのだ、中には英雄であったり、伝説級の人物が1人や2人は出てきているに違いない。
ガイストールにもそんな存在がいれば、何かの手がかりになるかもしれない。
「いるにはいるが、変なのも多いらしいぞ? 神出鬼没の怪盗が最近はいるっていうな」
そういうジェームズの表情は微妙に苦い。
……どうやら、長い歴史は色々と生み出すらしい。
「よーし! 俺が捕まえてやる!」
話を聞いていたクレイが叫び、馬車の中にも関わらず、立ち上がる。
「あっ」
危ないから注意しようかと思った時、コーラルの小さな声と同じくして、馬車が石でも踏んだのか、大きく揺れる。
悲鳴も上げれぬまま、クレイは馬車の中をバランスを崩して転がっていった。
「お約束だな」
「まったくだ」
「……はい」
道中、モンスターの襲撃もなく、平和そのもの過ぎて
体がなまりそうだなと思う頃、ようやく建造物らしきものが見えてくる。
「あれがガイストールの第一の壁だ。街はもっと先さ」
モンスターの襲撃に備え、幾重もの囲いのように壁を作って立てこもれるようになっているらしい。
遠いその壁を見つめている俺の体を、冷えた風が撫でていく。
思ったより寒く、北の地にやってきたことを実感させる。
「着いたら、ローブが欲しいです」
「俺もさすがに夜は冷えるかもしれない……」
馬車の中にいる若い2人の声に、俺は自信満々に振り返り、笑う。
「なあに! 街についたら何か作るさ! 任せとけ!」
「お前、裁縫も出来たのか?」
ジェームズの疑問に、俺もはたと思う。
(布素材も、ゲーム同様にハンマーで叩けば良いんだろうか?)
防具のほとんどは金属、あるいはモンスター素材だったので深く考えたことはなかった。
「やってみて駄目だったら……奢るから何か買おう!」
我ながら駄目駄目な発言をしながら、俺の新しい生活の場所へと馬車は確実に進んでいた。
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