14「冒険者稼業-1」
登場の3名はレギュラー予定です。
その日の俺は朝から落ち着きが無かった。
体調が悪いわけでもなく、待ち合わせがあるわけでもない。
何故だがふと目が覚めたようで、ぼんやりしたまま工房で何をするでもなく、
武具用の鉄の塊を手にとっていじっていた。
何かに呼ばれているような、見られているような。
イリスと共に街に戻ってから数日、何かわかったら知らせると言うイリスと別れ、
一人工房で作業を続け、昨日は市場で実用には耐えうるが最低品質、というような短剣や長剣、槍、小盾等を販売していた。
想像以上の売り上げに、気前良く白兎亭でエールを飲んだことが理由だろうか?と一人、考える。
これまでたしなみ程度ぐらいしかまともにアルコールを摂取したことも無かったが、
これが二日酔いか?と苦笑しながら、次は何を作ろうかと思考をめぐらせていると工房の前に気配が立ち止まるのを感じた。
来客か、と小さくつぶやき、棚に鉄を戻すと同時に扉が開く。
と、背中に走る気配。
それは先ほどまで感じていた何かが濃くなったものだった。
(イベントの誘蛾灯……ってのは遠慮したいんだがなあ)
来客である冒険者風の男女に向き直り、1人胸中でつぶやいた。
「よう、元気してるか」
最初に口を開いたのは白兎亭でも見覚えのある冒険者の男。
最近グランモールに立ち寄ったらしく、一緒にいる少女と、
今はいないようだが、少年と3人パーティーのようだ。
昨日も白兎亭で隣の席だった人物達だ。
鍛えられた体ははっきりと前衛だとわかり、装備も金属鎧に大剣、とわかりやすい。
色合いは地味ながら、堅実そうな衣服と日焼けした肌、体と装備には小さな傷が無数にあるところから、相応に戦いはこなしているようだ。
赤いバンダナに硬そうな逆毛の髪に加え、笑みからは十分な迫力を感じる。
といってもリアル年齢だと20台半ばの自分とそう変わらない年のはずだ。
一緒にいる少女は見た限りではもうすぐ少女は卒業か?と思われる容姿だ。
ゆったりとした白いローブにバトンのような杖、各所に身に着けたアクセサリーもただの飾りではないのだろう。
幼さが抜け、女性へと羽化しそうな…とそこまで考えたところで少女が身じろぐ。
どうもじろじろと見てしまっていたらしい。
「おっと、そういうつもりじゃなかったんだが、すまないな、コーラルちゃん」
「いえ、いいです。そういうのじゃないってわかってますから、でもちゃんはやめてください」
むすっとした顔の少女、コーラルは怒っていないようだった。
「ははっ、可愛いからつい、な」
最初に出会った時は、まさに魔法使い!な姿に感動し、声も美少女、となおも驚きだった。
「ファクト、余りコーラルをからかわないでくれ。後で面倒だ」
「了解だ」
その割には迷惑そうではない様子の男、ジェームズに答える。
と、ようやくもう1人が駆け寄ってくるのが足音でわかった。
「はっはっはっ。やっとおわったぁ!」
汗だくになりながら、何かを抱えて走ってきた少年の名前はクレイ。活発そうな瞳に少年らしさを感じる体躯、そして後ろで縛った金色の髪、それが荒い息に合わせて上下する。
「遅いぞクレイ。ほら、とっととよこせ」
「訓練代わりに遠回りしてこいって言ったのはジェームズじゃないか! はぁはぁ……」
愚痴をこぼしながら、クレイはジェームズへと包みを投げ、それは俺に渡される。
「ん? お土産か?」
受け取った瞬間、ずっと感じていた気配が手の中のソレから感じているものだと悟る。
「感じるか?」
ジェームズの声を聞きながら、俺は包みの上からソレをなぞっていた。
大きさとしてはコーラルが持っているような長さの棒。
だが、折れている。
作業台の上に包みを置き、ゆっくりと開く。
「これは…どこでこれを?」
半ばほどで折れている杖。先には今もなお光を鈍く放つ、新緑の石。
透明感のあるそれはエメラルドを思い出すが、それにしては大きい上に色も濃い。
「この前言ってた、大規模な国のモンスター退治の時に相手の砦にあった奴さ。貴族にやるのももったいないからこっそりな」
なんでもないようにジェームズは言うが、ばれれば騒動だろう。
俺はゆっくりと杖だったものに触り、状態を確かめる。
俺にだけは見えているであろうウィンドウが虚空に開き、
杖の状態や性質、名前が見えてくる。
これまで触ったものはただのスチールナイフであったり、劣化したハンドアックス、などと表示されていた項目には―壊れた眠れし森―とある。
「壊れてるな、でも生きている。コーラルちゃんならわかるんじゃないか?」
「だからちゃんは……もういいです。はい、強い力を感じます」
俺の問いかけに諦めた様子で答えるコーラル。
「へー、俺にはわかんねーや、すごいんだ」
とぼけた様子のクレイは興味津々と様子ではあるが、難しいことは嫌だと顔に書いてある。
「ということでな、直してくれ」
「……は? 直せ? これを?」
いきなりなことを言い出したジェームズの顔をまじまじと見るが、冗談ではなさそうだった。
「ファクトなら出来るだろ?」
「え? 杖も直せるんだ! すげー!」
感心した様子のクレイに慌てて手を振りながら俺は叫ぶ。
「いやいや、剣を直せならまだわかるけど、杖直せ、はないだろう。あれか、木の部分を何かでくっつければ『はい、直った』じゃあないだろう?」
恐らくだが、杖の素材、長さ、形状を含めての品だ。
宝石部分だけ他に移しても別物になるか、機能しないだろう。
触った限りでは、ただの木材ではない。
そう、まるで『最初からそう出現した』ような感触。
「ソイツは預ける。どうせそのままじゃ意味が無いしな。頼んだぜ」
「なんだ、どこかに行くのか?」
俺がどうするかを見学していくと思っていたのだが、
ジェームズはクレイとコーラルを伴って出て行こうとした。
「へへっ、ちょっと作戦に参加して来るんだ!」
やる気満々のクレイの口から少々不穏な言葉が飛び出す。
「えっと、隣街がモンスターの集団に襲われたそうなんです。撃退に冒険者達も借り出されてるみたいで、いい稼ぎだからってジェームスさんが…」
コーラルの丁寧な?説明に視線をジェームズに向ける。
「そういうこった。出発は先だがな、手続きやらが面倒なんだ」
そう言ってまた会おう、と言い残して3人は立ち去った。
「作戦……か」
ジェームズは悪い奴ではない。面白いことが好きなようで、ああやっては俺をからかってくるのだ。
最初は気に障ったものだが、今は面白い。
「とりあえずはこいつか」
杖と近いものが無いか、手持ちのアイテム群をスクロールさせていく中、
同じ規格で作った武具群のページが目に留まる。
この世界で目覚めてしばらくの時に、いざとなったら売ることを考えていた武具。
1本でも、1着でも戦力のための装備が無いか、俺のところにも誰かしらの使者が来るだろうことは間違いない。
とりあえず、10人分ほどの鎧兜、盾にいくつかの武器を具現化して壁に並べる。
1つ1つ手に取ってみるが、特別な性能はついていない。品質は普通といったところだ。
MD時代の初心者向けの大量在庫だ。
もっと最初に目に付いた銀狼師団用に作っていた武具達は性能が違いすぎる。
下手に流通させては事だろう。
アイテムに変な変化が無いことを確認し、来客があるまでは預かった杖の様子を見ることに使うことにした。
「宝石部分はジェネレータってところか?」
指でつんつんと宝石部分をつつきながら、俺は思案する。
杖の先に力を持った宝石がはまる、というのはわかりやすいアイデアだし、MD時代の杖も殆どがそうだった。
手持ちでは杖用の材料が多くないので、試すにも勇気はいるが同じような系統のものは作れるだろう。
ソレは即ち、この杖が遺物か、それに相当する古いものである可能性を表している。
俺の記憶にあるMDの時代、今から1000年以上前だという時代。
もしそうだとしたら、この杖は何を見、何を聞いて時を越えてきたのか。
――もしかしたら、プレイヤー達も手に取っていたかもしれない。
そう考えると、妙な感傷を覚えるのだった。
「精霊は喋らないしなあ……」
ふっと魔力を宝石部分に向けると、染み出すように緑色の精霊が起き上がってくる。
俺を見ると、生き別れの肉親に出会ったかのように突撃してくるが、ぶつかることなく突き抜けていく。
「すまないな、触れないみたいだ」
精霊に向けてつぶやき、次に折れた杖部分を手に取る。
(力いっぱい折り曲げられた!って感じではないなあ)
断面などを見た正直な感想だ。
見る限り、どちらかというと千切れたというのが正しいような……。
でも、杖が千切れるってどういう状況だ。
飛び降りた相手を助けるのにこの杖につかまって!ってか?
ん? 助ける?
「確か杖以外にもそんな性能が……あったあった」
MDのアイテムには当然、様々な性能や効果がある。
アイテムとして使えば火を噴くものであったり、癒しを与えるものであったり。
中には、アイテムの破損と引き換えに強い効果を生み出すものもある。
例えば今アイテム欄で見ている― 影縫いの短剣 ―はそのままでも低確率で麻痺効果があるが、使用者の魔力を半分消費しつつ、武器破損を引き換えにして麻痺効果を視界内の敵全てに与えることが出来る。
そのほか、いざとなったら!というこれらは切り札としていくつか持っているのがベテランの生き抜く術の1つだった。
ゲームだと破損したアイテムはそのまま消えるか、なんともいえないごちゃごちゃしたガラクタになっていた。
そう、四方八方から引きちぎられたような破片になっていたのだ。
そうなると、この杖は効果を発揮した後になるのだろうか。
(いや、宝石は力を感じる)
今もなお、俺を呼ぶようにこの宝石、正確には精霊は俺を見てくる。
途中で効果を発揮できずに所有者の手から離れたか、それとも…
様々な仮説が脳裏をよぎるが、結局はMDと違うだろうからわからない、ということになる。
1度、同じような魔法用の杖を作ってみて比べることを決め、作成のレシピを思い出すべく、記憶をたどっていく。
作成のめどがつき、何から作るかを悩んでいる俺の元に、街の貴族からの使者が到着し、壁の武具を見るや「全て買います」と言い放ってきたのはそれから数時間後だった。
次回は作って作って売りまくる?・・・かも?