274-外伝「老いてなお若人のごとし-3」
キャラ名が翁じゃなく庵だったのを今さら思い出して
前2話も修正しました。
人は、慣れてしまう物だ。
そして、欲望には限りがない。
不便な時には不便な状況に慣れつつも、改善を望む。
そう、現状がどれだけ恵まれているかに気を向けることなく。
そんなある日の出来事を聞いた少女は、
顔いっぱいに納得がいかない、と書かれているようにして憤慨していた。
「えー、ひっどーい。ご隠居はそんなことのために頑張ったんじゃないのにね?」
少女の感情のままに、老人の座ったロッキングチェアが揺れ、
アナンタは今からでもお仕置きにいこう、と言わんばかりにご隠居、古老の庵を見る。
「まあ、のう。思えば自分も若かった。と言ってもその時もしわくちゃの老人だったがの」
まだ怒った様子のアナンタの頭をその手で撫でながら、
年月を感じる木の天井を見、老人は口を開く。
キャラ名なのに古老の庵、などと人名じゃない名前を付けたのも興奮してうっかりしていたのかのう、
などと考えながら……。
「今も言った通り、その村では無事に山賊もどきを討伐に成功。一緒にさらわれていた
何人かの娘さんも一緒にな。そしてワシは哀れに感じたままに与えてしまったのじゃ。
その当時の周囲と比べれば逸脱した力を。獣を狩り、怪物や暴力に抵抗するためとしてな」
「ううーっ、でもっ、なんでその人たちは隣町にまで……」
感情が高ぶり、ついには涙目になってしまったアナンタに
どうした物かと思いながらも老人は促されるままに言葉を続ける。
「うむ。最初は同じように苦労している相手を助けるため、といったところじゃろう。
アナンタも、水汲みの助けになるなら、という気持ちで自分以外のために使おうとしたじゃろう?」
「それはそうですけど……。守ってやるからお金をよこせなんて言って
その上、ご隠居に追加の武器をねだるなんて……」
聞いたばかりの話に再び少女の怒りが湧き上がる。
赤毛がランプの灯りを受け、火が燃え上がるように照らされる。
その純粋な怒りに目を細めながら、
過去となった己の失敗を思い返す翁。
「そうして押し寄せる人の感情にワシは逃げた。戦争直後故にか、
それでも近くの脅威を打ち払うには十分な力だった様じゃな。
人づてにだが、最後は……新興の統治者を自称し、残った国に討たれたそうだ。
それもこれも、ワシが不用意に武器を渡してしまったばっかりにな。
助けただけにして立ち去ればよかったのじゃ」
「ご隠居は、悪くないですよ……よくわかんないけど」
思わずアナンタの握った手は暖かい。
皺だらけでいかにも老人、といった手であるが
その手がいざとなれば重い斧も木の枝のように振り回せることを彼女は知っている。
それでも、目の前の老人の気持ちを慰めるように
握る手に力を籠める。
「ありがとうよ……。この街の人々は賢い、というべきなのかもしれんな。
山々や自然の恵みを受け、静かに暮らしておる。そればかりか
ワシの事を知っても、武具はいい、と言い切りおった」
「それは……そうですよ。ご隠居はさあ、恩人だもの」
怒らせると怖そうだし、というつぶやきが小さく溶け、アナンタは顔を伏せる。
「ふむ? まあ、アナンタがワシの技術を継いでくれれば後は思い残すことは無いのう」
聞こえなかった振りをし、
椅子から翁は立ち上がり、ランプの元へと行く。
「さて。そろそろ寝る時間じゃ。明日も早いぞ」
「わかりました。おやすみなさい」
ランプを消し、窓からの月明かりだけとなった部屋で
2人の寝息はすぐに部屋のBGMと化した。
「アナンタは鍛冶長と一緒か」
「ええ。ご隠居も彼女を鍛えることに同意してくださいましたし、
明日からはますます気を引き締めねば」
同刻、街の一角でランプに照らされ、男が二人、向かい合っていた。
「まったくだな。伝え聞いた話が本当なら、鍛冶長の力は不用意に外に出すわけには行かない。
人は人の丈にあった過ごし方という物がある」
男は町長と、その補佐となる者だった。
両者とも、老人の起こした奇跡の体験者であり、
同時に偶然にも当人であろう昔話を知る者でもあった。
「あの雷を呼ぶ剣を使う英雄……いえ、暴君でしょうか?
あの件がご隠居の手によるものだとしたら、当然ですね」
「うむ。自分には想像も出来んよ。守るためにと渡した力が
近しい相手を傷つけるために使われる、などとは。
このまま、この土地で静かに暮らしていただこう。
幸い、この土地は自然の要塞だ」
窓から見える夜の景色。
暗闇ではわからないが、この土地は大きな湖を抱いた元火山の麓にある。
女神の水鏡、といった異名を持つその湖と、
離れた場所に湧き出る温かい水、温泉を目当てに
少なくない観光客がやってくる土地なのだった。
「そうですね。山の影響か、飲める水場が少ないのが難点でしたが
それもご隠居のおかげで解決する。あのぐらいなら遺物が見つかったとでも
言えばなんとかごまかせるでしょうね」
「そうだといいが……。こうしていると思い出すな。
鍛冶長に助けていただいた山が吠えた日のことを」
町長らが見るのは月明かりに照らされた巨大な山肌。
人の寿命と視点しかない彼らにはわからない。
周囲をその山山に囲まれ、湖だと思っている部分は
かつてそこに住んでいた火竜が飛び立った結果、
大穴が開き、火山となって周囲に溶岩や土砂をまき散らした結果の土地だと。
その山の一角が長い年月を経て削り出され、川となり、
今の人が住まう場所がある。
皿に出したプリンの中央だけをスプーンですくったような不思議な光景なのだ。
山はデコレートされた生クリームのような物。
そして、未だに温泉が出るということは
火山活動がゼロではないことを示すのだが
科学的な知識のない彼らにはそのことはわからない。
ただ、山肌が意外と脆く、場所によっては大雨により危険な目にあうことは彼らが身をもって知っていた。
それはある日の夕闇の事。
前日まではひどい大雨で、外に出るのも辛いほどの豪雨だったが
その雨も夕方には止み、ようやく明日からは畑もやれるな、と何人かが思う日の事だった。
街に、一人の老人がやってきた。
雨の中歩いてきたのか、全身ずぶ濡れの姿は異様でもあった。
しかし、そこは観光に慣れた土地の人間であり、
宿を求められ丁寧に接客を行う。
老人はそれに感激し、数日を街で過ごすことになる。
たまたまその老人を目にした町長は、
老人が引退した鍛冶職人だという話を聞き、
なかなかスムーズにいかないこの街の鍛冶産業に意見を聞くことにしたのだった。
老人は材料としていた鉄鉱石等を見るや、
山の影響を受けて半ば魔石化していることを見抜き、
炉の改良を提案することとなる。
職人も乗り気で、ぜひ話をということとなり
老人はさらに数日、街に残る。
結果、それが街と、老人の運命を助けることになる。
材料を求めて老人と職人、街の重要な事柄だからとついてきた町長とその補佐、
そして妙に老人に懐いた少女、アナンタは山に入る。
木々が少なく、ごつごつとして、今まで見た山とは違う姿を見せるこの土地の姿に
老人は感嘆の声をあげつつも山の上の方を睨んだ。
「これは……いかんな。町長、戻りなさい。山が、吠えるぞ」
「山が? それは一体……!?」
瞬間、足元が揺れた。
いや、正確には山が動いたのだ。
遠く、かなり上の方に見える山肌の木々が、突然傾きだした。
老人、古老の庵は同行していたメンバーと、
街の方向を見て一つ、息を大きく吐いた。
がけ崩れだ。
しかも、崩れた範囲からして街もただでは済まない規模が崩れるようだった。
多く水を含んだ山に、眠っていた火山がほんのわずかだが、衝撃を与えたのだ。
「おじいちゃん?」
「何も心配いらないよ。何もね」
おびえて自分の腰にすがる少女の頭を撫で、老人は覚悟を決めた顔で
町長らへと向き直る。
「最近の雨で山が限界なのじゃろう。大きく崩れるが……何ともしがたい。
ただ、手は無くはない。お主らが黙っていてくれればいい。良いかの?」
「何を……いえ、いいでしょう。私は何も見ていませんし、言いません」
町長がそう言い切ると、職人や補佐役も頷いた。
「そうと決まれば……あー、まあ良い。しっかり抱き付いていなさい」
町長の元へと少女を行かせようとした老人だったが、
抱き付いて離さない少女に苦笑し、隠すことをやめた。
古老の庵は老人アバターである。
しかし、多くのゲームがそうであるようにアバターはゲーム上の性能に影響を与えない。
MDにおいても、謎の補正により、切りかかる上でも
手足の長さは補正から、たとえば子供のアバターだと
大人よりも早く踏み出せる、などといった
結果として長短無しの同じ結果となる。
唯一の問題は見た目による視覚的な物、ぐらいだろうか。
それ以外、能力的な物は若い姿だろうが、老人だろうと同じなのだ。
隠すことをやめた古老の庵の体から
町長らが感じたことの無いような濃密な気配が生み出される。
それは魔力であり、強者の気迫。
戦闘向きの構成ではなくても、彼は高レベル者であった。
やや薄暗い林の中、
彼の足元に魔法陣が躍る。
「久しぶりじゃしのう……。ただ受け止めても一緒じゃし、踏み固める……。
か受け流すか。よしっと、廻る精霊の恵み! 制限開放・武器生成!《マテリアルドライブ》」
そして魔力が、はじけた。
無数の光る何かが老人の手から飛び出し、迫る土砂崩れへととびかかり、食い込んだ。
その光からは火や風が巻き起こり、
迫る土砂や木々を街とは違う方向へと押し流すようにぶつかっていく。
徐々に徐々に弱まるようにぶつかる光達。
特殊効果のある武器たちが無数に生み出されているのだ。
無限とも思える轟音の中、
目を閉じていたアナンタが次に目を開いたとき、
見えてきたのは小さな背中。
しかし、力を感じるたくましい背中だった。
その背中の向こうに広がっていたのは、
地面ごとかき混ぜられたかのように土と、木々が入り交ざった山肌。
ただ、土砂は止まっていた。
「ちょっと山に生きる動植物には悪いことしたかのう……後で手助けせねば」
つぶやく姿に、少女は湧き上がる感情が何かを知らずにそのまま抱き付いた。
「ん? ほれ、もう大丈夫じゃよ」
疲労が顔に残るも、笑顔でアナンタに話しかける老人はやり遂げたといった気配を漂わせていた。
古老の庵がご隠居、鍛冶長として街のそばに住み始めるきっかけは、
こんな事件であった。
推定200歳以上&10代。
ジジ専って言っても限界があるよね?
とか聞こえてきそうな気がします。