272-外伝「老いてなお若人のごとし-1」
キャラ名すっかり間違えてたので訂正。
「なあファクトくん。老いはいつ始まると思う?」
それは問いかけ。
ある日、ある時に紡がれた何でもないような日常。
「老い? うーん、いつだろうなあ」
森の中にある木漏れ日の差し込む、小さな泉のそば。
切り株を椅子にして腰掛け、2人の男が向かい合う。
片方はまだ若さを感じる青年の姿。
もう片方は白髪の目立つ老人だった。
しかし、老人の口調は若者のそれであった。
見た目とのギャップのある状況だが、2人はそれを気にしないだけの付き合いがあった。
「僕はね……明日や、未来にワクワクを感じなくなった時に始まるんじゃないかなと思うよ」
「ワクワクか……なるほどな」
僕と口にした老人、キャラ名『古老の庵』は
手にしていた鉄鉱石をファクトへと投げ、腕を組んだ。
老人、とも翁、とも呼ばれる老人とは思えない動きだ。
ファクトもまた、鉄鉱石を受け止めるとお酒の入ったグラスを傾けるように
陽光に照らし、その光を見る。
「明日の楽しみも無く、未来に希望がない人は笑顔が消える。
そうなれば老化まっしぐらさ。そうじゃない人は、見た目は年を食ってても笑顔が多いだろう?」
陽気な声でそう言われ、ファクトは頷き、相手を正面から見る。
最新の技術によって再現された老人らしい姿はしわだらけだが、
ゲーム上のステータスに支えられた中身は見た目に反した力を持つであろうし、
見た目からも元気の良さが見て取れた。
何よりも、相手が自分と同等の生産技術を持っていることを良く知っているからには
老人だと馬鹿にすることは決してできない。
「ここはゲームの世界だ。本当は若いときの格好をしてもいいのだけどね。
逆に、今までの自分を否定する様でそれは嫌だった」
上を向き、太陽の光に目を細めながら古老の庵はつぶやき、
しわの目立つ手のひらを光に透かす。
技術の進歩はそんなところにもこだわりを発揮し、
光に透けて血管が見えることに翁は笑みを浮かべる。
「もっとも、老人の姿だからとリーチ以上のデメリットは無いのだけれども」
「それでも老人ロールをするのが好きだよな、翁は」
ファクトの指摘に先ほどとは違う笑みを浮かべ、古老の庵はファクトに向き直る。
「ああ、そうとも。これはワシの生き甲斐の1つじゃからの」
「若々しいメンタルと老人ロール、相変わらず面白いな」
静かな空間に、2人の笑い声が響く。
それはある日の、平和な時間。
ぼんやりと、古老の庵は陽光の暖かさに身を任せる。
「ご隠居、ご隠居!」
「ん……おう。何の用じゃ」
耳に聞こえた声に、ご隠居と呼ばれた老人、古老の庵は目を開く。
「何じゃないですよ。ご隠居が言ったんじゃないですか。今日は納品日だから
昼には起こしてくれって……。もう、また椅子で寝ちゃったんですか?」
丈夫そうなロッキングチェアにもたれかかり、
ぼんやりと天井を見ていた古老の庵はようやく浮上してきた意識と、
思い出した用事に大げさに手を叩く。
「おお、そうじゃったな。すまんのう、アナンタよ」
布団代わりにとかぶっていた毛布をてきぱきとたたむ相手、
赤毛のツインテールの少女、アナンタに声をかけながら翁は起き上がる。
僅かに足が痛むものの、それを表に出さずに広くない部屋の一角、
丁寧に掃除されたカウンターとその上にある木箱へと歩みより、手を伸ばした。
音も無く開いた木箱の中には1振りの包丁。
「なんだ。もう仕上げてあったんですね、さすがご隠居」
「なんのなんの。それよりもご隠居はやめておくれと言っておろう」
ひょこっと、古老の庵の肩越しに包丁を見、
感嘆の声を上げるアナンタに抗議の声と視線を向ける翁。
「えー? だってご隠居はご隠居じゃないですか!
まだまだ活躍できるのにこんな山奥に引っ込んじゃって。
毎日お世話に来るのは大変なんですよ?
それに、鍛冶長って呼ばれたくないっていったのはご隠居ですよね?」
これが若さか、と内心後悔するレベルで
次々と声をかけてくるアナンタに押されながらも、翁は手にした包丁を
再び木箱に仕舞い込む。
「そうじゃったの……。ふむう……まあ良いか。さて、納品まで時間がある。
見ていくかの?」
視線をやるのは部屋の隣、やや薄暗い特別な部屋だ。
そこは翁の職場、すべてと言っていい炉のある部屋だった。
「うんっ! 孫娘におじいちゃんのかっこいいところ、見せて!」
「馬鹿言うでない。ひ孫でも足りぬぐらい年寄りじゃよ、ワシは」
若くして、さらに女に産まれながら鍛冶に興味があるというアナンタは
街の外、山深くにひっそりとすむ翁の世話を買って出ている。
報酬も別に出るが、一番の目的は不便な場所にありながら
注文の絶えない翁の鍛冶の腕を目にするためであった。
山道を歩くため、少女らしいとは言えない
武骨な服装ながら、全身から隠しきれない若さゆえのオーラというべきものが出ており、
横に立たせながらもそれを感じる翁は瞬間、昔に思いをはせるのであった。
「今日はそうじゃな……魔力剣、さらには水の出てくるのを見せようか」
「お水が? だったらすごいね。井戸からくみ上げるのって大変なんだよねー」
壁際の棚からいくつかの素材を手にそう口にした翁へと
自身の手を見ながらアナンタがため息交じりに呟く。
最近は翁の身の回りの世話を現金を対価に行っているため、
その頻度は下がったが、アナンタもまた、井戸からの水のくみ上げを
日常にしていた一般人だ。
若い回復力を持ってしても治りきっていない手のひらの荒れ。
何年たっても、子供のそう言った姿に
心のどこからかいたたまれない感情が湧き出ることを
翁はある意味では好ましく思っていた。
「ほれ、これでも塗っておきなさい」
同じく棚から手渡したのは、ポーションを原材料に
軟膏にした翁オリジナルの回復薬だ。
本来は鍛冶中に起きたやけどなどの治療のためだが
普通の怪我を治すのにも当然だが使用可能だった。
「いいの? じゃあちょこっとだけ……わわっ」
アナンタが慌てて落としそうになる軟膏の瓶を見た目に反して
素早い動きで翁は拾い、驚くアナンタをやさしく見つめる。
荒れの目立っていた手のひらが、いつしか子供らしい
つるつるとした手のひらに戻っていたのだ。
「ご隠居は何でも出来るんだね。武器や防具、農具や薬まで!」
「そう褒めるでないわ。このぐらいは長く生きた者の嗜みというやつよ」
ストレートに表現される自身への賞賛と好意にどこかくすぐったさを感じながら、
翁は表情を引き締めて炉の前に座る。
「さて、やることは他の属性と同じ。魔力を込め、魔石からの流れを使って
何でもないよくある武具にその魔力の流れを合わせるだけじゃな。
ただまあ……派手さが想像しやすい火などと比べると、
やや想像しにくいであろうな。剣先から水がびゅーっと出るなんて喜劇じゃからな」
どこか冗談めいて言いながら、慣れた手つきで魔石と剣の材料を
次々と加工し、まとめていく。
あっという間に、とアナンタが思うほどの時間で
一本の短剣が出来上がる。
「ほれ、乳でも絞るように水が出るはずじゃ。そこの瓶にやってみい」
「こ、こうかな? おおー!」
翁に促され、部屋の隅にある水瓶に向けて剣先を向け、
アナンタは以前習ったやり方で短剣に魔力を込める。
僅かに力の抜ける感覚と共に、剣先からは
思ったよりも勢いのある状態で水があふれ出し、
段々と水瓶に綺麗な水をため込んでいくのだった。
込める魔力で勢いが増減することに気が付いたアナンタが
その調整に興奮しているのを見ながら翁も笑う。
(こんな生活が続けば、と何度思った事か)
平和な日常。
誰もが当たり前に願いながらも、意外と実現しないのがこの願望だった。
既に細かく数えるのはやめたが、
200年近い時間を過ごしてきた翁の経験でも
30年続けば平和は立派な物と言えた。
「ご隠居ー! これ、もらっていいの?」
「ほっほ、もうそのつもりじゃろう? じゃが、駄目じゃ。
そんなものを持って帰ってみい。1日中街の水を作らされるぞい」
翁の指摘に、ぴたっと動きを止め、苦い表情を浮かべるアナンタ。
「それもそうだ……ううー、でもこれがあれば……」
当番制にするとか……などとつぶやくアナンタに、
翁は近寄ると頭に手をやり、優しくなでる。
「そいつは剣で作った適当な奴じゃからな。
最初からそのために作ればよい。そう、街の真ん中に湧き出る泉のような物でもな」
ただし、町長と相談の上で対価はもらうぞ?と
茶化すように翁は言い、アナンタはそれを呆然とした表情で見る。
「え?……ああっ、もう、だからご隠居は素敵なご隠居なんだよっ」
一転、満面の笑みで抱き付いてくるアナンタを
しっかりとした姿勢で抱きかかえ、ほっほと笑う翁。
(もう武器で世間は騒がせたくはないが……物作りをやめるわけにはいかんのう。
ファクトよ、ここにいたならばきっと、お主もそうじゃろう?)
嬉しさにか、抱き付いたまま笑うアナンタをあやすようにしながら
翁は天井を見つめ、心でつぶやいて昔のことを思い出していた。