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263-「舞い降りる光、昇る光-3」

それは荘厳さすら感じる光景であった、とある兵士は後日、日記に記していた。


ルミナスの陣に動き在り、として陣を練り直したジェレミアの兵士達、

そして冒険者達が目撃した物は目を疑うことはこの事か、と誰もが思う物。


「あれは……竜……か?」


遠見用の遺物を手に、フェンネルが呆然と呟く。


竜。


ドラゴンとも呼ばれる強大な生物の総称。


物語にもよく登場する、理不尽の象徴であり、

圧倒的な敵としての存在。


だが、フェンネルにとって、むしろ西側の人間にとって

竜といえば多くが2本の足と尻尾で体躯を支え、人を見下ろすようにするものか、

強靭な四肢を持った獰猛な姿のどちらかであった。


では、視界にいる2頭はどうだろうか。


黒い光、と呼ぶべきものを発しながら降り立つ1頭の竜。


片や、黒い体躯の中にも黄金色の光を感じる竜。


片方は全てを貫く槍の穂先のような気迫を。


片方は全てを地に伏せようとする巨大な槌のような気迫に満ちていた。


強さを感じさせるプレッシャーは両者とも竜と呼ぶにふさわしい物。


だが、その姿はどうだろうか?


ルミナスの本陣と思われる上空に浮かぶ姿は一瞬、巨大な蛇のようでもあった。


長距離からでもわかるほどの鱗と、毛のような鬣、

長いひげに、片方の手には巨大な何かの球をつかんでいる。


地球でいう東洋の龍の姿であった。


一度その力が振るわれれば、その力は全てを貫くのではないか、と思わせる物だった。


対する漆黒の竜は巨体であった。


宙に浮く片方と違い、地面にいる。


だがその姿は西側の竜種とは似ていなかった。


敢えて言うのであれば、地竜に近いようにも思えたが、

見た人間の感想は一致しない。


それもそのはずで、時に細身に、

時に太りきった飼い猫のように姿を変えた。


その中でも、背にはえた巨大な1対の翼と竜と確信する頭部のみが際立っていた。


異様な沈黙。


竜らしくない竜が現れたのはジェレミア軍から見てやや左前。


魔法で出来上がった巨大な溝の罠にぎりぎり引っかからないような場所だ。


フェンネルは決断を迫られていた。


一般に、竜と戦うのは困難とされる。


当然のことではあるが、1頭1頭が強力な力を持ち、

己のテリトリーに入った者を容赦なく襲う特徴がある。


自然の摂理か、その個体数は多くなく、

レッドドラゴンのような有名なタイプを除けば

人気のない秘境に住むことが多く、

人が出会うことは稀と言える。


中には人の領土の隙間に住んでいるタイプもおり、

そういったドラゴンが歴史に登場するのだ。


しかし、ドラゴンは人間より前にこの世界に生きていた、とされる存在であった。


そう考えると、後から生存領域を広げ、ドラゴンのそれとぶつかって

ドラゴンに恐怖する人間が勝手、と言えるのかもしれない。


とはいえ、はっきりしていることがある。


竜種、ドラゴンは基本的に出会えば生存を争う相手だということである。


特に、今回のように既に敵対しているであろう場合には、だ。


「どちらも打ち倒すべき敵ということか……。 しかし……むう」


さしものフェンネルも、2頭のドラゴンを相手にしたことはない。


この土地にやってくる直前、ひっそりと暮らしていた竜のテリトリーを通ることがあり、

大きな被害を出しながらも迂回することを提案として引き分けに終わった程度であった。


「あれに話が通じると思うか?」


「どう見てもそれぞれを守護するような位置ですからねえ。やるだけ無駄ではないですか?」


フェンネルはそういって、件のドラゴンと一緒に遭遇した際に

思念による会話に成功した部下の1人に意見を求め、

そのさばさばとした返答に頷く。


地竜は名前こそ竜とつくが事実上、ただの怪物であった。


対して、フェンネルらの出会ったドラゴンは際立った属性は持っていなかったものの、

真にドラゴンであった。


当人にとっては威嚇、人間にとっては強力な攻撃となるブレスの後、

交渉を持ちかけてきたのだ。


あるいは、かつての精霊戦争前後や帝国の時代に

同族が人間に多く討たれたことが原因だったかもしれなかった。


ともあれ、実際に遭遇した経験から見れば

視界にいる2頭は出会ったソレとは全く別物であろうことがうかがえた。


やるだけやるしかないな、とフェンネルは覚悟を決めた。


当人は王位継承権を持つれっきとした王子であるが、

国という塊の一部でしかない自覚も持っていた。


即ち、自身がここで相手を引き留め、出来るだけ被害を与えることで

内地に脅威が迫った時、少しでもマシになっているであろうという考え。


2頭の竜の足元に、明らかに人間であろう相手の兵士達がいることもそれを後押しする。


素通しするわけにはいかないのだ。


例え、長距離の遠征になるほど相手が不利であろうことは言うまでもない。


しかし、ルミナスがここに片道切符として転移されてきたことをジェレミア側は知らず、

増援が来る可能性という物を排除できないでいた。


その考えが、決断を迫らせる。


「聞けぃい! 我らはこれより修羅となり、竜を討つ!

 一度の戦いで2頭も竜を討てる機会等、探してもある物ではない!

 そして共に来てくれた勇敢なる西方の勇士達よ、力を貸してほしい。

 勝利の暁には、全員の手の中に竜滅の栄誉が残るだろう!」


シンプルに、心の内を叫ぶフェンネル。


それはジェレミアの軍勢への鼓舞であり、

援軍として各国からやってきた兵士達への礼であり、

この期に及んでも逃げ出す者のほとんどいない冒険者への感謝でもあった。


誰もがわかっているのだ。


この戦いの結果が、西側の運命を左右するであろうことを。


本音でいえば、もっと十分な戦力でぶつかりたい。


元々の人数比ですら正面からぶつかれないからこそ、策を講じるのだ。


謎の軍勢が登場した今となっては言うまでもない。


「へへっ、ドラゴンの鱗なんかは1枚でも一財産だぜ?

 それがあの大きさだ。城だって買えらあ」


「全身ドラゴン装備……モテモテだな」


慣れ親しんだ装備を手に、冒険者の一団がそう軽口を叩く。


強がりともいえるその言葉は彼らが思っている以上に、周囲に響き渡り、感染する。


「竜の牙や骨を使った装備の騎兵とか夢だったんですよね、実は」


「奇遇だな。じゃあ俺、部隊長な」


「ちょ、ずるいですよ!?」


前に遮るものが無い最前線で、兵士達の中にも笑いと共にそんな空気が満ちていく。


一見すると、あまりの恐怖にやけになったかのような光景だ。


だが、誰もがある意味真剣であり、生き残る気は満々だった。


「女神よ……地に、空に満ちる精霊よ……。我らの願いを聞き給え。

 願わくば、この手に皆を守る力を」


騒動の中、1人の冒険者が手にした女神を模したものとされる小さな人形を手に祈る。


装備ではなく、持ち運ぶ装飾品として人形を選んだその冒険者は

敬虔なマテリアル教徒であった。


教会から祝福と共に授かった精霊銀を素材としたその人形は

外にいることの多い冒険者にとっては、あるだけで教会であり、

祈りの場所となっていた。


周囲のざわめきは、いつしか祈りの声と化していた。


フェンネルも、ロスターの背の上で軽く目を閉じ、祈りをささげたほどで

文化の違うロスターも、草原に眠るケンタウロスの王のことを思い、祈る。


睨み合ったように動かない3つの陣営。


フェンネルにとって、

片方が黒の王の姿であり、もう片方がルミナスの秘中の秘による姿だとはわからない。


ましてやどちらも見覚えのない体躯だ。


と、兵士や冒険者の祈りが風に乗って聞こえたのか、

ルミナス側の気配が変化したことに幾人かが気が付く。


進軍の開始か、そう思った時、戦場に声が響いた。


『この声を聞けることを喜ぶがいい。何も知らぬまま朽ちることのない幸せにな』


フェンネルらにとっては聞き覚えのない声だった。


しかし、どんな存在であるかはなんとなく、わかった。


明らかにルミナスの陣からと感じたからだ。


『我が名は黄龍大人、ルミナスの魂であり帝である。

 我らに牙をむいたことを忘れ、のうのうと生きながらえし者たちよ。

 青竜の吐息を乗り越え、我が兵士らの力をはじこうとする者らよ。

 ……喜ぶがいい』


魔法なのか、それとも何かの技術なのか。


フェンネル以下、ジェレミア側は困惑していた。


真横にいるかのように声が聞こえるのだから。


きょろきょろと、周囲を見渡す姿を感じるのか、

続く声はどこかジェレミア側を笑うような物だった。


『汝らは幸せである。黄龍の武を受けることが出来るのだから!』


瞬間、気配がルミナスの陣で大きく膨らむ。


それは開戦直前に青い光を放った長距離からの攻撃と同じ性質のものだった。


咄嗟にロスターが神武であるブルースクリーンを発動させようと

己の体に気迫を込めた時、横合いから予期せぬ声が響く。


「違う! あっちの方が速い!」


「障壁、左前、急いで!」


甲高い、女性の声。


最前線に立つキャニーとミリーの叫びだった。


2人はルミナスではなく、謎の竜とその軍団の方を睨み、

何かに手を入れたかと思うと上空に何かを投擲した。


ほぼ同時に、ルミナスで膨らんだ気配を上書きするかのような濃厚な気配が戦場を駆ける。


濃厚な、死の気配。


圧倒的な殺気と言えばいいだろうか。


戦いの覚悟を持っていた兵士や冒険者ですら、

視線を外すことが出来ないような強烈なプレッシャー。


硬直せず、姉妹の声に魔法使いたちが反応し、

矢や魔法を防ぐための魔法障壁を主に左前へと厚く展開出来たのは奇跡的であった。


吹き荒れる闇そのもののような暴力。


キャニーとミリーが咄嗟に投げたものはファクトも数多く所有とは言えない、

使い捨ての結界具たちであった。


ダメージを割合でカットする物、一定回数だけ防ぐが

どんなに小さいダメージでも発動してしまう物など多数だ。


それらは使用者の意志に従い、軍勢全てをその対象とした範囲で

提供者の思った通りの効果を発揮する。


「無差別だというのか、なんなのだあ奴は!」


展開された障壁の向こう側で、ルミナス側にも

被害が出ていることを身、思わずフェンネルは叫ぶ。


ルミナスの味方であり、我々の敵ではなかったのか?


そう考えた時、戦場に声が響く。


『生きる者に沈黙を。笑う者には悲しみを。

 全ては黒の王たるアンリの元で眠れ』


詩的な、と表現するほかない言葉がさらに続く。


聞きたくなくても響く声に顔をしかめる者も多いが、

かなりの人数がそれに気が付く。


即ち、つまりは生きている者は誰もが自分の手によって死ぬのだと言っているのだと。


暴風が収まった後、謎の軍勢は動き出す。


ジェレミアと、ルミナスの両方へと。


「魔法使いたちは地面に魔法を! 敵は竜だけではないぞ!」


フェンネルの叫びに従い、魔法使いたちによる

巨大な溝のフィールドが生成されていく。




「やってやる。やってやるさ!」


剣を握りしめ、気合を込める冒険者の腕に光る腕輪。


あるいは他にも精霊銀装備を身につけた者たちは

闇の中、その装備達が淡く光り始めたことに笑みを浮かべる。


精霊が答えてくれた証そのものだからだ。


「竜同士がぶつかっている!? 今の内だ!」


兵士の1人は、遠くにいる黒い竜2頭が、

なぜか向かい合うと空中で絡み合うように争い始めたことに気が付く。


それは紛れもない好機。


片方の竜が直前まで空を飛びそうにない体躯だったことには気が及ばぬまま、

先鋒として迫りくる人間……の姿をした謎の人影に切りかかる。


アンデッドのように不気味な姿をしているが、

明らかに人間であろう相手は、兵士の手にした剣により切り裂かれる。


思ったよりあっさりとした手ごたえと結果に、

思わず切った相手を凝視した兵士は驚愕に顔を染める。


「な、中身が無い!」


正確には、切った相手が人であった場合に否応なしに見てしまうであろう

人間の中身というべき物が一切なかった。


そこにあったのは、不気味なまでのぬめりを感じそうな液体と呼ぶのは微妙な、何かであった。


倒れ伏す人影。


それは瞬く間に地面に溶け込んでいく。


「こいつら……!」


顔を上げ、迫る謎の軍団を睨む兵士。


「だけど、俺にもやれる!」


噂に聞いていた、死体の残らない怪物。


目の前の相手がそれだと知った兵士は、

やや戸惑いながらも自分の手でどうにか出来そうなことに安堵し、

改めて剣を振るう。


もう一生戦いはいい。


そう多くの兵士や冒険者に思わせるだけの戦いが、騒がしく始まっていた。


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