262-「舞い降りる光、昇る光-2」
「口上前に遠距離からの一手とは……。それほどに我らが恐ろしいか!」
戦場へ高らかに、フェンネル王子の声が響く。
怒りの混じった、力強い声。
互いの姿も良く見えないような距離からの一方的な攻撃。
幸いにも、協力者であるケンタウロスのロスターの手により、
被害が生じることなかった。
既にルミナス側は攻撃が効かなかったと見るや、
進軍を開始していることが見て取れる。
こうなっては口上も述べる暇などない。
「王子、ご命令を」
「うむ……。進め、打ち砕け!」
シンプルな号令の下、数多くのケンタウロスに乗った兵士達が一斉に騎馬兵として駆け出した。
草原を、巨大な騎馬が駆け抜け、その後を歩兵や冒険者達が追っていく。
立ち上る土煙。
徐々にジェレミア軍とルミナス軍の距離は縮まっていく。
その様子をジェレミアを知っている西側の人間が見たならば、
首をかしげるものが出てきたかもしれない。
陣形も組まず、突き進むだけか?と。
ジェレミアは戦いの国である。
正確には戦いのための実力などが優先される国だ。
対人の経験こそ最近は少ないが、
対怪物、そして歴史の上では対人の経験を多く積んできた国だ。
ただそれは脳筋という訳ではない。
戦い、勝つために物事を考える。
それが出来る者が優遇される国なのだ。
それは王子たちとて例外ではなく、
執務能力は前提として、如何に戦いで自分を上手く使うか、
それを学ぶことを良しとする国なのであった。
となると今の状況はおかしい、と。
特に何もせず駆け出すだけなど、ジェレミアの戦い方ではないのではないかと。
その時、空から見る、ということのできる者がいたならば
その策に気が付けたかもしれない。
勢いよく駆け出したように見えて、騎馬兵と
後続の歩兵との距離がほとんど開いてないということに。
ジェレミア側の歩兵が見えないルミナス側にとってはそれが気が付きようもない事実。
自分たちが予定より長い距離を進軍し、引き込まれていることを
その瞬間まで、知る人間はいなかった。
高台からやや下がり、駆け出すルミナスの歩兵らの速度が
徐々に上がっていったとき、それは起きた。
──アースゲイザー
空に光る魔法の灯りを合図にして合唱曲のように、ルミナス側で同じ呪文が解き放たれる。
瞬間、地面のあちこちが一斉に土を吐き出すようにはじけ飛ぶ。
ルミナス兵へと襲い掛かる膨大な量の土。
降りかかるその土に顔をしかめ、足を止めかけるルミナス兵だが、
その原因である魔法そのものは自分たちに当たっていないことに気が付くと
その顔に笑みを浮かべる。
西側の奴らめ、外しやがった、と。
もうもうと上がる土煙の向こう側に、先制攻撃を外した愚か者たちがいる。
その考えのままルミナスの先鋒の兵士達は駆け出し─そのまま奈落に落ちた。
「続けぇ!」
号令に従い、ジェレミア軍の中から無数の魔法が放たれる。
向かう先は、アースゲイザーによって深く穴の開いた地面。
正確に穴の中へと着弾した魔法はしかし、炎を噴き上げるでもなく、
容器をひっくり返したような水にぬれさせるだけであった。
しかし、ジェレミアにとってそれでよかったのだ。
アースゲイザーによって吹き上げられた土の量は膨大とも言えた。
長らく魔法使い自身に草原へと出向いてもらい、
その土地の精霊の癖や、この作戦に向いた土地がないかと探して研究した結果だった。
浅くとも5メートル近い、深い物では10メートルになろうという穴、
いや既に塹壕のような溝が唐突に、かつ大量に草原に現れたのだ。
適当に放っただけではここまでにはならないだろう。
即死するような高さでもないが、無事でいるには少々辛い高さ。
それらはつながってはおらず、
上から見ると無事な草原部分が迷路になっているかのように
戦場のあちこちに無慈悲な落とし穴のようになっているのだった。
ただでさえ上るには辛い高さに加え、降り注ぐ水により泥と化した土は
ぬかるみ、上ろうとする兵士の動きをあざ笑う。
対するジェレミア軍側はそれを予期していたのか、
駆け出していたはずの騎馬兵も穴のある草原の直前で止まっている。
逆にルミナス側はいまだ上がる土煙に視界は遮られ、
先鋒が穴に落ちたり、無事な部分で右往左往していることなど知らぬまま前進し、
後ろから押し出すような形となってしまっていた。
ルミナス側からは、呻きや叫び声とともにジェレミアを卑怯とののしるような声も混じる。
「戦いが始まれば間合いの差や戦い方等はそれ即ち、単なる力の差に過ぎぬ!
兵士の数の差を我々は卑怯とは言わんよ。戦いとはそういう物だ!」
叫ぶフェンネルの背中から1人の魔法使いが飛び降り、
それに続くように周囲のケンタウロスの背から魔法使いたちが飛び降りて
後続と合流し始める。
比較的魔法使いという物はやはり体力のない職業である。
故に、騎馬兵に相乗りさせていたのだ。
戦場へと火力を迅速に運び込む。
新しい戦い方とも言えた。
「ふん……気勢は落ちておらんな。これからか……」
ある意味では荷物である魔法使いたちをおろし、
身軽になった騎馬兵達はフェンネルの合図に従って各々の立ち位置につく。
そうしているうちに土煙は晴れ、哀れな犠牲者らを中心に両軍は向かい合った。
「突撃ぃぃ!!」
今度こそ、フェンネルの合図によって騎馬兵たちは加速し、
歩兵では上ることの叶わない穴を悠々と、飛び越した。
草原は、広い。
ジェレミア軍が穴を開けることのできた場所は
草原全体で見ればわずかであり、迂回することも十分に可能だ。
だが、ルミナス側はとある理由によりそれがなかなかできない。
理由は単純で、陣の後方には盟主たる天帝がいるのだ。
兵力差があるとはいえ、正面を下手に薄くして万一のことがあったら……。
そう考えてしまう兵士達は迂回からの挟撃を指示する
軍知の命令にもなかなか動けないでいた。
それに加え、ジェレミア側の盟主とされるフェンネル王子自身が
目立つようにして陣の中央に自ら立ち、正面切って戦っているのである。
二重の意味で、ルミナス側は迂闊に陣を崩せないでいた。
「ふっ……せいっ!」
テニスコートほどの、馬が走るには狭い広間のような場所を
両軍の兵士が入り乱れ、刃を交えていた。
そんな中、2つの風が吹く。
左右どちらにも飛べるように姿勢を維持しながら駆け抜ける小柄な2人。
両手にダガーを構え、走るキャニーとミリーである。
速度を落とさず、後ろに数名の冒険者を従える形で駆け抜け、
目標を手近なルミナス兵へと定めた。
ルミナス兵は自身に迫るその影に思わず剣を振り降ろし、逆にその腕を斬り飛ばされる。
「ぐあっ! 貴様らぁ! がっ!?」
呻きと、怒りを込めた声を叫ぶルミナス兵だったが
キャニーたちの姿を再びとらえることなく、横合いからの衝撃に吹き飛ばされ、
その体はわずかに空を舞ったかと思うと深い穴の中へと落ちていった。
「へっ、下でおねんねしてな」
やや大きめの盾を構える冒険者の繰り出したスキル、シールドバッシュにより吹き飛ばされたのだ。
穴へと落下した兵士は事実上の戦力外となる。
そんなキャニーたちへとルミナス兵が襲い掛かろうとし、
飛び込んできたケンタウロス数騎に文字通り、蹴飛ばされる。
歩兵にとってはどうしようもない穴だが、
ケンタウロスにとっては飛び越えるのにさしたる苦労のない穴でしかなかったのだ。
戦場を優雅に舞うかのようにケンタウロス達は駆け抜け、
その背に乗った兵士達が槍ですれ違い様にルミナス兵を貫く。
魔法による、わずかにできたぬかるみに足をとられないように注意する必要があるが、
ぬかるみの少ない場所を行き来すればいい話であった。
そして、あちこちに開いた穴、溝は
ルミナス軍の動きを阻害する。
兵力数でいえば倍以上のルミナスだが
それを一度に投入することはできない。
穴を人そのもので埋める覚悟であれば別かもしれないが、
そうでなければ無事な部分を進むことになる。
そうなれば無数の小規模戦が戦場に産まれるだけであった。
軍対軍でそのままでは戦えないのであれば、
戦える規模に分割してしまえ。
そんな考えにより産み出された戦場に、
ロスターの背に乗ったままのフェンネルが現れる。
「さあさあ、後何人で埋めれば橋が出来るかな!
ルミナスの手製人間橋。最初に渡る権利はもちろん、そちらに譲ろうではないか!」
大将首だ、と群がるルミナス兵を
直衛の兵士らと共に迎撃しながらわざとフェンネルは悪辣に叫ぶ。
どういうつもりか、ルミナス側に騎馬兵はほとんどおらず、
何よりも魔法使いの類と思われる攻撃が全くないことを感じたフェンネルは
ルミナスの軍勢を多数の歩兵戦力で押しつぶすスタイルの軍であると感じ取っていた。
時折迫る矢も魔法使いによる風の魔法であらぬ方向へと吹き飛ばされ、
否応なしにフェンネルは目立つことに成功する。
そして、フェンネルに相手の目が集まるほど
周囲の戦いはジェレミア側に有利となる。
対怪物の戦いを表に出し、生き残って、勝ち残ってこそ花、
とするジェレミアと攻め入り、相手を倒さねば後のないルミナス。
勿論、1つ1つの現場で見ればジェレミア側にも犠牲者は出ている。
それでもゆっくりと、だが確実にその差は戦場へとルミナス側の犠牲者を増やしていき、
数時間もしないうちに戦場へとルミナス側の一時撤退の号令が響き渡る。
追撃はかけず、見送りとして矢と魔法を撃ちこむだけにしたジェレミア軍。
初戦はジェレミア側の勝利と言える物となり、
ジェレミアが戦の国だと後世にも残る代表的な戦いともなるのであった。
数日後、ジェレミア軍の偵察部隊が発見したのは、
初戦でぶつかった時とほぼ同じ規模に見えるルミナス軍であった。
減らしたはずの相手の、そのままともいえる数にジェレミア軍は脅威を感じ、
いかなる手を打とういうかという時、戦場に竜の咆哮が響き渡った。
時間的にはこれで260と同じになります。




