257-「闇を切り裂く声-2」
「おい。灯りをつけるな。相手にばれるぞ」
「悪い。そろそろか?」
薄暗い中、男が2人空を見上げる。
そこにあるのは黒い太陽。
その周囲を白い靄のようなものが揺らめき、
わずかな明るさとなって地上を照らしている。
ファクトの知る世界ではコロナと呼ばれる
その光が一体何なのか、空の明るさを奪っているのが何なのか。
正体を知らぬまま、人は今日も生きる。
街を覆う防壁を背にしている2人は
外からは見えない。
そのため、多少手元を何かで照らしたところで
防壁の向こうにいる相手にわかるはずもないのだが
見えない怪物への恐怖と、もしかしたらわかるかもしれないという未知への不安が
神経質ともいえる状況を産み出していた。
「合図はまだかよ……」
「さあな、今が朝なのかもはっきりしないしな」
持ち運べるサイズの時計等がないこの世界では、
普段は教会の鳴らす鐘や太陽の位置で時間を考えている。
太陽の光は見ての通り乏しく、
鐘もとある理由により数日前から沈黙している。
もっとも、今回は特定の時間が始まりではない。
彼らにとっての敵が、決められた場所にたどり着いたときが始まりなのだ。
「来たっ」
兵士として、日々の訓練と実戦を過ごす彼らですら
耐えるのは難しい緊張の中、片方の男が街の中で動く気配を感じた。
それは合図。
隠していた牙を、その鋭さを解き放つ号令だ。
瞬間、薄暗い空を無数の何かが飛ぶ。
宵の口に野鳥が住処に帰るかのような影は
この暗さでは目で追うのが辛い速度で街を遠ざかっていく。
そしてそれは光となって闇を無遠慮に照らし出した。
街にいる面々は、聞こえないはずの犠牲者の悲鳴を聞いた気がした。
それほどの、結果だった。
「続けぇ!!」
塀の上、ずらりと並ぶ大きな影の横で誰かが叫び、
再び空を影が舞う。
そして、同じように遠くで光が産まれ、闇は一時的にその力を失う。
街に歓声が響く中、今度は空へと無数の光の玉が舞い上がり、
魔法の灯りとなって周囲を煌々と照らし出した。
光の向こう側、空を飛んだ影がぶつかったあたりで無数の赤い何かが光る。
進軍してきた怪物達の瞳だ。
だが、それらは先ほどまでと違い、どこか乱れており、
空白部分もあちこちにある。
その原因は、オープナーの防壁上に数多く設置された魔投機たちの成果だ。
部品を変えれば投石器としても流用はできなくはないが、
実際には石材だけではなく、魔法を込めた特殊な球を打ち出す装置である。
着弾箇所の周囲に暴風を産み出す玉であったり、
高性能の爆弾であるかのように周囲を吹き飛ばす玉が次々に空を飛んだ。
本来の魔投機は投石器ほどの射程は無い、
やや扱いにくい兵器であった。
世界にもたらされた古代のスキル群や魔法の情報は
こういった兵器にも影響を与えていた。
撃ち出される玉に劇的な変化をもたらし、
火属性一辺倒だった内容にも多くのバリエーションをもたらした。
また、その飛距離にも調整を加えることにすら成功し、
まだオープナーまで2キロはあろうかという距離を射程に収めているのだ。
「すげえ……」
突撃のために門の近くで待機していた誰かがそうつぶやく。
事前の準備、玉の作成や魔法を込める作業、
移送や実際の射撃の手間はあるが
森であろうが草原であろうと関係なく、
命を奪う爆炎となって周囲に暴力をまき散らした。
一方的であったと言っていい。
実際の魔法より長距離に、かつため込んでおけば連続で攻撃が可能。
魔投機は以前の姿を知っていれば驚異的な進化を遂げていたのだった。
そんな高性能であれば、戦争にも使われそうだが、
進化を遂げた今、大きな弱点をはらむことになった。
何故かは不明だが使いやすい場所とそうでない場所があるのだ。
同じものを設置しても、1分も歩かない距離で性能が発揮できる土地と
そうでない土地がはっきりしており、
攻め込みながらそれを確かめるということはなかなかできない。
また、地中や空気中に住む精霊の数なども影響するのか、
昨日は調子が良かった魔投機が今日は別の属性でないとなぜか性能を発揮しない、
などということは日常であった。
玉だけが威力の肝のように思えるが、実際には
魔投機全体を通して使用者の魔力が流れ、
撃ち出される玉に影響を与えているのだ。
ゆえに、今日の特異な属性などを見極め、技術者や魔法使いが
専門の調整を施す必要が生じてしまったのだ。
その結果、手間を考えると拠点防御に用いるのが最善、という評価を受けることになる。
だが、今はその性能がいかんなく発揮されていると言っていいだろう。
まるで大規模な花火大会であるかのように
ため込まれた無数の玉が空を舞う。
「突撃用意!」
その様子に目を奪われていた兵士達だが、
頭上から響く上司の声に我に返ると各々が武器を改めて構える。
その周囲には小規模のグループで集まっている男女達。
街に残り、それぞれの目的を持って戦いに参加した冒険者達である。
地元の者もいれば、こういった事が起こるのではないか、と
目ざとく移動して来た者、逃げるに逃げれず、戦うしかなくなった者、と様々だ。
しかし、今は目的は一致している。
少しでも相手をなぎ倒し、生き残るのである。
「先行部隊、進め!」
無数の赤い瞳が、魔投機の射程の内側である
比較的開けた街道部分に差し掛かった時、号令が響く。
本当ならその号令は兵士達へとあてたものだが、
協力して戦う必要があるせいか、冒険者達もその号令を合図として走り出した。
普段は荷馬車の行きかう、平和な街道。
今は、生き残りをかけた決戦場と化していた。
生物として、人間よりも強い場合の多い亜人種や怪物達。
だが人間とて、日々の鍛練の結果、多少走ったところでなんてことはない力を手に入れている。
薄暗い闇に光る赤い瞳たちは、どこか恐怖を感じるものの、
それもすぐにどこかに消え去ってしまう。
気を利かせた魔法使い、あるいはそれを使える幾人もの手により
空へは魔法の灯りが打ち出されたからだ。
明るくなり、昼間のように照らされればそこにいるのは
数が多いが、いつもの相手。
醜悪な顔をしたゴブリンであり、コボルトであり、
その後ろに陣取るそのほかの亜人種であった。
一塊となり、怪物達へと突進する人間達。
その先頭に立つ兵士達の中から1人の若い男が駆け出した。
使い込まれた様子の両手剣が握られている。
「うぉおおお!!!」
叫び、男が飛び上がった。
まるで虫のバッタが人間サイズになったかのような跳躍で
集団の先頭にいる怪物をとびこし、無数の怪物達の隙間へと男は降り立った。
習得したことに本人すら気が付いていない身体能力上のパッシブスキルが
その力を発揮し、男の思う通りの場所へとその体を誘う。
「ムーンスライサー!」
言葉に魔力を込め、わずかな燐光を体にまとわせて男は両手剣を振るう。
振り降ろすのではなく、回転し振り回す。
着地し、沈み込む勢いすら利用したその攻撃は
怪物達が襲い掛かるより早く、その手の中の暴力を解放する。
若さゆえにか、鍛えられても柔らかさの同居する体が
ひねりを加えられ、勢いよく回転した。
実際の間合いよりも大人3人分はあろうかという部分を不可視の刃が切り裂いていく。
「よしっ!」
手ごたえに男が叫び、怪物を睨む。
そして男の攻撃によって出来た隙間を
素早く後続の兵士達が埋め、切り合うのに有利な状況を産み出したのだった。
発見された手記にあったスキルの1つであるムーンスライサー。
男は実力と修練により、それを習得していたのだ。
ゲームと違い、敵味方のあたり判定など区別のつけれない世界であるが故、
周囲に味方のいない状況でしか使えないスキルではあったが
特徴さえわかってしまえば使える状況に持っていけばいいだけであった。
「隊長。切れます。そして血も出ます。こいつらは消えません!」
むせかえるような血の匂い、そして地面に転がる怪物達の死体。
そんな環境で切り合いながら、若い男はそんな言葉を叫んだ。
小柄なゴブリンは一度に数匹がその刃の犠牲となっている。
「そのようだ。ならば、終わりはあろう」
報告というにはややおかしな内容を受けつつも、
隊長と呼ばれた男は獰猛な笑みを浮かべ、全身に力をみなぎらせていた。
兵士達の恐れていた状況は、
相手がいつかのように地面に溶け、消えていくこと。
そして、尽きることのない戦いを強いられることであった。
ジェレミア同様、オブリーンでも小規模ながら
不気味な紫色の怪物との戦いを経験していたのだ。
若い兵士はその時の経験を思いだし、
手にした剣をしっかりと握りしめる。
手にした両手剣は、普通ではなかった。
通常であれば兵士は自分勝手に武器を持つことはできない。
供給された統一された性能の武具。
それは兵士という物だ。
だが彼と、そのほかの何名かは例外であった。
いつ終わるともしれない紫色の怪物との戦いに
偶然ではあるが勝利し、生き残った彼らは
マイン王自ら賞されるという機会を得た。
兵士の幾人かが魔法をつかえ、偶然にもその魔法が
原因である魔法陣ごと相手を吹き飛ばしたが故の生還だが、
勝利は勝利である。
その幸運と、戦いぶりを王はほめたたえた。
その時に褒美だと王自ら与えられた彼らの誇りなのだ。
最初から自分と共に生まれ落ちたかのように馴染むそれぞれの武器。
ジェレミア経由でオブリーンに伝えられた武具の専用化。
オブリーンでの被験者が彼らなのだった。
一騎当千の英雄とは言えずとも、
この現場に置いて彼らは強力な戦力であった。
進軍していた怪物達は完全に足を止め、
戦場は乱戦となっていく。