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256-「闇を切り裂く声-1」

「なんなんだよあれは……」


「夢じゃない、よな」


小さな、隣にいる仲間にしか聞こえないようなささやき声。


だがそれすら相手に聞こえやしないかと、男は恐怖にとらわれる。


実際にはありえないのは明らかなのだが、

先ほどから目撃している光景が正常な判断を失わせていた。


人は己の理解を超える状況に出会った時、

思わず硬直するか取り乱すことがほとんどだ。


叫ばず、身を乗り出すこともせずに

隠れることを続けられているだけ、彼らは優秀な冒険者と言えるだろう。


ギルドからの依頼を受け、街道沿いの警戒と

怪物の退治を受けていた彼らが遭遇できたのは

幸運であるのか、不幸であるのか。


道中にたまたまある小高い丘の上。


普段であれば日よけとなり、良い休憩場所となる

数本の巨木の陰から丘の向こう側で起きていることを冒険者の男達がそれを目撃し、

情報として持ち帰ることのできる状況にあったのは

ある意味、幸運と言えるだろう。


この目撃情報が無ければ、彼らの戻る先である街は準備無しにそれに遭遇していたであろうからだ。


乾ききった喉を潤すことも出来ずに

男達は遠く離れた場所で起きている出来事に視線を向ける。


夜のような闇の中、各々の瞳を不気味に光らせた

怪物同士が争う光景。


周囲には遠い距離のはずなのにうめき声、泣き声、罵声とも取れる

怪物たちの声が響き、季節特有の生ぬるい風に乗って臭いとして何とも言えない臭さが漂ってくる。


人間より小柄で、恐らくはゴブリンかコボルト等の亜人であろうということはわかるものの、

具体的な装備などはわからない距離。


それでもそうとわかるほどの、乱戦。


地獄絵図のようなそんな光景を誰が信じてくれるだろうか、

という思いと共に正気を取り戻した男達は急いで帰路につく。


彼らが立ち去った後もなおも怪物同士の争いは続き、

その争いが収まるには数日の時を要することになる。




「わかった……ご苦労だった。お前たちも良かったら参加してくれ」


「ああ。どうせなんとかしないといけないだろうからな。

 まずは防壁の構築に参加してくる」


苦渋の表情で絞り出した相手の言葉に

報告者である冒険者も真剣な表情でうなずく。


ここはオブリーンの王都にほど近い、

規模としては大きめの街。


いくつかの廃墟と化した遺跡と、新しく発見された怪物の住まう遺跡へと

足を運ぶにはいい中継地点になりそうな立地で、

実際にそれらの遺跡への冒険者の探索が主な収入源となる街であった。


その街の中にある冒険者ギルドはその分、規模は大きいといえる。


新しめの木材でつくられたカウンターの奥で、

ギルドマスターである男が魔法の灯りの元、数枚の羊皮紙を睨む。


「まったく、王都からの直接の事前連絡が無かったら馬鹿なことを、と流してるところだな」


聞き取りの上、羊皮紙に書かれた内容は似通った物。


ここ以外の街でも目撃されているという異常だ。


報告の内容は、亜人種の存在に関することだった。


勿論、ゴブリンやコボルトに代表される亜人種自体はどこにでもいる。


彼らとの争いもどこにでもある。


彼らもこの世界で生きている以上、それが当然であろう。


ギルドや各国の兵士、冒険者らも命の奪い合いをする間柄であり、知らない相手ではない。


だからこそ異常なことが起きていると言えた。


亜人種の集団、既に軍隊と言えるような規模が

互いに争っている、などは……。


「目標はやはり、ここ、か」


ため息とともにこの悩みも出て行ってくれればいいのに、と

誰にでもなく心の中でつぶやきながらギルドマスターは考えを切り替える。


いずれにせよ、脅威は確実にそこにいるのだ。


ならば生き残るために何かをしなければいけない。


「すぐに備蓄からギルド依頼を。細かい書面は任せるが、

 目撃情報のあった怪物どもの間引きだ。ただし、深追いは禁止。

 規定数を間引いたら帰還し、完了とする」


「は、はいっ」


慌てて同僚を呼びに行くギルドの受付員を見送りながら、

ギルドマスターは魔法ラジオの使用を検討していた。


時間は稼げるだろうが、その時のための対処を考えなければいけない、と。


この街にもエンシャンターは所属しているが、

恐らく、それだけでは足りないと考えていた。


最初は数匹同士のただの縄張り争いに思えた。


それだけならよくあることで、

例え空が暗いままだとしても不思議なことではなかった。


男もまた、空が暗くなるという異常な状況に

怪物が興奮でもしたのだろうか、と考えていた。


しかし、その規模は段々と大きくなっていく。


そうなってくると、人間側としても放っておくわけには行かない。


暗闇に光る瞳や、拙くも繰り出される魔法の光は不気味であり、恐怖の対象となるからだ。


時に兵士が、時に冒険者が討伐し、いなくなったかに見えた集団は

いつの間にかまた争いを始めている。


「一体どうなることか……それでもやれるだけのことはやらねばな」


男を始め、誰もがそのおかしさに気が付いたとき、誰も知らないところで

あるイベントが開始となり、それは動き始めていた。


後になればおかしなところがあったことに気が付けた者もいたが、

その日、その時の誰もが想像もつかなかったことである。


ましてや、前兆である別のイベントを攻略しないと

ペナルティとして発生するイベント、などという

ゲーム的な要素を知る者は誰もいない。





太陽の当たらない世界は徐々に活発さを失っていく。


人々も、己の顔色が良いのか悪いのか、はっきりとわからぬまま

不安げに日々を過ごしていた。


怪物達はその間も争いを続けていた。


集団がぶつかり合った場合には、当然片方が勝者で片方が敗者となる。


が、負けた側も全てが殺されたわけでは無く生き残った怪物もいる。


人間であれば捕虜であったり、処刑等するところであろうが

怪物達は何事もなかったかのように生き残りを集団へと吸収した。


吸収された側も悲壮な形で、という姿ではなく

最初からその陣営であったかのようにごく自然な姿だ。


人間の、この世界の多くが知る由も無いことであったが、

実際に敗北した側の怪物達には変化が起きていた。


仕えるべき相手というべき者があっさりと彼らの中で切り替わっていたのだ。


最初から、その相手がそうであったように。


人間にとっては恐怖の対象となるであろう怪物達の動きは、

偶然生まれた物ではなかった。


それは、特定地域への怪物による襲撃イベント。


ゲームの世界ではゲームを盛り上げるため、

そしてこの世界においては互いへの不定期な刺激のために起きる出来事であった。


備えよ、恐怖を忘れるな、という文言は忘れ去られて久しいが、

各地には、こうした怪物の襲撃は記録に残っていた。


また、少し前に起きた、予告状を使うような怪物の襲撃は最たるものだろう。


実際、オブリーンやジェレミアでも

報告にその出来事を思い出し、すぐさま対策に人が動くこととなっている。


報告される内容はコボルトであったりオークであったり。


そして、徐々に規模を大きくしながら進む先は、どこかの王都……ではなく

オブリーン領土内のどこかであるらしいと予想を付けている人間側。


道中の、通常であれば襲い掛かりそうな村や町を無視し、

一定の方向に怪物達は進んでいることが分かったからだ。


だが、集まっているらしいという目的は見えても、その理由が見えなかった。


人間はほとんど襲わないくせに、近づいた別の怪物の集団は

飲み込むように襲い掛かっていったからだ。


その理由は本来であれば時代を変えて行われるべき襲撃イベントが

ほぼ同時期に重なり、怪物の間で指導者争いが起きているというのが正解なのだが

それを指摘できる人間は誰もいない。



『ギギッ! ススメ!』


専用の魔法でも使っているのか、集団の隅々に

ゴブリンらしき影の声が響く。


亜人種が普段持つようなぼろぼろの装備と違い、

どこか技術を感じさせる鎧姿であった。


度重なる戦いに汚れ、痛んだその姿は風格をも抱いていた。


号令に従い、ゴブリン、正確には既に亜種になりかけたゴブリンの集団が歩き出す。


と、その先で悲鳴とも怒号とも取れる声が響く。


リーダーであるゴブリンが暗い中でも見える目でそちらを伺うと、

集団の誰よりも大柄に感じる敵対者である別の集団が見えた。


縦にも横にもゴブリンの勝てる要素のなさそうな相手、オークである。


だがゴブリンリーダーはひるむことなく、逆ににやりと笑みを浮かべる。


己と、部下たちの実力を上げるいいチャンスであると。


普段であれば無謀ともいえる突撃命令。


対するオークは涎をまき散らしながら咆哮し、手にした

こん棒のような巨木を振り回し、ゴブリンを蹴散らそうとする。


両者が接触し、最初はゴブリンがあっさりと吹き飛ぶ。


その感触に暗い笑みを浮かべるオークだったが、

その表情は徐々に変化していく。


原因の1つは、自らの振り降ろしたこん棒を受け止める数匹のゴブリンの姿であった。


命令に従い、倒すことではなく受け止めることに専念し、

フォローを他の仲間に任せた姿がそこにある。


まるで人間の冒険者のような連携。


ゴブリンはオークと比べ小柄であるがゆえに、小回りが利く。


あっという間に間合いに踏み込んだかと思うと、

彼らの視線の前には無防備なオークの腹があった。


嫌な音を立て、沈み込むゴブリンの刃。


刺した本人達はすぐさま離脱し、次の攻撃要員へと交代する。


そうしていくうちに、オークは全て倒れ伏していた。


血を浴び、満足そうなゴブリンたちの姿。


その体に黒い光が吸収されていっていることに

ゴブリン自身は気が付いていない。


ただ、己の力が確かに増していくことだけは感じていた。



襲撃イベントはゲームの要素である。


だが、その発生は黒の王であるNPCだけのせいではない。


人間以外に味方する黒の王の思惑が強いのは確かだが、

人間がぬるま湯に浸からずに成長するには

飴だけではいけないと思っている女神も無関係では無かった。


勿論、表立って試練を与えないと、と考えているわけではなかったが、

根っこは同じ世界の管理者である女神と黒の王は

無意識下で、多少の干渉はあった。


それゆえに黒の王はある意味詰めが甘いという状況を産むし、

女神も慈悲だけではない行動をたまにとるのだ。


今、世界は良くも悪くも大きく動いていた。


黒の王は切り札の1つを切り、世界を闇に包んだ。


特定の条件を満たせば湧き出る怪物対そうではない人間。


まともに衝突すれば怪物が有利であると考えたのだ。


その策の1つである襲撃イベント。


が、それもかつて世界を設計した者たちの

考えから完全にのがれきることはできていなかった。


襲撃の規模は変えることはできても、行きつく先は変えられなかったのだ。


出来れば全世界的に無秩序に襲撃させたかった黒の王であるが、それは叶わず

かつて設計された通りに怪物達は進む。


そのことは人間側に吉となる。


昔の冒険者が書き残したという手記に、

爆発的ともいえるこういった怪物の襲撃と、

なぜか襲われる土地の話が伝わっていなければ

誰もがただの偶然と思い、個別に対策をとろうとし、

失敗したことだろう。


今回、人間側はそれらの記述を信用し、

最終的に怪物達がやってくる場所を見極め、対策をとることとなった。


既にその名前の由来は失われてしまった街、オープナー。


ゲームでは初期に選べる街の1つであり、

周囲にある様々なダンジョンや地域から

不定期に怪物の襲撃があることでも有名な街であった。


オブリーン、ジェレミアの両国、

そして属国として吸収された周囲の小国から

増援として兵士達が集まり始める頃、

近くの街道を人間の脚では不可能な速度で疾走する者がいた。


アルスと、シンシアである。


とある遺跡から出た2人は狼の上にいた。


正しくは、封印されていた特殊な変身能力を持ったワーウルフの背の上に。


知性ある瞳を光らせながら、巨大な狼は走る。


2人は狼の背の上から出会うゴブリンやコボルトを

倒しながら進んでいた。


「早く戻らないと」


「おうさ。同族たちも俺に気が付いてすぐに来るぜ!」


焦りのあるアルスの声に、狼の姿のまま人と同じ言葉が飛び出す。


「期待してますわ。伝説に謳われるワーウルフの戦士、リュカリオン」


力を感じる背の上で、シンシアが呟くと

狼、リュカリオンはその速度の上昇でもって返事とした。


怪物との全面衝突まで、1週間という時のことだった。




いつにもまして会話シーンがないのが悩みです。

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