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251-外伝「矛と矛」

とある場所を描いた短編です。


本編にはあんまり関係ありません。


時期的には日食開始から2週間ほど。

光の乏しい洞窟を、いくつもの人影が走る。


分かれ道を咄嗟に右に曲がり、洞窟の壁を背に走っていた4人は足を止める。


男が4人、誰もが泥だらけである。


「撒いたか!?」


「……わからん、厄介なのはつぶしたはずだが」


防具の隙間から流れる汗を乱暴に布で拭いながら、

男の1人が通路を伺う。


手にした長剣にはわずかな明かりにもぬらりと

光る何かの液体がこびりついている。


その背後で、手にした斧の刃についた同じく粘着性の何かを

布で拭いながらもう1人の男が答える。


「3……4、うん。見えていたやつは倒したはず……」


4人の中では比較的小柄な、身軽な装備をした男が

これまでに自分たちが倒した相手の数を

脳裏で指折り数えながらやや甲高い声で続ける。


「ワシはまだなんとか走れるぞい。なあに、コイツを抱えて走るのは元より覚悟の上よ」


最後の1人は一見、ドワーフかと見まごうばかりに

ある意味立派な体格の男だった。


他の3人と比べ、どちらかというと冒険向きではない姿だ。


「おいおい、じいさん。大丈夫か?

 炉の前にいるより汗かいてるじゃないか」


明らかに強がりであろうが、弱音を吐かないその姿に

長剣を持った男がからかい気味に声をかける。


そうこうしているうちに、長剣についていた液体は拭われている。


「誰がじじいだ。ワシはまだまだ現役よ。コイツを鍛えるためにもな」


じいさんと呼ばれた男は冒険者ではない。


とある街の、鍛冶職人であった。


常に火を使い、重いハンマーを振り回す職業柄、

戦闘技術は別としてひ弱では決してない。


その鍛えられた腕力を以てしても、

今抱えている布袋の中身が相応に重いのは確かではあったが、

彼らにそれを捨てていくという選択肢はなかった。


空の太陽が黒くなってから一週間、不安を産み出す薄暗い世界。


そんな中、光る鉱山の探索依頼を受けた冒険者3人。


普段であれば工夫でにぎわう、極々ありきたりな鉱山だったはずの場所。


ものすごく危険、というわけではないが

道中に以前よりゴブリンなどが見られるようになったからと

一時的に移動が制限されている中での依頼である。


魔法の灯りや油による灯りも無いはずの鉱山が光るという話を

確かめに来たのだ。


おまけに、鍛冶職人までついてくることになるとは思っていなかった3人だが、

職人の言葉にある意味、目がくらんだのだ。


「ほんとにそれ、本物なのか?」


「もちろん。代々伝わる文献にもあるわい。

 空の闇に負けずに光放つ石、それは精霊銀を超える伝説の鉱石だとな」


見れば、閉じているはずの布袋だが

わずかに光を放ち、4人を照らしている。


「……オリハルコン……か。にわかには信じがたい」


やや無口な斧を持つ男も興味を引かれた視線を袋に向ける。


噂にしか聞かないような鉱石が目の前にあると言われても

そうなんだ、と納得するには難しい。


「持って帰ってしっかり調べればすぐわかるじゃろう。

 ギルドに規約通り納めてもウハウハだのう。

 文献通りなら、この闇が晴れたら洞窟の奥深くにしか産出せず、

 その上どこからか守護者がやってくるというしの」


伝説の鉱石を守るというこれまた伝説の守護ゴーレム。


おとぎ話でしかない物だが、

今、全員の身に降りかかっている不幸を考えれば

あながち作り話ではないのかもしれないという説得力があった。


国の管理下にある鉱山という、人の領域であるはずの場所で出会った、

いるはずのない怪物達。


「そうかい……生きて帰れたら、だな。

 それにしてもでかかったな。ちっ、鉱石抜きだとあの報酬じゃ割に合わんぞ」


苦々しくつぶやく長剣の男。


喋りながらも気配を探り、

自分達をこんな状況にした相手が近くにいないか警戒を続けている。


「そうだな。偶然迷い込んだとは考えにくいが……。

 それにしては大きすぎる。成長するにしてもこんなわずかな期間で?」


「そんな頭を使うことは冒険者の仕事じゃないよ。

 たぶんね。うん、出口方面にはいないみたいだ」


わずかな休憩時間ではあったが、4人が多少なりとも息を整えるには十分だった。


各々の得物を握り直し、冒険者としていわゆるシーフ系の技術を磨いた男の合図で走り出す。


このままゴールである出口までスムーズにたどり着けるか、

というところで背後から4人の知る気配がやってくる。


「見つかった! これは……このままだと外に出ちゃうよ」


「そいつはまずいな」


依頼の要件には、何らかの脅威があった場合には

鉱山内にとどめること、とある。


要は追い帰すか、見つからずに出ろということであった。


既に見つかっている以上、後は追い帰すことしか男達に出来ることはなかった。


とはいえ、そのまま追い帰したのでは出てくるのを

防ぐことはできない。


つまり、倒すしかないのだ。


斧を持った男が唯一使える魔法の灯りを、鉱山の奥へ向けて

放り投げるようにすると、灯りに光るいくつもの姿が現れた。


その姿は大人が四つん這いになったような大きさのオオトカゲの群れ。


これまでであればポイズナスと呼ばれていた、湿原や川辺などに主に住む怪物である。


名前の通り、牙には毒を持つがゆえに出会うだろう場所に行く際には

毒消しの類は必須の相手。


だがいわゆる爬虫類の特徴を持つポイズナスは洞窟など、

常に冷えているような場所には住み着かないはずであった。


鉱山の近くにある沼地に生息しているという情報はある物の、

大きさは今、見えている相手の半分以下。


少なくとも、これだけの数がこの大きさであれば

これまでに見つかっているであろうが、目撃情報は無い。


そして、迷い込んだにしても彼らが出会ったのは

鉱山のかなり奥に進んだ場所。


本来のポイズナスであれば敬遠するであろう場所だった。


まだ数百メートルはある中、4人は迎え撃つ姿勢をとる。


「気が付いたか? あいつら赤くなかったか? その上、口の中によ……」


魔法の光を反射し、テカテカと光るポイズナスの体表。


その模様がかろうじてわかる、という距離で

男の言葉を遮るように、ポイズナス達の一部の口が開く。


魔法に疎い彼らでも、増大がわかるほどの魔力の気配。


「やべっ!」


慌てて横穴に飛び込んだ4人のいた場所を

炎球が通り過ぎ、壁にぶつかったかと思うと

壁面を舐めるように炎が広がる。


ポイズナスの口から放たれた、いうなればファイアブレスである。


「嘘だろ……」


「だが、あいつらにとっても諸刃みたいだよ。見て、吐いた本人が焦げ付いてるよ」


その威力と、毒の混じった粘液しか吐かないはずという自分の常識を裏切られ、

長剣の男が呆然と呟く。


普段、罠や崩れそうな壁がないかなどを

見つける役目である男が冷静に相手側を伺い、状況を報告する。


素早く他の3人が覗き込むと、確かに周囲を巻き込みつつ

ブレスを吐いたようで、ほとんど自爆のようになっている。


「あれじゃないかのう。魔法使いが制御に苦しんでおるように、

 あいつらにとっても予想外なんじゃないかの?」


「ふん。成長したのはいいが、使いこなせてませんってか?

 なら、今の内だ!」


「同感! じゃ、行くよ!」


このまま出口に向かえば、またブレスを吐かれるかもしれないし、

何より外に出してしまうかもしれない。


そうなれば全滅、あるいは依頼失敗である。


男達は反転し、相手を倒すことに決めたのだった。


飛び出しざま、腰に下げたナイフを数本、小柄な男が投げつける。


その全てが命中し、さらに1本は見事にポイズナスの口内に飛び込む。


途端、風船が破裂するかのようにそのポイズナスの頭が吹き飛んだ。


「よしっ、続けて!」


「おうよ!」


4人の警戒した続けてのブレスは無く、

自爆同然に焦げたポイズナス達は思ったような抵抗をせず、

あっさりと男たちの手にかかり、倒れ伏すことになる。


「触った感じはいつものだな……だがこの粘液はなんだ?

 妙に臭くないか?」


「ふうむ……なんじゃろうなあ、どこかで……」


倒したポイズナスを証拠として持ち帰るため、

牙など特定の部位を切り取る作業中、

職人の男が頭をひねって考え込む。


「おお、あれじゃな。炉に入れる植物の果てに似た臭いじゃの。

 ということは、これを媒介にちょっとした火種でもああいうブレスになるんじゃないかのう」


ぽんと手を叩き、予想を口にする職人。


周囲に飛び散った粘液にも引火し、自爆のようになったのではないか、と。


「ということは、あのブレスはもどきってことか」


「威力は十分。相手が倒れれば自分が怪我をしていても後でゆっくりと……」


竜種の放つようなブレスではなく、

似せた別物だということに安堵しつつも、

その力を自分たちで証明するところだったことに

今さらながらの恐怖を感じる4人。


「火属性に変化したポイズナス……ファイナス……いや、名前はギルドが適当につけるだろ」


「そうだね。まずはアレを回収しないと」


部位を切り取った後、なおもポイズナスの体を

ほじくり返すようにして男が回収したのは投げたナイフたち。


ただのナイフのように見えるが、

施された刻印が安物ではないことを証明している。


最近流通し始めた、冒険者の切り札の1つ。


ちゃんとした魔法を使えない者でも発動可能な属性武器。


作成時点で仕込まれた刻印を元に、対応する属性効果を

ナイフが刺さった場所で発動させる魔道具。


比較的安価の割に、準備しておけば相手に合わせた属性を発動可能な点で

非常に優秀だと言えよう。


あくまでも魔道具の中では、比較的安価というだけで

武具全体でいえば高い部類のナイフを

そのまま捨てるような真似は出来れば遠慮したいようだった。


「よし、今のうちに帰ろう」


長剣の男の言葉に頷き、3人も背後を気にしながら鉱山の出口へと向かう。


外に出た4人を出迎えたのは、闇。


正確には、明け方ともいえる薄暗い空。


真っ暗ではないことは、空に浮かぶ黒い太陽が見えることから間違いないが、

いつみても、何とも言えない不安を産み出す光景に違いなかった。


「なんだってんだ……ずっとこのままじゃ、ねえよなあ」


「うむ。文献でも闇が晴れることは書かれておった。

 もっとも、なぜかは……わからんがな」


うんざりした顔で空を見上げる男。


その言葉はほかの3人も共通した思いであった。


「なんでもいいよ。うちらはやれることをやるだけ。そうだろう?」


「確かに。さあ、行こう」


こうして、収支はとんとんというかたちで冒険者の依頼は終わる。


これまでにない怪物の目撃とその被害。


それに対抗して増える戦いの手段。


それは各地で見られ始めた光景である。


武具が増え、スキルと呼ばれる術や魔法の種類が増加し、

冒険者や兵士の火力、強さは増していく。


対する怪物も同様だった。


その牙は鋭さを増し、体躯は強靭さを増していた。


そんな矛と矛がぶつかり合う中、

防具や防御魔法等はすぐに変化しなかった。


素材や技術に限界があったということもあるだろう。


だが、後の世の学者たちは口をそろえてこう推測する。


先の見えない闇の世界に、人はどこかで恐怖し、

闇を切り開く力を求めたのだろう、と。



長く続く日食、という異常な現象の中、

日照不足により世界の植物が衰弱し、

食糧不足が目に見えてくるまで……まだ時間がかかる時の事であった。


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