245-「旧き者、新しい者-6」
「では矢はこちらに……。それにしても、膨大、という他ない量ですね」
「出すのも大変なのよね、この量だと」
雑談めいた会話の中、フォールヴァル砦の一角に
次々と束になった矢が積みあがっていく。
屋内という訳ではなく、外に設けられた小さな屋根のある
馬車からの荷物の積み下ろしを行うためのちょっとした広間。
普段であれば木箱などが置かれるであろう場所に
黒光りする素材でできた矢の束が増えていく。
「確かに、1本1本も木の物と比べると重いですしね」
ある程度たまったところで馬車へとそれを積み込んでいく兵士の1人が、
興味深そうに矢へと視線を向ける。
陽光を浴び、独特の光沢を放つ矢は
言うなれば【ジガン鋼の矢+3】のようにファクトの手によって
高品質に仕上げられた物である。
力量ある物が放てば、武具の素材としては一般的なジガン鉱石を使った
ジガン鋼でありながら、目を見張る威力を発揮するであろうことが予想される。
その上、木製の物と違い、回収さえできれば再利用は容易だ。
そばに用意された馬車の荷台へと、それらはどんどんと積み込まれ、
輸送の準備が始まる。
「貯蔵された食料と一緒で、目に見える物資は士気を上げる手段にもなる、か。
さすが王族、ってことなのかしら」
「最初に全部出していってくれって言われたときは驚いたよね」
ミリーも、キャニーと同様にしゃべりながらも
物資を出すのを止めない。
矢が終わり、次は予備用の武具、となっていっていた。
武骨な、それでいてクセのなさそうな長剣や槍。
脱ぎやすく、様々な体格にも調整がききそうな、パーツごとに分けられた帷子。
頭部を保護するための防具には、この地方ではなじみの少ない、
鉢がねタイプであり、これもまた、体格に合わせた調整が可能であった。
貴重な素材はほとんど使っていないが、
その品質はなかなか出回らないクラスの性能。
その割に数が普通ではない。
ファクトの、本人としてはただのレベル、熟練度上げのための結果が
潤沢な補給物資、として存在感を発揮していた。
「おお、こうしてみると爽快ともいえるな」
物資を出し続ける姉妹に声をかけるのは、
いつでも戦闘が行えるように腰に長剣を2本下げ、
動きやすさを重視した革鎧を身につけたフィル。
「一度に出しても置ききれないからこのぐらいでいいかしら?」
そんなフィルに、キャニーは内心では気を使いながらも
敢えて王族相手にしては軽い口調で答える。
「十分だな。これでまた、しばらくは大丈夫だ」
対するフィルもキャニーの言葉を咎める様子はない。
姉妹も最初は丁寧に接しようとしたのだが、
それを止めたのは誰であろう、フィル自身だ。
君たちは臣下でも部隊の部下という訳でもないのだが最低限で構わない、と。
「予想される日までおおよそ一か月半。短いような長いような。
しかし、ちょうどいい」
フィルのつぶやきにミリーは物資を出す手を止め、振り返るが
彼は誰の方も見ておらず、ただの独り言のようであった。
「お姉ちゃん、この後どうしようか?」
「うーん。ファクトは必ず追いつくって言ってたから、問題が無ければ
前線にいればいいと思うんだけども……」
そのままキャニーは何やら考え込み始めたフィルを見る。
前線、はこの場合にはジェレミアの陣営そのものでもある。
つまりは彼らに協力することが一番手っ取り早いのだ。
「ん? ああ……冒険者も多く参加している。補給の部隊に自由についていってくれ」
自然に気が付いたフィルはそういって、物資の取り出しを見守っていた部下の兵士に
後を任せてその場を去っていく。
「王子様、何か考え込んでたね」
「そうね……でも、大きな何かが予想されているというのは大変なんじゃないかしら」
自室があるのであろう建物へ歩いて行くフィルを見送りながら、姉妹は心配そうにつぶやくのだった。
「士気を考えれば時期が区切れるのはありがたい。
とはいえ、話が大きすぎるんじゃないかねえ、ファクト」
一人、フィルは椅子に座り手紙らしきものを開いて呟く。
考え事があるから、と誰も入れていない部屋で
フィルは数枚の書類のような物を取り出して眺める。
記されているのは、この先起きるであろう黒い太陽の日のこと。
精霊が活性化し、敵味方共に魔法が飛び交うような激しい戦いが
起きるであろうという予想。
言葉にすると簡単なことであるが、その実態は
これまでジェレミアやオブリーン、西方諸国らが
経験したことのないような大規模な災厄と言えるレベルの物だと
予想されている。
「国の内外の占い師も同じようなことを言うのでは、疑いようはないな」
精霊に伺いを立て、吉凶を占う職業は
古くからこの世界に存在している。
その力はシンシアのようなある意味直接的で強い物ではないが、
即応の面からいえば十分な判断材料となる。
彼らも、この秋から冬にかけての
世の中を占った際、異口同音に夏の災いを口にした。
「問答無用で襲い掛かってくるよりはマシ……と思うべきか」
そのまま、フィルは兄がいるであろうさらに東の陣地の方を見る。
「隠れる場所の無い草原での軍隊の衝突。遠征であれば回避すべき正面対決。
だがそれを選ぼうというからにはこの黒い太陽だけでは足りない……。
ルミナスめ、何を考えている……」
遠征し、目的を果たそうというなら勝負は確実に勝たなければいけない。
また、勝てるように考えているはずである。
そもそもが、首を洗って待っていろとばかりに
使者を立てて戦争を行うなど、害あって利は無い。
敢えて言えば、攻め入る側の口実を用意できるぐらい、であろうか。
「東には東なりの文化がある……? それにしても、だ」
予想通りであれば、黒い太陽の間は怪物は活発に動き回り、
魔法の類はその威力などを跳ね上げる。
だが、それはルミナス以外も同じ。
であるならば、そこで抜きんでるための何かが無ければ勝てる戦い、とは言えないはずである。
フィルはそのルミナスの切り札が一体何だろうか、と懸念しているのだ。
「何か意見が聞ければと思ったが、いないのであればしょうがない。
ファクト、早く戻ってくるんだ。君は否定するだろうが、
自分からしてみれば君も十分英雄と呼ぶに……ふさわしい」
つぶやくフィルが手にするのは、手紙と共に添えられていた銀色に光るペンダント。
精霊銀をベースに、ファクトが作り上げたフィル専用アクセサリー。
PIEに大きな補正のある、ゲームであればヒーラーが装備するのにふさわしい一品。
だが、STRが力、AGIが動く速さに影響があるように
PIEもある意味わかりやすい影響を持つ。
「不思議だな。これを見ているとやれる、いける、と落ち着いてくる」
精神耐性、安定の補正を持つPIEの向上により、
フィルの指揮官としての能力は大きな上昇を見せていた。
ペンダントの詳細は分からずとも、
フィルはそれを見る度にここにいないファクトの無事を祈り、
その実力を改めて感じ取っている。
戦い、怪物をなぎ倒すのも英雄なら、
その手に刃を、その身に鎧を、
打ち勝つ手段を与える存在もまた、英雄なのではないか、と。
「ファクト、君は何を手にするために……」
ファクトが向かったという西の彼方に向き直り、
フィルは一人、呟くのだった。
近いうちにやってくるであろうルミナスに対抗すべく、
戦力の移動を行うジェレミアとオブリーンではあったが、
敵は何もその東だけという訳ではない。
怪物は今も人間と命を奪い合い、
同じ人間であっても愚かにも己の欲望のためだけに
盗賊に身を落として獲物を狙う輩も少なからずいる。
そのために各国の王自身は国元で指揮をとっており、
兵士も治安維持のため、各地で奮戦している。
冒険者も日常のために、それぞれの活動地域で日々を過ごしている。
2国や西方諸国のそばにある、国と呼ぶにも小さいような、
小国達もその影響からは逃れられない。
彼らは日々を過ごすにも命がけであり、
場合により、生き残るためにどこかの国に吸収され、その領土を差し出す。
一度は帝国の繁栄と衰退により、分裂した大陸が新たなる戦いの予感を前に、
統合を加速していっていた。
そのことが、後々東西の溝を深める原因の1つになるのだが、
今はまだ、影響は見えてこない状態であった。
とはいえ、街の1つ、住人1人という観点から見ると、
結局は毎日の繰り返しでしかなく、
大して日々は変わらないというのもある意味、事実だった。
「今日はいつもより月が綺麗だねえ……ん? 流れ星?」
だからこそ、か。
既に始まっていた異変を最初に感じ取ったのも、彼らであった。
後の世に、空から精霊が逃げ始めた日、と記された
空が落ちてくるような規模の流星雨がその夜、観測された。
それは太陽が黒くなる日まで、44日のことであった。




