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242-「旧き者、新しい者-3」

「奴らめ、戦うつもりがないのか?」


珍しく、怒気に満ちた声が広くない部屋に響く。


夕暮れ、間もなく夜が訪れようという時間に

声の主、フェンネル王子は苦々しい表情のまま呟いた。


今日も敵であるルミナスの陣営に大きな動きが無いという報告のためだ。


この砦から東に2日以上進軍した先に、

ルミナス軍が大きな陣地、既に砦といえる物を築いているのを

発見したのはもう2週間も前のことだ。


「ルミナス本国からの距離を考えれば驚異的とすら言える状況だ。

 あれだけの陣地を構築できる物資と人員があるのなら、

 とっくに攻勢に出てきてもおかしくないはず……どういうことだ」


「相手側にも転送門、転送柱の類があるのは明白です。

 それを使って移動させているのでしょうが……とどまる理由にはなりませんな」


状況の再確認に、と部屋にいる文官数名とフェンネルは会話を続ける。


少なくとも、今の状況は彼らにとっては不可解な状況であった。


ルミナス軍はほとんど動かず、陣地に旗を立てているだけ。


時折、思い出したように小規模の部隊が

草原を進んでいるのを見かけるが、それでも偵察という訳でもない。


ただ庭の確認、そんな動きなのであった。


「赤の部族がこうしてこちら側にやってきた以上、十分な力はあるはずだが……」


壁際で、やや窮屈そうな姿勢で声を出すのは

青い鬣を持つケンタウロス、ロスター。


彼は南北の緑と黄の部族との話し合いを終え、

東から逃げてきた赤の部族を受け入れることとなっていた。


味方、としていたはずのルミナス兵に追いやられるように、

赤の部族のケンタウロス達は子供連れ、つまりは

部族まるごとで西に逃げてきたのだ。


「確かに、ケンタウロスに既に用は無いと言わんばかり、なのだからな。

 つまりは、自分達だけで十分だという自信の裏返し。ならばなぜ……」


既に季節は春を過ぎ、夏にかかろうかという頃。


であるのに、動こうとしないルミナス軍は不気味、その一言に尽きた。


「王子、実は気になる話が……」


迷っていた様子の文官の1人が、意を決して口を開く。


結果として、彼の語る内容は議論の場をさらに混乱させるものでもあったが、

打開の一歩を踏み出させるものでもあった。


「消えた?」


「はい。いえ、消えたというよりは、たどり着けなかった、というべきでしょうか」


文官の語った内容は、先走った冒険者の一団が密かに

ルミナスの陣地に夜に乗じて忍び込もうとしたという話であった。


それだけであればなんと無謀なことを、

などと感想を持つところだが、その内容は驚きの物だった。


「直前まで見えていた木の壁が、近づくほど幻のように透けていったというのです」


「つまり、幻術か?」


文官の言葉をフェンネルがかぶせ気味に止める。


魔法の中には、そういった幻を産むものがあることを

王子のみならず、全員が知っている。


その規模は通常は狭いが、戦争となれば大規模に

実行することが不可能ではないだろうことも。


しかし……。


「冒険者達もそう思ったようで、一度離れた後、弓を射かけたそうです」


今度こそ、無謀な、という感想が全員の共通の考えとなる。


些細なことが戦いのきっかけになることは、

多少なりとも戦場を知っていればわかりそうなものであるからだ。


「異常な状況が産み出した行為、というべきか。

 それで、どうなったのだ」


「はい。見事に、刺さったそうです。先ほど透けていったはずの壁に」


「ん? では透けて見えただけでそこに陣地はあるということではないのか?」


フェンネルの疑問は、そのほかの面々と同じものであった。


消えていったように見えた物に刺さる矢。


つまりそこには物があるということ。


「ところが、もう一度冒険者達が近づくと……再び壁は透けていき、

 ついには矢だけが地面に落ちたのです。その間、相手からの攻撃は一切ありませんでした」


「なんだと……」


「にわかには信じがたいな。我々の魔力でもそんなことが出来るかどうか……」


驚くフェンネル王子に、ロスターも驚愕の表情のまま、頷く。


「いるようでいない。あるようでない、か。

 怪談そのものだな……東洋の魔術だとでもいうのか……」


王子のその言葉を最後に場に沈黙が降りる。


攻めるに攻めれず、かといって相手も攻めてこない。


油断をするわけにはいかないが、踏み出すことも危険。


その構図は地球におけるかつての冷戦のようですらあった。


「幸いにも、フォールヴァルとの補給網は整っています。

 国境線がここに出来た、と考える必要もあるのかもしれません」


1人の文官の意見に、フェンネルは消極的にだが頷く。


こちらも転送門、転送柱を使い、領土が広がったも同然の状況だが、

敵側もそれに近い状況であることを感じているが故の頷きであった。


仮に領土をここまで伸ばしに来た、のであれば

そういう隣国として扱えばいいだけ。


しかし、今の状況は先日渡された書状の内容とは矛盾する。


こちらに食らいつかねば、奪える物は何もないのだから……。


「……奴らは何かを待っているのではないか? 本国からのさらなる援軍か、

 あるいはもっと別の何かを……。わからんな、少し席を外す。警戒は続けてくれ」


ゆだった頭を冷やす、と出ていくフェンネルを

文官らは真面目な顔で見送る。


ここが、最前線なのは間違いようがないのだ。











「なるほど……それで俺のところにお鉢が回ってきたわけか」


『ああ。何か心当たりがないかと思ってね』


オブリーンやジェレミア、両者の

ちょうど中間付近にある、スコッターズの工房がある街。


そこにも冒険者ギルドはあり、その日、

ファクトはギルドからの知らせを受け、魔法ラジオの前に座っていた。


相手はフィルであった。


兄からの相談を受け、さらにその相談相手としてファクトが選ばれたということだった。


互いの立場を考えれば、ありえない状況ではあるのだが

ファクトをただの冒険者として扱う気は既にフィルの中にはなく、

ファクトもまた、状況は普通の冒険者や職人でいることを許してくれないことを感じていた。


エンシャンターへの武具の供給も一息つき、

決戦に向けてあれやこれやと試作していたところへの呼び出しである。


ファクトも厄介そうだなという予感は持っていたが、

その予想を超えた状況が東で起きていることを知るファクト。


「似たような話は聞いたことがあるが、それと攻めてこない理由がつながらないな。

 奴らが何かを待っている、というのは当たりだと思うが……」


『ふむ。増援だろうか……あるいは、時期だろうか』


魔法ラジオから聞こえる、フィルの悩んだような声に

ファクトもまた、腕組みをして考えを巡らせる。


と言っても彼自身、現実で戦争などしたことがない身だ。


役に立ちそうなのはやってきたゲーム、読んだ本、

見聞きした話、その程度に思えた。


一番可能性のありそうな、マテリアルドライブの

設定のあれこれを、虚空のメニューをつつきながらうめきつつ、考える。


と、ふと目に入るのは日付。


(1日が24時間ということは同じように公転しているんだよな……)


地球のそれと変わらぬ時間の経過に、ファクトの視線は向く。


「朝、昼、夜……戦いやすいのはいつだ?」


『昼間だろうが、それは敵も同じ、だろうな。かといって夜襲も問題はある』


ファクトのつぶやきを意見と受け取ったのか、

魔法ラジオ越しにフィルは律儀に答える。


「夜襲……夜襲か。ただ単に時間なら今まで待っている意味は無い。

 であれば時期の問題? いや……冬じゃないのだから……待てよ?」


ファクトの脳裏に、1つのイベントの経験が浮かぶ。


数百年に一度の天体ショー。


そんな世間のビッグイベントに乗っかるように、

ゲームの中でも感動は味わえる、と運営がアピールしたイベント。


ただ再現するのはもったいない、と

味付けされたその日のイベントは、その難易度、

お祭り具合から多くの意見と感想を産み、

結果として大成功に終わった。


昼が、夜になってしまう日。


「調べてほしいことがある。精霊戦争ぐらいから、

 大規模に怪物が暴れたという話が無いか、あったらその時に不思議なことはなかったか、を。

 文献や街の長老なんかに当たってみてくれないか?」


それは突拍子のない話。


ファクト以外が言ったのであれば、一体何を、

と一笑に付されてしまうレベル。


しかし、ファクトという存在がその話を最優先課題であるかのように

価値を押し上げていく。


『怪物の? いや、わかった。調べてみよう。それと、場合によっては前線に近いところで

 支援をしてもらった方がいいやもしれん。移動を考えてくれないか』


「ああ。幸い、弟子たちもだいぶ出来上がってきた。

 一度オブリーンに寄ってから移動先を決めるよ」


魔法ラジオの向こうで、すぐに人が動き出したのか、

物音がするのを聞きながら、ファクトはフィルにそう答える。


エンシャンター用の武具を作る中、いくつかできた物を

届ける先があるのだった。


『オブリーンから一度連絡をしてほしい。上手くいけばその時には話が出来る』


そのフィルの言葉を最後に、魔法ラジオによる会話は終了する。


まだ情報が不足し、仮定に仮定を重ねたレベルではあるが

ファクトの中で考えが渦巻いていく。


もし、もしもこの予想が正しければ、

精霊戦争がまた起きる、と。




数日後、オブリーンの王都にある冒険者ギルドで

ファクトはフィルへと連絡を入れる。


ひとまずの進捗を確認するためだ。


『まだ少し聞いただけだがね。奇妙な話がある』


「奇妙? 王子が言うと無駄に不思議な感じがするな」


フィルの戸惑った様子の声に、ファクトは心がある種、落ち着いていくのを感じていた。


『空に黒い太陽が昇る時、魔の者が大地と空に溢れる。

 そんなおとぎ話が城の書庫にあったのだよ……これは、どうなんだ?』


ああ……やっぱり。


そんな感想が、ファクトの胸をよぎる。


(この世界にも、あるんだな……あれが)


感嘆にも似たため息とともに、ファクトはうなだれた。


予想される、激戦の予感に。


「俺の知っている話が本当なら、その書物の記述も正解だ。

 もっとその方向で調べてみてくれないか。決まりのような物がわかるはずだ」


『わかった。日付なども気にして調べてみよう。

 ……ファクト、勝てるのか?』


フィルの声は不安に満ちていた。


ジェレミアの王子という立場を考えれば、

何を弱気な、と言われそうな中身。


だが、経験したことのない未知、という物は

それだけ人に恐怖を与える物だ。


不安の1つのこぼれると言えよう。


「俺達は勝つさ。だけど、そのためには皆の協力が必要だ」


言い切るファクトの視線は、虚空に浮かぶメニューの日付に釘づけであった。



また一秒、時間が刻まれていく。



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