240-「旧き者、新しい者-1」
少し長いけど、お話はほとんど進まないです。
「魔法使いたちの準備はどうだ」
「なんとか10人行けます。 しかし、そう何度もは魔力が持ちません」
物見台を兼ねた建物の屋上で、男にかけられるのは
朗報と、悲報。
迫る脅威に対して、まだ対抗手段はあるという知らせと、
その先行きに不安はあるという嫌な知らせ。
だが、男にとってはそれはわかってはいることだった。
「だろうな……これでもう一週間か。奴らめ、どこからあれだけの数を……」
歯ぎしりの音が響きそうなほどにかみしめられたその表情は苦い物だ。
男が守るべく奮戦している街の名はグランモール。
地竜の襲撃から1年もしないうちに再び襲われるとは、誰が考えたであろうか。
最近は怪物達も言うほど暴れておらず、依頼を発行しての
冒険者による討伐も順調と言えた。
そんな中の、突然の襲撃である。
勿論、怪物が闊歩する世界の住人である男達だ。
備え自体は怠っていないが、その想定する規模は
常識的な範囲となるのも無理はない。
始まりは些細な物だった。
少し離れた村が、ゴブリンの集団に襲われたという物。
幸いにも、作戦も何もあった物ではない襲撃は
村から人々が逃げるだけの余裕を持つことが出来るような物だった。
着の身着のまま、ではあるが
命が残っていれば再起の道はある。
そう慰めあい、グランモールに逃げてきた村人を収容し、
奪還の依頼を冒険者に出すか、そう考えていた頃。
グランモールにも怪物の集団がやってきたのだった。
一度目はただのゴブリンの集団。
それがだんだんと、休みなく毎日となれば明らかにおかしい。
3日目には、冒険者ギルドを介して援軍を要請した男だが、
果たしてどこまで効果がある物か。
連絡自体は最近話題の魔道具で行えたが、
援軍が沸いて出てくるわけではなく、現状の戦力での
やりくりを強いられる状況に変わりはない。
「無理とわかっていても最後まで叩かねばなるまい。
休憩はしっかり取らせろよ。後どれだけ戦うかはわからんのだからな」
街には冒険者のほか、元々ある自警団が迎撃に出ている。
最近めきめきと実力を上げてきた一部の若者らを中心に、
多くの戦果を挙げているが先の見えない襲撃に疲労の色は隠せない。
かといって、街を放棄できるはずもない。
男達は当初、噂に聞いたルミナスの手による扇動なのではないか、
と考えたがどうも違うようだった。
話に聞いた知恵の回るような形ではなく、
ある意味慣れ親しんだ、怪物の本能的な襲撃。
ただ、その数と頻度が異常なのだ。
中には亜種と思われる色違いや、装備を用意している存在も
目撃されたとあっては油断は全くできない。
詳細はともかく、手ごわい相手なのは間違いないだろうからだ。
「国境に兵士が取られているというのに……」
「ああ。だがどちらも手を抜くわけにはいかない」
東で起きているという戦争。
まだ全面衝突には至っていないことは聞いているが、
それも時間の問題であろうと男は考えている。
だが、今はとにかく街の防衛だ。
まだ、なんとかなる、と男は考えている。
自警団の錬度に加え、冒険者達が街からほとんど動いていないというのも幸いしていた。
個別の依頼は出せないが、討伐証明と引き換えに換金は滞りなく行っており、
儲けどころと捉えてもらっているのだろうと予想されていた。
「偵察班より連絡! 大規模な怪物の集団を発見! 遠目にでも魔法を使う種が確認できるそうです!」
駆け込んでくる兵士の1人の報告は、街にとっては試練の始まりの音。
通常の個体以外の存在。
それは苦戦の予報でもある。
「やるしかないか……」
男が覚悟を決め、遠くに見える報告の中身である
怪物の集団があげる土煙を睨む。
そして、集団が人型であることがわかるほどの距離になった時のことだった。
あたりに甲高い声が響き渡る。
それは何かの鳴き声。
重なるその声は近づいてくる。
と、街で一番高い場所にいるはずの男に影が差す。
「上!? あれは、鳥か? 怪物か?」
男が上を見ると、上空には4つの影。
翼を持っているように見えるそれは男が見ている間にも
速度を上げ、急降下してくる。
視線を戻せば、街に近づいてくる怪物達。
ゴブリンのほか、後方にはオークらしい巨体も見える。
「くそっ、魔法使い用意! なんだと!?」
いつも通り、遠距離から魔法使いによる攻撃を試みようとした
男達の視線の先で、空を飛んできた影が
怪物達に突撃していく様子が見えた。
「あれは……人?」
その影、男は名前を知らないが、翼を持つ馬とも、
馬の体を持つ鷲ともいえる巨体からさらに影が飛び降りるのがわかった。
まだ街の城壁ほどもある高さであろうに、
躊躇の無いその姿は明らかに人であった。
その先頭、この距離からでも立派な体をしているとわかる1人が
両手斧を構えるのが見えた。
瞬間、轟音。
「火炎魔法か!?」
「それにしては派手すぎます!」
赤い光に、男にとってもなじみのある魔法の発動を口にしたが、
部下がそれを否定する。
確かに、ここからかなりの距離があるというのに、
建物の上にいる男にも風が感じられるほど、その爆発は強力であった。
それだけの魔法を放つためには、かなりの魔力を消耗する。
その上、ここまで派手に爆発する魔法に心当たりはなかった。
舞い上がる土煙。
仮にこれが飛び降りた人影によるものだとしたら、
彼ら、彼女かもしれないが、は無事なのだろうか、と心配をしてしまう。
そんな間にも、土煙のそばに何かがいくつも落ちてくる。
風に乗る臭いに、その正体を男は悟る。
その正体は、怪物だった物。
爆発に、あっさりとその命を散らしているのだ。
「何がなんだかわからんが、好機! 突撃の準備だ!」
男の指示に従い、自警団をはじめとした街の戦力が門を抜け、
怪物の集団がいた場所へと駆けていくのだった。
一方、土煙があがった現場。
段々と収まってきた土煙の中央に、人影があった。
不揃いな装備。
革鎧であったり、金属鎧であったり。
手にした武器もそれぞれ違う。
だが共通点はある。
なぜか、赤だったり青だったり、
その装備が一色に統一されているのだ。
「ふむ……効果範囲がでかすぎるな。上手く使わないと
味方を巻き込むか」
「ええ。今回も魔法障壁を事前に展開してなかったら危なかったわ」
大きな戦果を稼いだにも関わらず、どこか浮かない顔の言葉を発する赤い男。
それに答えるのは白い服の女の声だ。
赤の男の手には両手で持ってようやくという巨大な斧がある。
中央に、ソフトボールサイズの魔石らしい物がはまった
装飾も豪華な斧だ。
「おっと、追加のようですよ。長くは戦えない……手早く行きましょう」
2人のそばに立つ、全身青色の男が冷静に敵戦力の追加を告げる。
視線の先で、オークがざっと見ても20匹以上が雄叫びを上げている。
「そうそう。俺達は無敵ってわけじゃないんだからさ」
足音は小さく、やや軽めの調子で緑の服の男が弓を構え、そのまま矢を放つ。
目の覚めるような鋭い勢いで飛んでいく矢が光を帯び、
オークに到達する途中でその姿がぶれる。
光を帯びた矢が3つに分かれ、それぞれが違う軌道を描いてオークへと迫り、突き刺さった。
「トライデントスパロウ……よーく味わえよ」
軽い調子だった声とは裏腹に、放たれる矢は冷徹なまでにオークへと襲い掛かるのだった。
「ふむ……足止めがいりますかね。アイス・ブランブル!」
青い男が手にした杖の先がやはり光ったかと思うと、
青白い魔力による光の玉が飛び出し、
オークの近くの地面ではじける。
すぐさま何かがひしゃげるような音と共に、氷の茨のツタが広がり
近くのオークたちをからめとるように襲い掛かる。
ある程度は暴れるオークに粉砕されるが、いくらかはその足を繋ぎ止め、
あるいは数歩、下がらせることとなった。
「爆砕は後3回。今のうちにいっておくか!
今度は正面に狙いを絞って……」
赤い男が何かを確かめるように斧を見、
気合を入れなおした声である意味無造作に突撃、両手斧を振りぬいた。
気合と共に斧から赤い光が飛び出し、それはオークの1匹に接触したかと思うと
先ほどの光景をリピートしたかのように爆発を引き起こした。
再び巻き起こる轟音、土煙。
まだ見えないが、かなりの数を巻き込めたであろうことを、
当人である赤い男は手ごたえとして感じていた。
「彼らはなんだ?」
「恐らく、ギルドから連絡のあった援軍でしょう。しかし……」
突撃を指示した建物の上で、男は部下と共に戸惑いの中にいた。
苦戦の予想された戦いへの乱入者。
その4人の繰り出す技や魔法たちは驚きの一言だ。
冒険者ギルドで最近話題の、過去の英雄が使っていたという
スキル、と呼ばれる技が頭に思い浮かぶ。
「4人だけか。いや、十分そうではあるのだが……」
組織的な援軍を期待していた男にとっては、
4人という人数は判断に迷うところであった。
「私たちは英雄ってわけじゃないもの。ごめんなさいね」
そんな男にかけられる、女性の声。
2人が振り返ると、そこにはいつの間にか、
1人の女性と怪物としか思えない、翼を持った巨体がいた。
(いつの間に……)
敵に突撃した4人のように翼の音は聞こえなかった、と
警戒する男へ向け、女性は頭を下げて口を開く。
「この子は魔道具を身に着けていてね。風の魔法で羽音を消すの。
奇襲用なのだけど、使ったら使いっぱなしなので驚かせてごめんなさい。
ギルドの支援要請を受けてガイストールから来た援軍です。
迎撃の余裕を作り出すように、と言われたわ」
翼を持った巨体、ヒポグリフののど元を撫でる女性。
その桃色の衣服に男と部下は、どこか癒される気配を感じた。
それはなぜだかわからなかったが、結果として
2人の感覚は正解であった。
良く見ればまだ少女なピンクの女性はヒポグリフの背中に乗せられた
革袋を手にし、2人へと歩み寄る。
「まずは支援物資を持って来たわ。使ってちょうだい」
言われ、2人は困惑する。
少女の持つ革袋は、どう考えても大きいとは言えない。
精々、こん棒が5本入るかどうか、といったところだ。
「……? ああ、これ、魔道具なの。ほら」
2人の疑問と、失望にも似た視線を感じた少女は
その意味を正しく理解し、革袋に手を入れ、中身を取り出した。
「!? それが噂の……収納袋」
革袋から出てきたのは、確実に袋の倍はあろうという長さの槍。
一目で武骨な、それでいて使われることを念頭に置いた良品であることが男にもわかる。
それが革袋から唐突に出てきたのだ。
革袋の正体に気が付き、2人の表情が明るい物となる。
「ありがたい! それで、君たちは?」
余裕が出てきた人間はそうでないときと比べ、視界が広まる物である。
ここにきて、男はようやく援軍の立場について疑問を覚えることが出来たのだ。
「冒険者ギルドの手札の1つ。見つかった古文書や手記を元に、
かつての英雄が使ったという力の一端を借りている冒険者。
旧きを引き継ぎ、今の世に付与する。エンシャンターよ」
名乗った少女の首元で、銀色の護符が光る。
──エンシャンター
それは選ばれた冒険者たちの名称である。
ファクトが見つけた、という形で各方面に浸透していく
かつてこの世界にあったはずの技術・技法たち。
それは攻撃の技であり、魔法であり、
あるいは武具の作り方でもあった。
冒険者ギルドと各国の幹部たちは
日々、その使い方について語り合っている。
そして、1つの運用方法にたどり着く。
1人1人に普通に教え、鍛えていたのではきりがない。
であれば、代表者に使ってもらい、
その結果を次に使う者に利用しよう、と。
代表者はテスターであり、そのデータをフィードバックして
特訓の効率を上げよう、という話であった。
その立ち上げに、1枚と言わずかなり噛んだファクトの提案により、
大きめの冒険者ギルドごとに、一定人数を選出、
試験を突破した面々にその証と共に武具などの提供を行うことが決まる。
今回、援軍としてやってきたのは
試験運用の始まったばかりの即応部隊であった。
精霊銀の護符を身につけ、
強力な魔道具を賃貸とはいえ与えられ、
ギルドからの依頼を最優先にして処理する冒険者。
ある意味、公務員のような存在かもしれない。
危険度も高くなるはずだが、今のところ辞退者も、
脱退者もいない。
まだそれだけの回数を経験していないからということもあるだろうが、
普通であれば金貨が必要なほどの武具や、
秘匿されそうな特殊な技術の教育、
何よりも、選ばれているという自負が彼らをその立場たら足らしめていた。
勿論、人間とは欲に弱い物で、それを否定することは誰にもできない。
ゆえに、ギルド側も武具に制限を設けていた。
基本的には各ギルドの管轄から出る際には返却することが義務づけられている。
その実効性を高めるために、魔道具には専用の魔石、
そしてそれへのチャージが必要であるという機構が設けられていた。
これはキャンディワンドのように使用回数に制限があるアイテムを参考に
ファクトが新しく仕込んだ仕組みであり、
チャージにも波長を合わせた専用の機材でないと充填できないようにした。
持ち逃げをしようものなら、ギルド間で情報が共有されるうえ、
すぐに武具は使い物にならなくなる。
そんな武具を振るう彼らだが、その人数は1組5人ほどとされていた。
少なくても意味がないが、多すぎても運用に難が出る。
そんな考えの元に、さらには個性をわかりやすく、と色まで決められた。
自重をいくつか放り投げたファクトのアイデアによるものだが、
そのネタ元を知る者は世におらず、
確かに火は赤いからな!などと勝手に納得してしまう始末であった。
「さ、私たちも行きましょう」
「あ、ああ。改めて、突撃!」
簡単に説明を終えた少女の声に我に返り、
男は突撃の合図を改めて叫ぶ。
街から冒険者と、自警団の一団が飛び出し、
エンシャンターの4人が先行している戦場へと飛び込んでいく。
こうして、新しく人間が手にした剣により、
グランモールの危機は取り除かれることとなったのだった。
エンシェント+エンチャント、な造語チックに。
古代戦隊、エンシャンター!
ってこれ言っちゃダメなやつだ。