237-「北限は遠く。脅威は近く-4」
「決まった祈りの時間だったのでな。こんな姿で失礼する。
ふむ……見事な物だろう。恐らくはこれが、やつらの目的であろうよ」
祈りの途中だったのか、儀礼用に見える布の服をまとい、
ファクトへと振り返るとファルケンはそう自慢げにつぶやいた。
雪の女王の元で見た精悍な戦士、といった様相ではなく、
部族の責任を負いながら、先を考える立場にある指導者としての姿。
今の姿は前線で武器を振るうよりも、後方で指揮をする姿が似合いそうであった。
だがファクトは半ば、その背後にある像に釘づけである。
4つ脚でもなく、まっすぐ2本足、とはならないが
尻尾をうまく使って立ち上がった状態のドラゴンの像。
洞窟内の灯りを反射し、金色にも、銀色にも見えるある種、異様な姿。
実は魔法生物です、と言われた方がよほどしっくりくるな、
とファクトが感じる像であった。
「あの像は……普通に作られたものじゃないな?」
「ほう、わかるか」
視線は像に向けたまま、ファクトの確信めいた問いかけに
ファルケンも満足そうに頷く。
世の中には、どの角度から見ても目が合う絵画、というものがある。
一見、それと同じように感じるが、
この像は違う、ということをファクトは全身で感じていた。
実際にはそんなことがないはずなのに、ずっと見つめられているかのような感覚。
ファクトの見る限り、像に魔力の流れは無い。
だが、目の前の像がただの物ではないことを、
ファクトは生き物としてのカンとでも言うべきもので感じていた。
今にもホラー映画のように動いて襲い掛かってきそうなほどの、存在感。
そのプレッシャーはファクトを1つの考えに誘導する。
「竜を模した……いや、竜そのもの……」
「……その通り。これは竜の像であり、竜そのものでもある。
紹介しよう。一族に伝わるドラゴンソウルだ」
べたな名前だ、とつっこむこともファクトにはできなかった。
作られた像としては大きな物だが、それから感じるプレッシャーは
明らかに大きさに見合っていないものだった。
だが、今のファクトにならばわかる。
この像には、ドラゴンがまるまる圧縮されているのだと。
ファクトもこれまでにレイドボス、あるいはダンジョンボスと相対し、
結果として討伐したことも、逆に力尽きたこともゲーム上では幾度もある。
だが、このサイズの相手にこれほどのプレッシャーを感じたことは無く、
その異様さは際立っていた。
「ファクト殿は、竜がどう増える生き物か、ご存じか?」
そんなファクトを正気に戻すかのように、ファルケンが問いかける。
「レッドドラゴンであれば卵……だったはずだ。地竜は確か幼体を直接産んだような?
いや、それにしては……待てよ? 俺は竜の番を知らない……」
「生き物には人であっても獣であっても番があるのは当たり前のこと。
しかし、竜は例外と言えよう。とはいえ、地竜は性の区別がないという話は
我らにとっても噂のような物。知らずとも無理はない。
少なくとも、我らが白き竜、ブリディムは……常に一体であるからな」
ファルケンは頷き、入り口にいたままの若いほうのハイリザードも手招き、
用意されている椅子へと座るように促す。
その椅子は凍り付いた岩でできており、真冬の屋外にある鉄板がまだましなほどである。
バフ効果のある装備をしていなければファクトも座ったところが凍り付いてしまいそうなものだ。
「雲竜とも、水晶竜とも違う……俺の知らない竜、か」
座ったまま像を眺め、ファクトはそうつぶやくが、
驚きはあっても彼の中に驚愕という物は無かった。
世界のすべてを知っているわけではないのだから、
知らない何かがいて当然であるという考え。
ましてや、この世界には自分の知らない、本来のMDでは
実装予定すらどこにも載っていないアップデートをベースに
行われるイベントがいくらでもあるだろうからだ、と。
現に黒の王による一連の流れはゲームではありえない状況を産み出している。
ゲームバランスを無視していれば別だろうが、
そうでなければポップしてすぐにダメージフィールドで消耗し、
ドロップアイテムだけがその場に残るようなイベント戦とそのMOBを用意するだろうか。
ハイリザードから聞く、ルミナスらしい兵士たちの様子を考えると、
ゲームで予定されていたイベントの1つとは考えにくいとファクトは感じている。
逆に、ゲームではこうだったから、と決めつけて対応するのに
危険な場合があるという証明でもある。
今回の引き寄せて変化を確かめるという手法もまた、
ゲームでの設定を踏まえたものなだけに不安が残るところであった。
「雲竜は西の空を闊歩する強者であったな? ブリディムは北の雪山と、
雪原を領土とする存在だ。と言っても、ハイリザードの守り手、というわけではないがな。
風雪と共に現れ、白い大地に住むものを祝福し、侵略者を凍てつかせる。
そんな、嵐のように現れて去っていく竜なのだ」
ファルケンはそう言い、像の足元に置かれた灯りの一部を触る。
すると、わずかながら明るさが増し、周囲の雰囲気もまた、和らぐ。
「ブリディムに限らず、竜は生きているようで生きてはいない……のだと聞いている。
古来より、特定の竜種が絶滅したという話は無い。
物語にあるような、あるいは帝国の王のような存在に討伐され、
一時的に姿が見えなくなったという話は数多いが、
世の中から消え去ったという話は無いのだ。おかしいとは思わないか?
生きているのであればいつか死ぬ。それが寿命か、討伐によるものかは別としてだ」
「それは……」
ファルケンの疑問はファクトにとっては
正解を述べにくい物であった。
言うまでも無く、倒されたドラゴンが
条件はそれぞれ違うとしても確実にリポップするというのは
ゲームでの話であり、現実にこの世界でそれを確かめたわけではないからだ。
脳裏にはレッドドラゴンの子育てイベントがよぎるが、
それすらもたまたまそういう設定であったに過ぎない。
「その答えの1つである物がこれだ。このドラゴンソウルは名前の通り、
竜の根幹であり、それでいて竜本体ではない」
竜の像、ドラゴンソウルを見つめるファルケンの顔は真剣で、
語った内容の矛盾具合を気にした様子もない。
その顔を見て、ファクトは疑問の声をぎりぎりで押しとどめる。
どこかで聞いたような話であったからだ。
(それそのものであるが、それでいてそれそのものではない……つまり)
「竜は……再生する?」
「最初、人間の兵共が湧き出るようにまた襲い掛かってくると聞いたとき、
我はその報告を驚きに満ちた姿で聞いていたよ。なぜ、ただの人間らが
我らがブリディムと同じような蘇り方をするのか、とな」
この世界の竜もリポップする。
ファクトはファルケンの話を聞いて、
この世界の竜もゲームのそれとほぼ同じような物であるらしいことを悟る。
「我ら雪のハイリザードはブリディムを主というよりは
至る先の姿として、祀り、崇めている。高められた力を持って、
ブリディムそのものに一体化するのだと」
そうつぶやくファルケンの姿に、ファクトは抱えていた疑問が
1つ氷解するのを感じていた。
ハイリザードたちが、長のような存在はいても
何かに仕える様子はないこと。
それでいて、言葉の節々にある竜への敬意や、
あこがれのような気持ち。
ドラゴンに仕え、神官のように過ごすのだとしたら
少し、違和感のある光景。
最後にはその相手そのものになれるかもしれない、
のであれば普通の主従関係と態度が違うのもうなずけるという物だ。
「もし、ドラゴンソウルからブリディムをどうにかする術を持っているのであれば、
それを手中に収めたとなれば……なるほどな」
ファルケンが目的はこれだと言い切るわけだ、
とファクトは一人頷く。
ドラゴンソウルをどうにかする、ということが
直接ブリディムと戦うまでも無く、介入できる数少ない方法であると悟ったのだ。
「あるいは、扱いきれないと元々判断し、排除しに来ているのかもしれん」
そうファルケンが補足し、腕を組む。
その顔には一転、迷いがあった。
「俺のような人間の策に、疑問を持っている奴もいるんじゃないのか?」
ファルケンのその顔を見たファクトは、
思わず考えを口にする。
だが、ファルケンは首を横に振ることでそれを否定し、
重くなった口を開いていく。
「そうではない……叔父のことを思い出していた。
いつか竜に至る道。言い換えれば竜に至ってしまう己の道。
叔父は、それが我慢できなかったのだろうな。ハイリザードとして生きていたい。
そんな思いが利用されたのかもしれぬ」
偉大なる存在と1つになる。
その考えはすべては精霊であるという考えと、
近いともいえるし、違うともいえる。
若いハイリザードが近い考えがある、という訳はここにあった。
ファクトには、唯一の存在に身をゆだねる、という考えは
同調する物ではなかったが、理解できないものではなかった。
圧倒的な存在という物は、それだけ引き付ける力という物も持つからだ。
「己が己で無くなる。考えようによってはブリディムそのものになれるとも言えるが、
逆にその一部でしかなくなる、とも言える……か」
ブリディムという強大な力を借りず、
ハイリザードとして世に名を馳せる。
ファルケンの叔父だというハイリザードは、
そんな感情を利用されたのだろうとファクトは推測する。
ただの欲望というには少し悲しい気もするな、と。
「話によれば叔父が一歩を踏み出したのは彼のルミナスらのたくらみというではないか。
その意味では、今回のルミナスであろう相手にはただで帰ってもらうわけにはいかんのだ」
「ここまでは順調だ。徐々に戦線を下げてもらって、対応が難しくなれば……
そう、大元をなんとかできれば一番だが、
被害が出てくるようなら一気に押し返して雪原ぎりぎりまで跳ね返してしまおう」
そうして、今後の陣地の相談や武具の提供の話に話題は移り始める。
ファクトにとっては、物資さえあれば作った物の提供自体は
問題のない話である。
時間的には拘束されているともいえるが、
本来であれば有力な冒険者と共にいかなければならないような
雪と氷のフィールド、ダンジョンで手に入るような素材が
報酬として集まってくるのだ。
依頼で武具を作成していると思えば美味しい話であった。
こうして、時にキャニーとミリーを交えて
実戦に赴き、冒険者ギルドへと依頼遂行中の連絡をしつつ、
数週間が経過する。
ハイリザードとルミナスであろう相手との戦いは段々と激しさを増していた。
もっとも、ルミナスの兵士自体は非常に弱体化していた。
リポップの間隔は早くなり、その人数は多いものの、
無事にたどり着いている相手はやはり、少なかった。
これはこうして油断させる作戦に違いない。
そんな考えがハイリザードの中に産まれるほど、ある種、哀れですらあった。
そんな中に混じるのは無事にたどり着いたといわんばかりに
戦う能力を残したままの1人のルミナス兵。
その姿をファクトは一目見るなり、魔力を刃とした長剣で切りかかる。
走り込み、救い上げるような切り上げ。
流れるような動きでそれを迎撃しようとする兵士の、
その見事な動きを予期していたようにファクトは剣の軌道を変え、
そのまま相手の右腕に目標を変えた。
熱したナイフでバターを切り取るかのように、
あっさりとルミナス兵の右腕が宙を舞う。
何故、と驚愕の表情を張り付けるルミナス兵に声をかけることなく、
切り返しの刃でその首をファクトは撥ね飛ばした。
時間にして5秒も無い攻防。
どさりと、体と首が落ちる音が響き、無言の観客の視線を集めたまま、
ルミナス兵が溶けていく。
その体に身に着けるのは、鎧。
それもただの鎧ではない。
日本風に言えば鎧武者。
明らかにこれまでの相手とは質が違うことがわかる。
ゲームでは幾度となく戦った独特の相手。
「来た……本番が近いな」
実体剣ではないため、血がこびりつくことも無く
青白く光ったままの魔力剣を解除し、
ファクトは周囲に聞こえるようにつぶやく。
そんなファクトの元に、同じく別の場所でルミナス兵を撃退したのだろう。
鎧に何か所か、血の跡を残したファルケンが歩み寄ってくる。
「いよいよ相手も本腰、ということのようだな。
ファクト殿、一つ頼みがある」
改まったファルケンの言葉。
細かく言わずともそれに込められた重みがわかるほどには、
ファクトはこの場所で濃密な時間を過ごしていた。
それは別の場所でハイリザードと共に迎撃に出ている姉妹もそうだろう。
迎撃回数、そして倒したルミナス兵の数は
姉妹が最近常に上位に躍り出ている。
レベルなどが目に見えないこの世界では実感はしにくいだろうが、
パワーレベリングの名がふさわしい状況なのは疑いようがない。
街に戻ったらその経験量は半端じゃないことがわかるだろうな、
と取り留めもないことも考えながらファクトは構えを解いてファルケンに向かいなおした。
「頼み……とは? 何かを作ればいいのか?」
今はたまたま戦ったが、本来は後方での物資支援が役割だと
ファクト自身は考えており、実際にハイリザードの優秀な戦士は
単純な実力ではファクトより上である。
「うむ。ファクト殿には、1つ剣を打ってもらいたい」
言い難いのか、他に考えがあるのか。
具体的な内容を言わず、ファルケンの口は閉じたまま。
「どんなものを? 聖剣や魔剣でもどんとこいだ」
そんなファルケンに先を促すべく、そうおどけて見せるファクト。
だがファルケンはそんな言葉に笑顔を浮かべるでもなく、
ますます真面目な、硬い顔をしてようやく口を開いた。
「依頼したいのは竜の天敵。そう、世にいうドラゴンスレイヤーだ」
何故ドラゴンソウルの場所がわかるのか。
どうやって使うつもりなのか。
はっきりするかどうかは微妙なところです。
何分敵側の考えですので。。。