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236-「北限は遠く。脅威は近く-3」

ハイリザードとドラゴンに関して追記。

雪で覆われた白い山に音が響き渡る。


木を削りだし、金属で補強された物理的なセンサー、

鳴子が侵入者の存在をアピールしていた。


程なく、木々の奥から数名のハイリザードが現れ、

音を立てた主である人間に襲い掛かった。


その気配に、顔を上げる完全武装した兵士の一団。


本来であればその手にした刃で敵対する相手の命を奪おうと動くところだろうが、

今はただハイリザードの刃の前にあっさりと沈む。


うめき声すらまともにあげれず、倒れ伏す人間らしい者たち。


周囲の空気のように冷たい瞳のまま、ハイリザードが彼らを見つめる。


その視線の先で、不気味な黒い何かとなって人間だったそれが溶けていく。


後に残るのは何かがいたであろう雪の跡と、

わずかに残された武具であろう物品たち。


「懲りもせず再び……か。先日よりもまともに動けていないではないか。

 まるで南の平地であるかのような無防備な装備、対策。

 彼らに反省という言葉は無いのか?」


ハイリザードの中でもリーダー格なのであろう1人のつぶやき。


その脳裏に浮かぶのは、先ほど討ち果たした相手の、

極寒の寒さに震え、蒼白となった顔。


そして武器を握る手の弱弱しさ。


この土地は奥に行くほど、寒さを増す。


吹雪くことは無くても、そもそもの気温が違いすぎるのだ。


「話によれば奴らはそういったことが出来ないまま、

 ひたすらに甦るのだと言います。

 愚かというより、哀れというべきかもしれませんな」


一回り体格の小さいハイリザードがやんわりとそう言い、

リーダーの隣に立つ。


彼らがこの土地で人間を相手にして早三日。


敢えて防衛線、戦力を内地に戻して誘い込む。


実験のようなその作戦は、大きく成果を上げていた。


確実に、相手の襲撃自体には変化が生じてきたのだ。


「いつも通りに回収をして戻る。親父のいる陣地へと少しずつ後退させねば」


「最後には出てこなくなるか……出て来てもすぐに凍え死ぬようになるか。

 窮屈な話ではありますな」


雪の上に残ったいくつかの物品を回収し、ハイリザードたちは

交代要員へと合図を送り、さらに後方へと下がっていく。


おおよそ人間には対策なしでは健康を維持して

生存するのが困難な凍土の土地。


そこにあるハイリザードの拠点へ戻るためだ。







「お姉ちゃん、何してるの?」


「日記よ、日記。ほら、こうやって普通の冒険者じゃ来られないような場所にいるわけじゃない?

 話しても良くなった時のために残しておこうと思って」


用意された一室。


大きな岩山をくりぬいた、住居と呼ぶには少々大雑把な場所で

キャニーとミリーは日々を過ごしていた。


雪の女王やハイリザード、そしてファクトの用意した道具により

特殊な魔法などを身に着けているわけではない彼女らだが、

極寒の地で普通に生き残っていた。


「ファクトの言う襲撃があるまでは暇だし、また訓練でもしようかしら」


「ここの人たち、すごい強いもんね」


語り合う2人の息はひどく、白い。


相当に部屋が寒いことを示している。


水1つとっても、道具をちゃんと使わなければ撒いたそばから

凍り付くような環境ではあるが、2人が寒さに震えるようなことはない。


地球でいう極点に近い寒さの土地のため、

外を出歩く動物は多くない。


それでも皆無ではないのは、動物たちの持つ魔力を扱う機関であり、

植物たちもまた、独特の特徴を持っていたからだった。


空気や大地にめぐる魔力から最低限の栄養素的な物を生成するのだ。


無論、それは微々たるもので生育という点では

この土地の植物は非常に遅い。


動物もまた、比較的小柄で、エネルギーを多く使わない姿である。


過酷ながら、天敵の少ない場所で細々と生き残る。


この土地の生き物はそういう物であった。


そんな中、例外ともいえる動物がハイリザードである。


大きな体躯、獰猛そうな顔つき。


だが、彼らもまた、平時はほとんど食事を必要としない。


食事ができないわけではないが、必要がないのだ。


体の大きさの割に食事をあまり必要としないという姿は、

ファクトにとってある種の既視感を感じるものだった。





ハイリザードが用意してくれた工房に使うための一室で、

ファクトはキャンプを半分開いたままで一人、考え込んでいた。


炉を用意しようにも、ハイリザードの職人は

自前で魔法による炎を作り出し、直接どうにかするという手法であり、

ファクトには真似がしにくかったのである。


そのため、こうして少々イレギュラーながらも

キャンプを開いたままということになったのだ。


倉庫代わりでもあるキャンプの内部に物資は豊富にあり、

ファクトはこれ幸いにと、在庫や死蔵したままの素材から

ハイリザードたちへの協力を始めていた。


そんなファクトの手が止まっている。


考えることはハイリザードとドラゴンの関係だった。


これまで、ファクトは両者を力関係など、

何らかの理由によりドラゴンをハイリザードが

一方的にあがめたり、協力関係にあるから

よく一緒なのだと考えていた。


ゲームでは明らかではない設定だが、

ドラゴンという物はただそばにいるというだけでも大変な相手である。


何かある、という考えはゲームのNPCではない、

生きている存在としてのハイリザードと接することでより深まった。


そして、1つの結論に達するところでノックの音が部屋に響く。


「邪魔をする。いつものだ」


「ああ。……なるほど、品質が上がっているな」


扉と呼ぶには武骨な、板を立てかけただけの扉を

開けてハイリザードが部屋に入ってくる。


その手にあったのは、彼にとっては小さめの武具。


渡されたそれらを手にし、虚空の情報を読み取ったファクトのつぶやきが

部屋に静かに響き渡る。


「わかるのか。それも人間の知か?」


部屋の隅に置かれた椅子代わりの石に腰掛け、

ハイリザードは不思議そうに問いかける。


「いや、たぶん俺だけだろう。まあ、わかるのさ。

 どこでどんな名前の奴が作ったのか。素材は何なのか、とかがな」


「そうか」


ファクトはあっさりとそう答え、いくつかの武具を手にし、

その情報を確認して何かしら頷く。


ハイリザードは無言でその光景を見つめ、

区切りの付いたと思われるタイミングで口を開いた。


「人間よ。いまさらではあるがなぜ我らに快く味方した。

 我らとお主らは別の生き物。争いになるとは思わなかったのか?」


「何故……と言われてもな」


疑問を多く含んだ問いかけに、ファクトもまた、困惑で応える。


ファクトにとって、そういうイベントでなければ

ハイリザードは敵ではないというのは当たり前すぎたのである。


別の生き物と言いながら、同じ言葉をしゃべることが出来るあたりも

そのことに拍車をかける。


ともあれ、ファクトにとってはゲームのNPCがフラグが立ちでもしない限りは

行動を変化させることがないのと同じ感覚であった。


話し合え、理解しあえるならば同じだろう、と。


「人間には宗教というのがある。マテリアル教ってやつだな。

 そいつによれば、すべては精霊であり、同じだということだ」


そのため、ファクトはこの世界に来て接することになった

とある教えを例として口にするのだった。


「精霊か……どちらも精霊の恵みを受けて生きるのだから同じだろう、と。

 深い話だ。武具のことがわかるのもそのおかげか?」


ハイリザードの言葉に曖昧に頷くファクト。


彼にとっても、今さら聞かれても困る話なのだ。


まさか、マップなどでも敵性マーキングになっていないから、などとは言えるはずもない。


と、ハイリザードが立ち上がったかと思うと

ファクトに渡していないいくつかの武具を手にする。


「我らにもその教えに近い物がある。良ければ見ていくか?」


「良ければぜひ」


何かの予感から、ファクトは迷わずそう答え、

キャンプを閉じてハイリザードについて部屋を出ることにした。





「我々は食事をあまり必要としない。それは種族の特性故だ」


歩きながら、ハイリザードはそんなことを

唐突に、ファクトへとつぶやいた。


その表情はあまり変わらず、ファクトには感情が読みにくい。


「……そのことなんだが、聞きたいことがある。

 違ったら笑ってくれていい」


ファクトはそんな横顔を見ながら、考えていたことを

当人に答え合わせをしてもらおうと思い立った。


一緒に歩いているハイリザードが若と呼ばれ、

雪山をスキルと魔法を駆使して、まるで車のように駆け抜けることをファクトは知っている。


立場と、力のある彼ならば知っているだろうとファクトは考えたのだ。


ハイリザードはファクトの言葉に何かを感じたのか、足を止める。


2人の間を、どこからか極寒の風が通り過ぎる。


「ハイリザードは、ドラゴンに連なる種族じゃないのか?

 むしろハイリザードは最終的には……」


このまま道を進めば、大きな岩山の麓で、拠点として

いくつもくりぬかれた穴、周囲に立てられたかまくらのような雪による建造物が立ち並ぶ。


そんな町はずれとも言えそうな場所で、寒さ以外の緊張感が2人を包んだ。


「……」


ハイリザードはファクトの問いかけに答えない。


いや、どう答えるべきか悩んでいるのだった。


その理由はただ1つ。


──何故それを知っているのか


ということだった。


これからファクトを案内しようとした場所で、

もしかしたら気が付くかもしれない、そんな話だったからだ。


だが、ファクトにとっては無理のない考えであった。


いくらファンタジーな設定の世界観であろうと、

現実であるこの世界において、食事であるとか

生活という物はゲームそのままというわけにはいかない。


畑であったり、流通であったり、店であったり。


ゲーム同様の構成であれば、生活が破たんしてしまう。


ゆえに畑は多くあるし、家畜を放牧するために

モンスターが退治されるといった事も極々当たり前に存在した。


そして、細かい部分は違えど、物理法則や

生物における諸々も基本的にはファクトの知っている常識と一致していた。


即ち、頭をはねれば生き物は死ぬ、と言ったレベルの話で

生きるためにはそれなりの栄養の摂取が必要であるはず、ということだった。


ファクトの知る限り、マテリアルドライブの中で

そういったことが必要でない種族は限られている。


1つは魔法生物など、そもそも必要としないタイプ。


他にはスピリットなど、生き物とは言えないタイプ。


その他にもいくつかあるが、一番わかりやすいのは

ドラゴン、竜種であった。


大地を走る地竜も含め、ドラゴンたちは巨体である。


水晶竜などに至っては、大きなビルでも大人と子供のように

感じるほどの巨体であったとファクトは記憶している。


そんな彼らが、生き物としてまともに食事をしたならば、

早々に世界は干上がっているだろう。


レッドドラゴンが、火山とその土地、溶岩などから

魔力的な摂取が出来るように、竜種は食事以外の方法で

生き抜く術を身に着けている。


そういった事に無縁に近い雪の女王以下、スノーホワイト、フェアリーと違って

ハイリザードは明らかに肉体を持つ生き物であった。


そんな彼らが、こんな場所で生き抜いていることは驚きであり、

食事をまともに必要としないというのもまた、驚きであった。


ファクトはそんな彼らの特性に、竜種との類似を見たのだ。


これまではたまたまゲームでの設定もあり、

ハイリザードはドラゴンと同じような能力、

強さを持っていると思っていたが、

別の種族であると考えていた。


だが、それぞれが生きているこの世界では、

近いというだけでは足りない何かを感じたのだった。


「……我らには特殊な能力がある。いや、既に病と言っていいのかもしれんな」


長い時間の後、ハイリザードはそう口にして先を促すように歩みを再開する。


「我ら一族は長く生き残り、力を高めるうちにまれにだが竜と化す。

 全てが精霊であるように、我らにとっては最後には竜に至る、そういう考えだ」


暗に、ファクトの問いかけを肯定し、ハイリザードは

岩山に開いた穴の1つの前に立つ。


「この先に親父がいる。今の話をしてみろ。もっと詳しく聞けるだろう」


そういって、ハイリザードは入り口の扉代わりの板をずらし、

ファクトにも入るように促した。


しばらく歩くと、洞窟の奥が明るくなる。


「水晶竜……いや、あれは雲竜か!?」


「む? おお、ファクト殿か」


穴の奥、祭壇のような場所に設置された5メートルはあろうかという巨大な像。


その前に跪き、何かを祈っていたハイリザードの言葉に

ファクトは返す余裕を持たない。


それは一流の腕を持った細工師が削り出しました、と

言わんばかりの青白い竜の姿であった。


人工物であるはずなのに、圧倒的な存在感。


まるでレイドボスを目の前にしているかのような

謎の圧迫感をファクトは全身で感じ、硬直するのだった。




死に至る病ならぬ、竜に至る病、でしょうか。


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