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234-「北限は遠く。脅威は近く-1」

「化け物……め」


怨嗟ともうめき声とも取れる言葉を残し、雪の上に武装した男が倒れ伏す。


手にはむき身の刃物。


長剣と呼ぶにはやや短い、独特の形状をした片手剣。


身につけた防具も、この場所ではあまり見なかった特徴のある物だ。


「躯の消えるそちらのほうが化け物であろうよ……といってももう聞く者もおらぬか」


倒れ伏した男を冷たい視線で見つめるもう一人の男。


その姿は立ち姿そのものは人間だが、人間と言い切るには特徴的すぎた。


寒さ対策にか、金属素材はほとんど使っていない、

毛皮や革をふんだんに使った動きやすい鎧や、

雪の中でも動くための特殊な靴。


風に左右される飛び道具でもなく、

近づきすぎないで済むやや長い槍。


そこまでは特段不思議ではない。


大きな特徴として、体にはうろこ状の物が見え、

頭部もどこか爬虫類めいたものだったということを除いて。


一般的には寒さに弱いとされるリザードマンの姿をした男は、

そのまま崩れるように消えていく己の倒した相手の行く末を見つめていた。


後に残るのは、そこに人型の何かが倒れていたという雪の跡と、

コーヒーを一杯こぼしたような量の血痕、そして布一枚。


「いずこかから現れ、そして消えていく輩……か。

 一体なんだというのだ」


わけがわからない、と首を振る男の元に、

同じような姿をしたリザードマンが数名、歩み寄ってくる。


それぞれが手にする武器は槍や長剣。


油断なく歩くその姿は、歴戦の冒険者や近衛にも通じるものがあるだろう。


「若。こっちも終わりましたぜ」


「そうか。で、やつらの居住はいまだ不明、か?」


若と呼ばれた立派な体をしたリザードマンに対し、

部下らしき他のリザードマンが口々に状況を報告するが

内容に大差はない。


即ち、謎の人間の集団を見つけ、襲われたので撃退した。


相手はなぜか崩れて消え去り、後にはほとんど何も残らない、という物だ。


「へい。大体東から来るってのはわかるんですが、陣地だとかはありませんね」


「ふうむ……やはり親父の会議待ちか……まどろっこしいな」


リザードマンたちが視線を向ける先には、雪原とその奥に広がる森、

そして雪山しかない。


だが、さらにその先には雪と氷でできたといわんばかりの城がある。


「親父殿はブリザードキャッスルへとおひとりで?」


「うむ。我ら雪のハイリザードはあちらに借りがあるからな……」


表情がわかりにくい、とある方面に有名な顔をしかめ、

リザードマンたちは見えない距離の城を見つめるのだった。






北限。


人が住むには厳しく、拒絶されているかのように

雪と風が吹き荒れる北の大地。


高い山々と、そこから吹く強風は容易に周囲を吹雪と化す。


季節が夏に至ったとしても、夜は氷が張るほどの寒さとなる。


そんな雪国の奥に、巨大な白い城がある。


ブリザードキャッスル。


スノーホワイト、スノーフェアリー、そして雪の女王が住む城であった。


性別でいえば女性ばかりの集う城で、

男である雪だるまは不在である。


そんな城の一室で、男女、と呼ぶには少々微妙な2人が険しい表情をして語り合っていた。


「徐々に数が増えているのは間違いないようですね」


「うむ。またいらぬ苦労をかけるな。我々としても前歴があるから否定しきれん」


事実を淡々と紡ぐ言葉に、対する1人は苦々しく答える。


一見すると、責め立てられているように言葉を受けるのは

髭が口元にはえたリザードマンであった。


その表情は、現状の話題以外の部分で苦しそうな物だった。


その理由とは、目の前にいる相手の暗殺未遂である。


正確には、力の源を奪い去ることで弱体化させたうえで、という流れではあるが

最終的には殺害が目標になっていたであろうことは明白である。


2大勢力、と呼ばれる片方の勢力の長が行ったこととはいえ、

全く無関係とも言えず、残された人員の面倒も見なくてはいけないことを

考えれば、その苦労は果てしないといえる。


「こちらは若いままの子たちですからね。あの子たちには刺激が強すぎたのでしょう。

 私自身はコキュートスハートも無事ですし、終わったこと……ではあるのですが」


そっと、心音を確かめるように胸元に手をやる雪の女王は

やや暗い面持である。


同情すべき背景と理由があるとはいえ、

ハイリザードによってスノーホワイトらが殺されてしまったのは事実なのだ。


例え、人間のような増え方をしない、特殊な種族であっても

死は死であり、同族意識からするとハイリザードは

敵は敵なのだ。


一部だけのある意味での暴走だとわかった後でも、

わだかまりは消え去ったとはいいがたい。


「後ろから撃たれる、ということがなければ我々は喜んで共に戦おうと思っている。

 許せない、一緒にいるのは耐えがたいということであれば

 離れたうえで全体的な意味では共同戦線をとる、というぐらいでも構わん」


対するハイリザードの言葉は重く、決意に満ちたものであった。


同じ北限を領土にする種族同士ということもあり、

関係は深く、そしてその影響も互いに大きい。


北の大地に適応した、リザードマンでありながら吹雪の中を動けるハイリザード。


冬の雪山が主戦場という点ではスノーホワイト、スノーフェアリーと互角と言える。


「そうですね。油断、と言ってしまえばそれまでですが、

 貴方がたに奇襲されることはあまり考えていませんでした。

 住む場所も高山を境に分かれていると思っていましたからね。

 ……前向きに行きましょう。そうでなくては彼らには対抗できそうもありません」


言葉の途中で雪の女王はかぶりを振り、本来の目的である議題に踏み込んだ。


「そうだな。ルミナスを名乗る不気味な者共をなんとかせねば」


彼ら、それが指す勢力はこれまでこの地では聞かない名前であった。


人の姿、ルミナス兵の姿をとって唐突に雪原に現れた男達。


彼らはハイリザードらを見るや、問答無用で襲い掛かってきたのだった。


しかし、環境的に常に鍛えられていると言っていいハイリザードや、

そもそも感覚に優れているスノーホワイトらにとっては

強敵とは言えなかった。


その上、一部を除いては寒さにやられていたのだ。


震える手、固まる体。


そんな状況で襲われても、脅威とはいいがたい。


それでも、雪の女王らが懸念を抱くのには理由がある。


「倒しても倒してもきりがない。人間とはあのように数が多い種族だったか?

 その上、幻のように躯を残さず消えるなど……」


愚痴るようにハイリザード、親父殿と呼ばれる男が呟く。


既に彼自身、100人を超えるルミナス兵らしき相手を切り捨て、

それが溶ける様を見ている。


歴戦の彼の経験から言っても、異常、であった。


「いえ、アレは恐らくそういう物なのでしょう。実体があるようで無い、

 特殊な魔法生物と呼ぶ方が正しいのかもしれません」


ハイリザードはその雪の女王の言葉に疑問を抱いた。


ただ単に推測を口にするには、妙に確信めいた言葉だと感じたのだ。


「お主……」


「南の地、人間の王国でも同じような話があるそうです。

 コボルトやゴブリン、オークやオーガのような存在まで、

 どこからか現れ、倒しても消え去る。そんな話が」


ハイリザードの言葉を遮るように一気に雪の女王が言い放ち、

ふと何かを思い出したように立ち上がる。


「急用か?」


「いえ、合図がありましたので待ち人が来るようです」


どこか嬉しそうな女王の顔を、珍しい物を見たと

驚いた表情で見るハイリザード。


彼自身もまた、ブリザードキャッスルの中に

いくつかの気配が生じたことを感じ取ったのだった。






「ここは……ブリザードキャッスルのエントランスホールか」


「さ、さむっ」


「お姉ちゃんも早く厚着しないと!」


静かだった空間に急に騒がしさが現れる。


人間がほとんど足を踏み入れない城に、

突然現れたのは持ち前のステータスゆえにか、厚着とはいいがたい服装のままで

興味深そうに周囲を見つめるファクト。


冷気に思わず叫ぶキャニーに、雪山用にと

買い込んでおいた上着を渡し、自分も同じような物を着込むミリー。


そしてその3人にくっついたままの小柄な影3人。


以上の6名であった。


各々の相手とつながった感覚のまま、

突然変わった環境に驚きを隠せず、3人とも周囲を見渡す。


「まったく。呼ぶにしてももう少し具体的な要件をだな……」


言葉では迷惑そうに言いながらも、ファクトはどこか嬉しそうにし、

腰に抱き付いたままの影、スノーホワイトの1人の頭をがしがしと勢いよく撫でる。


少々乱暴だが、このぐらいのほうがいいのだと

つながったままの感覚が教えてくれていた。


「ファクト、ここに来たってことは女王様が用事があるのかしら?」


「そうみたいだよ、ほら」


同じようにスノーホワイトに抱き付かれながら、キャニーがつぶやき、

ミリーはそれに続いて一角を指さす。


そこにあった大きな扉が開き、姿を現したのは3人にも

見覚えのある白い姿。


雪の女王その人だ。


「相変わらずお元気ですね。あら、随分と懐いていますね。

 新しい……いえ、もしかして迎えに行った子たちですか?」


静かな、冷たさも感じそうな声ながら

ややフランクに語り掛けてきた雪の女王だが、

3人にそれぞれくっついたままのスノーホワイトを見、

不思議そうな表情をする。


それもそのはずで、スノーホワイトは

彼らを迎えに行かせるために旅出させたのだ。


そして、ここに特殊転移で彼らを送るように命を与えて。


しかし、スノーホワイトの転移は己の存在と引き換えの、

ある意味では自爆のような物だ。


個々の自我が薄く、雪の結晶が固まるように

自然とシーズンごとに産まれ、増えるスノーホワイトは

どちらかと言えばまとめてスノーホワイト全体という扱いであり、

当人たちもその扱いを気にしていないのだった。


つまり、3人にくっついたままのスノーホワイトは

3人がここに転移した時点でいないはずの存在なのである。


消滅することは、本人達は気にすることではない。


それが役目、と完全に割り切っていることであった。


「マナリンクでちょちょっとな。わかってるよ、姿は人間だけど、

 そうじゃないんだろう? それでも、ほいほいとは使い捨てみたいにしたくなかったんだ」


弁明じみたファクトの説明に、雪の女王は状況を理解する。


転移のための魔力を自身の存在と引き換えに

産み出そうとしたスノーホワイトに対して、

ファクトたちが魔力共有をするマナリンクを使うように言ったのだと。


「少し体調が悪そうなのはそのせいですか……無茶をしますね」


スノーホワイトが3人とも、互いにくっついたままなのも

理由がちゃんとある。


元々は小中学生程度だったスノーホワイトだが、

分担したとはいえ、己を削ることには変わりなく、

今の姿は小学校に上がりたて程度になっている。


マナリンクを維持したまま、ファクト、キャニー、ミリーのそれぞれから

魔力を徐々に補給しているのだった。


結果、ファクトにくっついていたスノーホワイトは

実はとっくに回復しきっているのだが、

諸々の事情により離れようとはしない。


暖房器具の前にいる小動物、といえば状況は想像できるだろう。


単純に居心地がいいのだ。


女王はそのことに気が付いていたが、

引きはがすというのもまた大人げないと思っており、

微笑むだけであった。


「このままでよければ用件を聞くが……」


「詳しいお話は後ほど。ただ、彼に関係があるとは言っておきましょう」


先を促すファクトに頷き、女王は流れるように横に動き、

その背後の扉から巨躯が姿を現す。


「っ! 驚きだな」


「リザード……マン?」


「大きい……」


3人のつぶやきに、現れた巨躯、ハイリザードは

まっすぐな姿勢を維持したまま、丁寧に頭を下げる。


「その節は叔父が世話になったな。雪のハイリザードの長、ファルケンだ。

 よろしく頼むぞ、人の子よ」


思った以上に流暢に人の言葉を話すハイリザード、

ファルケンに対し、ファクトは驚きを隠せないのであった。

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