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231-外伝「空はあんなに青いのに-1」

主人公は出てこず。


敵側の話です。



その日も空は晴れていた。


男が自らの家から外に出る時にも、

降り注ぐ太陽の光に思わず目を細め、片手をあげて遮るほどには。


厳しい冬もその背中を向けて走り去ろうとしており、

世間でいう春の足音が聞こえてきそう、というところか。


真冬は強風と、山からの雪に時折悩まされるこの土地も、

この時季からは逆に広い大地を風が柔らかく吹き抜けるようになる。


それが大地に眠る命を呼び覚まし、新たな恵みを人々に与えるのだ。


冬から春へと季節が移ろう時、人々の心も騒ぐのは

この極東、ルミナスの大地でも同じであった。


いくつかの例外を除いては……であるが。


「今日も青い……はずだが」


晴れ渡る空と比べ、憂鬱そうな気配が漂うつぶやき。


その主である男は、気をとり直し歩みを進める。


己の職場への長くない慣れた道のりだ。


道中、出会う人々は男のことを良く知っているのか、気さくに声をかけてくる。


「軍知様、今日もいい天気ですな」


「ああ。種や苗を植えるのであれば今のうちがいいだろう。数日は持ちそうだ。

 だが、北に細い雲あらば、やめておくように」


土に汚れ、荷台に植え付ける予定であろう野菜の苗を満載にした農夫が

拝むように頭を下げ、男もそれに答えながら己の予想を口にする。


蓄積された知識が、天気をも予想させるのだ。


それは魔法でも何でもない、経験と知識の連携。


だが、何人もの、あるいは国中から集められた経験、知識をもとに

練り上げられた結果は、1人の農夫の経験を大きく凌駕する。


何度も頭を下げて礼を言う農夫を振り返らず、軍知と呼ばれた男は歩みを再開する。


進む先にあるのは兵士と思わしき武装した男が立つ小さな祠のような場所。


「ご苦労」


「はっ。今日も問題無いようです」


毎日繰り返される呼びかけ。


それに慣れた兵士の側も、口調は丁寧ながらどこか適当だった。


「今日はネズミの試験は行われていないようだが?」


目ざとく、義務付けられているはずの試験、

これから男が利用する予定の転送門の調子を確かめる物が

定例通り行われていないこと、ネズミを入れておくはずの

籠が空であることを指摘する。


「はっ。向こう側がまだ送ってきていないようです。

 大変失礼いたしました。しばし、ご猶予を」


慌てて門の向こう側、男の目的地側の兵士と

何かやり取りをすべく動き出す兵士を尻目に、男は空を見上げた。


雲一つ無い、快晴の空。


(本当に……晴れている。この色が青であればなお良い物を)


誰もが等しくその下に生きる空。


その色は見る者にとって同じであろう。


だが、男と、男のような能力を持つ者には別に見えていた。


雲1つ無いのは確かだが、その色は青ではなかった。


禍々しさすら感じる、黒。


まるで黒い薄布をずっと目に当てているようだと男は思う。


すっと、目に込めていた魔力を解放し、

一般人と同じ状態に戻すと空は青くなる。


そこに異常など1つも無い。


(だんだんと濃くなっているな。やはり、天帝様か……)


理由はともあれ、男は現象に対する心当たりがあった。


これから向かう先がそもそもの原因であろうことはわかっているのだ。


それでも向かわなくてはいけないことと、

何もできない自分にいらだちと、悲しみが沸き立つのを男は抑えられない。


表に出すことは無くても、この空のように晴れ渡る気分、とはいかないのだった。


「お待たせいたしました。無事にネズミも通りましたのでどうぞ」


「うむ」


そうこうしているうちに試験が無事に終わったのか、

籠の中にまるまると太った1匹のネズミが入っているのを

満足そうに掲げる兵士に声をかけ、男は門に進む。


独特の浮遊感の後、いつしか男は石畳の上に出ていた。


振り返れば道を挟むように立つ像が2つ。


にらみつけるような古来の戦士と言われている2人の像だ。


軍知である男にはそのモデルである戦士の知識はあるが、

像自体に何も力がないことも知っている。


行きはこうしてこの場所に出るが、帰るには別の場所を通らなくてはいけないことも、だ。


横を見れば、無言のまま兵士が3人ほど小屋と呼ぶには小さな場所でこちらを見ていた。


彼らはこの場所の警備であり、通過してきたネズミを専用の場所から送り返すことを仕事としている。


男の通ってきた門の兵士とやり取りをしたのも彼らだ。


彼らは門からの万一の侵入者を防ぐ役割も持っていた。


ここは各地から転送されてくる際に必ず到着する場所であり、

誰もが必ずここを通るということは警備も一か所で済む。


ただ……仮に、資格のない人間が同じ道をたどろうとしても

どこか見知らぬ場所に飛ばされるだろう、と最初に男は説明を受けた記憶はあるが、

実際にそうなのかは試したこともないし、試すことも無いだろうと思っている。


過去の経験から学ぶためには、時には辛苦を舐めることも必要だが、

生き残ってこそ、であると。


「おっと、こうしてはいられんな」


そんな物思いにとらわれ、足を止めていた男は正気を取り戻したように

目的の場所へと向かう。


薄暗い細道を抜け、徐々に明るい場所へとたどり着く。


人が全力で走ってもしばらくはかかりそうな幅の道を、

男の視線の先で完全武装の兵士達が進軍する。


「既に編成は終わっていたか……早いな」


「それはもう、天帝様のご命令だからね」


思わずのつぶやきに答えるのも、また男と同じような服装をした……女。


専用の冠をかぶり、衣服も敢えて男女の区別がつかないような物を選んでいるので

パッと見ただけでは性別は分からない。


だがその顔は男の物とは違い、浮かぶ笑みもまた、どこか男に恐怖と魅力を感じさせるものであった。


「来ていたか、北方玄女(ほっぽうげんにょ)


「来るさ、東方龍騎(とうほうりゅうき)


ルミナスに4人いるといわれる軍知の中でも最高峰の男女。


四方を司り、各々の方角にあったかつての伝説の怪物の名を抱く。


国の集まりであるルミナスを4分割し、それぞれに統治しているのだ。


例外は極東に浮かぶという神霊島。


島と呼ぶには大きな、地球でいう日本周辺はある種、空白である。


全ての神が住まう場所だから、とも噂されるが定かではない。


ルミナスという土地は、各地の獣を狩り、

それぞれの土地の中に住む怪物を相手取るぐらいで済む

平和な地域であった。


例外としては冬の始まり頃に、

どこからか怪物が沸き、四方から集団でやってくるが、

それもほぼ決まった定例行事のような物。


大陸を縦に切り裂くような2本の大河を西へと

敢えて越えなければ、人の手に余るような怪物と

出会うこともほとんどない。


険しい自然と、計算されたような大河という境界によって

作り出された箱庭と呼ぶには広いが、ある種理想のような土地。


ルミナスはその領土の中で、独自に平和を謳歌していた。


……とある国が攻めてくるまで。


その攻め手は帝国であった。


言葉少なに向かい合う男女も知る歴史として、残っている。


大地を水が流れるように早く、すべてを押し流すような力強い進撃。


その戦いの末、この国、ルミナスは退けることには失敗する。


敗北と呼ぶには難しいが、防ぎ切ったとも言い難い。


まさに痛み分け、であろう。


その後、この国はこれまで以上に国防に力を注いだ。


これまでやってこなかった地方への大遠征もその1つである。


もっとも、かつての帝国の反撃を恐れたのか、

必要以上には西へと行かず、それゆえに刺激することも無かったが

情報も得られなくなるというジレンマに陥っていくことになった。


それでもルミナスは自分を、自分たちの国を鍛えるのを怠ることはなかった。


兵士として男は全てが何らかのの兵役につくことが義務付けられていた。


身体的な理由で満足に戦えぬものは、

それでも何か、戦いのためにと後方で奮戦する。


貴重な草木の栽培であり、学問としての研究であり。


学を身につける者が増えればそれだけ国は豊かになる、と学び舎を建てる者もいた。


全ての人間が戦いのために生きていた。


日々の暮らしは普通であるが、いざ、を見越した富強。


全員が民であり、全員が兵士である。


それがルミナスという集団であった。


「……南のは今日も来ず、か」


「ああ。なんでも海からが厄介だそうだよ。

 まったく、面倒なことだねえ」


2人は並び、出撃する兵士たちを見守る。


西方虎砲(せいほうこほう)を見たか?」


「見たけど、私が言えることは何もないね。天帝様が西のを呼び、

 失敗はしたようだが今日も軍を率いる。それだけのことさね」


探るような男の声に、女はきっぱりと言い切る形で返事をする。


男の懸念も、女は同じように持っているのだ。


それでも、自分にそれをどうこうする力の無いことは知っているし、

疑問があるからと自身の責務を放り出すわけにはいかないことも知っている。


男女の目的はただ1つ。


ルミナスの明日のために。


「そうさ。私らの目的のためには、些細な事さ。

 アイツ以外、誰も戻ってきちゃいないなんてことはね」


力強く進む軍の最後尾。


軍馬によって引かれる豪勢な馬車の中に、

西方虎砲と男女が呼ぶ軍知の1人がいることはすぐにわかる。


見た目の豪華さもそうだが、こうして見送るのは初めてではないからだ。


(西の砂漠も、草原も攻略は失敗。北の山地も行方知らずと聞く。

 であるのにこの規模は、なんだ?)


男、東方龍騎と呼ばれる軍知の知識とそれらから産まれる

熟練の勘のような思考ですら、現状に対する仮説すら立てられない。


半ば使い捨てのように組まれる遠征軍。


それらが被害を受けるのはまだいい。


軍の遠征、戦いとは被害を受けるものだからだ。


だが、全滅同然の結果が伝えられているのに、

対策の会議すらろくになく次の遠征。


疑問を抱いて当然であろう。


「さ。珍しく天帝様がお呼びなんだ。遅れずに行こうじゃないか」


「そうだ……な」


気心の知れた間柄であるが故か、

そう言葉を発するときだけは不安を表情に浮かべたまま、

女は男の動きを促す。


男もまた、この先に不安はあれども

立ち止まるわけにはいかないことを思いなおしたのか、

建物へと歩みを進める。


途中、空を見上げれば快晴。


だが、この場所では魔力を込めずとも空は、黒みがかっていた。


黒い空。


それに疑問を抱かない建物の住人達。


まるで死者が蘇るように続く遠征。


その命を下し、黒い空の原因であろう力を発する、

建物の最奥にいる自身の主。


御簾越しでしか見たことのないその姿を思い浮かべながら

男は胸中でつぶやく。


(ああ……空が青くなれば私の心も青く晴れ渡るであろうに……)


それは今この場では叶わぬ願い。


しかし、幾度目かの冬が来る頃にはその願いがかなうことは、

男の知るところではなかった。





あと少し続きます。


軍知の呼び方は造語ですので

どこかとかぶったり、文字の組み合わせが変かもしれません。

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