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224-外伝「ある男女の光景」

人生の主役は本人、そんなお話。


舞台としては西方とオブリーンの境目ぐらいの

のどかなあたりです。


とある鍛冶師の1日。


朝靄が町を包む時間帯。


朝の早い仕事の面々は動き出しているが、

町が本格的に動き出すには少し早い頃。


町はずれの一角では煙突から煙が出ていた。


町に住む鍛冶職人の工房である。


鍛冶の朝も早い。


前日起こした火を絶やさないよう、

燃料である薪や専用の石を入れ、燃やし続ける必要があるからだ。


一度炉の火を落として冷えてしまうと全体の調子が悪くなり、

品質にムラが出ることを経験で職人は知っている。


火が落ちてしまっても駄目ではないが、そのままに越したことはないのだ。


本当は定期的に炉の周りも交換したいが、

そんなお金はなかなかないのが実情だ。


(とはいえ、この炉の火力だと限界もあるしなあ)


追加の薪を入れながら、今から参考にする本にあるような、

昔の英雄の中にいたという職人らなら関係がないのだろうか、と職人は思いをはせる。


ミスリルどころか、ハイミスリルやアダマンタイト、

果てはオリハルコンまで世間にあるような施設で扱ったという。


もし、今の彼らがそれを成そうと思えば、

巨大な、かつお金のかかる炉でなければまず前段階を満たせないという現実。


既にそれは鍛冶をある意味超えて、秘術と言える。


だが大なり小なり、鍛冶職人はその道に足を踏み出している。


持ち主の魔力を糧に、あるいは周囲の精霊に勝手に力を借りて

能力を発揮する一品、魔道具。


微々たるものから伝説級まで様々だが、

偶然ではなく、可能性としてある程度の確率で作れるとなれば、

その技術は職人の大きな財産だ。


「何々……通したい魔力をイメージして詠唱を行い、ハンマーを振るう、と」


最近彼が行っているのは本に記された属性武器用のインゴット作成だ。


まさに金を卵を産む鶏、と言える知識のはずだが

国やギルドは広まることこそ重要、と

一定の手数料は取るものの、自由に情報を入手できるようになっていた。


そのため、家伝の技術として魔道具が作ることが出来た

一部の職人らからは怨嗟の声も上がったが、

怪物に打ち勝つための力として魔道具は必須であり、

希少性を謳って価値を高めていた職人らは

逆に金儲けに走りすぎたという印象を受けることになる。


その職人たちをある意味救ったのは、

知識を得ても誰しもが作れるとは限らないということだった。


いま、職人が行っているのは魔道具作成のその前段階、インゴット作成。


その作業に必要な各鉱石が宿す属性を判定する機材も本に従い作り上げた。


怪物の能力確認にも使われる機材の1つらしいと聞いているが、

詳しくは知らない。


それでもこれまでは下手をしたらそこらの家と同じぐらいの

価値があった属性武器が手の届く値段になるのだから

使えるものは使わなくては、という感覚だ。


世の多くの職人にとって、そこまで至ることが出来ていないというのは

職人の知らないところであり、魔道具の希少性が落ちてきている、程度で済んでいる理由だった。


魔法のような効果を出すからには魔力か、

あるいは他の何かか。


世の職人たちの命題であった。



「おっちゃん、いるー?」


「なんだ、戻ってきていたか。随分遅いな」


3本分の長剣が打てそうなだけのインゴットを作り終え、

その記録をとっていた職人の背中に若い声が届く。


職人が振り返れば、全身薄汚れた状態の若い男。


少年から青年になりそうな、若々しさ。


ツンツンした短い赤い髪と笑顔から

軽快な印象を受ける冒険者であった。


泥が鎧についており、外からの帰りだということがすぐにわかる。


「ああ。夜に奇襲を、っていう作戦が成功してな、あっさりしたもんさ。

 魔法ってのはすげーな。野営も怖いからさ、なんとか帰ってきたよ」


言いながら、布袋に入った何かをカウンター脇の一段低い台座に置く。


果物の皮をむくかのように布袋をめくると、

そこに現れたのは痛んだ手入れのされていない様子の武具たち。


「随分とため込んでいたんだな。これは……人の手じゃないな」


「細かいことはわかんねーけどよ、アイツが持って行けっていうから」


その武具たちが人間によるものではなく、コボルトやゴブリンのような

亜人の怪物達の手によるものだと職人が見抜き、そのうちの1つを手に取る。


そんな職人に対して、あきらめたような口調で男は言い、

冒険者の彼が指さす先には、疲れているだろうに

その様子を表に出さないようにしたローブ姿の若者。


きりっとした顔立ちに、セミロングほどの髪。


ともすれば性別のわからない若者はいわゆる魔法使いの格好をしていた。


ローブによって体格は隠されているが、

魔法使いの例にもれず、やや貧相であろうということが見て取れる。


魔法を実戦レベルで使おうと思えば、よほどの才能がない限りは

知識の吸収と、瞑想や魔法の練習に費やすので

直接戦闘するような肉体づくりはなかなかできないのだ。


勿論、肉弾戦も魔法も両立させること自体は不可能ではないが、

才能の他、環境を整えられる財力が必要になるだろう。


逆に、そんな財力がある上で

魔法使いになろうという人間がどれだけいるかという問題もある。


努力の結果が必ず実るとも限らないのが魔法である。


それこそ、ゲームのプレイヤーのような

努力が確実に戻ってくるような物でなければなかなか難しいのだ。


「それを預けて宿に行こう。僕はもう限界だよ」


そんな魔法使いは、戦いの場所からここまで

男の代わりに怪物の素材などを抱えてきており、

予想外の重量に体力を大きく消耗しているようだった。


地面に置かれた大きめの布袋に、討伐部位や使えそうな革などが入っているのだろう。


それは成人男性が持つにしてもそれなりの重労働であろうことが

その大きさからも用意に想像できる。


「お、悪い悪い。そういうわけだからおっちゃん、買い取り前提で頼むわ」


男はそういってカウンターにある筆記用具を手にし、

さらさらと用紙に名前と量などを簡単に書き、預かり証とする。


「うむ。明日にでも来い。ああ、そういやそっちの分はできてる。

 おい、荷物持って先に宿にでも行ってろ」


職人は男の書いた紙に目を通すと、魔法使いの注文品が出来たことを伝え、

少々強引にだが先に宿に帰るように促す。


魔法使いの運んできた素材群を持つように言いつつ、だ。


冒険者の男は職人の言葉の違いに気が付かないまま、

わかった、と荷物を抱えて工房を出ていく。


「杖が出来ているというのは本当かい?」


先ほどまでの疲労に満ちた表情から一転、

期待のまなざしでカウンターに乗り出すようにする魔法使い。


その身長は高いとは言い難く、容姿と相まってより子供のような姿となっていることに

本人は気が付いているのかいないのか。


「ああ、出来てるぜ。持ってみな」


「うわぁ……」


出来上がったばかりの杖、先端に無属性ながら

魔力を集めやすい性質を持った水晶をはめ込んだ物を

嬉しそうに眺める魔法使い。


特別強くはないが、魔法の発動と威力を補助するこれも立派な魔道具である。


だが、本人以外が見たら、中には疑問を覚える人間もいるかもしれない。


杖が、どこかかわいらしく、彫り込んであるデザインも

勇猛な物ではなく、花などの物だということに。


「にしてもよ、アンタも大変だな。

 アイツ、全然気が付いてないんじゃないのか?」


「な、何がだい? 変なことを言わないでおくれよ」


職人の唐突な発言に慌てて杖を抱え込む魔法使い。


顔を赤くし、身を縮める様子はまるでお気に入りのぬいぐるみを

抱きかかえる少女のようですらあった。


「変なことじゃねえさ。よくみりゃ、すぐわかることよ。

 ちょっと短いだとか、使い方だけじゃねえ。ほれ、自分の手元をよく見てみろ」


「え? あっ」


職人が指摘した先、魔法使いの杖を持った手元には

手品のような光景があった。


杖に対して魔法使いの掌が食い込んでいるという光景。


「幻影だろ? 身分の高い王族なんかが使ってたことがあると聞いたことがある。

 問題はあくまでも幻影だから物を持ったり触られるとそうなる。

 それでちょっと男っぽくなってるってわけだ。そんな高い物を身につけてまで

 アイツのそばにいたいなんて健気なもんじゃないか」


「……健気なもんか。他の女の子がそばに寄り付かないように、

 男の格好までしてアイツに変な噂がつくぐらいベタベタして……。

 これだってたまたま町に出た時に掘り出し物でみつけたガラクタの1つだよ」


職人にとっては目視から計測した自分の作品が

使い勝手が悪いようではいけない、というだけのことだが

魔法使いにとってはそうではないようで、杖を握る手に力がこもる。


見た目は、握った拳に杖がそのまま刺さっているかのように見える。


つまり、見た目より小さい手に対して、幻影が一回りかぶさっているわけである。


そのまま首元のチョーカーの宝石に手をやり、何事かを魔法使いが

つぶやくと、職人の前で魔法使いの姿が変わる。


風船が少し縮んだかのように変わった姿は先ほどまでの

少年のようにも見えた姿から、明らかに少女となっていた。


「勝手に村を出ていくんだもん。女は一緒に連れていけない、とかいってさ。

 こうでもしないとついていけなかったからね」


切る癖がないから、といって伸ばしていたセミロングほどの髪も

今はボーイッシュな口調や仕草も、男についていくためであった。


うつむいた際に、そのウグイスのような緑色の髪がさらりと揺れる。


幻影とはいえ、あまりに本来とかけ離れた姿であれば

日常生活にも支障をきたす。


ゆえに、やや発育の悪い、さらに魔法使いゆえに鍛えていないという

設定を生かし、細身の少年、を演じてきたのだった。


それでも少女としての魔法使い、と少年としての魔法使い、では

同じ魔法使いでもどうしても違いは出る。


ゆえに、日々こっそりと男に隠れて特訓をし、

少年っぽいだけの力はつけるように努力をしているのだが彼女のほかに

それを知る人間は数少ない。


出来あがった少年としての偽りの姿。


そして、その姿のまま、男同士にしては接近し過ぎと言える関係を作り、

周囲に男の趣味を勘違いさせるという手を取ってきたのだ。


正確には、そうかもしれないという噂ででも近寄る異性が減るだろうという目論見だ。


「おまえさんの事情はわかった。とりあえず、少し削ろう。

 じゃないと持ちにくいだろう」


杖を少女から受け取り、手慣れた様子で職人は

杖の持ち手部分を工具で削っていく。


選び抜いたとはいえ木材だ。


専用の工具であれば削ることぐらいは容易なのである。


「おじさんは止めないの?」


「戦うことをか? 止めんよ。お前さんの人生だ。出来れば好きな相手と

 一緒に過ごすのがいいとは思うがの。今すぐ正体を明かして感情をぶつけるのが

 正しいかどうかなんてのは儂にはわからん」


そのまま、静かな時間が過ぎる。


ほどなく、調整された杖を手に魔法使いの少女は工房を出る。


がんばる、と言葉を残して。


そんな男女が、長く生きてくれることを願いながら、

職人は日々の生活に戻るのだった。


己の作る1つ1つが命の1つ1つをつなぐことを信じて。

女装する男の子は男の娘、じゃあ

男装する女の子ってなんていうんだっけ……と

書いてて思いつきませんでした。

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