222-「戻らないという選択-6」
「と、言うわけで自分だって機械じゃないのです。
わかっていただけましたか?」
「わ、わかった。よーくわかったよ」
疲れた声で応えながら、ファクトは自分を見下ろしている
戦女神の顔を下から見る。
最初は両方とも立っていたのだが、
途中からさらに怒り出した戦女神はファクトを座らせたからだ。
と言っても椅子も無く、怒っている状況でさせる座り方と言えば正座であった。
体感で何時間か経ったような気もするファクトだが、
足がしびれた様子もない。
この時ばかりはステータスにより強化された自分自身の
強さという物を恨めしいと思うファクト。
実際、痛みなどがないわけではないが、限界が遠いというだけなのだから
苦痛が長引くだけということも出来るだろう。
理不尽には感じながらも、戦女神が本人の言うように、
自意識がちゃんとあるのであれば衆目で下着姿に
させられたようなものなので怒るのも多少は仕方ないか、とファクトは思っていた。
何より、人間の思考を超えた先にある、何かしらの超常的な
存在だと思っていた相手が自分の理解できる言動をしていることに
色々と思うところがあったのも確かだった。
「外のことなら心配しなくても良いでしょう。ここは外とは違いますから」
そんなことを考えて少しぼんやりしていたファクトを
どう思ったのか、戦女神はそう言って指を打ち鳴らす。
「ん? うおっ」
驚くファクトが姿勢を崩す中、周囲がわずかに光ったかと思うと
シンプルな木目の椅子とテーブルが現れた。
音も無く絨毯のような物も地面に現れ、
壁紙のファンタジー具合を除けば、物がない新築のリビング、
といった姿が瞬く間に現れたのであった。
「お座りなさい。話を聞きましょう」
(ようやく、本題だ)
わずかに疲労し、違和感のある足をもみながらファクトは現れた椅子に座り、
対面の椅子に座る戦女神のほうを向く。
整った容姿と芸術的な壁画から抜け出たような
幻想的な雰囲気の戦女神は、椅子に座っているだけでも
何か意味のあるシーンであるかのようにファクトに印象付ける。
いつの間にか乾いていた口を開くべく、
気合を入れなおしてファクトは力を込めた。
「改めて、この世界への過干渉をやめる……のが無理なら、せめて控えてほしい」
元々、音の出るような物がないために静かだった空間が
より一層静寂に包まれる。
ファクトは今なら自分の鼓動が耳で聞こえそうな気さえした。
そんな中、わずかな金属音。
戦乙女が動き、その身に帯びた装飾品が立てた音だった。
鑑定するまでも無く、ユニーク品だとわかるだろうその装備に
気をとられる前に、その主の口が開く。
「なかなか難しいですね。出来ないとは言いませんが、
あの子にとっては子のことを親が気にするなというに等しいでしょうから」
「やはり、女神や天使は創造主側の設定か……。黒の王にとっては設定通り、
人間の苦労や滅びが存在意義であり、行動原理ゆえに今はゲームバランスに気を使うことなく、
精霊を飲み込みながらその手を広げている。こっちはこっちで……ということだろう?」
あの子、と呼ぶことに疑問を抱きながらも、
1つ1つ解決させていくべくファクトは言葉を選び、
戦女神はその言葉に頷いた。
「大体はその形ですが1つ、大きく違うのは貴方がモンスターと呼ぶ相手も
黒の王にとっては敵対者であり、あの子にとっては気にする相手だということです」
そう言われ、ファクトはこれまでの状況を思い出す。
黒い、精霊の力を失わせるような怪物たちと、
そうではない通常の怪物たちの違い。
どちらかだけの時もあれば、入り混じった時もあった。
「仮に、知性、知能のある存在がいわゆる人間だけであれば世界は今の姿にありません。
この世界にはモンスターもあってこそ、なのですから」
ファクトはその戦女神の言葉に頷く。
日々、怪物の犠牲になる人間や命、その怪物らの行為を肯定するというとこではない。
それらも込みでこの世界は回っているし、それが自然だということである。
戦女神の言うように、そうであるようにこの世界は成り立ってきたのだから。
「俺達のせいだろうか?」
だからこそ、ファクトは自分のような異分子と言えそうな、
強い影響力を持つ存在がいなければ世界は静かだっただろうか、と自問もしていた。
過去にいたであろう元プレイヤーらも含めて、
普通ではない存在がいたから黒の王は活発になったのだろうか、と。
だが、戦女神は首を横に振る。
「私たちにとってはそう変わらないけれども、人間にとっては何百年か違ったぐらいでしょうか。
もともと、そういう話なのですからいつかは黒の王は動いたでしょう。
逆に言えば、人間側に手札を用意できる分、ちょうどよかったのかもしれません」
戦女神はそこで言葉を切り、考えるような表情になって再び口を開く。
さらりと、長めの髪が揺れて先端はテーブルの上を踊る。
「その上で、ファクト……でしたね。貴方は飼育ケースの中の動物にとって、
何がよくて何が悪いか、力加減はどうしたらいいのか、わかりますか?
しかも、動物たちは毎日性質を変化させます。何が得意か、何が苦手か。
何をしたいか、したくないか。さあ、どうですか?」
唐突な問いかけ。
ファクトはその謎めいた問いかけを聞き、答えは別として
戦女神が何を言いたいのかをおおよそ、把握する。
女神、そして戦女神とほぼイコールである天使にとって、
人間を含めたこの世界というのは飼育ケースであり、箱庭なのだと。
さらにいえば、ゲームマスターや管理者で見る
ゲームサーバーなのであると。
駒扱いであるというそのことにファクトは怒りを覚えたりはしない。
無数の命を感じることが出来、それを管理するとなれば
そのぐらいにならなければやれないだろうと。
だからこそ、深呼吸をするように深く息を吐き、うつむき気味になる。
そううまくはいかないか、と。
「なるほど。そりゃあ厳しい。大体はこのほうがいいかな、こうだろうな、
と把握するのが精いっぱいだろう」
「そうです。ですから過干渉するな、と言われればその加減はわかりません。
いっそのこと、寿命を10倍にでもしましょうか。長く生きられればその分、難事に抵抗できます。
あるいは加減がわからないので無干渉にしましょうか。
そうするとスキルや魔法がどこまで使えるかどうか怪しくなりますが……」
戦女神の指が鳴り、瞬きの間に両者の前に湯気を立てるティーセットが現れる。
見る限りは普通のストレートティー。
ファクトは遠慮することなく、そのカップを手に取り中身を口にする。
(ああ、紅茶だな。しかし……)
陳腐だが、これまでに飲んだことのないおいしさを感じる、と
ファクトは思いながらそれを飲み干す。
「中身がおかしいかもとは思わないのですか?」
「無いだろう? GM権限を持ってる側が、
違反行為をしていないプレイヤーを罰することはできない。
実際にGM権限そのものかは別として、だからこそこの部屋に最初からは呼べなかったんだろう?
無理やりハラスメント行為として呼んだぐらいなんだからさ」
驚いた様子の戦女神に、随分と人間臭いな、と
感想を持ちながらカラになったカップを置き、
周囲を見渡してファクトは言う。
「その通りなのですが面と向かって言われるとどこか怒りたくなるのはなんなんでしょうね」
「それは勘弁してくれ。俺だってこうでもしないと現実味がなさすぎるんだ」
一度は火の消えた炭に再び、厄介な火が付きそうな気配に
慌ててファクトは火消しにかかり、ため息をついて椅子に座りなおす。
「ここにいる以上、出来れば頑張って生き抜きたいがそのためには……」
「例えばクエストを同時に発生させて忙しくなるような真似は控えてほしい、と?」
「それが正解なのかは正直、わからない。きっと今の人間の中にも
最終的にはプレイヤークラスになれたりする奴がいるだろうしな。
だけど、今はレイドボスを倒せるような戦力はどこにもない。
日常はともかく、定住しないドラゴンのクエストが出た日には国が亡ぶ。
いや、でもそれも込みが世界か。くそっ、まとまらないな」
言いながら、自分の具体的な例は無くしてしまえば
世の中からゴブリンを消滅させてください、ということと
同じ話だということに気が付いてしまうファクト。
そのまま悩み、言葉に迷う。
そんなファクトを見て、静かな動作で戦女神は立ち上がり、
その手を横に振る。
壁がスクリーンのように何かを写し始めるのを
ファクトが呆然と見る中、戦女神はその表情を真剣な物にしてファクトを見る。
背後ではスクリーンのような場所に無数に空を舞う光が映っている。
「これは今の精霊と、貴方の時代の精霊たちです。区別はつきませんよね?
昔も、今も精霊は同じ。善悪は無く、求められるままに力を貸す。
確かに私やあの子らの力は加減が難しく、調整しにくいものですが、
まだ扱いやすい部類の力を貴方は知っているはず」
「精霊の、古の意思……ここにもいるのか?」
戦女神は答えず、スクリーンもどきを解除し、姿勢を正す。
じっと自分を見るその姿に、自然とファクトも立ち上がり、向かい合うことになる。
「古の意志の力を借り、世に精霊が増えれば、自然と貴方の考える世界に近づくでしょう。
でもそのためには貴方が真にこの世界の住人にならなければいけません。
しかし……」
「いいさ。戻りつもりはない、というより俺は戻れるような存在じゃない。
そうだろう?」
古の意志の力を借りるための手段が
ファクトにとってある種、大きな負担となることを戦女神は知っていた。
それをファクトは直接は知らない。
だが、大きくスキルを使う度、正確にはマテリアルドライブを
発動させた際に感じた物、知った物、それらはファクトに教えてくれていた。
自分自身が、地球にいたであろう本人とは
同じように見えて違う存在であることを。
「俺は俺ってことでいい。一緒に過ごしたい相手も出来たことだしな」
戦女神にそう言い切るファクトの表情は、すがすがしい物だった。




