221-「戻らないという選択-5」
その戦いは内情では大盤振る舞いという言葉が良く似合っていた。
少なくとも、戦っている当人にとってはそうなのだが
外から見る限りでは物語の戦いのようであったと目撃者たちは後に記していた。
見守るシンシアやアルスらの瞳の先で、
ファクトと戦女神の戦いは続いていた。
音が後から追って来そうな勢いで繰り出される
槍という名前の脅威を、ファクトは自らの体からそらしていく。
時に直接回避し、時には器用に手にした剣で軌道をそらす。
ファクトが手にした剣は徹底的に耐久を重視した
破損無効、の能力が付いた物。
神話などをモチーフにしたものではない、
ゲームオリジナル名称の長剣。
近い物では以前、モンスターとの大規模戦で使用した物の上位版となる。
性能としては突出したものがないため、
素材集めなどの長期戦でのみ使われていた一振り。
短期決戦が向いているはずのこの戦いにおいて、
ファクトが選んだ武器はこの長剣であった。
理由は単純で、そうでもないとそもそも破壊されそうな予感がしたからであった。
「1つ1つが……重いっ!」
思わずそう口にして自分を叱咤し、虚空のアイテムメニューから
視線だけでポーション類の1つを実行、使用する。
目撃者に驚かれない様、手に実体化して使用するというような
余裕はどこにもなく、ゲーム時代の本気モードである。
『戦闘職の構成ではないはずなのに良く避けますね』
わずかな水分補給の感覚と共に加速する動きで、
獰猛な獣の一撃のように迫る槍の一撃をぎりぎりのところで回避するファクト。
横に振り払うでもなく、瞬きの間に槍を引きもどしていた戦乙女は
ぞっとするほどの冷静な瞳のまま、ファクトの顔付近へと
掬い上げるような突き上げを繰り出す。
「っ!」
鍛えられた動体視力と反応速度でもって体をひねり、
その突きを避けるファクトはその動きを利用して
無言で近接攻撃用のスキルを相手に実行する。
回転する勢いをそのままたたきつける、
初級の自分を範囲とした範囲攻撃だ。
全ての近接武器で使える、ドライブ・インパクト。
敵味方の判定は一切しないため、ソロでないと使いにくいうえ、
障害物があると発動が止まるある意味、初心者泣かせのスキルだが
今は発動を邪魔する物は何もない。
一瞬のうちに使ったSTR上昇ポーションの効果で
モンスター相手であれば無視できないレベルのダメージが出るはずだが、
戦乙女は避けずにその鎧の腹部分で攻撃を受け止める。
ファクトの攻撃では倒れないという確固たる自信があるのだろう。
事実、鎧にはわずかに傷をつけただけに終わってしまうファクトの反撃。
「職人にだって、いや……プレイヤーの意地さ、くだらないかもしれないけどな!」
そうつぶやくファクトの体はわずかにだが発光している。
能力上昇効果のあるポーションをストックを使いつぶす勢いで
使い続けているのだ。
ゲームでは、大抵の場合こういったバフ用のポーションには
長くない効果時間、そして相応の再使用時間が設定されている。
例えば、長い、数多い戦いを必要とするネットゲームでは
効果時間が1分、再使用には何分と言われると効果にもよるが短い、
いざと言う時だな、という印象を持つことも多いだろう。
ではその再使用制限がないとなればどうだろうか。
戦いが何十分、何時間と続くというのは集団戦でなければ恐らく、なかなかない。
何かしら怪我をしてしまうなり、疲労からすぐにバランスが崩れるからである。
そんな戦いの中で、程度は様々でも自分の力を
上昇させることが出来るというのは、大きなポイントであり、
実力差を埋める貴重な一手でもあった。
『別に負けても怪我はしませんよ?』
「冗談っ!」
ファクトも戦女神に手加減されていることはわかっている。
どう考えても相手は一線級のプレイヤーを何人も集めて
相手をするような力だと、少し戦っただけでもわかるレベルなのだ。
それでも回避し、受け流し、生き残っているのは
相手の手加減と、原価を考えたら悲鳴が出そうなほどの
バフアイテムの多重使用にあった。
(それでも後どれぐらいか……)
また1つ、消耗品としては高価なバフアイテムを複数同時に使用し、
自身のステータスを跳ね上げてファクトは戦乙女と対峙する。
ゲームのような戦力を用意できない現状において、
同じ状況、同じ願いを願うチャンスが早々来るとはファクトも思っていない。
戦乙女がまだチャンスはある、などと言わないのもその証拠だろうとも。
だからこそ、このチャンスをただ敗北で逃すわけにはいかないのだった。
『セラフィック……ブレス』
「パニッシャー・ウォール!」
情報でだけ知っている、聖属性の付いた前方範囲攻撃を
こちらも範囲攻撃スキルをアイテムの力を借りてだが
連続していくつも発動することで軽減、相殺するファクト。
余波がオブジェクトとして2人の周囲にある建物等へと迫り、
それらを砕いていくあたりに威力が証明されている。
ファクトは確かにまともに戦えば世界にいるドラゴンや
そのあたりを相手にすると無傷で生き抜くのは難しく、
命の危険がある。
後先を考えない、目の前の戦いを勝つための戦い。
そんな戦い方でなんとか……といった様子であった。
それは見学している面々に戦乙女の強さを感じさせるのに十分であり、
生き残っているファクトの異常性を表すものでもあった。
例えば、多くのゲームにおいて強くなったキャラクター、
あるいはプレイヤーはそれまでも敵に対して、
圧倒的ともいえる実力差を持つことになる。
死闘を繰り広げたはずのモンスターすら、
放置していても倒れることはない、といったような……。
その差を自覚することはあまりないのも確か。
わざわざ前に戦った場所に戻って、
利益も無いのに敵を倒すといったことでもしなければ
感じることも少ないだろう。
ファクトにとって、戦闘職ではなく、
ボス相手には勝てない相手も多いというのも事実だが、
逆に、ボス格でなければ勝てない相手もほぼいないというのも事実。
バフアイテムを遠慮なく使い、目的を持って
生き残ろうとしているファクトの戦いは、
種を知らずに見ると驚愕の一言であった。
限定的な高次元の戦いはそれから10分以上続いた。
1対1の戦いとしては短くない時間の末、
ファクトは1つの決断をする。
切り札をきるべきだと。
実際には仕掛けがそろっておらず、切り札になるんじゃないか、
というレベルの物だが手段も選んでいられない状況であった。
『十分戦ってもらいましたね』
「だが、合格の声はもらっていない」
称賛すら混じる戦乙女の声にファクトは首を振り、
意識を集中させ、アイテムボックスからいくつかの球状のアイテムを取り出す。
2人の間に投げつけられたそれは……。
『煙幕? 今さらなことを……貴方の攻撃では私には……!?』
その時、この戦いで初めて戦乙女の声に驚きが混じる。
視覚だけではない戦乙女の探知にひっかかるファクトの反応が分裂し、増え始めたのだ。
ただの煙幕ではなく、逃走用に使われる魔力なども探知を妨害する
専用の煙がわずかながらも戦乙女に影響を与え、
分裂した明らかな分身と本体の区別をつかなくさせる。
発せられるプレッシャーにか戦乙女の周囲にはわずかに元の空間が広がっている。
ノイズが走り、点滅するような反応らが戦乙女に次々と迫ると、
水に飛び込んできたかのように、煙から人影が飛び出てくる。
『人形!?』
戦乙女がそう評するのも無理はない。
確かにファクトの姿をしているが、明らかに人形とわかる姿の異形が
いくつも煙を突き破り、滑稽なようにそこだけリアルに
長剣を持ち、突進してくるのだ。
慌てて迎撃を行う戦乙女だが、見た目は変でも
中身はそうではないようで、多くが女神の迎撃をかいくぐり、
正確にはダメージになる攻撃を回避せずに一撃を与えようと迫り、成功する。
トラックの荷台に積まれた金属部品が全て地面に落下したかのように、
耳をふさぎたくなるような無数の金属音が周囲に響き渡った。
「イタタタ……ファクト……よね」
「うん。きっとそうだよ」
外で見守るキャニーたちにもその音は響き、
全員が顔をしかめる。
突然の煙幕、そしてこの音であり、
ファクトと戦乙女の戦いは不明。
心配になるのも当然だった。
キャニーらが不安な気持ちのままでフィールドの中を見つめる中、
段々とその煙がどこかに消えていく。
後に残るのはフィールドのオブジェクトたちと、
2つの影。
少なくとも、ファクトが倒れこんでいないことに気が付き、
安堵の声を漏らす面々。
戦乙女の構える槍に向けて、全力で振りぬいたのであろう
長剣がわずかにめり込んでいるのがわかる。
「あ、鎧が?」
兵士の1人が呆然と呟いた先では、
音も無く戦乙女の鎧に無数の傷、ヒビが入ったかと思うと
皆の見守る中で崩れ落ちた。
冷静な瞳のまま、槍を構える戦乙女は
その象徴の1つである豪華な鎧を失い、
タイツのようなインナーだけのようになりながらも気配を弱めることはなかった。
だが、ふいに槍を引き、バックステップで間合いを取ったかと思うと
槍を地面に突き刺し、腕を組んだ。
『話を、伺いましょう』
そう聞こえたかと思うと、まばゆい光の後、
戦乙女とファクト、そして戦いの場であったフィールドは掻き消える。
「え?……戻ってくる……よね?」
「信じるしかないのでしょうね。幸いにもここには怪物は出てこないようです。
どのぐらいかかるかはわかりませんが、待つことも大事なのでしょう、きっと」
不安に声の震えるキャニーに、
優しくシンシアは声をかけ、
荷物の中から毛布を取り出して座り込む。
「次の戦いに備えて休みのも大事、か。そういうことだよね」
つぶやき、アルスも自身の戦いを振り返るように
座り込んでシンシアと同じようにファクトの戻ることを、その場で待つことに決めたのであった。
『私にも羞恥心という物が皆無というわけではないのです。
なのにわざわざ鎧だけを狙うとは、趣味ですか? 趣味なんですよね?』
「転移させられたと思ったらこれか!? というより、キャラ違うだろう!?」
転移先でファクトを待っていたのは
厳かな雰囲気の戦女神や天使……ではなく、
会議室のようなシンプルな小部屋で
怒った様子で椅子に座る戦乙女……であった。
まるで人間のように怒りを表す戦乙女に驚きながら、
ファクトは周囲を見渡してふと、気が付く。
(あれ、どこかで見たいわゆるGM部屋じゃないのか、これ?)
ファクト自身は入ったことがないが、
問題行為をしたプレイヤーがゲーム内部で強制的に
転移させられたという話の部屋に似ている気がしたのだった。
部屋のつくり自体はどこにでもありそうなものだが、
壁紙だけはゲーム特有の紋様や文字列が躍っているのが印象的だった記憶があった。
『聞いてるんですか?』
「あー……その、どうしたらいいんだ?」
目的から離れて行っているような気もしながらも、
そうしてファクトは目の前の問題の対処に走るのだった。
懐かしき最終幻想で言うと英雄の薬、を連続使用してるような感じです。
赤字も赤字ですが気にしてはきっと、戦いにならない!