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220-「戻らないという選択-4」

物事には対価が必要である。


ひどく単純なこの理屈だが、

それに対して適切なラインを選ぶことが出来る人間はどれだけいることだろうか。


あともう少しは行ける。


そう考えて、多くの人間が確率に賭け、後悔する。


やり直しの効かないことが多い現実ですら、

人はその過ちを繰り返してしまう。


であるならば、ある程度やり直しの効く仮想現実において、

欲望を抑え、選び抜ける人間はどれだけいるだろうか。





「青空……?」


「おい、見てみろ」


謎の光が収まった後、ファクトらは抜けるような青空の下にいた。


吸い込まれそうな青空を見上げ、呆然とする冒険者がいたかと思えば、

別の冒険者は後ろを振り返ると、

遥か彼方にまで雲が、そして空が広がっているのを見て取り震えた。


視線を正面に戻せばそこはまっさらな地面。


ファクトらの正面には、野球場ほどの平たい地面が広がっていた。


太陽の光を浴びて、純白にすら見えるほど白く染まっている。


熱したナイフでバターを切り取ったようなまっさらな地面だ。


豆粒1つが転がっていてもわかりそうなほどの滑らかなその姿は異様だった。


振り返ると、断崖絶壁。


風は無いが、どこまでも落ちていきそうな高さに

下を見てしまった兵士の足が思わずすくむ。


そして雲が雲海として、どこまでも広がっている。


切り取られた絵画のような一角がそこにはあった。


闘技場のようにも思えるそれは、自然の偉大さを感じながらも

何者かの意志を強く感じる場所であった。


1つ言えるのは間違いなく、先ほどまでいた場所からはありえない光景だということ。


「何もない? いいえ、違うようですわね」


そんな場所に全員が転移させられた。


状況から感じるその超常的な状況に、

硬直するか、恐ろしさに震えるばかりの面々の中、

静かにシンシアは正面を見ながらつぶやいた。


一歩、踏み出した足元で硬い地面を踏みしめる音がする。


まるでお城のダンスホールのよう、と思いながらシンシアは数歩、前に出る。


その間もファクトは押し黙り、内心の驚愕を表に出さないようにするのが精いっぱいであった。


(おいおい……早くないか? 次は門番のゴーレム戦のはずだろう)


入場料である金銭の判定、そして一連のクエストの途中経過を処理する泉。


その先では1つ1つのクエストを達成し、霊山の頂上を目指す。


ファクトの知るMDでの霊山とはそういう物だった。


ゲームとは違う部分があるはず、とわかっていても

数段階もクエストを飛ばされたのでは驚くしかない。


ファクトの予想通りであれば、次は巨大な門を守護する

巨大なゴーレムが出迎えてくれるはずであったからだ。


もっとも、本来行うべきクエスト類は

戦闘向きのプレイヤーたちが何人もいなければ突破できないようなレベルだったため、

ファクトにとってありがたいと言えばありがたい出来事と言えた。


「シンシア、そこで止まってくれ。その先はもう、試験の領域のはずだ」


何かに誘われるように、ゆっくりと歩いていたシンシアの足が止まる。


ファクトの確信に満ちた声に従って、だ。


本来ならば王族がこのように声をかけられ、止まるなどということはあり得ず、

兵士たちも平常であればファクトを咎めるべきであった。


だが、声をかけられた当人が気にせずにいるのだから仕方がない。


シンシアはファクトに言われ、立ち止まったまま視線を下に向ける。


もう5歩も歩けばという距離に、ぼんやりとだが、光る線が走っていた。


左右に伸びるその線は、ゲーマーであれば慣れ親しんだ

フィールドの境界線。


ファクトにとってもそれはなじみのある懐かしい光景であった。


だが、それを知らない他の人間にとっては未知なる世界へと

導く不気味な道しるべのように思えた。


緊張のまま、ファクトと共にキャニーやミリー、

アルスとそのラインへと近づいていく面々。


そうして全員がライン際に立った時、声が響いた。


『よくぞ来ました。人の子よ』


それは実際に声として届いたのか、

それぞれの頭に直接響いたのか。


咄嗟には区別のつかないその声は明らかに女性の物であった。


どこから声がするのか、咄嗟にあちこちを見渡す兵士と冒険者。


そんな彼らに向けて数秒もしないうちに、上空から太陽とは違う光が降り注ぐ。


誰もが上を見上げるも、そのまぶしさに直視することはかなわない。


物理的な圧迫すら感じるような強い光。


押し寄せる波のように強弱をつけ、

何かが降りてくる。


(目的ドンピシャだが、色々すっ飛ばし過ぎだろう……)


上空から感じる、明らかに異質な気配。


ファクトはその正体に心当たりがありながらも、

ゲームでは味わうことのなかった種のプレッシャーに動きを止めざるを得なかった。


強敵に対する恐怖でもなく、

大自然を前にした感動でもなく。


純粋な、生命としての別存在への警戒というべきものであった。


「来たか……」


ファクトの視線の先に現れたのは女神でも天使でもなく、

少々肌の露出が多くないだろうか、と思わせる女性騎士。


見る者が見ればそれはいわゆる戦乙女を彷彿とさせる姿であり、

手には投擲に使えそうなバランスの槍を持っている。


だが、彼女は人間ではない。


説明されずとも、ファクト以外の面々にもすぐにそれがわかった。


目の前の存在が人間ではない、何か偉大なる存在だ、と。


だが、ファクトだけはある意味冷静だった。


目の前の戦乙女が、天使の擬似的な姿、いわゆるアバターであることを

いつかのイベントで見知っているからだった。


確かにファクトは元のゲームで女神や天使にまともに出会ったことがない。


だが、運営から提示された情報では彼女らは天使そのものであるとされていた。


記憶を共有しているのか、外見だけ違い同じ存在なのか。


それ自体はわからないが、記憶が確かならばもう少し先、

中ボスと素材集め、を突破した先で出会うはずだった相手なのだ。


この順番をショートカットしている事実に

警戒を強めるファクトだったが、正面から何かするにも難儀な相手だとわかっている。


その間にも声は響く。


『子供たちよ。必要あらば求めよ。乗り越えれば全て与えられん』


姿が見えることで声は強くなり、幻惑されるような感覚すら覚える中、

ファクトらの正面である平らな大地の一番奥へと音も無く舞い降りた。


その後、動き出す気配はない。


感情の感じられない瞳が、こちらだけを見つめている。


そんな姿と、呟かれた言葉少ない説明に、なんとなくだが全員が理解する。


ファクトの口にしたように、試験なのだと。


誰かが疑問を口に出す前に変化が生じる。


立ち並ぶそれぞれの前で、小さな光が地面を走った。


一畳ほどの大きさの魔法陣。


図ったようにそれぞれの前にそれが展開される。


光る文字の意味は誰にもわからないが、意図はわかる。


そこに立て、ということだと。


だが、当然のことながら誰もが躊躇し、動き出そうとはしない。


「望めば、何でも与えてくれる……はずだ。強い武器や防具、あるいは失われた術なんかもな。

 その分対価として厳しい戦いや覚悟を示すことになるらしい」


ぽつりと、呟かれたファクトの言葉に全員が彼のほうを向く。


その視線が気にならないように、真剣なまなざしでファクトは魔法陣を見つめる。


この魔法陣の先で行うことは、ゲームであるマテリアルドライブの中で、

全てのプレイヤーに衝撃を与えたと言っても過言ではないイベントだったからだ。


(人間は欲の生き物だというのが良くわかるイベントだよな)


楽しい思い出も、切ない思い出も色々とあるイベントだったとファクトは思い返す。


戦乙女が口にした、全て与えられん、という言葉は

少なくともゲームにおいては真実であった。


試験さえ乗り越えれば、膨大なお金であろうと、

サーバーに数えるほどしかないレア武具すら保障された。


公式の発言で運営側がそれを認めた以上、

可能だということがプレイヤーに示されたのだ。


実際に試験を乗り越えられたのは、時間と運があれば到達できる金額、

ランカーであれば持っているかもしれない、といったクラスの武具、

といったレベルを要求したプレイヤーまでではあったのも確かだが、

一回のイベントで得られるものとしては破格すぎる報酬と言えよう。


だが、上手い話にはなんとやらと言った物で、このイベントにも様々な制約がある。


まずは挑戦回数はアカウントにつき1回。


機器の都合で複数のアカウントが現実的ではないVRにおいて、

まさに一回きりということだ。


そして、失敗したら報酬はなし。


望む報酬に従い難易度は上昇し、逆に高望みしなければ

試験の内容、戦闘相手などはそこそこでとどまり、達成もしやすい。


無理せずにそこそこの報酬で終わるか、

可能性に賭けて一発を狙うのか。


失敗しても何か損をするわけではないのであれば、

多くが後者を狙うのもまた、良くある話であった。


攻略サイトには無理せず要求する方が絶対にいい、と結論は出ているにも関わらずだ。


「私が行きます。何かあったら……よろしく頼みます」


ファクトがそんな思い出に気を取られている間に、

兵士の一人が立候補してファクトが止める間もなく1歩を踏み出した。


デメリットが恐らくないと知っているファクトと違い、

彼らにとっては未知の、理解の外にある現象だ。


しかし、ここで踏み出さずに帰るという選択肢がないこともまた、事実。


誰が最初に挑戦するか、ということになるのは当然であった。


どこか達観した様子の兵士が魔法陣の上に立つと、その姿が掻き消えた。


慌てて周囲を誰もが見渡すと、彼らと光る2人の中間に兵士は現れる。


そして何もないはずの地面から岩が、木が伸びあがり

驚く間に岩と木々が点在する森の一角、といった風景が現れた。


なぜか半透明でファクトらからは中の様子が見える。


スクリーンで何かの中継を見ているかのような光景に

見守る面々の顔も驚愕のまま変化がない。


見守られる形の緊張した面持ちの兵士の前、20メートルほどの距離に光。


慌てて腰に下げた長剣を構える兵士の前に、

地面から延びるように現れたのは巨大なクマ。


腕が余分にある、といったことはないようだが

瞳には野生のそれと思わしき明確な意思が見て取れる。


このクマが本物か、あるいはどこかにいるクマを模した物なのか。


それを考える間に戦いは始まる。


獰猛ではあるが、どこか大振りなそのクマの動きに兵士は

必死の形相で回避を行い、隙を見つけては攻撃を繰り出していく。


兵士もどこかで理解していたのかもしれない。


この試験では増援が無い、と。


長く感じる戦闘の末、地面に倒れたのはクマのほうであった。


見守る兵士や冒険者から隠せない歓声が上がる中、

どこからか、ファンファーレのようなものが響いたかと思うと

木々や岩が消え、兵士が光に包まれて戻ってくる。


その手には、先ほどまでなかった金属的な何かがあった。


「それは、ガントレットですか?」


「そのようです。奇襲を受けた時に咄嗟に対応できるような

 技か防具があれば、と願っておりました」


問いかけるシンシアに、手にしたものが信じられないという面持で

兵士はその報酬、ガントレットを見せる。


ファクトは触らずとも、大体のその性能が予想できていた。


兵士が願った通り、パッシブスキルやその類で

自動的な防御を行う物だろう、と。


それが実際にガントレットとして防ぐのか、

何かバリアのようなものが出るかはわからないが、望んだ役目は果たすだろうと。


だが、欲というのはやはり恐ろしい物だ。


兵士のそれを見、次々と兵士と冒険者が魔法陣に飛び込んでいく。


テレビのチャンネルを切り替えるかのように、

次々と映し出される戦いたち。


「半々……かしらね」


「うーん、あれは強そう」


望むものに悩んでいるのか、アルスとシンシア、

そしてキャニーとミリーはファクトと共にまだ魔法陣に飛び込んではいなかった。


そして戻ってきた兵士や冒険者達で

試験を超えられたのは4割ほど。


その他は怪物に返り討ちにあっていたのだった。


「面目有りません」


「いいのですよ。失敗しても失う物はなかったのですから。

 最初は失敗したならば、命が無い物かと思っていましたが、

 そうでもないようです」


うなだれる兵士にやさしくシンシアは声をかけ、

アルスやファクトを見、頷く。


「参りましょう」


ファクトらは特別打ち合わせをしていたわけではないが、

一度に行こうという気分になぜかなっていた。


見守るほうが緊張してしまうから、というのもあったのかもしれない。


ファクトも1つの思いを胸に、魔法陣に立つ。


わずかな浮遊感と視界を埋め尽くす光。


ファクトは自身が転移するのを感じ、覚悟を決めるべく表情を改めた。





『何を願いますか、人の子よ』


足場のない、浮遊しているかのような空間。


どこからか降り注ぐ光のせいで周囲は明るい。


足のついていない、どこか落ち着かない場所で

ファクトはその言葉を聞きながら声の主を見る。


こちらも普段ならばありえない角度で浮いた状態の戦乙女。


その瞳には外で見たような無感情ではなく、

確かな感情が見て取れた。


「なんでもいいんだよな?」


『もちろん。その分の対価を貴方が示すことが出来れば、ですが』


ファクトの確認に、何をわかりきったことを、と

いった表情で戦乙女が呟き返す。


ファクトはそんな相手の姿に、また1つ覚悟を決めるのだった。


戦乙女、天使の同一存在であるこの相手が自意識のある意相手だという確証をもとに、だ。


深呼吸。


戦乙女から視線を外さず、ファクトは気持ちを落ち着け、考えを整える。


そして口を開き、1つ1つ言葉を紡ぐ。


「俺が求めるのは天使と女神の、この世界への過干渉の取りやめだ。

 人間は、エルフやドワーフもだが、みんな、自分たちで地面に立つべきだ。

 その先に苦労があるとしても……もう、縛るべきではないんじゃないか?」


懇願するような、ファクトの声。


それが産む沈黙が一秒だったのか、10秒だったのか、

あるいはもっと長かったのかはわからない。


戦乙女の答えの代わりに、周囲の景色が一変する。


浮遊していたような場所から先ほどまでいた平らな地面へ。


2人を取り囲むように立ち並ぶのは剣、槍、斧、様々な武具。


名剣のように輝くものから、粗末で錆びついたものまで、無数。


そして人工物と思われる建物の1部のような壁、窓、屋根。


芸術を感じさせる立派な物から、掘立小屋のような廃墟のような物まで。


どこからか、赤ん坊のような声と、生きる喜びに満ちた声、

寿命が尽きる前の死に際の声、あるいは命を失う羽目に合った悲しみの声が響く。


一言でいえば、それは歴史そのものであった。


人間が、亜人が、怪物が。


世界で生きて、残した物。


世界で発した声、感情、そういった物だった。


時間の流れが違ったのか、障壁のような壁の外には既に

キャニーやミリー、シンシアたちがいる。


全員が、ファクトを見つめていた。


『是非は問いません。何を持って対価となるか、考えは及びますか?』


怒気を含むでもなく、さげすむでもなく。


冷静な声で戦乙女は問いかける。


「いいや。だけど、ここでほかの物を望むのは何か、違うなと思った」


ファクトは今回の相手がこの戦乙女なのだろう、と考えていた。


流れからしても対戦相手が出てこなくてはいけないところだからだ。


日ごろシミュレートしていた、格上との戦いを思い出しながら、

足を少し開き、姿勢を整えるファクト。


『貴方でここにきた古き人の子は8人目。英雄になりたい、人の助けになりたい、

 と願った者はいましたが、この願いは初めてですね』


手にした槍を戦乙女が振りぬくと、

武骨だったその表面に細工師が彫り込んだような文様が浮かび上がる。


『勝て、とは言いません。全力で、生き抜いてください』


ファクトの願いが叶うのか否か。


それには答えぬまま、ファクトに向けて光が駆け抜けた。





例えばお金で100Gギガ欲しい!も可能性だけはあったようです。


難易度はその分お察しください、ですが。

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