218-「戻らないという選択-2」
説明しかしてない、いけない!
「まさに天まで伸びる……か」
朝靄の中、ファクトの小さな声がそのまま朝靄に溶ける。
視線の先には、雲なのか靄なのか区別のつかない
白い景色の中に見える山肌。
前を向いた状態では視界いっぱい、というべき状態で
その異様さは言葉にならない。
まるで天を目指す塔のように伸びあがり、
地球ではありえない姿がファクトの視界いっぱいに広がっていた。
(普通ならもっとなだらかなはずなんだがな……)
近くで見るとその山容は異常と言えた。
普通であれば、たとえ鋭く尖った山容、などと評されるとしても
ふもとに行くほどなだらかな部分が増えてくるだろう。
だが、この山─霊山はまるで子供が砂場で無理やり山を作ったかのように、
麓付近で急に平坦となっている。
デフォルメされた山というパーツをそこに置きました、と言わんばかりであった。
まっすぐ登ろうとするならば、登れなくはない角度ではあるが
かなり苦労しそうであることが登山の素人であるファクトにもすぐにわかる。
距離は増えるが、ある程度左右なり移動して
角度を調整していくしかないであろう。
何より一番不思議なことは、遠くからは普通の、大きいだけの山にしか見えないのだが
一定距離まで近づき、靄のような中を突き抜けると姿を
大きく変えた霊山が見える、ということだった。
ゲームではよくあるフィールドの移動であると、
ファクト自身は考えているが真実はわからない。
ただ、ここがエルフやドワーフの住むような、
普段とは別の場所であることは間違いないようであった。
多くの情報が、目の前の山がただの山ではないことを
ゲーム知識以上に、ファクトへと伝えて来ている。
「早いですね、ファクトさん」
声をかけながらファクトの横に立つのは少年。
離れている間に多くの戦いを切り抜けたのであろう。
以前のような子供、少年らしい空気から
若いながらも引き締まった気配を漂わせるに至ったアルスがそこにいた。
「準備は出来るだけした。後は挑むのみ、だからな。
そっちはどうだ。西方から強行軍だったんじゃないか?」
言いながら、ちらりと2人の背後にある天幕らを見るファクト。
そこにはキャニーやミリー、そしてオブリーンから同行している兵士、
加えてアルスたちと一緒についてきたという団体が一緒のはずであった。
ファクトがオブリーンから借り受けた、正確には
経験を積ませてやってほしいという依頼により同行している兵士達。
今回の目標である霊山はゲームでいうエンドコンテンツの1つにあたる。
無数のモンスター、膨大な探索領域。
数多くの危険とアイテム、リスクとリターンのるつぼである。
だがそれも中腹から、とファクトの知識ではなっていた。
全体的にドロップ率は低く、ゲームのインフレを防ぐために
特定素材がうじゃうじゃと出てくる、というようにはなっていない。
それでも通常のフィールド、ダンジョンではドロップするモンスターが
余りいないようなアイテムの持ち主も多くいる場所である。
探索可能な領域は非常に広く、
一説にはランダム生成されるのではないか?と噂されるほどであった。
ただ、ある程度はパターンの決まった内容であることが多く、
対策さえ知っていれば中腹までは順調に登れるはず……そんな場所なのだ。
勿論ゲームでは、だが。
そんなことは知らないオブリーンだったが、霊山が
普通ではないことは既にわかっており、そこでの経験は貴重だと考えていた。
かといって大軍を向けるわけにもいかず、
人員を割くべきかどうか悩んでいたところにファクトが
霊山に向かうという話が出、渡りに船というやつである。
ファクトも人手があるのはありがたいと考え、
道中に使う馬とともに引き受けた。
ゲームでの経験によるファクトしか知らないような転送門、柱、
疲労回復に回復アイテムを常用し、驚異的な速度で馬ごと霊山の麓へたどり着く。
そこにあった村でしばらく滞在の後、
アルス達が運よく合流することができたのだった。
この広い世界で、上手く合流できることそれ自体に
作為的な物を感じないでもないファクトだったが、
考えたところでどうしようもなく、不慮の事態に警戒する、にとどまる。
「そうですね……。ただ、シンシアに言われて結構前からこっちに来ていたんですよね。
途中であの人たちに出会ったのはきっと運が良かったんですよ」
腰と、背に1本ずつの剣を装備したアルスは
背中に背負った側の長剣以上、両手剣未満といった様子の剣を鞘ごと撫でる。
グリフォンや転送門の位置などの分、ファクトのほうが長距離を
移動していくのにチート的な分、アルスたちは
この場所に向け、前から動く必要があった。
西方諸国で同行者の目的を達成し、
フリーとなったアルスはシンシアの予言のような言葉に従い、
すぐさまこの土地へと向かっていたのだった。
具体的な理由はなく、そこに向かうといいらしいという、
シンシアの言葉に盲目的に、というと聞こえが悪い姿ではあったが。
アルス自身も自らから湧き上がる何かが、その方角に感じるものがあったため、
細かいことは考えずに突き進んできたのが実情であった。
ついてきた同行者2人、そして道中で出会った精霊銀を持った冒険者らが
2人の旅のお供である。
同行者2人は恩義のため、冒険者らは噂の霊山を元々目指していたという偶然もあり、
同じ場所に会することとなったのだった。
「だいぶ使い込んでいるみたいだな。新しいのを用意しようか?」
鞘にすら、あちこちでつけたのであろう細かい傷を見て取り、
ファクトはそう提案するがアルスは首を横に振る。
「今のところ、不足を感じないのでたぶん大丈夫です。
なんでしょうね、一緒に成長している……そんな気もします。
単に馴染んできたんでしょうけど」
ちゃんとしたお店ではなく、市場で偶然買ったのだ、
とアルスは笑い、ふと、気を引き締めるように表情を改める。
「ここは何か違いますね。不思議な場所、で片づけるには妙です」
そういってアルスが見るのは霊山……ではなく滞在している村。
「ああ……。独特だな」
朝靄に包まれる光景。
ここは霊山の麓にある村である。
森に溶け込むような、といったことはないものの
活気があるとは言い難い素朴な田舎の村、といった様子の場所。
そこの住人はとある目的のために
ほとんどの場合、村近辺で一生を過ごすという。
時折外に出てもそれは生活のためであり、
そのうち村に戻ってくるのだ、とファクトは聞いていた。
村の目的とは、受け継がれた守り人としての役目。
霊山を守る、そんな目的だという。
といっても不用意に近づくなというレベルのようであった。
実際、霊山に現れる怪物は村人の手に負えるような物ではなく、
かといって山から怪物が出てくることも無い。
つまり、わざわざ飛び込まなければ安全な場所、なのだ。
女神、天使を信じる霊山の麓。
ゆえに精霊への信仰も厚く、教会もしっかりとある。
祈りを欠かさず、日々を過ごす村人たち。
老人に話を聞くと先祖代々、ほぼ同じ生活だという。
霊山を敬い、恵みをいただく。
静かな、ある意味平和な暮らし。
そこにファクトは違和感を覚えた。
決まったルールしかないゲーム世界でならともかく、
自らの意志で生活できるはずのこの世界において、
田舎とはいえ、そんなに長くとどまれるものだろうか、と。
そして、話が本当なら彼らの生活は1000年以上
続いていると考えていた。
彼らの暮らし、日々の祈りの中で使われる言葉。
教会にある偶像としての女神像。
それらを見た時、違和感は確信へと変わる。
何かが、あると。
まるで外から進化や気持ちの向きを制限され、
新しい変化を封印されているかのような、そんな感覚。
何より、ゲームの時に聞いたシナリオと同じ過ぎるのだった。
エルフはある日まで、自らが最初からそこにある存在であり、
生き方も決められていたことを悟ることが出来た。
ドワーフも無意識に気が付いており、そのほかの亜人や
他種族らも自覚のあるなしは別として、
今はこの世界に自由に生きている。
真に特定の場所から出られない、生きられない、
という存在はもういないはずであった。
だが、この村はそうではなかった。
霊山をめぐるゲームシナリオのイベント起点としてのNPCの役目に
囚われているのではないか、とファクトは感じていた。
しかし、ファクトがそれを打ち明ける相手はいない。
誰が信じるだろうか。
自分の生きざまが誰かに決められているなど。
このまま外に連れ出そうとしても言いようのない恐怖の感覚とともに、
出たくない様に気分が変わる理由は世界そのものなのだ、などと。
その事実に押し黙ったままのファクトだったが
実は村はそれどころではなかった。
静かな村にそこに降ってわいたような武装した集団。
これまでも冒険者やその類がやってきたことはあったが、
この人数は初めてのことであった。
ファクトの見ることが出来るメニュー画面では
まもなく7時になろうかという頃。
景色を見るファクトとアルスの前で、
靄に包まれていた村、山がその様子を一変させていく。
村を覆っていた靄は空調をつけたかのように消え去り、
それは霊山にも波及していく。
といっても全てではなく、ある程度までであったが
山肌がクリアになってきたのであった。
同時に空の雲も山を覆う物以外無くなり、
朝日が一斉に付近を照らし出す。
どこからか鳥の声も聞こえ始め、この土地に決まった形の朝が来たことを示していた。
「アルス、半刻後に出る。皆を起こして出発の準備だ」
「わかりました。行きましょう」
靄と雲の向こうに何があるのか。
各々の胸に抱える想像が正しいのかどうかは、
かつてゲーム内で登ったことのあるファクトにすら、今はわからなかった。
「○○へようこそ!」って
ずっと言い続けることに苦痛を感じない門番とか
リアルに考えると恐怖。