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215-「機械仕掛けの神様-5」

ファクトのそばにいるキャニーとミリー、姉妹は冒険者である。


冒険者という明確な職業があるわけではない世の中だが、

冒険者、と名乗って正しく依頼を受けている限り

その扱いはその他の冒険者と変わらない。


2人とも特に家名のあるわけでもない一般の人間だが、

同郷という存在はほとんどいない。


そんな姉妹の故郷は裕福ではなかった。


今、地図を見ても場所を指し示すのが難しいレベルの、

外に出ていくことの少ないとある田舎。


行商が時折やってくる、開拓村の1つ。


苦労の日々だったが、かといって貧困というほどでもない居場所。


運悪く、姉妹の両親は早くに命を落としていた。


田舎ということは危険に遭遇する場合も多いということでもある。


単純な、その結果だった。


それでも助け合い、静かに生きていた姉妹。


だが、ある日その日常はもろくも崩れ去る。


燃える村、動かない知り合いたち。


さらわれた先で待ち構える過酷な日々。


だが、それも昔の話だ。


ファクトに出会い、今は自由の身。


無用な緊張とも解放された夜は何事にも代えがたい時間である。


草原を、山を、時には町を駆け抜ける2人。


色々あったが2人とも今は、ただの冒険者だ。


姉妹でいることの多い、見た目より強く、意外性のある冒険者という評価とともに。




「てい!」


甲高い、少女と言っても違和感のない掛け声とともに、

鋭い一撃が獣人、コボルトの胸元に吸い込まれるように突き刺さる。


『グ……』


コボルトのうめき声も途中で止まるほど、あっさりとしたもの。


瞬きほどの間に間合いを詰め、急所へと突き刺されたダガーの威力がうかがえる一撃だった。


「っと」


一撃を与えたために動きを止めたその少女、キャニーへと横合いから延びる刃。


仲間を殺されたことを理解した別のコボルトによる全力の振りおろしである。


だが風に凪ぐ草のように、ふんわりとした動きでキャニーはその攻撃を回避する。


その光景は見る者によって2つの結果に分かれていた。


1つはキャニーやそばにいるミリー同様、余裕を持ちつつも

あっさりと回避に成功したキャニー、という物だ。


もう1つは、コボルトらの目線によるもの。


そちらでは、キャニーにコボルトの攻撃が当たったかに見えたが、

すぐにまるで転移したかのように回避したキャニーの姿が映るという物。


襲い掛かったコボルトにとっては、キャニーに刃が届いたように見えたのだった。


結果は同じなのに、見え方が違うという不思議な出来事。


理由にはスキルがある。


現象自体は残像、である。


技術的なパリィや速度による残像ではなく、

魔力を使った魔法的な残像。


コボルトの目には、そこにまだキャニーがいるかのように感じられたのだ。


実際には数瞬前にそこを離れているはずなのにまだそこにいるかのように感じさせていた。


だがキャニーがスキル名を叫んだ様子はなく、

使った様子もない。


無意識に使っているスキル、ということであった。


一緒にいるミリーには影響がないため、2人ともその状況に気が付いていない。


所詮コボルトはこんなものか、といった感想を抱くぐらいであった。


キャニーのこのスキルは最近発動し始めたというわけではなく、

実のところかなり前から時折だが発動していた。


一番最初は兵士たちと模擬戦をしたころ。


フェイント、とキャニーは評していたが実際には

兵士らにとってはそれだけではなかった。


今コボルトが味わったように、細切れのようにキャニーが動くのだ。


対応しようとしてもなかなかできるものではない。


そして今、コボルトは2人にとって敵ではない。


実際、この残像を産むスキルが無くても余裕である。


段階を踏んだ鍛錬ではなく、比較対象も無いので自覚するのは難しいのであろうが、

2人はこれまでいくつもの戦いを乗り越えてきた。


数値的な物はファクトにすら見えないが、クエスト達成報酬のような

何かが2人の体に生じているのは間違いのないことであった。


結果、見た目の割に2人の強さは人のそれとしては非常に優れたものとなっていたのだ。


「後何匹ぐらいかしら」


「うーん、20ぐらい? 依頼書だと50ぐらいの群れだって書いてあったし」


密集した、とは決して言えない見晴らしの悪くない林。


そのちょっとした広場のような場所で、姉妹は背中合わせに立っていた。


周囲をコボルトに囲まれ、武器を突き付けられている状況で。


荒い呼吸と上下するコボルトの体。


それらの手にある物は手入れもろくにされていない錆びついた剣、槍。


いびつではあるが弓を構える個体もいる。


普通の冒険者にとっては油断できない、有体に言えばピンチという状況。


それでもなお、2人は余裕の表情であった。


はじけるように互いにコボルトの群れに向かい、走り出す。


手にするのは想い人の弟子だという職人が作った無銘の短剣。


駆け出した2人。


その光景を見ている冒険者がいれば驚きとともに、

称賛のまなざしを送ることだろう。


2人とも、手の中の短剣が振るわれるたび、

その後を追って何かがコボルトをさらに切り裂いているからだ。


──エコーエッジ


無属性の追撃を与える近接攻撃用スキル。


一定以上の速度、リズムで武器を使わなければ発動しないという

少し特殊なパッシブスキルであったが、

2人が意識して使っているという点で強力な物であった。


2人であるのに、同時に何人分もの短剣が切り裂いたかのように

コボルトは刻まれていき、全滅した。


キャニーの魔力的な残像、ファントムステップ同様、

エコーエッジの習得にはいくつかの習熟の段階と、いくつかのスキルが必要だが

キャニーもミリーもそれを省略している。


それが意味するところは1つ。


つまりはスキルツリーからの習得ではない、ということ。


イベント習得のような突発的な物だ。


実は2人のようなスキル取得者は多くはないが少なくない。


世に出回り始めた古代の手引書、という名目のファクト直筆のスキルツリーと

習得条件一覧、をもとに軍隊や冒険者の集団は訓練に日々、いそしんでいる。


ただ、人が集まれば1人や2人は無茶をする者や、

めんどくさがりな者がいるものである。


過程を飛ばして、目的のスキルだけ覚えてみたいな、という考えの人間である。


ほとんどは無駄に終わったが、成功例はゼロではなかった。


大きな街の冒険者達の中に数名といった確率で、

目的のスキルではなくても、何かが体に宿ってしまう人間がいた。


それは手引書にあるスキルである時もあれば、

本当にスキルなのか疑わしい結果を産むものもあった。


ただ、共通しているのは普通にやったら覚えられない特技と言えるものであり、

その当人を表すのに十分なインパクトを兼ね備えているということ。


岩を両断できる剣技、空に咲く魔法の花火。


馬のように大地を駆ける足。


見る間に野菜の育つ魔法の光。


それら常識では考えられない結果を生み出すスキルを持つ人間が

世界に活気を生み出していく。


確実なざわめきが世界に広がる中、

老人や文献をあさるタイプの人間の中にはこう感じる者たちが出てくる。


まるで昔の英雄のようだ、と。


以前の、盛り上がりの少ない結果の見える現実がほとんどの世界が平和だったのか。


今のような、敵も味方も謎のジョーカーを持っているような世界が平和なのか。


答えは見つからないが、その渦中にあるファクトが思うことが1つあった。


どんな世の中でも、宗教は劇薬だ、と。








(最近、教会の賑わいはすごいな)


弟子である2人の仕事を見学し、時に口を出した後の昼下がり。


町に出たファクトが目にするのは

一日の合間を縫うように教会に出向き、祈りをささげる人々の姿。


決して狂信者であるとか、異常を感じるような姿ではない。


だが、例によって比較的無神論者というより

特に特定の神様等を信仰していない出身のファクトにとっては

勤勉に働くサラリーマンのように

教会に出向く人々、というのはいまだに慣れない光景ではあった。


かといって否定する考えもファクトにはなかった。


内容自体、危険な物でもないことに加えて、

精霊銀というそれを活用した物を作っているのだから尚更だった。


敬虔なマテリアル教徒が増えるほど、

いざという時に精霊銀を介して多重のバフを

所有者に与えられる確率は高くなる。


それ自体は英雄を作り出すことに必要であり、

ある種舞台装置に必要な要素そのものでもあったのだ。


故に、時には教会によって多少の寄付をするぐらいのことがファクトにもある。


「信仰は神の糧……か」


ふと、思い浮かんだフレーズを口にして

ファクトは教会を出る。


視線の先には変哲のない景色、

遠くの山々が見える。


だがファクトが見ているのはその先にあるであろう霊山であった。


女神が、天使が住まうといわれる伝説の山。


その山の噂はどこでも聞ける。


曰く、神に会うために乗り越えなければいけない試練だ、と。


細かな部分は地方によって違うが、

大筋はこの一行に集約されていく。


かつてこの世界を勇者とともに駆け抜けた聖女も

その山に登ったという。


勇者、がその存在の割に目立たず、

聖女のほうが話として残っているあたり、

ファクトは聖女イコール元プレイヤー説を持論として持っていた。


残る伝承から、それは真実のように思えた。


そう考えると不思議なことがある。


まるでゲームの設定のように力を持つ聖女像たちのことである。


「ゲーム世界なら位置情報のセーブも出来そうな手ごたえだもんなあ……」


事実、レベルアップによるポイントの割り振りや

次のレベルへの経験具合などがわかる聖女像への祈りは

明確にそうとわからなくても教会において、

今まで少なかった偶像崇拝へも一役買っている。


女神、天使、聖女の並びの祈りの対象は

まるで最初からそう設計されているかのように自然で、

当たり前に人々の中に浸透していった。


ゲーム設定にない聖女という存在と、それが与える世界への影響。


そのことはファクトにとって、やはりこの世界が

ゲームそのままではないという実感を与えると同時に、

いつ自分がそのレールに組み込まれるかわかった物ではないという

恐怖を与える物でもあった。


自覚と自意識を持って、己の手によって未来をつかむ。


そんな当たり前のことが、意外と難しいのではないか。


そう、ファクトは考えてしまっていた。


この瞬間も女神や天使はこの世界を、人間達を笑顔で見守っているのだろうとファクトは思う。


だが、その笑顔は果たして……人間のためなのだろうか?


わからないまま、冬は過ぎていく。


女神たちの立ち位置は某ガンエデンさんみたいな。


味方ですよ、はい。


・アタックエコー

両手剣などでも使用可能。

2回攻撃状態。


・エコーエッジ

片手剣や短剣サイズ限定。

威力は低いがスキルレベルなど上昇で刃増加


といった棲み分けの感じです。

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