214-「機械仕掛けの神様-4」
増え続ける(ある意味での)犠牲者。
「う、動いてますよ?」
「そりゃあゴーレムだからな、動くさ」
太陽の力が寒さを和らげる時間帯。
それでも時折吹く風が発言の主たちの体温を奪う。
雪はまだ山の上などにしかないが、
毎日少しずつ、寒さが冬の季節を伝えてくるころ。
ファクトは動揺して言葉を漏らす少年、工房を預けている1人である
スコットの肩を景気づけのように叩く。
彼らのいる場所には視線の向かった先にいる相手は来ない。
それを確信しているが故の行動であった。
「ファクト、外にいるのはあの四体だけみたいよ。
奥の方にいるような気もするけど見えないからわからないわね」
「大きいのはあの中央のかな。あとは……ファクトくん2人ぐらい分かな」
草を踏む音を立てず、そうファクトに偵察の結果を報告するキャニーとミリー。
2人とも普段工房で身に着けているような衣服ではなく、
戦闘を意識した金属製の防具を装備している。
あまり目立たないよう、素材はありふれたものを使っているが
見る者が見ればその品質、性能は驚愕の一言であろう。
金属素材を主としながら、関節箇所などに
モンスター由来の革などを使うことで行動時の音を軽減、
道なき森や藪の中をつっきるといったことをしなければ
革鎧と大差ない状況を産み出している。
その上で防御性能は言うまでもないレベル。
いうなれば青銅の剣が鋼鉄の剣を両断するような話があってはならないようなものだ。
わずかな間ではあるが、ともに行動することでその性能の一端を垣間見た存在がいる。
「それで、依頼主としてはどうして欲しい?
現地で話を聞いてからの依頼辞退は可能って話だ。詳しく聞かせてほしいな」
それは姉妹の報告を耳にしてファクトへと問いかけた青年、
そして彼の仲間である冒険者数名であった。
「ああ。特に奥にたどり着きたい、とかそういうことじゃないんだ。
アレの残骸を出来るだけ多く手に入れたい」
ファクトが指さすのは、古びた庭園のような区画を
リズムよく歩き回る巨体、岩石でできたと思われる動く人形、ゴーレムだ。
「残骸を? あんなの動いていただけでただの岩じゃないのかい?」
「いや、スコッターズの師匠が欲しいっていうんだ、何かの材料になるんじゃないのか?」
変な話を聞いた、と魔法使いの女性は疑問を隠さずに口と表情に浮かべ、
その横でもう1人の冒険者の男が得物である両手斧を構えながら答えた。
世間的にはたまに遺跡に出現し、旨みの少ない怪物と評されるゴーレム。
町に滞在していた冒険者の中で、たまたまそれらを倒した経験が
他より多いという理由で彼らは依頼に応募し、ファクトが承諾した。
新しく発見された遺跡らしき場所に出現するゴーレム退治、
ただし現地での相談により内容の変動有。
その際の辞退は可能、前金は支払う。
変則的ではあるが、辞退をしてもそれなりに報酬が出るという点で
魅力的であり、彼らもそれを理由にこの依頼を受けようとしたのだった。
彼らが出会ったのは最近、良い武具を作ると噂のスコッターズ、
そしてその師匠だという男、ファクトであった。
そんな彼の欲しいという物だ。
ただの岩だろうと口にした魔法使いの女性も仲間の言葉に
すぐにその可能性に気が付き、無言でうなずいた。
「……ゴーレムはゴブリンたちと違う。きっと魔道具のような存在」
ぽつりと、姉妹とともに偵察に出ていた小柄な男、
まだ子供というべき年齢の少年は冷静な目つきのままつぶやき、
依頼主のファクト、そしてリーダーの青年を順番に見る。
「ということでいいのか?」
「ああ。良い仲間じゃないか」
仲間の言葉を引き継ぎ、ファクトへとある意味丸投げのように確認をとる青年。
彼の背負う武器は使い手の少ないハルバード。
まだ若いながら、これを使いこなすあたり
冒険者をしている身でありながらその前はそれなりにいい身分、
しかも使う機会のある立場だったことが予想されるが
ファクトも敢えてそれは口にしない。
冒険者に前歴は、依頼に影響が出るような犯罪歴でもなければ
構わないというのが一般的な話だ。
「ゴーレムは生き物じゃない。核に宿る魔法を使って
動いているんだ。だからその体には常に魔法が通っている」
「そうか! なんで気が付かなかったんだろう。アレは魔石の塊、そうなんだろう?」
ファクトの説明に、目を輝かせる魔法使い。
そんな彼女にファクトは頷き返すも表情は険しい。
「確かにそうなんだが、使い物になるのはわずかなんだ。元はやっぱりただの岩だからな」
険しい表情をファクトがするのにも理由がある。
確かにゴーレムは魔石、しかも多種の魔石をゲームではドロップする。
だがそれは出現箇所、ゴーレムの種類にも左右されるが
そもそもの基本確率がそう高くない。
ゲームでの行動でいえばプチレアに属するレベルで出る確率ではあるが、
命のやり取りも絡むこの世界で考えればそれは大量の土砂からダイヤの原石を採取する行為に等しい。
それでもスピキュールの鉱山などにわざわざ出向き、
魔石を採取するにしても属性は偏る。
自然の魔力で動き出し、あらゆる属性の可能性を秘めたゴーレム由来の魔石。
ゲームのような作戦が取れない環境では魔石を集める
有力な手段と言えるのかもしれない。
もっとも、それも表向きの理由でしかないことはファクトだけが知っている。
だが今は目の前のゴーレムだ。
「俺も多少は戦える。キャニーたちはスコットを守っててくれ。
いいかスコット、素材の買い出しや工房にいるだけが職人じゃない。
こうして現場を経験するのも、また名工への道なんだ」
「はい!」
留守番をかってでたもう1人の職人である少女の分までも
学び取ろうと、スコットは気合に満ちた表情をする。
そんな彼の表情を見、後日交代で少女、スコッティも同じことをすることは
黙っていることにしたファクトであった。
そうして冒険者にファクトを加えた一団はゴーレム退治へと向かう。
とはいえ、彼らに悲壮感は無い。
冒険者にとって、気配はないが油断さえしなければ勝てる相手だとわかっているということがあり、
ファクトにとっては負けるか勝つかではなく、ゴーレムが
一定の場所から出てこないことを知っているからであった。
別々の理由をもとに、当たり前のようにゴーレムの1匹へと近づき、
岩同士がこすれる音を立てて近寄ってくるゴーレムを
魔法と、鈍器としての武器たちが打ち砕いていく。
「やはり、このあたりでは脆いな」
「ああ。なんだっけな、火山のほうだと赤い燃えるような奴がでるらしいじゃないか」
核である場所に攻撃を受け、崩れ落ちたゴーレム。
その残骸を手にしながらファクトはつぶやき、
青年は周囲を警戒しながら思い出すように答える。
「あれか……アイツ相手じゃ下手な武器じゃ切りかかれないな。一発で溶けてしまう」
まるで見てきて相手をしたことがあるようなファクトの言葉に、
青年が疑問を浮かべる前に視界に影が現れる。
「来たよ。大物が」
威嚇するような表情をして、声を荒げた魔法使いの女性が
力強く詠唱を始める。
唱える魔法は火属性の一般的なファイヤーボール。
ゴーレム自体には多くの魔法が効くのだが、
単純に彼女が得意な魔法であるという理由で選ばれている。
世間一般の評価としては単純ゆえにその火力は信頼が置け、
爆風や延焼が怖くない状況では必ず使われるような魔法でもある。
「行きな! ファイヤーボール!」
高らかな詠唱の後、火の玉が巨大なゴーレムへと打ち込まれ、さく裂する。
自身の信頼が置ける魔法。
だからこそ、その魔法が当たった後、
なおも動いているゴーレムに魔法使いは舌打ちをする。
「あれで動くのかい。厄介だね」
「でも効いてる」
そんな魔法使いの横を小柄な影が通り過ぎ、
無造作にゴーレムの攻撃圏内に踏み込んだ。
小柄な少年、短剣を主とする彼にとって
ゴーレムに有効打を放てるというだけで魔法使いは尊敬の相手である。
彼自身は、こうして飛び出すことでその攻撃を回避し、
囮になるぐらいしかないからである。
何度か攻防を繰り返し、青年ともう1人が繰り出すハルバードと両手斧により
大物は沈黙し、崩れ落ちる。
その間、ファクトは小さめのゴーレムを相手に1人、それを捌き続けていた。
倒しきるでもなく、その場を余り動かずに
ゴーレムを引き付ける姿は職人にしておくには惜しいだけの
感想を冒険者らに抱かせるのだが、
本人にとってはこの後の目的のほうが重要であった。
「よし、これでいいか?」
「ああ、十分だ。報酬は戻ったらギルドで渡そう」
数時間後、どこからか復活してくるゴーレムと、
その残骸をかき集めて青年は問いかけ、ファクトは依頼の終了を宣言する。
「何、順番にやってくる相手を倒すだけの単純な依頼だ。
またよろしく頼むぜ」
この残骸がファクトの言うような材料となるのなら、
また必要とする時があるであろうことを冒険者として青年は悟り、
自分たちを売り込むのを忘れない。
ファクトもそれをわかっており、笑顔を浮かべて頷き返すのだった。
行きは空だった馬車の荷台へと残骸をうず高く積み上げ、
町へと戻っていく一行。
はた目には様々な大きさだが、ただの岩を運んでいるようにしか見えない光景。
だがその岩が魔石を含んでいると知った時の人々の驚きは小さくなかった。
そして、町に戻って残骸を引き取ってからがファクトにとっての本番である。
「先生、何してるんですか?」
工房の敷地の一角。
荷台から降ろされたゴーレムの残骸を一部手に取り、
じっと見つめてはいくつかを選び出すファクト。
そんな姿に少女、スコッティが声をかけるのも無理はない。
一緒についていっていたスコットは旅の疲れから既に部屋で休んでいる。
留守番だった彼女が気になり、見に来たのも道理だ。
「ん? ああ、コア……核を選んでるのさ」
「ゴーレムの核、ですか」
ファクトの横に立ち、彼の選んだ岩を見ても彼女にはよく違いは分からない。
何かが違うんだ、と思い込んで見てみれば
確かにわずかながら感覚がおかしいような気もした。
選んだ岩はどうも何か吸い込まれていくような……そんな感覚だった。
ファクトはスコッティがそれを感じ取ったことを表情で察したのか、
選んだうちの1つを手に取る。
「ゴーレムはいわゆる魔法生物だ。人間やゴブリン、コボルトなんかと違って
魔法、魔力で動いて生きているといえる。
その源がこれ、核だ。これが壊れると生きていけなくなる。
核がどうして出来るのかは……なんだろうな、俺もよく知らない」
師匠でもあるファクトのそんな説明とあやふやな結論に
スコッティは何とも言えない感想を持つが、仕方のないことだ。
生命自然発生説がある意味では正しいこの世界において、
不思議な存在の生まれた理由、再度生まれ落ちる理由は科学的ではないのだから。
「そんな核だが、実はある武器の材料になるんだ」
「ある武器って、魔法生物的な何かですか?」
もったいぶったようなファクトの言葉に、
浮かんだままに答えるスコッティだったが
ファクトが驚きの表情を浮かべ、頷く。
「その通り。察しがいいな。スコッティは聞いたことがないか?
なぜかよく当たる矢、なぜか相手に吸い込まれるように当たる武器の話を」
「それっておとぎ話のじゃないですか。え、まさか?」
まじまじとスコッティがファクトが手にした元ゴーレムの核を見るのも当然だ。
なぜか当たる矢、素早い相手も捉える名剣。
そんな話はよく聞けど、それらは全て何百年も前に
あったというおとぎ話の中でのことだ。
それらがこの核だった物から?と疑うのは当たり前のこと。
「そのまさかだ。考えても見ろ。まっすぐ飛ぶ矢なんて品質が良ければ当然のことだ。
握りが使いやすく、振り回しやすい剣なんてのも当然だ、良い奴ならそれだけの品質を誇る。
だが、おとぎ話のそれらはそんな理由じゃないだろう? なぜか、当たるんだ」
新しい物を作って見せる時の良い笑顔だ、とスコッティは感じた。
だがそれは見方を変えれば悪魔の誘いのような表情でもあった。
戻れない、目をそらせない、そんな魅力。
「正解はこれ、核だ。魔法生物の核は魔力を介して体を動かす。
さて、魔力とはなんだ?」
「……精霊が人や怪物に宿って力を貸してくれた結果です……よね?
え、あれ? ということは魔法生物の核を通して精霊がゴーレムを動かしている?」
核を教材に、青空教室が始まる。
生徒は1人、先生も1人。
だがこの生徒も先生の考えには慣れたものである。
すぐに答えの1つをひねり出して見せた。
「おめでとう。スコッティ、君も普通の職人を超えたな。
もうすぐ君たちは属性武具を作れるようになるだろう。
装飾品と違い、強い力の必要な属性武具はこれがわからないと難しいんだ」
選び出したゴーレムの核だったものをいくつか並べていくファクト。
それらを見ながら、何故言われるまで気が付かなかったのか、とスコッティは自問していた。
目の前の核だった物は正確にはまだ核だ、と。
戦いで消耗したのか、程度の差はあれど選ばれたそれらはまだ核としての力を有していた。
「そしてこういった核を材料に使うと……引き寄せあう武具が出来る。
もちろん、この程度の核だとわずかな効果しかないと思うが」
「引き寄せあう、ですか?」
おうむ返しにしか答えられない自分に嫌気がさしながらも、
新しい知識を前に気持ちを抑えられないスコッティ。
「ああ。命中補正、と呼ばれている技術だ。これが付いた武具で戦うと、
相手の体に宿る精霊と、武具の核を通した精霊とが引き寄せあう。
正確には相手の体に宿る精霊すら引き寄せようとするんだがな」
「でも武器に対して大きい体であろう相手より、武器のほうが近寄っていく、
そんな感じでしょうか」
大正解、とファクトは頷き、残骸から
再びいくつかの岩を選び出していく。
「精霊はその生き物にとって重要な場所に強く宿るという。
重要な場所、つまりは急所だったりするわけだ。
どうだ、素晴らしいだろう」
「はい、恐ろしいです」
ファクトの誘うような問いかけに、スコッティはきっぱりと答える。
聞いただけなら的外れな返事。
だがそれはファクトにとってまさに望む答えだった。
そう、命中補正は恐ろしい力だ。
当たる、つまり有効打を正しく与えるということは怖いことである。
回避しようにも、当たってくるのだ。
しかもそれはダメージを負っていいような場所ではなく、
致命的な場所であったりする。
ゲーム的に命中し、ダメージを出せる命中補正のある武器、
というのはこの世界になるとそういうものと化すのだ。
ファクトとしても今回のゴーレムのコア程度では
ぎりぎり付与できるかどうか、そして性能としても
ほぼ初期値ぐらいしか付かないことは予想できていた。
もしも伝承に伝わるような物を作ろうと思えば、
古い遺跡にいるような強力なゴーレムのコアが必要であろう、と。
だがそれでも、本人の実力以外の部分で
当たる、当たらないの境目が変化させられる武器、は
この世界にとって魅力的なのは間違いない。
「ああ、怖い。だから堂々とは売らない。価値をつけ、限定的に売ろうと思う」
たまたまそれっぽい力を秘めているようだ、としようと思うと
ファクトは口にし、スコッティも同意するようにうなずく。
どう考えても狙って武具に付け、売るには目立ちすぎる力だからだ。
「少なくとも、うちの作品にそれらが混ざるだけで忙しいことになると思います。
たとえそれが何百という武器のうち、1つだけがその力を持つとしても」
スコッティのそんな感想は真実であった。
「ああ。だから特訓だ。大量の注文が来ても対応できるようにな」
「はい……」
嬉々としたファクトの言葉に、スコッティは頷くしかない。
楽しみではあるものの、顔が引きつった感じとなってしまうのも仕方のないことだろう。
何はともあれ、技量を磨くというのは大事なことであるし、
むしろこちらからお願いしたいところでもある。
作れる武具が増え、その速度も上がるなら大歓迎なのは間違いない。
だが、その代償……というには大きい厄介事を産み出しそうな
失伝したはずの技術をこうも軽々と口にする師匠であるファクト。
それらを身につけることが出来るという喜びももちろんだが、
一介の鍛冶職人が不意に接するには少々大きすぎやしないか、とも思うのだ。
少女は思う。
実はこの師匠は人間を手助けするためにやってきた、
人間の皮をかぶった神様なんじゃないか、と。
そんな弟子の考えに気が付くことなく、
ファクトは特訓のスケジュールを組み立て始めていた。
その結果、スコッターズが一流ブランドとして後世まで
その名前が残るなどとは予想もせずに……。