210-外伝「ある冒険者の日常、ある少年の冒険」
短いちょっとしたシーンのみです。
話そのものはどっちもそれなりに長いんですが
全部書いてると終わらない……。
「ご苦労さん。追加報酬込みでなんと銀貨30枚だ。内訳はこんな感じだが、いいか?」
「やったぜ。やっぱアレが当たりか。でかかったもんな、あの魔石。
問題ない、それで精算してくれ」
とある冒険者ギルドのカウンターで、パーティーリーダーである男がガッツポーズをとる。
その背後では彼の仲間であろう数名の冒険者が同じく嬉しそうに頷いている。
銀貨30枚、簡単に言えば一般的な家族が何もしなくても数か月近く暮らせる金額だ。
多少派手な、宴会じみた打ち上げをしたとしても蓄えとしては
十分な金額が残ることであろう。
「どうする、いくらか預けるか?」
「ああ、いつも通り半分は預けておく」
命を危険にさらした対価を数え上げていた男は
カウンターのギルド職員からの言葉に、
大事なことを思い出したとばかりに頷き返す。
職員の男はその答えを聞き、ゆっくりと銀貨を
別の皿に移し替え、特殊な魔法のかかった用紙にさらさらと
手際よく文字を書いていく。
「銀貨15枚を本ギルドに預けるものとする、と。細かい分配条件なんかが
変わっていなければここに記名してくれ」
「ああ。懐を気にせずにいられるってのはいいもんだな」
自分の名前とパーティー名を添えて記名しながら、
男はそうつぶやいてわずかに発光する用紙を眺める。
男がしているのはずばり、ギルドへの貯金である。
勿論、これまでも地元の冒険者ギルドへの
個人的なコネによりお金を預ける、といったことは行われていたが
これはそれをちゃんとした形にしたものである。
1人からでも利用できるこのシステムは、王族や貴族の間で
細々と使われていた魔法、契約の魔法というべき物を使用している。
文面の真偽を別の魔法で確かめることが出来るということに加え、
なぜか特定の大きさ、製法で作られた紙を使う限り
剣で切り付けても破れず、魔法でも燃えたりしないという特徴を持っていた。
記載ルールの元、破棄や解除の魔法を使って初めてタダの紙に戻るのだ。
ゲームでいうイベントアイテム扱いになるため……なのだが
それを正確に理解して利用する人間は当然、いるわけもない。
ただこれにより、今までは口頭や状態の変わりやすい普通の紙で
特定のギルドだけが行っていたパーティー間での財産の管理や、
金庫のように財産を預かるといったことが
確実な証拠が残る形でどのギルドでも可能になったのだ。
勿論、地方のギルドとなれば防犯上の問題はないか、
という懸念はついて回るのだが冒険者ギルドも必死である。
現在は魔法が提供された大きな冒険者ギルドのみでの運用となっているが、
防衛手段が十分確保できないような場所ではそもそも預かる金額や
財産を相応に制限することでまず対応し、
様々な手段が取れる規模の冒険者ギルドであればその預かりの規模を
大きくする、という手法をとることになっている。
表立って襲い掛かるような治安であればそもそも預ける冒険者などいない上、
こっそり忍び込むにしてもリスクは大きいという見積もりだ。
また、いざという時に指定した場所への預り金の輸送、
仕送りの代行など、ついでとばかりに冒険者ギルドは
様々なサービスを各ギルドの連携の上、導入する予定でいる。
導入した冒険者ギルドの管轄では
後を気にすることなく冒険に挑めるとなれば、
依頼をこなしたり、ダンジョンへの探索を行うにしても
モチベーションは明らかに違うのだろうか、最近の
冒険者は生き生きとしている、などと語る冒険者も増えたという。
こうして、段々と冒険者ギルドが銀行や公的機関と似たような
組織になっていっていることをファクトは感じつつも、
上手く回っている限りは別にいいか、と考えていた。
政治を学んでいるわけでもない身の上では、
出来ることはたかが知れているのも事実。
であればいざとなれば各国の王族や貴族が口を出すだろうと
ある意味、楽観していたのもあった。
「また討伐依頼でも受けるのか?」
男の記名を確認し、書類と銀貨を預かりながら
すぐに次の依頼を確認するあたり、なじみであることがうかがえる。
「いや、明日はサボタン牧場の手入れを受けるさ。
やはり物品が直接得られるのは大事だからな」
男が肩を竦めて答え、職員もなるほどとうなずく。
そんな2人の視線の先にあるのは大きめの張り紙。
常にあり、定員なども特にない常時依頼というべきものだ。
内容はポーションの材料であるサボタンを育てている
サボタン牧場の手入れ、である。
雑草の処理から侵入するコボルトやゴブリンの退治も含まれるが、
戦闘になることはほとんどない、単純な肉体労働の依頼だ。
その分報酬は少ないが、ポーションが直接副報酬として
特定本数渡されることになっている。
体調の調整もしつつ、次の冒険のための物資を確保しようという
堅実な冒険者側の考えと、常に人手不足に加えて
冒険者の生の声を聞きたいという牧場側の利益がかみ合ったやさしい依頼と言えよう。
「そりゃあいい。確実だ。今回みたいな当たりがそうそういるわけでもないしな」
「まったくだ。あんなでかいのに当たったのは初めてだぜ」
長生きする冒険者はギルドにとっても有用な人材であることは間違いはなく、
今回は偶然にも当たり─どこからか手に入れた武具を装備したゴブリンの集団、
と遭遇してそれを撃破したことを褒めつつも釘を刺す職員。
そしてそれに真顔でうなずき、撃破したゴブリンが持っていた
大きめの魔石の売却金額が如何に大きいかを額面で感じ取っている冒険者の男。
冒険者の生活がそこにはあった。
「ま、とりあずは宴会だ。よーし、飲みに行くぞ!」
男の号令に、仲間たちは声をあげ、全員でそばの酒場へと揚々と歩いていく。
著名というわけではない町での、ベテラン1歩手前の
冒険者たちの生活はおおむね、こんなものであった。
──とある西の国。
東の戦争の噂が届くだけの、海に面した土地が多い地方。
人々は平和の中、それでも脅威である怪物と戦い、
大地の恵みを受けながら繁栄を続けていた。
特定の年月、あるいは条件により国を治める王が
有力者たちから選ばれる、というある意味先進的な、
そしてある意味では危うい手法で王を選ぶ西方諸国。
今さら無数の国々を一つにすることが
如何に困難であるかを身に染みてしっている国民たちは
それに明確な異を唱えることなく、日々を過ごしていた。
主に血族により統治者が選ばれている東側の2国と違い、
1つ1つの国が領土としては非常に狭く、
いくつも寄り添ってようやく、というあたりは
国というより単に都市国家の集まりと呼べるのかもしれない。
それでも国々が問題なく回るのは、
各国をまたぐように商人たちの販路があることや、
有力者たちが争うより双方の利益となる行動を
選ぶことを良しとしているから、といったこともあるだろう。
だが、一番の原因はこの地方がかつて帝国の主な領土だったからであり、
帝国統治時代に主だった王族、貴族が事実上、いなくなったために
表舞台に出るような血筋が少なくなったのが原因だった。
そのため、形としては国の姿を保ってはいるが、
ほとんどは形骸化しているのが実情であった。
帝国を興した年若い男は優しくはあったが、
自身に反抗する相手をそのまま生かしておくほど甘くはなかった。
ただ、処罰の内容に関してはちぐはぐなところがあり、
無罪放免に近いこともあれば即座に首をはねられるといった
こともあったと各地の有力者の家には伝わっている。
いずれにせよ、既に実力を知って大きな抵抗をしなかったオブリーンや
ジェレミアら東側に比べて、まだ帝国を甘く見、
侮って対応した西方の各国の王族は戦いや策略の中に散っていたのだ。
領土自体はほとんど変わらないものの、
いつ帝国時代のようなことが起こるかという恐怖は
指導者らに少なくない影響を与え、今に至る。
そんな国の1つ、古代の遺跡が多く残り、
観光で有名な地方のとある洞窟を少年少女、その仲間の大人たちが歩いていた。
冒険の途中で出会った彼らの目的はこの洞窟の奥に眠るというとある王家の秘密。
「あれが……守護者」
「シャル、あの奥でいいのかい?」
洞窟に似つかわしくない、明らかに人工物と思わしき扉を前に、
牛の頭を持つ人型、いわゆるミノタウロスタイプの魔物が
じっと置物のように立ちふさがっていた。
「はい。あの奥に……あるはずです。継承の秘宝が」
シャルと呼ばれた金髪の少女は、度重なる冒険に薄汚れた衣服を気にすることなく、
強い力を込めた瞳でミノタウロスと、扉とを見る。
その決意に満ちた顔に、声をかけた少年、アルスは頷いて背中から剣を抜き放つ。
数々の戦いをアルスとともに駆け抜けた両手剣。
安物ではないが無銘のはずの剣はこれまで折れることなく、彼に付き合ってくれていた。
(市場でたまたま売ってたけど、なんかしっくりくるんだよねこれ)
自分の腕の延長線のように馴染む剣を手に、
アルスは呼吸を整えて敵をにらむ。
場所は狭い。
大人3人が横に並んで戦うことはできない、そんな狭さだ。
既にミノタウロスは一行を見つけているはずだが、襲い掛かってはこない。
一定の距離を保ち、場所を守護しているという話の通りであればそれも道理。
本当であれば何人もで一斉に攻撃すべきであったが、
この場所に伝わる伝承によれば守護者は一騎打ちで倒す必要があった。
正確には、複数人で挑んでも倒れることはない特殊な魔物だということだった。
それがこの世界が新しく生み出したイベントの1つだということを
誰もわからぬまま、話だけは伝わっていたのだった。
そして一行は最大戦力であるアルスにこの場を任せたのだ。
露払いとして、時折襲い掛かってくる怪物は
大人の冒険者である4人が担当していた。
「行きます!」
「アルス、気を付けて」
覇気に満ちた体で駆け出す少年の背中に少女、シンシアの声がかけられる。
任せて、と声なき声で答え、アルスはまっすぐに駆け出す。
守護者たるミノタウロスは単身自らに挑む相手、
愚か者か英雄か……を迎え撃つべく咆哮した。
そんな、ある意味見事なまでの英雄の卵の冒険がそこにあった。