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206「人ならざる者、人足り得る者-6」

湖跡のほとんど底にぽっかりと開いた穴。


照り付ける太陽の光は入り口からわずかな距離だけを強烈に照らしていた。


「砂? ううん、粘土みたいね。でも足跡がない……」


「こんなあからさまな洞窟なのに誰も来ていない?

 我々はともかく、冒険者であれば誰かしら来ていそうなものですが……」


足元を調べるキャニーに向けて、というより全員に向けてであろう。


どちらかというと文官の似合いそうな雰囲気を持つ兵士らのリーダー。


兵士たちは本来の部隊から1人1人引き抜かれた集まりだ。


ゆえに、リーダーも本来の小隊長といった人間ではなく、

年長者であり、この土地で生まれ育ったゆえに選ばれていた。


勿論、実力があるのは大前提ではあったが。


「……来てるさ、恐らく年に何人かは。ただ、戻ってきていないということだろうさ」


苦々しくつぶやくのは元冒険者の男。


ファクトの目には、普段の印象より何年も年老いたように見えた。


「つまり、中の何かに飲まれていると……」


「牙などが取れる怪物はほとんどおらず、休息もままならない。

 なのにこんな場所に来るとなれば追い詰められた苦労人じゃろうて。

 であれば……飲まれるであろうな、欲という怪物に」


改めて装備に不備がないか、確認をしながら言うファクトに、

こちらも洞窟の中で必要であろう松明などを手にして老魔法使いは呟く。


「あれ、おじいちゃん。私たちも魔法の灯りぐらいなら用意できるよ?」


「ほっほ。洞窟というのは本来、危険たっぷりの魔の領域よ。

 時には息も出来ぬ見えない毒が満ちていることもある。

 そういう時にはこうして実際の炎が有効なのじゃよ。

 出来れば犬の一匹でも連れてきたかったがこの場所ではそれも叶うまい」


懐からファクトが作っておいたいくつかの道具を手にするミリーに、

老魔法使いは若さにまぶしそうに目を細めて微笑みながら忠告を口にする。


暗闇を見るその目つきは、いつしか鋭さを増していた。


「随分と滑りそうですな。よかったらこれを」


そういって兵士の1人が取り出すのは金属のとげが無数についたぞうきん大の革。


こうして使うのです、と自らブーツにそれを紐で巻き付け、

試しに歩いて見せる。


カチカチと金属音を立てて洞窟の岩とぶつかるそれはまさにスパイクであった。


「生活の知恵……ということか?」


「ええ、この場所は砂漠か、こういった岩場しかありません。

 長年風と日差しにさらされた岩山というのは意外と滑るものでしてね」


通常の冒険としてはやや不格好な準備を終え、

ファクトらを先頭に一行は洞窟へと足を踏み入れる。







「このまっすぐ溝が続いてるのはなんなのかしら。誰かが掘ったにしては……」


「雨、じゃないか? ここは湖跡だ。大量に雨が降れば水がたまり、

 こういった低い場所に流れていく。何年も何年もそれが繰り返されれば岩も削れるだろう」


なんとなくではあるが、通路を左右に分かれて真ん中の溝の部分は

誰も歩かない、という構図が出来上がっていた。


それにしても、とファクトは松明の代わりに魔法の灯りを洞窟の上側に向ける。


自然の浸食で出来たとしても、高さ3メートル、横も同じぐらいは

あろうかという大きさに内心驚いていた。


同時に、このぐらいでなければ奴らは通れないだろう、とも。


洞窟はなだらかな場所、急な場所を変則的に繰り返し、

段々と下に下がっていっている。


何度かの休憩をはさみ、黙々と進むが未だにコウモリ一匹にも遭遇していなかった。


共通しているのは誰もが思っているより滑らかな表面であり、

意外にも風が通るということであった。


「この時間歩いてもまだ風が来るということはほかにも穴があるようじゃな」


「いざとなりゃそっちから逃げるか。行ける場所であれば、だけどよ」


冒険者時代の癖なのか、剣や杖を定期的に壁や床部分に向けて動かし、

2人は打楽器のように音を立てている。


その音と、それぞれのスパイクが立てる音が洞窟にこだまする。


気を抜くと催眠状態にでもなりそうな感覚の中、

兵士1人1人も文句なく歩いている。


兵士としての使命か、訓練のたまものか。


あるいは、未知の場所で怪物に遭遇するかもしれないという

当たり前の恐怖に当然のようにさらされているからかもしれなかった。


そして左右にうねる道なき道を進み……天井の圧迫感が

急に無くなったことに先頭のファクト、姉妹が気が付く。


「ん? 広い……な。妙に広い」


「見て、全然向こうが見えない」


松明を手に、キャニーが奥を指し示す通り、

魔法の灯りや松明の炎では照らしきることはできなかった。


「足元は変わらず……いや、少し岩が違うか?

 どちらにしても妙な場所だな……」


「各自、抜剣用意。だが守ることに専念しろ。

 いいか、先に手を出すな」


しゃがみこみ、元冒険者が呟く中、

リーダーの号令に従って兵士たちは戦闘の出来る姿勢をとる。


フェルドナンドから受けた命令は、ジュエルスコーピオンの情報収集と

この異常な状態を解消することであり、敵の殲滅ではなかった。


それゆえに、敵を倒すことよりも生き残るための行動が優先されていた。


「あれ? きらきらしてる……なんだろう」


「こんな場所にあんな光る小さい物……もしかしてあれが?」


姉妹に言われ、それぞれが空を見上げるように洞窟の広い空間を見渡す。


確かに、視線の先では距離があるので小さいのか、

あるいはもともと小さいのかは状況がわからないために全く不明ではあるが、

暗闇の中に小さな光点がいくつもあるのがわかった。


その色は……青。


その事実に気が付き、ファクトの背中に猛烈な寒気が走る。


ある種人外といえるファクトのステータスと、それからくる

気配察知をごまかした状態で既に奴らがいるのだ、と。


ファクトらがそれに気が付いたことに相手も気が付いたのか、

唐突に無数の気配が生じる。


「くそっ!」


思わず悪態を口にしながら、ファクトは視界の確保と牽制に

魔法の灯りを思いつく限り打ち出そうと試みた。


詠唱も不要な、呼吸するかのように繰り出せるはずの魔法の灯り。


だがそれは妨害を受ける。


『2本足の人の子よ。やめてもらおう』


「くぁっ!? なんだ、声!?」


実際に言葉として響いたのはファクトの叫びだけだったが、他の面々はそれどころではなかった。


姉妹はしゃがみこみ、元冒険者2人もよろめくように膝をつく。


兵士たちは半数が崩れ落ちるありさまであった。


唯一、全員がまだ意識を保っていたことは幸いといえるのかもしれない。


全員を襲ったそれは、音。


そして、魔力のこもった音であった。


「なんなのこれっ」


『強い光は子供たちが驚いてしまう』


キャニーが耳をふさいで叫ぶが、続けての音が

一行を襲い、逆に声もなく頭を抱える。


「ガンガンする……誰だか知らないが力を抑えてくれ!

 俺たちには強すぎる!」


半ば相手を確信しながら、ファクトは腹に力を入れて叫ぶ。


通常の会話ではない。


ゲームでいえば全域会話、シャウトなどと呼ばれるようなタイプを意識した叫びだ。


この叫びが通じるかはある意味、賭けであった。


当然のことながら、ファクトには魔力を込めた叫び、などというスキルはないからだ。


だが、ファクトは自分達を襲うこの声が実際には言葉ではなく、

念話やゲームでいう1対1会話のように、耳ではなく体などに

直接伝わってくるタイプだと判断したのだ。


であれば通常の声では意味がない、と

慣れ親しんだ感覚をなんとか思い出して繰り出した手であったが、

なんとか成功したようだった。


ぴたりと一行を襲っていた謎の圧迫が収まり、

代わりにそよ風のような何かの気配が一行を覆う。


それは謎の相手が発する音であった。


よく聞けば、ギチギチ、とジュエルスコーピオンに限らず

虫の怪物が時折立てる音に似ている。


そう誰もが考えた時、視界に光が広がる。


『このぐらいにしてほしい。我々は普段闇の中だからな』


「ヒッ!」


「待て!」


どこからか生まれた光に照らされた光景に、兵士の1人が思わず剣を構えるが

リーダーが覆いかぶさるように押しとどめる。


彼自身、震えているというのに立派な物だ。


それだけ相手が強いことを感じたわけでもあるし、

手を出すことが終わりだとどこかで感じていたからであった。


そして、先走りそうになった1人を除けば

兵士の誰もが動くことも出来ずに硬直しているのだから

逆にこの兵士は動ける兵士、という証明にもなったのかもしれない。


「言葉もないな……。でかいし多いし、ついでに喋るとか予想外すぎる」


いざとなれば手持ちのアイテムを総動員して逃げなければ、と

考えながらファクトはゆっくりと全員の正面に立ち、光に照らされた空間を眺める。


表情の読めない異形。


つまりは何十体というジュエルスコーピオンらが一行の正面にそろっている光景を、だ。


そんなファクトに向け、音と圧迫が断続的に迫る。


段々とそれは強くなり、こちらを探っているようでもあった。


「そろそろきついな。この半分ぐらいで頼む」


『わかった。2本足の人の子よ。そして、何用だ』


ファクトの頭には相手がこうして言葉を発しているように感じるが、

実際に耳に届くのは虫の立てるギチギチといった音。


二重に聞こえるそれぞれに、疲労を感じながらもファクトは踏みとどまった。


「一つは謝罪だ。人間がうっかり、そちらの卵を持ち帰ってしまった。

 もちろん、既に取り返しに来ているようだし、こちらも少なからず犠牲を出してしまった。

 だが先に手を出したのはこちらだからな」


旅に出るにあたって、ファクトはいくつかのことをフェルドナンドと話していた。


そのうちの1つは、もしもジュエルスコーピオンが知能を持つ相手であれば、

最低でも不戦の約束は取り付けたい、ということであった。


そういった目的のためには、嘘はつけない、そうファクトは思っていた。


『卵を持ち帰った? ああ、巣分けの子らのことか。我々には関係のないことだ。

 女王のいない巣は一代限り。滅ぼされようが、誰かを滅ぼそうが、同じこと』


「やはり……貴女が女王か……」


流暢な、受け手がそう感じ取っているだけかもしれない相手の言葉に、

ファクトは確証を持ってそれを口にした。


瞬間、背後では驚いた気配と、

正面では面白そうに笑う気配が産まれた。


後ろの気配は姉妹らの衝撃の物。


そして正面の気配は……。


『その通り。二本足の人の子よ。私がこの子らの親、そしてお前たちの言うところの

 ジュエルスコーピオンの女王と言うわけよ』


大きくなるギチギチといった声に合わせ、再び魔法の灯りであろう光が

ぼんやりと広がり、照らす範囲を広くしていく。


「馬鹿な……でかすぎる」


「あんなものが存在するというのか……もう竜ではないか」


兵士らが呆然と呟きながら見つめる先。


そこには壁に半ば埋まるようにして体を納める巨体のスコーピオンが

青い瞳を照らされていた。


『我は8本足の人の子。別の人の子と話すなど何年振りか。楽しみにしているぞ』


(人……だと?)


ファクトは茫然と、いつか出会ったレッドドラゴン並の巨体を見上げるのだった。

文章的にすると

「ギチギチギチ(あーあー、テステス。本日は晴天なり)」

みたいな感じです。


圧縮言語とでもいうのでしょうか。聞こえてくる音の割に

中の情報は濃いようです。


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