表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
221/292

204「人ならざる者、人足り得る者-4」

砂漠の強者の1つは間違いなくスコーピオンである。


砂漠を走りぬく強靭な体。


1対のはさみ、しっぽからの3連攻撃。


その口もつるはしでなんとか砕けるような砂岩でもクッキーのようにかみ砕くという。


以前であればレッドスコーピオンのみであったが、

今は青い瞳のスコーピオン、ジュエルスコーピオンも

同様に厄介な相手であると認識されている。


それは砦の近くで双方が戦っていたことを、

フェルドナンド配下、つまりはジェレミアの偵察兵が目撃したからでもある。


そして、砂漠にはまだ強者がいる。



「用意! ってぇーーーー!」


一団を率いる小隊長である兵士の叫びに従い、

後方に控えていた魔法使いが特定の魔法を何もないようにみえる場所に打ち出す。


空気をゆがませ、砲丸を投げたような速度で山なりに飛んでいく不可視の塊。


それは地面である砂地に着弾すると、

砂塵をまき散らすと同時に重い、体に響くような音を立てた。


エアロ・ボム。


風魔法の1つで、殺傷能力は高くない。


圧縮空気がさく裂し、吹き飛ばすための制圧によく使われる魔法だ。


だがその魔法は改良を施され、今は別の目的で使われていた。


巨大なウーハーから重低音が響き渡るように、

着弾地点を中心に独特の感覚が響く。


「これでいいのか?」


「らしい。どうせ奇襲される相手だ。これで済むなら安い物だろう?

 続けてくれ」


怪訝そうに隣に立つ男、ファクトを見る小隊長。


ファクトは遺物である双眼鏡もどきを覗きながら

相手に動きが無いかを探っていた。


そう、砂漠のもう1つの強者の動きを。


風が時折砂を巻き上げ、点在する小さな岩肌、

わずかな植物、といったような砂漠で

魔法使いたちの放つエアロ・ボムが不定期にさく裂する。


10分も経っただろうか。


ファクトの視界に、変化が現れた。


「来たぞ。2……4……5はいるな」


「! ワーム戦用意!」


今回、部隊としてついてきた中に近接で剣を振るうような兵士は少ない。


多くが弓兵、魔法使いであった。


前衛としての兵士はいるが、そのほどんどは槍である。


と、ファクトや兵士たちの足元が揺れる。


ファクトにとっては軽い地震か?と思うようなものだが

大地が揺れると言うことの経験がほとんどない兵士らにとって

それが指し示すことは1つであった。


誰かがそれを口に出すより早く、

ファクトたちの目の前で何から砂地を突き破って

間欠泉が噴き出るように空に踊った。


それは巨大ワームたちであった。


ファクトらがドワーフの里で出会ったタイプとはまた違い、

地面を走っていそうな足のあるタイプ。


巨大なダンゴムシをベースにしたと異形であった。


いずれにせよ、人など軽く跳ね飛ばすであろう巨体、

4対の不気味な瞳、そして1本1本が槍のような鋭さを誇っていた。


エアロ・ボムの炸裂音と衝撃に、

何かが争っている、あるいは獲物がいると勘違いしたのであった。


魔法使いたちは自分らの魔法が生み出した結果に驚いている。


そもそも、この作戦を実行した経緯は

巨大ワームたちが音に敏感だという性質をファクトが提供したからである。


ゲームでのワーム類の特徴をそのまま伝えただけであったが、

それはファクト自身の名声と相まって先人の偉大な知識のような扱いを受けた。


どこから襲ってくるかわからない巨大ワームへの対策と、

退治のために使えるであろう手法。


それらを得たゆえの実験小隊。


この成果は砂漠を旅するうえで重要な要素となるであろうことを

兵士たちは感じていた。


そんな全員の視線の先で、地面に飛び出た巨大ワームは6匹。


大きなものは1匹であとはそれと比べて小ぶりに思えた。


「魔法使いは雷鳴の拳(サンダー・バッシュ)を連打! 弓兵も撃ちまくれ!」


「聞いたな? 今は驚きは横に置いて、撃てぇ!」


予想した餌となる相手がいないことに戸惑った様子の巨大ワームへと、

いくつもの雷球と矢が襲い掛かる。


殻のように見える巨大ワームの皮膚は意外とやわらかい。


それは砂の中をスムーズに進むためでもあり、

障害物を撥ね飛ばすのではなく、柔軟に体を合わせて

やさしく押し出すような動きをするからであった。


生息場所が砂漠ということもあり、

十分な栄養を確保できないという可能性もあったが、

ファクトの知る知識も元はゲームの設定。


細かな生態系や個別の詳細などはわかるはずもなく、

想像でしかなかった。


ともあれ、兵士たちの攻撃は彼らの想像以上の打撃となる。


あっさりと矢が刺さり、雷の魔法がその周囲に着弾し内部まで浸透する。


「下手に近づくと危ないようだ。こうだ」


ファクトは兵士たちに先立って、手にした槍、

そのまま突くというより手槍となるであろうものを振りぬいた。


風を切り裂き、それは巨大ワームの瞳の1つを貫き、

頭に相当する部分へと深々と突き刺さる。


威力はフェンネル王子のような力自慢と比べ、不足している。


だがDEX値からくる命中補正、器用さは狙いを正確にさせた。


最初からその本職だったのかと

兵士たちが驚くほどのその正確な投擲は

彼らを奮い立たせ、何本もの槍が空を飛ぶ。


ファクト同様に、とはいかないものの多くの槍が

十分なダメージを巨大ワームに与え、それらを殲滅することに成功する。


終わってみればこれまでの苦労はなんだったのかというほどの物であった。


「よし、牙と足を回収しよう」


「皮は使えないのか?」


懐から素材を切り取るためのナイフよりもやや大ぶりな

刃物を取り出すファクトに、敵を倒した昂揚感に襲われたままの小隊長が問いかける。


「使えなくもないが、防具としては補修が大変だ。第一、アレを着たいのか?」


言われて小隊長や兵士が見れば、傷口からべろんと崩れ落ちたワームの一部。


ぬめった内側の様子に、全員が首を振るのであった。


近づいて必要な個所を切り取ることで巨大ワームの構造というべきか、

地中からの奇襲、そして巨体による重量での突進が武器で

防御はあまり考えていないことが改めて浮き彫りになる。


それがわかっただけでも収穫と言ってよかった。


そして、ファクトの目的はこれで終わりではなかった。


現場を離れ、砂丘のようになった場所で目立たないように陣を組む。


兵士らに後方の警戒は任せ、ファクトは丘の影から

目的の場所、巨大ワームの死骸をそのままにした場所を観察する。


「ファクト殿?」


「静かに。ほら、どこからかぎつけて来たのか……来たぞ」


ファクトによって指さされた先に、動くものがあった。


「馬鹿な……スコーピオン共だと? しかも青い……あれが町を襲ったという?」


「ああ。思った通りの速度だ。なるほどな」


驚く小隊長を尻目に、ファクトはジュエルスコーピオンらへの推測を確証にしていた。


つまり、ジュエルスコーピオンに知能があり、

恐らくは人間そのものは食べ物と思っていないということを。


巨大ワームを丁寧に切り裂き、運べるようにブロック化している姿、

指揮された軍隊のようにてきぱきとその作業をこなす姿に

化け物としての印象はなく、こちらと同じ軍そのものであった。


アリのような社会性昆虫という予想もしていたが、

町の人間すべてを襲わず、特定の相手だけを狙ったこと、

その襲い方もよく聞けば普通ではないことにファクトは気が付いたのだ。


要は卵そのものと、奪った相手を探していたのであって

人間の捕食のためではなかったのだ。


もし捕食の対象であれば、とっくに襲われ、砂漠の

厄介な相手の1つとして知られているだろう、と。


向かってきた冒険者を殺したのは当然襲われたからであり、

一般人……のように見える青い宝石(卵)を触って独特の魔力がこびりついていた

相手を卵を取り返すべく襲ったのだ。


そしてまた、ファクトのその考えをジュエルスコーピオンは補強する。


「! こっちを見た!」


「すごいな。この距離でもこちらを感じている。魔力を感じる器官でも備えてるのか」


ジュエルスコーピオンの1匹が頭を持ち上げ、

ファクトらの隠れている丘を見上げ、しばらく見つめたのちに

恐らくは部下であろうスコーピオンに何事か指示を出し、

スコーピオンは素早く撤退していったのだ。


後に残るのは鋭利に切り裂かれ、彼らが必要であろう分だけを

解体された巨大ワームのみ。


「彼らは普段、あのワームどもをなんとかして狩っているのですな」


「恐らくな。戻ろう。色々とめどがついた」


わざわざ冒険者扱いであるファクトが

正規軍の一部隊と同じ作戦を行っている理由、

それはジュエルスコーピオンの襲撃を受けた町の解放と、

可能であれば交渉であった。







「スコーピオン同士をぶつける? 敵の敵が味方とは限らない……言うまでもないか」


「ああ。正確には敵の敵は敵ではない作戦、といったところかな」


フェルドナンドのいる砦の一室で、ファクトは王子と向かい合っていた。


ジュエルスコーピオンによって追い出された

町の住人の避難と治療も終わり、

一時的、と彼らが期待したい新しい生活を始めたころのことであった。


町の奪還およびスコーピオンの退治が冒険者ギルドおよび

国の要件の1つとなっていた。


ジュエルスコーピオンが今まで知られていた物と

同じであれば対応策はなくはない。


だが新種ともいえる相手であり、情報が不足していた。


すぐさま退治の話が出なかったのはこのためである。


「弟の元では随分と活躍したそうじゃないか。出会うことがあれば何でも相談してみろ。

 そう言っていたよ。弟は武骨な分、物事をはっきり言うからね。

 そんな弟が何でもというんだ、期待してしまうじゃないか」


「自分1人の力じゃあないが、やれるだけはやろう」


あくまでも冒険者として常識的な範囲内であるが、

破格ともいえる報酬を提示され、断る理由も特になくなったファクト。


戦闘経験も積めるだろうという打算もないわけではなかった。


フェルドナンドからの依頼は物資の確保と、

敵を撃破する上での手段の提供。


そしてジュエルスコーピオンをレッドスコーピオンや

ルミナスにぶつけられないか、ということだった。


「卵を放り込むのが論外として……そういえばジュエルスコーピオンの

 女王というべき存在に出会ったという話はないな……」


ファクトの記憶と経験上、ほとんどのモンスターには長や女王というべき

特殊個体がいるのは間違いがなかった。


だがこの世界ではどうかという疑問は残る。


「どうにか互いに利益のある関係に持っていければ……」


「わからないな。結構魔力を介せば意思疎通ができることもあるが……。

 最悪、あいつら同士の戦いに横やりを入れるだけでも違うか……」


フェルドナンドらにとっては、ファクトが言ったように

スコーピオン同士の戦いを人間側の考えるような

都合のいいタイミングで起こせれば、というぐらいであった。


だがファクトはそうは思わなかった。


ゲームとしてのクエストやその経験があったせいで、

ちゃんとした交渉ができないか、と考えたのであった。


こうして、ある意味前代未聞の作戦が始まる。







ギチギチギチ、とかしゃべる虫とか怖いですよね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ご覧いただきありがとうございます。その1アクセス、あるいは評価やブックマーク1つ1つが糧になります。
○他にも同時に連載中です。よかったらどうぞ
続編:マテリアルドライブ2~僕の切り札はご先祖様~:http://ncode.syosetu.com/n3658cy/
完結済み:兄馬鹿勇者は妹魔王と静かに暮らしたい~シスコンは治す薬がありません~:http://ncode.syosetu.com/n8526dn/
ムーンリヴァイヴ~元英雄は過去と未来を取り戻す~:http://ncode.syosetu.com/n8787ea/
宝石娘(幼)達と行く異世界チートライフ!~聖剣を少女に挿し込むのが最終手段です~:http://ncode.syosetu.com/n1254dp/
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ