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202「人ならざる者、人足り得る者-2」

「あれ? 一昨日まであった鉱石類は売ったのか?」


「ああ」


声をかけてきたガウディに振り返ることもなく、

ファクトは黙々と手元のインゴットを加工していた。


彫刻刀のようなものを1つ動かすたびに、

手元で淡く光が放たれる。


5回ほどそうしていると、最終的に

鉄のインゴットはファクトの手の中でナイフとなった。


「珍しいといったほうがいいのか? 今さら鉄のナイフなんて」


「需要はいつだってあるからな。それに、基本は大事だ」


駆け出しの職人でさえ十分に作り上げる鉄のナイフを

ファクトが直々に作っているということに疑問を覚えたガウディであったが、

よどみないその返答にそんなものか、と頷いた。


実際にはナイフをさらに使うことなど、予想もしていなかった。


部屋の灯りで刀身を照らして、出来具合を確かめているファクトに

ガウディはそれ以上つっこむことなく、壁に立てかけられたいくつかの武器に目をやる。


「俺の目がおかしくなければとっとと売ったほうがいいやつらが無造作にあるような?」


「手入れがめんどくさい種類ばかりだぞ、それらは」


思わずといった様子でガウディが手にした槍はずしりと重い。


頭からしっぽまでとある素材で作られた金属槍だ。


その素材の名前は重鉄鉱。


火山の一部などで稀に見つかる、特殊なタイプの鉄鉱石から精製される素材。


加工自体はたやすく、物も作りやすい素材だが欠点もある。


所詮鉄、ということで腐食には弱く、

何もしなければ熱にもそう強くないのだ。


そう、何もしなければ。


ファクトは何も言わなかったが、既に特殊能力としてそれらを

カバーするような物が付与されている。


武具の素材が重鉄鉱であることには気が付いても、

能力のほうはガウディや普通の職人にはわからない。


元より、具体的に武具に付与された特殊能力の意味や

効果を確認できる人間は今のところファクトぐらいな物である。


そのファクトですら、大体の能力の判定しか

表には出していないのだからガウディが気が付かないのも無理はない。


実際、貴重な特殊能力の枠を欠点を補う物に使っている分、

重鉄鉱の武具はあったらあったで嬉しいが、一生物とはいいがたい。


そんな微妙な立ち位置なのであった。


「よかったら適当に売っておいてくれ」


「いいのか? わかった」


ファクトが無造作に武具を受け渡すのは

再会を果たしてから幾度もあったことなので、

ガウディは気にすることなく武具を回収し、部屋を出ていく。


ちらりと、それを視線で追いながらファクトは手を止めず加工を続ける。


そしてナイフがたまったところでつぶやいた。


「マナリコール」


つぶやいたファクトの視線の先で、

煙があがるように、ナイフから精霊が舞い上がり、空気に溶けていく。


残るのは作った時とは数の合わないインゴットだった鉄の塊と、

わずかな色の違う鉄の塊。


「相変わらず変換効率は微妙だな」


ため息交じりのファクトだったが、彼自身としては

わかっていたことなのでただの確認作業といったところだろうか。


ファクトが行ったのは、完成品から元の素材だったものたちに

解体する作業である。


素材を多く残そうと思うほど素材のレアリティは下がり、

質を狙うとあまり残らない。


マナリコールはそんなバランスの手法であった。


だが、一番大事なのは再利用可能であるということだ。


勿論、変換できない、正確には精霊にしか変換できない場合もある。


それがガウディが持って行った状態の物である。


どこにどう記録しているのかファクトにもさっぱりであったが、

元の素材のレアリティからある程度上昇すると、その素材を使った

完成品は素材に戻せないのである。


そう、ファクトは無数の鉄鉱石を買い集め、

表向きは転売してインゴットを手に入れた、ということにして

実のところ、インゴットにしては素材に戻し、

あるいは武具にして素材に戻し、をひたすら繰り返していたのだ。


理由は、レベル上げである。


ゲーム的な本人のレベルのほか、スキルなどにも

熟練度などの数値が存在するのはファクトにとって純然たる事実だった。


事実、これまでの生活の中でも

ステータス上の数字は確実に変動していたのだ。


戦線が膠着している現在、ファクトは西側に一人でも多く英雄を生み出すべく

古文書もどきを町のがらくた市のような物にこっそり流したり、

職人にゲーム時代のスキルからくる作り方を仕込んだりと

後方支援に徹していた。


そんな中、自身のステータスで

いくつかの経験取得量がもうすぐレベルアップに近いことに気が付いたのだ。


もっとも、一般人よりプレイに必死であった

ファクトの感覚でもうすぐであり、

一般的にはまだまだの数値ではあったのだが本人は気が付いていない。


黙々と、レベルアップのためにスキルを使い、

加工を続けるファクト。


最近は相場が安定しているのがいいな、と

作業をしながら考えていた。


下手に儲けのために、いわゆる投機的な扱いをすると

すぐにばれてしまうからだろうか、とファクトは考えているが

事実は少し違う。


急速に冒険者ギルドなどに普及を始めた魔法無線を始め、

発見される転送柱、門により世界はある意味狭くなっていた。


その分、情報は伝達速度を増す。


要は変な売値でぼったくろうとしても、買う側はすぐに正常な相場の場所で

売ることを判断できるようになっているのだった。


物流が増え、以前ファクトが出会ったような怪物を引き寄せる

怪しい黒い鉱石もたまには混じるようだったが、

怪物たちはすぐに対処されていた。


それはオブリーンやジェレミアを中心に、

穢れた精霊の宿ってしまった物があるのだ、というように

話が広がっているからであった。


確かに見た目はわからないが、ちょっと魔法をかじれば

判断ぐらいはできるようになるため、商人や

職人たちはこぞって魔法を習うようになっていた。


そうして人々は、思っているより黒い鉱石のような類の物が

世の中に当たり前のように存在しているのを知ったのだ。


これまでは理由のわからない、まさに呪い扱いだった物が

ある程度、原因がはっきりしてきたのである。


そうなってしまえば対処は楽な物である。


寄ってくる怪物を依頼を受けた冒険者らが討伐する。


そんな冒険者たちが飲み干したり、体に振りかけるのはポーションだ。


半ばまた道楽か、と思われながらも始まったサボタンによる

ポーションの量産は軌道に乗り、

市場に多く供給され始めていた。


同じようなサボタン牧場というべき場所は

国主導でいくつか作られているという。


薬草への依存が減り、その結果バランスは整い始めていた。


過剰気味だった薬草採取もその数が減り、

薬草の高騰も収まっている。


サボタンのポーションは家庭等に

いざというときの非常薬にあるぐらいとなっていた。


つまり、冒険者たちは安価な回復薬をある程度、揃えやすい環境になっていった。


そんな安定した冒険者の生活は治安の向上も生むこととなる。


生還し続ける冒険者の数が多ければ

世の中には以前より怪物は闊歩しているが、その分退治も増えていく。


毎日市場やギルドでは怪物を退治した結果の素材が売買され、

それによる生産物が一般人の生活の中にも浸透していく。


今日もまた、十分な量のポーションを確保した

冒険者たちが依頼を受け、街の外に討伐に向かう。


過激な平和がそこにはあった。


ファクトが全容を把握したならば、

イメージ通りのファンタジー世界だ、とつぶやいたことだろう。






ファクトは宿の一室で窓から空を見上げていた。


一か月単位で借りているアパートのような扱いだ。


場合によっては契約の途中で出ていくこともあるだろうが、

稼げているファクトにとってそのぐらいは気にすることではなかった。


半分窓から身を乗り出し、月明かりに身を任せる。


体を照らす月明かり、目に入る星の光、時折吹く風。


全てが現実だとファクトに訴えていた。


今さらこの世界のことを疑うようなファクトではないが、

ゲームでは決してありえない五感の感覚が、

否応なく現実を見つめさせていた。


夕飯に飲んだアルコールが程よく体をほてらせていることも手伝い、

ファクトはしばらく窓辺でぼんやりと空を眺めていた。


視線の先には月。


この世界の月には兎はいない。


模様はあるが、それは

どこかハロウィンのかぼちゃを思わせる顔のようにも見える。


伝承では気まぐれな神様が泣いていればギャンブルはやめておく方がいい、

怒っていれば明日は体が危ない。


笑って入れば明日は楽しく、といったものが伝わっていた。


「寝れないの?」


「いや、こんな時間も楽しいのさ」


シーツを体にまとい、汗ばんだままのキャニーがファクトの背中に抱き付く。


前にやってくる手を握り返しながら、ファクトは脳裏で計画を立てていく。


全容の見えないルミナスを相手に西側がどう戦うべきか、

どう手助けをしていくか、を。


そのためには自身のレベルアップも重要な要素であった。


「明日は遠くとの話し合いなんでしょ? 寝たほうがいいわ」


「そうだな、そうしよう」


キャニーに言われ、ファクトは彼女とともに、

眠ったままのミリーのいるベッドへと戻る。


その際、ふと月を見上げたファクトは妙な物を見た気がした。


それは錯覚なのだろうか。


月の表面に浮かぶ顔、それが笑った気がしたのだ。


しかも、ただの笑いではない。


何かをたくらんでいるような、ニヤリといった顔だ。


「ファクト?」


「ん? いや、なんでもない」


キャニーに呼ばれ、視線を動かしたファクトが

再び空を見上げるが、月の表面は普通であった。




翌日、ファクトは町のギルドに来ていた。


ケンタウロスと交渉が順調な中央の戦線、

そもそも目撃の少ない北方の戦線、

それらから届くギルドへの冒険者からの情報を

ファクトは確認しながら魔法無線の前に座っている


この時間、なじみの相手から交信がある予定だったのだ。


『よう。聞こえるか』


「ああ、聞こえる。元気そうだな、ジェームズ」


魔法無線の相手はジェームズであった。


相手側もギルドにおり、職員も立ち会っていることから

偽物が魔法無線に出るということは今のところ、無い。


将来的には混線やなりすましなども考えないといけないのだろうが、

今は未知の技術への恐怖も手伝ってか

限られたメンバーしか使わないので職員も慣れたものである。


『今のところはな。こっちは大した動きはねえ。

 スコーピオン共と戦って熱が出たりも普通さ』


無線越しにでも、ジェームズのスコーピオンへの

機嫌の悪さがファクトへ伝わってくる。


「あれは厄介だな。すぐに強い毒として効くのならまだ自覚もあるんだろうが……」


砂漠を支配する勢力の1つであるスコーピオンが持つ毒は

意外なことに致命傷となるものではなかった。


倦怠感や発熱を伴う、弱体化というべきものであったのだ。


そうして獲物が自然の前に屈したり、

そもそも殺されやすくなるのが狙いであった。


『まったくだ。なんかいい方法はないか? 毎回毒消しを飲み続けるのも馬鹿らしい』


「毒消しか……スコーピオンの毒は確か普通のじゃ効き目が弱いはず。

 近くに紫色の花を咲かせたサボテン、とげとげしいやつがいるだろう。

 そいつの体液を使って地元の薬師に調合してもらうといい。

 もしかしたら地元の人間はもう知ってるんじゃないか?」


サボタンの亜種であるサボテン種が砂漠にいるはずであることを思いだし、

ファクトはそんな助言を伝える。


体調回復用のポーション、その派生である状態異常用のポーションの開発の始まりであった。


『よし、話を通してくる。それが終わったら探索だ。遺跡が見つかったんだ』


「そいつはめでたい。まてよ、今思い出した。ジェームズ、聞いてくれ」


うきうきした様子のジェームズに、ファクトは真面目な顔になって

見えもしない魔法無線の向こうのジェームズに声をかける。


『……楽しくない話な気もするが、なんだ?』


「砂漠で青い宝石がたくさんある遺跡を見つけても手を出すな、絶対にだ」


ファクトの声は真剣そのものであった。


思わず魔法無線の向こうのジェームズも息をのむほどの。


『どうしてだ? 遺跡に呪いでもあるのか?』


「近いな。強烈な罠だ。いいか?」


ジェームズも冒険者である。


危険だからといってそれにただ挑まないという選択もなかなかできない人種だ。


逆に、理由も知らずに危険を冒すことも良しとしない。


ギルドの職員にも記録してもらい、

とある古文書で読んだんだが、と前置きしてファクトは語りだす。


砂漠の遺跡にある恐怖の罠の話を。


だが世の中、往々にしてそういうときほど当たってしまうものだ。


宝くじを当てるような確率に。


あるいはそれは既に解放されていたのかもしれない。






ファクトもいない、クレイ達もいない。


そんな小さな町の酒場で冒険者たちの笑いが響く。


フェルドナンド王子のいる町とは別の場所。


砂漠に近い前線ではあるが、怪物も少ない僻地。


大きな騒動も、刺激もない、

田舎そのものの風景と、わずかな商隊の出入りがあるだけで

大きくもない町。


それは開拓村が発展した町の1つであった。


そんな町の酒場には、当然冒険者としても

一般的なレベルのメンバーしか集まっていなかった。


細々と怪物をかり、薬草を集めその日暮らしだった集団。


だが今日は陽気だった。


その理由はテーブルの上に乗せられたいくつもの宝石。


既に1部は換金しているようだった。


砂嵐により迷子になり、運よく見つけた遺跡で砂嵐をやり過ごした

冒険者たちはその遺跡の中で宝石を見つけたのだ。


こぶし大ほどの青い宝石たち。


価値ははっきりわからずとも、金目の物に間違いはなかった。


少なくとも、彼らにとっては。


やっかみと、称賛を全身に浴び、冒険者たちは酔っていた。


それは周囲の人間も同様であった。


ゆえに、気が付かなかった。


たまたま見ていた者も部屋の灯りの関係だと思い、気が付かなかった。


青い宝石がどくんと、卵のように脈動したことを。


そして母を呼ぶように魔力の波動が漂い始めたことを

感知できる冒険者は酒場にはいなかった。





2週間後。


フェルドナンドは砂漠沿いの小さな町が

異形のスコーピオンに文字通り飲まれていることを知る。


ジェームズから話を聞いたファクトが

慌ててグリフォンに飛び乗るのと、

砂漠の一角で青い瞳のスコーピオンが咆哮を上げたのは同じタイミングであった。


スコーピオンだー!(某あり風に

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