200「生きる歴史書」
これ以上ない説明、解説回です。
亜人、と呼ばれる存在がこの世界には多くいる。
正しくは人間ですら住む土地により、肌の色などが細かに違うのだから
全てが亜人で、全ては亜人ではない、ともいえるのかもしれない。
そんな人間側から亜人といえばコボルトやゴブリン、オークといった物が当てはまる。
エルフやドワーフ、ワーウルフ、マーマンなども亜人ではあるのだが、
それらとは区別されることが多い。
その区分の原因には互いが共存できるか、というものがあるのだと言われている。
生きる場所、その領域が衝突したとき、交流して生きることができるか、ということだ。
人間は普段、動物と呼ぶには少々凶暴な相手と、
それら亜人を相手にして日々を過ごしていると言っていい。
住む場所を広げる場合には、自然とそれらとぶつかり、
命を奪い合うことになるのだから。
強大な戦力で一時的に壊滅に追い込んだとしても、
いつしか動物は現れ、亜人は増えてくる。
動物と呼ぶには強すぎる蛇、熊、などなど。
分類ができないだけで怪物は数多い。
だがほとんどが人間のように食べ物を必要としつつも、
一方で大地や空から魔力を取り込み、その糧とすることも出来ていた。
それゆえに怪物は大きさや数に比べ、
種の維持のために互いに争いあうということは少なく、
手を出しさえしなければ襲われることも少ない。
人が、その領域に侵入さえしなければ。
考えてみればわかるのだが、ドラゴンが仮に体に見合った肉や
そういった食事を必要とするのであればあっという間に住む場所は禿山となるであろう。
そんな中、人だけは食事をしないと生きて行けず、さらには何かしら物を
消費しないと生きることにも満足しない行き物であった。
今の領域だけでは満足せず、外にその手を伸ばす。
その際には自然は怪物としてその牙をむき、人と対峙した。
怪物は尽きることなく、互いに殺して殺されての世界。
今、かろうじて人が確保したと思っている領土も
怪物としてはまだ明け渡してはおらず、
境界では争いは収まることはない。
その結果、人と人とは争う余裕がないはず……であった。
今から120年ほど前の帝国の統一の時でさえ、
王は主要都市を怪物らの襲撃により疲弊したところを電撃的に
狙った形であり、正面切って怪物と人間、両方と戦うことはほとんどしなかった。
その帝国さえ、結局は広すぎる版図と
その範囲で起こる怪物との戦いの対処に疲弊し、
オブリーンやジェレミアのような王家を断絶させることもできずに
分割統治となり、そして滅んでしまったといわれている。
あるいは負担をその土地に押し付ける形で
支配するということをしたならば存続は出来たかもしれない。
徐々にという征服ではなく、急いでの征服を帝国が、
その国の王が指示したからであるが
そうした理由は今もなお、不明である。
伝えられている初代の王は黒髪で、
その体からは想像もできない力と、誰も知らない知識を持ち、
紙を作るための魔法をはじめとするいくつかの新魔法を開発し、
幾人もの女性を妻とし、子供を儲けたとされる。
そして王という存在には稀な、子供を差別しないという考えの持ち主であった。
「……もっともそれゆえに、自身と子供たちの権限を明確にできず、
子供たちの増長を止められなかったのじゃろう。
王自身が東方に遠征にいっている間に本国は不死者やドラゴンなどの
突発的な襲撃に不運にも襲われ、子供たちが各地で
各々が持っていると信じている権限で兵を集め、戦い、そしてほとんどが死んだという」
「死んだ? 王は異能と呼ばれるほどの強さだったんだろう? 子供たちはそうではなかったのか?」
昔話を語るエルフを前に、ファクトは沸かしたお湯を
ポッドに注ぐ手を止め、聞き返した。
「うむ。王の異能としての力はすさまじい物だったという。
なにせ、文字通り百の魔物を蹴散らしたというからのう。
だが子供にはその力はなく、有望ではあったが王と比べれば平凡であった。
恐らく、王は期待していたのだ。今は最初のおのれのようにまだ目覚めてないだけだとな。
親心、というには代償は大きすぎた……食われ、頭のない息子。
足をつぶされ、立てない状態で後悔を口にし息絶えた娘。
まともに生き残った子供はただ1人。
残った子供は落ち着きのある末っ子であったという。
10人はいたらしい子供らの死に王自身も嘆き、心労の後に没した」
煎じた薬草にお湯を注ぎ、薬湯としながら
老齢に見えるエルフは昔を思い出しながらつぶやく。
ここはドワーフの里からの帰り道。
マップを見て、ゲーム時代にいたはぐれエルフ、
特定のアイテムをまた特定のアイテムと
週制限で限定数交換してくれるNPCのいる森を
思いだしたファクトは野営ついでにとその森に降り立ち、
狙いのエルフを見つけ、夜の雑談となっていた。
キャニーとミリーの姉妹はドワーフの里で手に入れたのか、
どこからか手芸道具のようなものを取り出し、
聞き耳を立てながらも何かを作っているようだった。
「聞いた限りだと2代目のボンボンが駄目にした、ということだったが
逆に自分にはそこまでできないと冷静に判断しての領土の分割だったわけか……」
「であろうな。元より多くの土地で帝国はその土地その土地に恭順は誓わせても、
軍隊などはそのまま用いていたようじゃ。
反逆の懸念はもちろんあったようだが、実際にそうした国はいない。
もっとも、剣の一振りでドラゴンの首が消し飛ぶような王が相手だ。
反逆の後を考えれば当然かもしれぬな」
老エルフは何事かを唱えると、たき火の明かりの中、
手の中のカップのお茶がぼんやり光るのがファクトにわかった。
「栄養剤みたいなものじゃよ。周囲のマナを取り込みやすくなる。
エルフにはもってこいの物じゃ」
一口飲み、味に問題ないことを確認してファクトは薬草茶を飲み進める。
「軍も統一された形ではなく、強力な一人の王の元に
まとめられた形……連合国状態だったのか……」
「どんな魔物も殺せぬとされた王を殺したのは
自身の子供の死だというのだから皮肉な物よ。
残った子供、息子は考えた。このままでは国は混乱のままに
崩壊していくだろうとな」
国々が従っていたのは帝国ではなく、
帝国の主たる王の力であったからには
それがなくなったと知れ渡れば帝国が荒れるのは目に見えていた。
当時の息子はそう考え、一計を案じたのだった。
「そして各地での戦いに対応できず疲弊することが目に見えている状況で
被害が大きくなる前にある意味、降参したわけだ……なるほどな。
下手に1つの帝国という枠に収まっているより、
自由にやらせた方が速いし、確実だ」
表向きには今の王家たちは帝国から自主的に独立、分裂したものとされているが
実際には分裂前にその打診があったのである。
国のトップに立つ人間が、限界だからとその領土を手放すということは
簡単なようで容易ではない。
疲弊する前に割り切ったことを出来るあたり、
さすが帝国の継承者、というべきか。
見たことのない帝国の後継者にそうファクトが思いをはせる姿に
エルフは笑みを浮かべ、続きを口にする。
「うむ。今は西方諸国の一角に小さな小国となっておるよ。
まあ、帝国を恨んでるものもいないわけではないがの、
元々残虐な国というわけでもなく、周囲の目もある。
今さら滅ぼそうという相手もいまいよ」
ファクトにとっては予想外なことに、
帝国そのものは途絶えていないとのことだった。
帝国自体は各地域の軍隊の解散、解放を宣言し、
宝物や金銭を代償として征服した各国に支払、
各国もそれを基本的には受け入れたという。
帝国が領土を大きく保っていたころ、王自身による探索や
国をあげての怪物の討伐などが行われ、手に入れた物資などにより
国の財政としては悪くなかったから出来た芸当であろう。
また、実際に王子や王女を殺した怪物たちは
いくつかがまだ残っており、
残党を相手にするにしてもトップのいない帝国軍は何の役にも立たなかったのだ。
帝国の宣言の後、軍は各地に吸収、併合となっていった。
帝国は分裂し、軍隊も多少のしこりは残しながらも
内容の多くは現地民だったこともあり
スムーズに話は進んだという。
そして、帝国の始まりは最後に残ったその小国だったというのだから、
始まりに戻っただけといえるのかもしれない。
険しい山に囲まれ、元火山の大きな湖を抱き、
静かな田舎の国だということである。
「とはいえ、その子供も事故で命を落とし、
元の王の血筋は途絶えておるよ。元々の住人以外は多くが去り、
今は国というより集落というほうが近いのかもしれんな」
「そうか。話が聞けるならと思ったが残念だ」
巨木のうろを屋根代わりにし、森が似合う老エルフは
そんなファクトの言葉に笑みを浮かべ、頷いた。
「さもあらん。お主と王は恐らく同郷であろう。
良き友となれたかもしれぬな」
ぴたりと動きを止めるファクト。
エルフの言葉には特別な感情はなく、
当たり前の事項を淡々と確認しているだけのようですらあった。
この老エルフはどれだけ生きているというのか。
ファクトの記憶にある設定通りだとしたら、1000年以上生きていることになる。
周囲の状況が変わりながらも、この森とエルフだけは変わらなかったに違いない。
わずかな硬直の後、顔を上げたファクトはエルフへと向き直る。
「俺と帝国の王のことを知っているのか?
いや、だからこそこんなに詳しいのか……」
ファクトの知る設定ではこのあたりの森から出られない
老エルフではあったが、障壁があるわけでもない現状では
外に出たことがあるのかもしれないな、とファクトは感じていた。
「魔法の手ほどきをしたことはあるぞ。
その時にも感じた精霊の気配、その質はこの時代の物ではなかった。
長く生き抜いている私ですら懐かしい記憶の彼方にあるほどのな。
全てが終わった時、またくるがいい。
長い時を生きるのに必要なことを学ばせてやろう」
それきり、エルフは押し黙りたき火を見つめ始めた。
ファクトはエルフの言葉に込められた意味、
自身が恐らく人の寿命にとどまらないということを感じ、
寄り添って既に寝始めている姉妹と
どれだけ同じ時間を過ごせるのかと新しい悩みに苦しむのであった。
帝国はいわゆるハーレム系主人公の1人の手により、
足早に作られ、そして主人公頼みの未熟な基盤ゆえに
あっさりと崩壊した感じです。
いざという時の継承準備ぐらいしておけばよかったのですが、
チートな自分が死ぬはずが(笑)
みたいなまま人生を過ごしてしまったようです。
各国が帝国の領土分割、解放にあっさりと従ったのは
それでも王の子供にまだ未知の力が
眠っているかもしれないという恐怖もあったのかもしれません。