198「聖剣、名剣、その答え-6」
話的には進んでないんですけどね、ええ。
8/14/23.52:変なところに残っていた文章を削除。
「出来た……」
部屋にファクト1人の声が小さく響く。
灯りに照らされ、その手の中で輝く短剣以上、小剣未満といった様子の細見の剣。
その刀身は透明であった。
アイテム名称は複合宝石剣アレキサンドライト。
柄付近の各種宝石が本来無色の刀身を色付けする観賞用としても
非常に評価の高くなりそうな短剣である。
ところが、製法と材料は情報が出ていたがゲームでは事実上、未実装であった。
メインとなる石英のほか、確かにユニークモンスターの素材、
というわけではなく単に宝石を多種必要とするというだけだったのだが、
一部の宝石ドロップが未実装だったためだ。
ファクトは周囲に転がる失敗の結果の残骸を見、
この部屋に籠った時を思い出す。
「アレキサンドライトか……確かに全部あるな」
(卒業試験というわけだ……ふむ)
マルディンに案内された部屋で、最初の1週間は
あれこれと技術を教わり、ドワーフの鍛冶と人間の鍛冶の違いを
様々に学んだファクトであったが、材料を前に沈黙する。
複合宝石剣アレキサンドライトは名前の元となった宝石と違い、
最初の色は無色である。
周囲の宝石により、元の宝石のようにカラーチェンジを行う特徴がある。
が、ファクトが作成を躊躇理由がいくつかある。
一番大きいのは作ったことがゲーム時代を含めてゼロであることだ。
単純に、不安だったのである。
同じものでも出来上がりは人によって違うらしいとも聞いている。
ただの装飾剣ということもあれば、必殺の剣にもなるという。
未知への楽しみも確かにファクトの中にはあるが、今はスキルも使えない。
正確にはポーション類で回復さえしてしまえばいいし、
数日で復活する状況で、使わない、というべきであった。
(でもな……ドワーフは何も特殊な技は使わない、
先祖代々の一人の力で作るのだ。なんて言われちゃあなあ)
1つ1つ、材料となる宝石を棚から作業する場所へと移動させながら、
真っ黒になったままの自身のMPゲージを眺めるファクト。
ファクト自身の理屈、常識でいえばファクトは今、
スキルを使ったアイテム、ファンタジー的な特殊な物を作り出せない。
原始の時代のように、木々に石を紐で括り付け、鈍器とする。
そんなことしかできないのだ。
だが、それでいいのだとマルディンはファクトに伝えた。
マルディン曰く、そもそも最初に物を作ったドワーフなり人間に
ファクトの言うスキル、特殊な能力などあるわけがない。
1から石を削り、木々を選び、金属を溶かして作り上げたのだ。
先人にできて我々にできない道理はない、と。
(確かにその通りだ。そのための部屋、か)
ファクトの視界に入るのは炉のための換気口以外は真っ白な部屋。
材料が無造作に置かれている棚ですらなぜか白。
座布団のようなものに座り込み、じっと考えるファクト。
マルディンは一人で結果を出すものだから、と
既に退室していた。
時計のない、日差しもわからない場所で一人。
耳鳴りが襲ってくる中、ファクトは考える。
そもそもなんのために物を作るのか、と。
強力な武具を作り上げ、その造り手としての名誉だろうか?
あるいはそれらをしかるべき場所で売り払い、莫大なお金を得るためだろうか?
はたまた、誰よりも優れたその武具で行う討伐、殺戮のためか?
(ある意味ではどれも当たりでどれも外れ……というかゲームとしての利益だもんな)
思いついた理由がある意味で正しいと思うのは当然のことであった。
なぜならそれはファクト自身がMDのゲーム内でやっていた行為そのものなのだから。
特別なことではなく、ゲームで物を作るということはそういったことが付いてくる。
武具であれば何かを殺すために使われ、
売らずとも倒せばお金や名誉が手に入る。
逆に、1つだけなんてありはしないのだ。
「まずはそれを自覚することから」
主材料となる魔水晶と呼ばれる無色の水晶を手に取り、眺めるファクト。
そこに映る自分の顔を見て、考える。
何故、こんな世界に来てまで物を作るのか。
それは転じて、この世界で何をしたいかということになるとファクトは思った。
英雄を何人も導き、やってくるであろうゲーム的なラスボスに
挑んで撃破してもらうため……と表向きにも思っているのは間違いなかった。
ではそれはなんのために?とファクトの心のどこかが呟く。
別にいつ起きるかわからないのだから
その日まで好き勝手にいきてもいいじゃないかとも。
人間としての当たり前の欲望が一人となったことで
むくりと起き上がってくる。
自制している欲求といえるそれらの感情たち。
彼らは言う。
例えばため込んでいるお金を使ってあちこちで豪遊したっていいじゃないかと。
それこそ自分好みの女性の人生を丸ごと
いくつも買いあさって好きにすることだって
手持ちの純銀貨を考えれば不可能ではないではないかと。
人気のある娼婦、といったところでファクトの所持金を考えれば
駄菓子を大人買いする程度でしかない。
気が引けるというのなら奴隷や借金で首の回らなくなった子を
暴力的な金の力で助け、恩を着せれば良い。
あるいは悪人が尽きないように、世の中からなくならない
苦労する人を適当に武具を作って譲渡することでその障害を踏み砕いたっていい。
誰も不幸じゃない、そんなことだってできるだろうと。
苦労する必要なんてどこにもないじゃないかと。
(そう……だよな)
自身がこの世界において、実はどれだけの危険物であるかを
ファクトは考えているようで考えていなかったと言っていい。
前線向きではない、と考えるファクト程度ですら、
STR以外のステータスも考慮して一般人の顔をきっちり殴れば
首がもげて飛んでいくような状態なのだ。
実際問題、最強の相手とは戦えなくても武装し、
準備さえすれば大抵の相手はなんとかなる。
その上で伝説に出てくるようなアイテムを条件さえそろえば
量産さえして見せる。
つまるところ、歩く国家のようなものだ。
当たり前すぎてあまり考えてこなかったこと。
そんなファクトがなぜこの世界にいて、何をしたいのか。
様々な出会いと出来事で今、やろうと思えることはある。
果たしてそれは本当にファクトがやらなければいけないことなのだろうか。
ファクト自身はイレギュラー、いないはずの存在である。
であれば手を変に出さないのが
正しい姿なのかも……知れないというのも一面の真実といえるかもしれない。
英雄をなどというが、それはファクトの勝手な押し付けなのではないだろうか。
(俺が手を出したことで本来でない犠牲が出ている部分だってもしかしたら……)
否定的な話を考えるとやはり最後には、
ファクトの世界への干渉そのものが余分なのかもしれないという考えに至る。
だが……どこかに閉じこもっていたとして、
影響を全くゼロということはなかなか難しいのも事実である。
その意味でいえば誰にも知られず、火山にでも身を投じるのが
一番影響はないであろうが、
逆にファクトがそうしなければならない理由はどこにもない。
そうでなくても世界はもともと、一人一人のエゴや
望み、やりたいことなどの干渉によって出来上がるのだ。
普通ではないとして、
一人の干渉で世界を全部どうにかできると考えることが
間違いともいえるのかもしれない。
ファクトの呼吸だけが聞こえた部屋に、
無機質な音が響く。
ファクトの手からいつのまにか手に持っていた透明な石、無色水晶が落ちていた。
半分となって。
価値としてはあまり高いとは言えない、
特殊能力もそれだけではつけられない無色水晶。
なぜか2つに分かれたそんな水晶を見て、ファクトは1つの出来事を思い出す。
それはVRとなったMDでの出来事。
ファクトが疑似現実であるVRにも一通り慣れ、
ゲーム中の生活スタイルを確立した頃であった。
街の一角で、露店の整理をしていたときに
話しかけてきた少年少女がいた。
おのぼりさん、といった様子で街の喧騒に驚きながらである。
ファクト自身は最初、そういうロールプレイかと思ったが
どうやら開始して間もない初心者プレイヤーだということに気が付く。
少しでもゲームのことを調べていれば、この町に
今の装備よりも性能のいいセット装備が事実上、
無料で手に入ることを知ることが出来るからであった。
もしかしたら何も知らない相手なのではないかと、
整理の手を止めて話を聞く姿勢をとった。
話の内容は特別な物ではなく、魔水晶で何か作ってほしい、
という依頼であった。
その時ファクトの心のどこかに、そのぐらい調べて作る物を絞ってほしい、
という感情がなかったかといえばウソとなる。
だが、話をしていくうちにそれも無理はないかとも思い始める。
彼らはゲームを開始してまだ三日目だという。
確かに装備も初心者用の初期配布のものであったし、
それすらまだ新しさを感じさせる消耗具合であったのだから。
考えてみれば、公式に用意されているもの以外は
プレイヤーの善意による運営であり、
説明書ではないのだから全員が読むこともないと言えばないのだと。
「作る物を指定できずすいません」
顔に出ていたのか少年のほうがファクトへと謝ってくる。
ゲームの中だというのにお辞儀まで丁寧にしてくる相手に、
慌ててファクトは首を振り、それを止める。
「いや、こちらこそせっかくのゲーム仲間に悪かったな」
「ゲーム仲間?」
それまで少年の横で静かにしていた少女が
今日が初めましてですよね?といぶしがる。
そんな少女に向け、ファクトは出来るだけやさしく見えるように微笑んだ。
「一緒のゲームでプレイし、交流する相手はもう仲間だ。なんてな」
「ふふっ、面白い人なんですね」
我ながら臭いなと思っているセリフを堂々と言い放ち、
ファクトは少女を笑わせることに成功した。
「で、記念品か? それとも実用品がいいのか?」
恥ずかしさをごまかすように、早口でいうファクトに
2人は立ったまま考え込み、少年が口を開く。
「出来れば両方が……無理ですかね」
知識が足りずとも、きっと世間的には厄介なことを言っていると
自覚はあるようで少年は様子をうかがうようにつぶやいた。
「初めてのレアだから、大事にとっておきたいけど、
装備的にはそんな余裕もないから何か使えるものが欲しいの」
少年の言葉を少女が補足し、初心者がイメージしやすいように
実体化しているアイテムボックスに手をつっこんでごそごそしている。
それまでファクトは押し黙ったままだ。
その沈黙を報酬は何かという催促だと考えたのか、
少年も少女に従ってなけなしのお金をアイテムボックスから取り出そうとし、
ファクトの無言の右手によって止められる。
「え?」
そのまま、無言で少年の右手をあちこちと揉み、
それだけでなく立ち上がり、ファクトの手は
少年の二の腕、肩、そして背中へと移動していく。
「あ、あの?」
「良い体だな。ああ、お金の追加報酬はいらない」
戸惑う少年に、ファクトは笑顔でそう言い放った。
「!? そういう報酬!? に、兄さんはダメよ!」
慌てて少女が少年とファクトの間に入り込み、
鬼気迫った表情でファクトをにらんだ。
「え? いやいや、ステータス配分に失敗していない
バランスのいい体だってことなんだが……」
事実、初心者はやりたいことにあっていない配分にしてしまうことが多いのであった。
顔を赤くして固まる少女を放っておき、
ファクトは少年から手を放して考え込む。
データ上、そしてスキルではファクトはある種チートのような存在だ。
なにせ開始すぐのゲーム内において
一定の実力を最初から引き継ぎとはいえ、所持しているのだから。
同一メーカーのゲーム間でのコンバートを前提とした
実験の側面があるタイトルとはいえ、運営もよくもまあ踏み切った物だと
いまだに引き継ぎについてはファクトは考える。
「短剣……だな」
「え、できるん……ですか?」
アイテムの種類をファクトが呟いたことで、
その事実に気が付いた少年にファクトは頷く。
駆け出しの職人であればただ作って終わりの
レアな無色宝石、魔水晶の短剣。
だが、今から作るのはファクトである。
元々魔水晶の短剣自体は悪い物ではない。
理由としては特別な力はないが、相性の悪さという物もないためだ。
リーチは別として、どの属性にも無色、無属性というのはダメージが通るのだ。
例えば普通なら物理がほとんどきかないような相手でも、
一定ダメージは通るということだ。
「ちょっと待ってろよ」
魔水晶の加工は一般的な鉱石と違い、
熱を使わないために露店の場所そのままでも作業可能であり、
ファクトは今回もその場で行うことにした。
メニューから可能な特殊能力等を確認し、
ファクト自身にとってもVR世界でまだ新鮮味の残る作成スキルを実行する。
光とともに出来上がる透明な短剣。
少年少女の目から見て、それは特別であった。
「すごい……」
出来上がった短剣を手に、笑顔がはじける2人。
ファクトにとっては余裕のある中での1品であったが、
彼らにとってそれは……まるで聖剣ですらあった。
(あの時の2人は元気かな……)
ファクトはそうして、自分の中に残る
誰かに何かを作った記憶が一番思い出しやすく、良い気分になることに気が付いた。
その時の笑顔と、暖かくなった気持ちは
苦労して手に入れたレア素材で自分のために作ったアイテムでは
感じられなかった感情であった。
その中でも強く感じるのは、楽できる、
強敵を倒せる、といったものではなく。
これで楽しめる、と相手が言ったときだった。
急に、焦点が合う。
何のために作り、生きるのか。
英雄のためというのも間違いではない。
だが、その英雄が何かを成し遂げた結果、
本人が楽しい人生を過ごせるようになること。
それが大事なのだと。
それは包丁であっても武具であっても同じ。
倒すためでなく、
守るためでなく、
儲けるためでなく、
賞賛を受けるためでなく。
明日を創るための物。
自分の作った物で、誰かが明日を明るく過ごせるのが幸せなのだ。
その時ファクトは何かの音が、響いた音を聞いた。
手の中で、2つに分かれていた水晶がまたくっつき、さらに長細くなっていた。
武器生成スキルはまだ封印中である。
そのため、これはそのスキル以外の現象であった。
エルフの秘伝、ソウルフルシードにも似た、素材と通い合う感覚。
精霊が見える、というのも少し違う。
素材がただの素材ではなく、体の延長のような馴染む感覚。
ファクトは次々に宝石を手に取る。
トパーズ、エメラルド、ルビー。
どれもがそれぞれの特徴ある感覚とともに
自身の特徴や、意志を伝えてくる。
使え、そして作れと。
そうしてファクトは無色水晶をいくつも手に取った。
やることはわかっている。
「来たれよ。産まれよ」
ぼそぼそとしたつぶやき。
それはスキル未満の呼びかけ。
実際のところ、ドワーフにだけ伝わっている古代の製法。
マルディンに教わるでもなく、ファクトはそれを導き出していた。
かつての職人たちも、そうして素材に導かれたのだ。
方面のざらつきが滑らかになるように、
瞬きの間にファクトの指先が動くたびに水晶が伸びていく。
それはいつしか柄のある刀身となる。
次に宝石類を同じように刀身に添え、撫でていく。
溶けあうように一部が同化していった。
元より複合宝石剣アレキサンドライトは斬るには向かない形状をしている。
メインの刀身の根元に、枝葉のように宝石がつくのだ。
1つ、2つ。
そうしていつしか宝石剣はその形を成した。
最後に持ち手となる部分に、ゲームにはない材料である精霊銀を
薄く延ばして巻き付け、形を整えてくっつける。
接着剤を使うこともなく、
最初からそうでした、と言わんばかりに宝石と
精霊銀は溶け合い、接合面が融合していた。
出来上がった短剣をそっと手に取る。
元々備わったユニークな能力以外、
特別に火を起こすとかそういった能力はない。
いらない、とファクトは思ったのだ。
魔水晶としての基本能力は無属性、
そしてアレキサンドライトが持つ能力は属性変換、そして属性無視。
融合した宝石類は各自属性を持つ。
その属性に刀身が自在に変わるのだ。
威力の補正はなく、100%のまま。
それだけではスピリッツもきれる、という剣でしかない。
便利ではあるが強力無比、というわけではないのだ。
だがこの短剣の目的は別にあった。
いつか出会うであろう黒の王。
設定上、討伐できないようになっているかもしれない相手。
もしいなくなればゲームが終わってしまうがゆえに
特殊な属性が付いているだろうことが予想される相手。
ドワーフの職人では属性変換までが
限界であった物に備わった能力、属性無視。
それはきっと、システム上で保護されているような
相手ですら貫く、ヤドリギのような物になれるという確証がファクトにはあった。
「出来た……」
灯りに照らされた短剣に満足し、
シンプルな革の鞘にそれを差し込み、部屋を出る。
「出来たか」
「ああ」
何を感じたのか、部屋から出てきたマルディン。
彼の問いかけにファクトは短剣を見せることで応えた。
階段を上り、建物を出る。
外に出た2人を照らすのは街灯ではなく、月明かりであった。
システム上の不死属性、いわゆるイベント上勝てない相手も
貫けるアレ気な短剣になります。