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197「聖剣、名剣、その答え-5」

部屋は明かりに照らされていた。


汚れが出ないようにか、壁にいくつも備え付けられた魔法の明かり。


燃料代わりの特殊な魔石が、確かな技術を感じさせる透明な容器で光っていた。


水晶ともガラスとも区別のつかない透明な容器は装飾が施され、

増幅装置として十分な光量を部屋に提供していた。


そんな部屋で男が2人対峙している。


正確には壁際にある炉の前で、

ドワーフの男が1人、仕上げを残すのみの長剣を磨きながら

横に座る人間の男に問いかけているという図であった。


ロックワームたちの襲撃を切り抜け、

戻ったファクトらはそのまま宴会に突入した。


ロックワームの襲撃はある種のイベントであり、

今回ほどの規模の襲撃は稀、その上にアダムルクワームというレアな相手まで出てきた。


被害も少なくないが、刺激という点ではドワーフらにとって

今回の襲撃は大きなイベント同然であったのだ。


宴会は数日続き、その間に負傷したドワーフもおおむね、体調を上向かせていた。


そんなある日、ファクトはマルディンに呼び出され、部屋に2人きりというわけである。


「聖剣、聖槍、聖斧……これらとは何だと思う?」


問いかけられた人間、ファクトはそれにすぐに答えられなかった。


それは問いかけた側であるマルディンもわかっているのだろう。


返事を待つ様子もなく、剣を磨き続けた。


その手際の良さを見ながらも、ファクトは問いかけの答えを考える。


ファクトの持つ知識、経験の元はゲームであるMDである。


当然ながらプレイヤーメイドの商品はたとえば聖剣ではない、とファクトは考えていた。


性能の良い名剣、ではあったとしても、だ。


多くのオンラインゲーム、そのゲームバランスに置いて、

プレイヤーメイドのアイテムがゲーム内の最上級アイテムと比べて

良くて同一、ほとんどが未満扱いなのはどうしようもないことであった。


それがゲームバランスという物であるし、シナリオや

イベントに対するモチベーションの源であるといえる。


それゆえに、ゲームのMDとしての経験者であるファクトには

聖剣を生み出すことはできない。


だが、現実……この世界がゲームではないのであればどうだろうか。


誰かの作った物は誰かの作った物よりも良い物である。


料理であったり、ただの道具であったり、

そして武具であったり。


そこに明らかな優劣は産まれ、誰かは誰かに抜かれることになる。


では……その上で聖剣、聖槍、聖なるものとはなんだろうか。


「尋常ではない性能を持った物……曖昧すぎるな」


「うむ。大岩を一刀の元に両断する剣があったとしてそれは聖剣であるかとは誰も言えない」


呟かれたファクトの答えに、マルディンは顔を上げることなく答える。


冬の景色を真夏のように変える炎の槍があったとして、

火山すら雪原に変える氷の斧があったとして。


闇にうごめくアンデッドをたやすく滅ぼす剣があったとして。


それらは全て良い物、ではあっても聖なるものだと万人が言えるものではなかった。


では何が聖なるもの、伝説のように聖剣などと呼ばれるのか。


「一つ言えるのは、作り手が人でないものは聖剣足りうるということだな」


「人ではない……神や天使か?」


答えながら、ファクトは確かにそうだろうな、とも考えていた。


ゲームでいえばプレイヤーを超えた存在、つまるところ

GMらとも少し違う、制作陣らが設定し、作り出したものは聖剣と呼ばれる。


それはデータがどうこうということではなく、存在としての設定であるので

万人がそう言えるものとなるだろう。


(そう考えるとゲームの中の人間にとって製作者だとかは神そのものだな)


ふと、自分の手足から糸が伸び、世界の外側から

見知らぬ男女が笑いながら操っている図を妄想し、ファクトは思わず首を振る。


どうせこの世界がどんなものであるかは証明できないことなのだ。


余分なことを考えている場合ではない、と思い直した。


「1つはそうだろうな。だが、天使が聖なるものだと思うのは我々だけだろう。

 怪物らにとっては天使や神こそ邪悪だ、と思うだろうな」


「確かに……俺たちにとっては闇だとか邪だとか呼ぶ相手も

 その陣営にとっては【聖なるもの】だな」


ほとんど仕上がっていたのか、細かな部分のやすり掛けに入ったマルディンは

茶化すようにつぶやき、ファクトも頷きながら答える。


火、水、風、土、雷、氷、光、闇。


世界にはさまざまに属性と呼ばれる力の種類があるが、

では火の力を持った武具は聖なるものと呼ばれないのだろうか?


実際にはそんなことはない。


強力で、人類を勝利に導いた英雄の炎の槍は聖なるものとして扱われるだろう。


「つまりは人やそれらの理や次元を超えていそうな先にある物が

 誰かしらにいつのまにか聖なるもの、聖剣などと呼ばれる……と」


「ああ……そうでなくても名品以上、聖なるもの未満の武具は歴史に多い。

 ドラゴンを両断したというバルディアスソード、不死の軍団ごとリッチを打ち砕いたという

 魔槍ゲンダリス。あるいは千の軍勢を落雷の餌食にしたというライトニング・ザンパー。

 全て神ならぬ手によって作られたといわれている」


いつしか握りしめた手に力が入っていることにファクトは気が付き、

それをほぐす間にマルディンの口から出た覚えのある名前たちに胸が高鳴った。


ライトニング・ザンパー以外の2つも、ゲーム時代に聞いたことのある

設定上のNPCが生み出したというユニークアイテム達だ。


実装はされたと聞いたことはないが、話だけは聞いたことがあったのだ。


人の手によっても名品以上の、聖なるものに近い物は作れるという。


「なら……エルフの術を学び、ドワーフの技を手に入れ、

人の歴史を身に帯びた人間ならいいところまでいけるだろうか?」


「かもしれんな。結局は歴史が、民衆が決めるのさ。

 あれは、聖なるものだ、と。強いから聖なるものと呼ばれるのではない。

 信仰の対象足りうるもの、それが聖なるものだ」


言外に、自分が力を振り絞ればどこまでいけるとかという確認を口にしながら、

ファクトはマルディンの言葉に頷いていた。


確かにその通りで、伝説の武具であろうと

それは伝説という肉がついたから聖剣などと呼ばれるのであって

最初から聖剣と呼ばれていたわけではないのだ。


逆に言えば、変哲のない鉄の剣であったとしても

その可能性の高低は別として

使い手が偉業を成し遂げればそれは聖剣と呼ばれる可能性を秘めるのだ。


「今は魔力が回復しないのだったな? ちょうどいい。

 2週間で叩き込んでやろう。ドワーフの技という物を」


にやりと、マルディンは笑いファクトもそれに答えた。










「むう……寂しい」


「確かにねー、ファクトくんったらミリーたちも追い出すんだもん」


ドワーフばかりの酒場で、姉妹はテーブルにつっぷして暇を持て余していた。


ここには冒険者ギルドなどはなく、依頼もわずかなものばかり。


鉱山の鉱夫すらもドワーフであり、それなりに屈強な体を誇るのだから

護衛もあまり需要はない。


腕を鈍らせないためにもあれこれと手を出すも

それも限界に近いといえる状況であった。


最近ではドワーフの子供たちと遊ぶ有様なのだから

高が2週間、されど2週間である。


その甲斐があってか、ドワーフらと仲良くはなれたな、と姉妹は思っている。


実際にはドワーフたちは文化面以外では閉鎖的というわけでもなく、

やってきた客人にはもてなしをするし、

妙な警戒もしていなかったので酒を飲み交わせば即親友、であった。


そろそろファクトに文句を言うべきか。


そう2人が考え始めたのは満月になりそうな日の夜。


日差しのあるうちに、空に浮かぶ月は白く薄い姿ながらも大きく、

そろそろ満月であることを示していた。




「魔法が月に影響を受けるって本当かしらね」


「本当なんじゃないかな。アイスコフィンの感覚もやっぱり違うし、さ」


宿代わりの建物の部屋で、窓から半分身を乗り出しながら

姉妹は空を眺める。


見つめる方向にはファクトが籠っているはずの建物がある。


もうすぐ2週間がたとうとしていた。


既に魔力は自然回復をはじめ、スキルも封印が解除されているはずだが

実際にはファクトはスキルを使わず、建物に籠っていた。


「明日ぐらいは帰ってくるように言わな……何、この感覚」


「んんっ。動いてる……? お姉ちゃんと私の間に……ううん。これ、ファクトくんかな?」


既に月は真上にあり、夜も遅い時間。


表現のできない何かが、自分の体と目の前の家族とを行き来し、どこかに

流れていくのを姉妹は感じていた。


それは魔力ともいえない、まさに何か、であった。


それを姉妹が感じたのには理由がある。


1つはファクトとパーティーを組んでいたため。


1つはファクトの作った武器であるアイスコフィンを腰に下げたままだったため。


そして、2人ともファクトと魂というべき次元で一度混ざりかけたためであった。


以前、レッドドラゴンの攻撃で重傷を負ったファクト。


その回復のために必要な行動として、キャニーたちはファクトの

体に宿る精霊たちと同調し傷をいやした。


危惧された記憶の混同、人格の変化はその時は起きなかったが、

実際には確実な変化があったのだ。


それは世界の異分子といえるプレイヤーとしてのファクト、

その魂と触れあうことで影響を受け、半プレイヤーというべき存在への変化。


強力な怪物と戦うだけでなく、そんな根本での変質が

姉妹の能力を押し上げていることには誰も気が付いていない。


整えられた訓練施設で一人前になる訓練を受けているわけでもなく、

比較できる境遇の人間がそばにいるでもなく。


互いにユニークな存在であるがゆえに気が付かなかった異質な部分。


それが今、ファクトが起こしていることを感じ取っていた。


空と、地面と、あらゆる方向にその流れが揺らめき、そして集まっていった。


「できた、のかしらね」


「たぶん」


その感覚に、姉妹はファクトが籠る理由がなくなったことを感じ取っていた。


月明かりと町の明かりを頼りに2人は走り出す。


影が踊り、絡み合う。


ペースを考えない疾走の後、2人はファクトが籠っているはずの建物の前にたどり着く。


そして、建物の扉が開いた。


中から出てくるのは2人。


1人はドワーフであるマルディン。


そしてもう1人であるファクトは姉妹の姿を見つけると、

笑いながら鞘に入っていない一振りの短剣を手に、その右手を上げるのであった。



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