196「聖剣、名剣、その答え-4」
「こっちだ! 早く!」
「すまんの! ほうれ!」
蛍光灯のような真っ白な魔法の光で照らされる空間でファクトは叫んでいた。
その横を手押し車を押してドワーフたちが汗だくになって駆け抜けていく。
普段から往復を繰り返しているのだろう。
決して良い状態とは言えない通路で、ドワーフたちは急ぎながらも
バランスを保ちながら走る。
思ったよりは速い、だが現状起きている事件から
逃げるためと考えると速いとは言えないそんな速度。
さらには怪我をした様子のドワーフが何人もおり、
焦りといら立ちを感じながらもファクトは手にしたハンマーを前に突き出して警戒を続けた。
「ファクト!」
「わかってる。キャニーとミリーは負傷者を頼む!」
これから遭遇するであろう相手を考えると、
いっそのこと2人にはそちらに回ってもらった方がいいかもしれないとファクトは判断した。
ファクトの視線の先には今はまだ何もいない。
だがその先に厄介な相手がいることをファクトは知っていた。
赤ん坊が生まれた不思議な場所から戻ったファクトたちを待っていたのは事件であった。
途中の部屋のドワーフへとリュミシアをひとまず預け、
今後のことを話し合おうと地上に出たときのことであった。
里が、騒がしかった。
いつの間にか井戸端にいたドワーフたちはいなくなり、
緊張した面持ちで何人かのドワーフが走っている。
「あ、長! 大変です。奴らが出ました。いつもの10倍はいますぜ」
「なんだと!? ええい、今年で何回目だ……すまんな。
話はひとまずなしだ。片づけないといけない厄介ごとが出来た」
マルディンは若いドワーフの報告に顔をしかめ、
苦々しい表情のままにファクトらへと頭を下げてすぐさま駆け出した。
だがそんなマルディンに並走する影がある。
「人間でもやれることはあるだろうさ」
横を向いて、何をとマルディンが問いかける前にファクトはそう言い、
多くは言わずに姉妹とともにマルディンについていく。
言葉を交わすまでもなく、キャニーやミリーにとって
首を突っ込まないという選択肢はない。
何よりファクト自身が厄介ごとならぬイベントに首を突っ込まずには
いられない性格をしていることは十分知っているからだ。
マルディンとともに駆け抜けた先にあるのは岩肌と洞穴。
それはドワーフたちが長年掘り続ける鉱山へと続く道の1つであった。
水晶竜が元々いたスピキュール鉱山が
世界の流れによってその資源を絶やさないように、
このドワーフの鉱山も時折ふさがっているのは明白であった。
それはもっと掘りやすい場所がすぐそばにあるのに
そこには掘られた跡が無かったり、
古い採掘道具が突き刺さったりしたままなどが証明していた。
ちらりと、そんな光景を目にしてファクトは胸の中で
資源のインフレが起きない理由がなんなのか、ふと思っていた。
その答えが出る前にマルディンは洞穴に飛び込む。
何人かのドワーフが合流し、そのまま薄暗い洞窟を駆け抜けた。
ここまで来るとファクトやキャニーらにも
洞窟の中の気配を感じられた。
距離や場所はともかく、何か戦いが起きている……と。
「左は脱出済みです。正面と右がまだきっと……正面何か来ます!」
慌てて報告する中年のドワーフが思わず後ろを振り返る。
その先から駆け抜けてくるのは同じような格好をしたドワーフたち。
全員が手押し車を走らせている。
「まだ奥に皆が!」
「うむ! ファクト、では手伝ってもらおう」
マルディンがつぶやき、背中に背負ったままのハンマーを手にする。
道中、ドワーフの1人から受け取っていたそれは緑色の光をまとっていた。
マルディンに続く形でファクトたちは正面の通路に飛び込む。
しばらくしてまた広間に出たところで既に武器を構えたドワーフたちと合流することが出来た。
「長! ここは我々が。見習いたちがどこかにいるはずなのですが……」
「なんだと……よし、私が左に行こう。
ファクトたちはここで正面と右からの迎撃を頼む」
何を迎撃するのか、といったことを告げずに
マルディンは数名のドワーフとともに走り出す。
ファクトはそんな背中を見つめながら、
信用しすぎじゃないか、と苦笑しながらつぶやいた。
そう、マルディンはファクトは皆まで言わずともドワーフに
襲い掛かっている物の正体を知っていると考えているのだ。
ファクトが何も聞かずにある武器を取り出したことが理由なのだが、
姉妹にとってはそれはわからないことである。
未知の相手がやってくるであろう状況に、
緊張した面持ちでダガーを手にしている。
「……ファクト、何が来るの?」
「簡単さ……長くて、時には太くて硬いやつらだ」
キャニーの疑問に、茶化すようにして答えるファクト。
相手のことを知っている現場に残ったドワーフたちは
それを聞かされているのが女であるキャニーとミリーであることに気が付くと
思わずという形で笑い出す。
「もう、ファクトくん。そういうのは3人きりの時に、だよ!」
ミリーがなんとなく察し、刺さっているのかはわからないが釘を刺した。
一体何のことか、とキャニーが問おうとしたとき、
誰よりも早くキャニーとミリーが気配を察知した。
「何か来た……」
じっとしていないとわからないような微妙な振動。
恐らく採掘作業をしていては気が付かないであろうきっかけとなる振動。
徐々にそれは大きくなり、気配もファクトらに近づいてきた。
と、視線の先でまたドワーフが2人ほど手押し車を押して走ってくる。
(後ろについてきている! 近い!)
ファクトの視線の先にはドワーフと岩肌しかなかった。
だが、その先に奴らがいることをファクトは感じ取っていた。
音もなく、数名のドワーフと一緒に手に持つのは黄色く緑にも見えるハンマー。
柄は素材である金属のままの色であるが、先にある部分は
ほのかに光り、ファクトの意志に従うようにその光を増した。
ドワーフたちが横を抜けてすぐ、合図もなく
いくつもの光が地面にたたきつけられた。
地面を走る光。
それは水面を揺らす風のようであった。
地面は叩きつけられた場所以外に
めくれるといったことはなく、衝撃はあまりないが何かが地面を走った。
その何かが効いたのか、たまらずといった様子で
相手がが地面から飛び上がる。
「きゃっ!? な、なんなのコイツ!」
キャニーが驚くのも無理はなかった。
まるで巨大な野菜を畑から無理やり掘り起こすように、
大きく地面を引き裂くように飛び上がった物は巨体であった。
おおよそ5メートルほどある長い体。
地球の生き物に敢えて例えるのであれば、
ミミズに似ているといえる。
ファクトたちが行った攻撃の結果にのたうつ相手、その正体の名前はロックワーム。
見た目はやはり巨大なミミズだが、無数の牙を備えた口を持ち、
その皮膚は地中を難なく進むことからも硬いことが予想される。
その食性は肉食というよりも岩食、となるのであろう。
地中とはいう物の、岩盤に等しい鉱山のような地形深くに住むモンスターだ。
普段はオリジナル魔法である地中移動用の魔法を使い、
地中や岩の中を突き進んでいる。
硬く、魔力を帯びた土や岩を好んで捕食するためにだ。
いざという時に削り取り、かじり取るようなその食べ方に
たまたま生き物が巻き込まれ、肉食と誤解を受けるが
実際には肉である生き物よりも……。
「速く逃げるんだ。荷物は放っておいて行け!」
「馬鹿言うな若いの。ここに放ったらあいつらの腹の中におさまっちまわあ!」
「ま、ここであいつらを防ぐのも役割ってものよ」
若いドワーフが、汗だくになりながらも手押し車を止めないドワーフに
手押し車を置いて逃げるように言うがそれは拒否される。
そしてもう1人のドワーフは手押し車、つまりは
掘り出した鉱石類をあきらめないことに賛同を示し、
答えとばかりに武器を構えてロックワームをにらむ。
ロックワームが魔石やその類を感知し、光に虫が集まるようにやってくることを
ドワーフは経験で知っている。
その多くは人やドワーフの手の届かない、あるいは
まだ知らないような場所で過ごしているが、
たまに出会ってしまうのだった。
採掘作業と隣り合わせのロックワームの危険性であるが、
それに負けていては話にならない、というわけである。
とはいえ、今回はその襲撃の数が異常で、思わず逃げているというところだろうか。
再びファクトが地面に向けてハンマーを振り下ろした。
地面を走る光のような何か。
それは地面の中に戻ろうと身をよじるロックワームに当たり、
何かにはじかれるようにロックワームはまた地面の上で暴れる。
ドワーフやファクトらが放った一撃、
それは雷属性のダメージフィールドを発生させるハンマーの力だ。
ゲームではサンダープールという名前の特殊能力で、
ダメージ自体は高くなく、作成時に選べる能力の1つでしかない。
だがそれですら人間の王国らでは失伝してしまった技術であり、
ドワーフたちがまだ研究途中とはいえ、
再現していることにファクトは内心驚いていた。
丘に上がった魚のように、はねるロックワームを
ファクトらの横から抜け出たドワーフらが手にした鈍器や武器で仕留めに回る。
地中を進むための強固な外皮とはいえ、
そのための武器で攻撃されてはひとたまりもない。
何度かのやり取りの後、地面に横たわるロックワームたち。
壁にけがをしたドワーフを横たえ、ポーションを振りかけている
キャニーとミリーはファクトが無造作にロックワームに近寄るのを見る。
その手にはナイフ。
素材にでも使うのだろうか、と2人が思う中で
ファクトは魚を捌くように胴体を切り開き、何かを取り出した。
それは何かの塊。
姉妹にはわからなかったが、それはロックワームが食べ、
体内でため込んでいた鉱石類であった。
どういう理屈で振り分けているかは不明だが、ロックワームが
大量に食べた土や岩から、状態の良い鉱石類だけは
体の別の場所にあるサブの胃袋というべき場所に
納めて後日徐々に消化することをファクトは知っていたのだった。
ゲームではいわゆるプチレアを落とすモブ扱いで、
こうして細かな素材が手に入ることを知っていたが故の行動であった。
その後も救出と迎撃、そして素材の回収を繰り返す。
途中から、さすがにファクトの顔も真剣な物から
嫌気の刺したものになってくる。
それもそのはずで、数を数えるのも億劫なほどとなっていた。
途中から解体行為もひとまずやめており、
共食いのようにロックワームの死骸の中身を
狙ってまたロックワームがやってくるという状況になっていた。
「さすがにきついな……」
「むう……」
マルディンや他のドワーフも困惑する中、
唐突に感じていたロックワームらの気配が遠ざかる。
沈黙が続き、それぞれの呼吸だけがホールに響いた。
「よし、撤収だ」
終わったと判断したマルディンが他のドワーフたちに宣言し、
ドワーフたちも疲れた体に鞭を打ってそれぞれの荷物やけが人を運び出す。
だがファクトは動かない。
「ん? 何を……まさか、来るのか?」
「いや、そうだったら怖いな、ぐらいなんだが……アダムルクワームって聞いたことは?」
ファクトの言葉に、マルディンを含めて多くのドワーフが硬直する。
アダムルクワーム、その名前の意味する怪物の正体に。
ゲーム上は多くの属性に耐性を持ち、個体ごとに弱点が異なるために
多数の属性攻撃を一度に叩き込むのが正解とされるエリアボス扱いのモンスターだった。
だがそんな正体を知らないこの世界のドワーフにとって、
アダムルクワームは不死とも思われているレベルの怪物であった。
「落ち着け! まずは逃げられるものは逃げるのだ!」
そんな相手がやってくるかもしれないということに
場は沸き立つがマルディンの声がそれを抑える。
ファクトはキャニーとミリーに頷き返し、アイテムボックスから
魔力を回復させるタイプのポーションを何本もつかみ出して封を開ける。
ケンタウロスの集団を縛り上げたときから
まだ2週間はたっていない。
封印されているスキルは秘具生成であるが、
魔力の自然回復が無い以上、回復手段はこれしかないと言えた。
そうして満タンからはほど遠い量ではあるが回復を果たしたファクトの耳に
小さな音が届く。
それは天井から小さな石が落ちた音。
あるいは地面の小石が揺れた音。
音の正体に考えを巡らせながら、
ファクトは先ほどまで構えていたハンマーを仕舞い込み、
無手で繰り出す一手を考えていた。
ゲームではとてもできない、そんな一手。
ファクトが感じているのは周囲に転がるロックワームの死骸と、
中に残ったままの鉱石たち。
それらは食べた本人が死亡したことで所有権がフリーとなっており、
フィールドに転がる素材の扱いとなっていた。
つまり、普段ファクトが採取したり武具の生成の際に
フィールドから取り込むものと同じ扱いであった。
思い立ったように、ファクトがアイテムボックスから
1つの適当な、質という点ではなかなかに上等な魔石を
ホールの中央へと投げた。
それは雷の属性を帯びたものであったが、
その属性は今は何でもよかった。
周囲に転がる素材よりも上質なそれは、
ロックワームの上位個体であるアダムルクワームにとって
暗闇に急に明るい光が産まれたように感じられたことだろう。
振動が大きくなり、加速した相手がファクトたちの近くに迫り、
海中から飛び出すように巨体が突き出してきた。
その大きさ、気配に誰もが驚く中、
ファクトは気迫とともに何も持っていない手を振りかぶる。
「武器生成A!!」
生み出すのはジャンルとしては変哲のない両手斧。
要求STRもファクトが満たせるレベルの物。
だがその素材となるフィールドの判定が今回は特別であった。
火山で使えば火属性が、水辺で使えば水属性が。
そんなフィールドの影響を受ける形の武器生成が、
今回は周囲に散らばるロックワームのため込んだ
鉱石たちを影響の範囲とした。
様々な属性の魔石たちが掻き消えるようにして
ファクトの手の中に光となる。
攻撃スキルでもなんでもない、通常攻撃が
地中から飛び出した大木の幹のような胴体へと食い込み、突き抜けた。
斧に込められた様々な属性のうち、1つが正解となり弱点を突いたのだ。
「え?」
「なんと……」
キャニーやマルディンの驚きの声と視線が見つめる先で、
あっさりとアダムルクワームはその切り裂かれた胴体からちぎれるようにして
体の半分ほどをホールに出したまま、息絶える。
その属性耐性とは裏腹に、体力の低いアダムルクワームの特性は
ファクト以外、知る由もなかった。
倒せなくはないが、ゲームとして考えると
人手が無駄にいるか、今回のように赤字となる。
アダムルクワームはそんな相手であったのだ。
その後、30分しても続きが無いことで
多数のロックワームの襲撃、そしてアダムルクワームの出現という事件は終わりを告げたのであった。
アダムルクワームはアイテム版メ○ルキング未満、みたいな。
次あたりにようやく作れます。