193「聖剣、名剣、その答え-1」
雲と空の境目。
どのビルよりも高い空の上で2頭のグリフォンが空を駆けていた。
(あれがそうか……)
太陽の光に目を細め、ファクトは木々の区別がつくようになってきた距離で
目的地周辺であろう巨木と山々を睨むように見る。
山々と森の境目にある巨木と巨岩。
ドワーフの聖地にたどり着くとされる場所。
その聖地の名はグランドバ。
直接見たことのある人間は指折り数えるほどで、
多くは伝承と、各地の著名な職人たちの口伝でしか存在しない。
ドワーフ自体はいくつもの隠れ里を持ち、
時々人間と交流し、街に出てくるということもありレアという話でもない。
だが、グランドバは別だった。
一説には血筋に宿る技法を守るためとも、
その技術、作り出されるものを求めて戦争になることを嫌ったともいわれている。
(あるいは全部正解なのかもしれないな)
ファクトは自身のゲーム時代に経験したあれこれを思い浮かべ、
一人気持ちを沈める。
ゲームの世界でさえ、人は欲望にまみれていた。
ゲームの世界だからこそ、と言えるのかもしれないが……。
職人プレイヤーのある種強引な囲い込み、
あるいは低レベル職人への下心を隠したままのパワーレベリング、
それに付随する従属的な話。
まれに、ではあるがそんな話はなくはなかったのだ。
実際に命のやり取りをし、そのために命をかける武具を作るドワーフに
欲望とそれ以外の感情が向けられるのはある意味、必然なのかもしれない。
「ファクト、ちょっとお腹すいたかも」
「ん? じゃあちょっと休むか」
隣のキャニーからの声に、ファクトは表情を緩めると準備を始めた。
といっても隣のグリちゃんへとジャルダンに近づいてもらうだけだ。
本人がするのはキャンプの用意のみである。
ゲームでは単純に画面が変わり、メニュー画面が開くだけだった行為。
戦闘中でない限りはどの場所でも開け、
仕様としては敵の攻撃を受けず、発見もされない。
一度開いて閉じたらフィールドに関しては再使用に時間がかかるが、
一時退避のような目的でも使えなくはない物だ。
使用者本人以外に、PTを組んでいる面々も入室できるのが特徴である。
つまり、グリフォン2頭に女性2人、そして本人が一度に入れるのである。
上空に独特の穴が生まれ、一瞬にして吸い込まれる3人と2頭。
かくして空に沈黙が降りる。
ファクトはフェンネルから依頼を受け、転送門で内地に戻ってからは
こうしてほぼ地上に降りることなくずっと空にいる状態であった。
邪魔をされたくないというのもあるし、まだ黒い世界地図を埋める作業でもあったからだ。
視界に入ればそこは情報として埋まっていく。
何度空に生まれる太陽と沈む太陽を見ただろうか。
目的地までは後数日もいらないであろう距離にファクトたちは来ていた。
「ねえ、ドワーフってそもそもなんなのかしら。コボルトとかみたいな亜人?なのかしら」
時の止まったようなキャンプの中、
かまど代わりの炉で干し肉をあぶりながらキャニーはつぶやく。
本人にしてみれば大した理由のない、雑談という物である。
「ちょっと違う感じだよね。でも頭がいいとか、人間に友好的だからって
区別するのも違うよね。うーん」
1人用のベッドはあるものの、それ以外に寝具のない空間で
ミリーは3人が寝られるように適当に毛布をしいていた。
しわを伸ばしながら、姉の言葉を受けて自身の考えを口にする。
「亜人、ではあるんだろうな。人、単純に人間という枠から見たら
どの種も亜人には間違いない」
部屋の壁際に、いくつもの武器を並べながら
ファクトは振り向かずに答える。
並べたものの1つにはヒートダガーがある。
ドワーフの里に以前入るときに持っていた物ではなく、
これから向かう先で使ったことのあるゲーム内でも
後に作ったほうに当たる物だ。
見た目はほとんど変わらないが、中身はスキルの上昇もあって
初期に作った物やこの世界にある物とは全く別物と言っていいだろう。
これが里に入るには必要だろうとファクトは当たりを付けており、
その確認のために他の武器も合わせて出していたのだった。
(確かにコボルトやゴブリンとはドワーフやエルフは何か違うが、
決定的に違うとは言えないわけだな)
ファクトが胸中でつぶやくように、この世界の誰もが明確に区別をつけることはできないでいた。
誰かは正しく人語を介すから違うという。
誰かは独自の文化的な生活をしているから違うという。
あるいはドワーフはドワーフであって亜人というくくり自体がおかしいのだとも。
特にゲーム上そこまで設定はないから、
という誰も答えを知らない身もふたもない答えを除けば、
確かに正解はなかったのだ。
多くの長命種や種族たちの先祖がそうであったように、
この世界はある日その時、生まれてしまったのだから。
人間とドワーフの枝分かれに相当する個体、
などという生き物は存在しないのだ。
「明日も早い。適当なところで寝よう」
あれこれと話をしているうちに
ずっとグリフォンに乗っていた疲れが出たのだろう。
3人は炉の火はそのままに眠りにつく。
火事の心配のない、不思議な火が静かに3人と
既に眠っていた2頭を照らしながら時間が過ぎていった。
2日後、3人と2頭は大岩の前にたどり着いていた。
太さとしては雑居ビル1つ分といったところか。
高さは地上に降り立つと空が埋まるほどであった。
この岩1つで元の世界なら何かの観光資源になりそうだな、と
ファクトは思いながら周囲を確認していく。
姉妹とグリフォンは、まるで雲まで届くかのように
上に延びる岩を見上げている。
程なく、岩の周囲に生える小さな木々の隙間に
ファクトは見覚えのある紋章を見つける。
鉱石のようなものを掲げる人影に、
片手に持った松明。
山の恵みと火の恵み。
山からは鉱石と木を、そして火により物を作る。
確かそんなドワーフの特別な紋章だったはず、と記憶を呼び覚ましながら
ファクトはアイテムボックスから必要なアイテムを取り出す。
キャンプで確認していたヒートダガーである。
そして、いくつも描かれた紋章の1つに
何かが刺さりそうな隙間を見つけたファクトはあっさりとそこにヒートダガーを突き刺した。
かつて、ゲームのイベントで同じことをしたことがあったためだ。
もっとも、その時には転送門で直接専用フィールドに飛び、
今回のように長い旅は必要なかったわけだが……。
最初は何かがはまる軽い音。
そして徐々に響く重い音。
「わわっ、何?」
「開くのね……」
3人と2頭が見つめる先、割れ目などないように見えていた
巨岩の一角がまるで切り取られるように割れ、
扉のようにぽっかりと穴が開いた。
グリフォンも通れそうな大きな穴である。
「よし、この奥だ」
適当な短剣に魔法の明かりを灯し、ファクトが中を覗き込む。
灯りの先には、いつかのように通路が長く伸びていた。
恐る恐る、ゆっくりとした歩みで姉妹と2頭が先に入り、
ファクトは最後にヒートダガーを抜きながらすべり込む。
最初と同じような音をたて、岩が動きふさがっていく。
そしてわずかな時間の後、巨岩はもとのなめらかな表面を取り戻した。
森も静寂に戻り、わずかな足跡だけがそこにファクトらがいたことを証明するのみであった。
(空気が濃いな。それに……空の色が違う)
ファクトらが洞窟を抜けた先。
そこは異世界だった。
外よりも空の色が少し濃く、無数の鉱山であろう山々、
そして森が広がっている。
地上の風景だけなら世界を回れば似たような場所が見つかるかもしれないが、
恐らくどこにも存在しないのだろうとファクトは感じ取っていた。
エルフの里でも感じたことであるが、亜人たちの里は
どう考えても同じ地上に存在するとは思えなかった。
まだ未開拓の大陸に実は存在する、という可能性も
あるかもしれないが一番しっくりくると感じる答えが彼の中にはもう存在した。
それはこの里全体がまるまる別の次元、別世界ではないのか、ということだった。
大きな1つの世界に小さな扉でつながった小さな世界たち。
それが里なのではないか、と。
エルフの中には誰も里の果てまで行った者はいなかった。
そして空を魔法で飛んでどこまでも上ろうとする者も。
それは本能的に回避している事柄なのかもしれなかったが、
答えとしては果てがあるか、あるいは空間がループしてしまっているのだろうと
ファクトは考えていた。
きっと、地上を全て焼き尽くし、木々の1本までなくしたとしても
そこにエルフの里も、ドワーフの里もないだろうという
ある種の確証がファクトにはあった。
「すごい山に森、遠くに見えるのは炉の煙かしら……」
「緑の匂いが濃いね。むせそうなぐらい」
落ち着かないのか、グリフォン2頭もあちこちを見るように首を振り、
翼をせわしなく動かしている。
「石畳に汚れが少ないということは手入れが行き届いてるわけか……」
しゃがみこみ、地面に敷かれた石の板による道をなでるファクト。
ドワーフとはなんなのか。
何故こんな場所にいるのか。
そして、ドワーフは協力してくれるのか。
その答えを求めるように、ファクトはゆっくりと歩き出す。
石畳の道を歩く3人と2頭。
「獣道じゃない、手の入った道。むしろどこぞの街より立派よね」
「うん。石畳なんて王都とかその周辺ぐらいだと思うよ」
姉妹が評する通り、足元の石畳による道は立派な物だった。
その敷き詰められた石の板1枚をして、
きちんとした技術を感じるものだった。
恐らくはここを通りドワーフは旅に出、
戻ってくるのだろうとファクトは考えたが同時に疑問も生まれた。
では噂に聞くグランドバの鎖国のような具合はどこから来たのか?と。
その答えになりそうなものは案外早くやってきた。
「! 来たぞ。迎えだ」
(まるでチャリオットだな……馬はいるのか)
視線の先で、遠くからでもわかる陽光を反射する金属の塊。
2頭の馬がそれを引いて、近づいてくる。
近くに来てようやく、乗っているのがドワーフだと3人にもわかった。
どこか整った、ドワーフではあるがイメージよりも
若干細身の引き締まった体。
その表情は真剣ではあるが、敵対しそうなものではなかった。
その表情にファクトは安心しつつもこれからのことで緊張に襲われる。
(思い出せ……あの時どうした?)
ファクトはかつてイベントで訪れたこの場所で
プレイヤーとして何をどうしたかを思い出し、
膝をつくようにしてヒートダガーを両手で持ち、
魔力を注いでその刀身を赤く染め上げる。
対するドワーフの1人が無言のまま荷台から降り、
近づいてくるとファクトの構えたままのヒートダガーを見、
徐に懐から同じような意匠のヒートダガーを取り出し、
刃をファクトの物に触れさせた。
何かが共鳴するような澄んだ音。
鳥のささやきのようにも聞こえる音がしばらく続き、やがて収まる。
ドワーフは満足したように頷き、ドワーフ2人の警戒した気配がなくなる。
その様子に、ファクトの後ろにいた2人と2頭も
脱力したように息を吐いた。
そしてドワーフの1人が何かを語り掛けてくるが、
ファクトは元よりキャニー、ミリーにもその意味はわからない。
正確にはところどころ、聞き取れそうな単語はあるのだが意味ある言葉として
捉えることができないでいた。
「ん? ああ。すまんな。人間にはこちらでないと通じんか」
「迷惑をかける」
原因を悟り、言葉を変えてきたドワーフに短くファクトは答える。
「何、技術なき輩は帰ってもらわないといけないがそうでないなら別だ。
特別に後ろの面々も里に入ることを許そう。
これだけのヒートダガーは最近見ない……うむ、素晴らしいことだ」
ドワーフの感心した様子に、最初から当時の物を使ってよかった、
とファクトは内心焦りながら表には出さずに笑うのだった。
「ようこそ客人。グランドバへ。さあ、まずは長に挨拶をするがいい」
そういって笑うドワーフの顔は強さと、信念を感じさせるものだと
強く、ファクトは感じたのだった。
、