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190「青の盾、赤の槍-7」

フォールヴァル砦の戦いは続いていた。


「状況は」


夕暮れを過ぎ、既に闇が主役となる時間。


魔法の明かりが灯る部屋で数名が険しい顔で向かい合っていた。


「本日は死亡者なし、重傷者13名です」


「死亡者以外に実際に戦線復帰ができないものは100人と少し、か。

 これだけ戦ってむしろ、これですんでいるというべきなのだろうな」


部屋にいる1人、フェンネルが口にするのは自分たちに言い聞かせるような言葉。


ため息交じりの声には後悔も混ざる。


兵士は言うまでもなく、冒険者も場合によって

命を落とす可能性があることは十分承知の上での選択である。


故郷から離れたこの土地で力尽きても、

それは大人としての個人の責任という物だ。


だが、それでも1人1人に人生がある。


自分の運用がもう少し上手ければ、

あるいはもう少し結果が違ったのではないか、と

次の動きを考える時にふとそんな感情が

襲い掛かってくるのをフェンネルは感じていた。


「王子……」


「わかっている。次は1、2日以内には来るだろうからな」


いくら外交と戦いがイコールのような国柄として

戦いの中に過ごしてきた身としても、

犠牲が増えれば暗い気持ちが増えるのは止められない。


だが立ち止まり後ろに戻ることこそ無駄にすることであることもわかっていた。


「物資のほうはどうだ」


「はい。転送門を利用した補給は順調です。同時に負傷者の搬送、

 援軍との前線入れ替えも順調です。全体数は微減ですが、

 戦力的には高い士気による底上げが見込めるかと」


厳しい状況ではあるが、明るい話題もある。


ただ、それもこれも消耗する罠、ポーション類と

配布する武具がいきわたるまでだろうという考えをフェンネルは持っている。


当たり前になってしまうと人は慣れてしまう、と。


目新しい力も、慣れてしまえば刺激がなくなるのだ。


現に戦いにもどこか慣れてきた空気を感じていた。


そうして約一か月の戦いを振り返る。


寄せては引いていく波のような襲撃。


「何故奴らは一気にしかけてこないのだ?」


そう、太陽が頂点に浮かぶ頃襲い掛かり、長くても夕暮れとともに帰るケンタウロス達。


それが不思議でならなかった。


「十分に灰色の部族を確保するのが難しいのだろう。

 実際、王のいない状態では自由気まま、協力する者もいれば

 敵対する者もいるだろうからな」


そんな疑問に答えるのは、細かな傷が増えたロスター。


度重なる戦いに、彼もまた、その勲章ともいえる傷を増やしていた。


彼曰く、灰色の鬣を持つ部族はまさに自由、個人主義だという。


いつ心変わりするかわからない、という点で

仲間として増やしていく、というのが難しいのだと。


それが何度も小分けに襲撃してくる理由の1つであった。


大規模な軍勢を揃え、一気呵成に……というのが困難だということがあるのだ。


そして、人間側とそうして戦えば犠牲も少なくないことも経験から感じ取っていた。


メリット、デメリットが重なる形で、妥協点として今の小規模な襲撃が

増えていることがいくつかの理由から示される。


「夜に攻撃もないのだな。鳥目というわけではないのだろう?」


「うむ。灯りが無ければ厳しいのは確かであるが、苦手というわけでもない。

 ただな……夜は我らの世界ではない」


続いて語られる夜間攻撃のない理由は……デモンウルフの増殖であった。


夜間は狼たちの世界だという。


どこからか黒い狼は湧き出ると己の領土は

闇の限り続くのだと言わんばかりに襲い掛かってくるのだ。


「だったら行けますよ! 王子ならきっと!」


部下からの励ましにも似た声に、

逆にフェンネルの表情は硬くなる。


将来のためには凌ぐだけではだめなのだ、と。


力を付けた、正しくはおとぎ話にあるような

昔のように、力を取り戻し始めた怪物との戦いはここだけではなく、

いつ戦線が増えるかわからない状態では

補給を前提とした長期戦は愚作といえた。


維持と打開、その好循環が必要なのだ。


そのためにも一か所ぐらいははねのける必要がある。


「フェンネル殿、致し方ない」


「うむ。……次の襲撃の際、仕掛ける」


「王子!?」


立ち上がるフェンネルの意志は固い。


それは会議に同席していた軍の幹部や冒険者の代表者にも

そうとわかるレベルの物であった。


本気だ、と。


ケンタウロスにとっての勝利はこちらの殲滅、あるいは制圧。


では人間側はどうか。


いつまでも内地では高級素材と強敵との経験で冒険者も満足はしないだろうという予測もある。


「自信のある兵士、冒険者を集めておけ。

 次に相手の将、ゲイターが出て来たならば一気に首を取る」


静かに、火のついた炭のように

熱くも安定していた戦場で炎が吹き上がる時がやってきた。









「後方20、前13!」


「ライティングを全開で撃つ! 3・2・1!」


暗い草原に閃光が走った。


それは一時だが闇を吹き飛ばし、周囲を全て光の世界に染め上げる。


獣の悲鳴が響く中、気配だけを頼りにすり抜けるように8頭が走る。


そして気配のすべてが後方に抜けたとき、集団の1人が体に満ちる

力を吐き出すように叫んだ。


「舞え、赤き踊り子! バーストボール!」


赤い火球が集団の後方へと出現し、

そのまま動きの止まった影たちへとさく裂する。


広範囲に火球、ファイアボールを放つ中級魔法。


放った魔法使い自身が驚きながら、

自前の杖の先端に付くオプションパーツとしての

変哲もなく見える赤い布を見る。


ただの布に見えるが、実際にはマジックアイテムである。


安くない魔物素材の布に、特定の鉱石を砂にして

薬剤でしみこませている。


本来であればちゃんとした場所で作れば

金貨相当となるかもしれない装備だが、

ファクトにだけ見える数値は確実に減っていた。


彼以外の、足元にわずかに緑色のオーラをまとうケンタウロスも

その足につけられた足環、実際には腕輪だが……も同様に数値が減っている。


ありあわせの材料で、ブースト用の装備を作った

ファクトの手によって一時的だが集団の戦力は上がっていた。


消耗も激しく、恐らく陣地にたどり着くころには

壊れてしまいそうなものではあった。


危険な夜すら駆け抜ける理由はただ1つ。


速くフェンネルらと合流することにあった。


「今から赤の部族の陣地を制圧、浄化するのは無理。

 であるならば仕留めるしかない」


確認するようにファクトがつぶやき、

彼を乗せるケンタウロスもうなずく。


「まさか人間が、いや奴らがそんなことをたくらんでいるとは」


人間すべてで論じようとして、背に乗せた相手を思い出したのか

言い直す律儀なケンタウロスにファクトは微笑みながらも

指折り、とりうる手段を確認していく。


彼らの手には禍々しい物品はない。


1つはサンプルとしてファクトが仕舞い込んだが、

後は全て現地で破壊した。


結果としてルミナスの一団への奇襲からの攻撃はあっさりと終わった。


元より、ルミナスとルミナス以外の国は

実は停戦などはしていない。


たまたま帝国が崩壊し、各国が分裂した際に

小競り合いを起こすような接し方ではなかっただけである。


仮にこの場所でなくても、出会えば戦う関係にあった。


であるのに油断したままの一団が愚かだったのだ。


そんなルミナスの一団が運んでいた物。


それは魅了、幻惑、そういった効果のある物品たちだった。


パッと見は豪勢な調度品、ちょっと部屋を彩る小物、そういったただの物。


だがそれらを1つ、手に取ったファクトが読み取ったアイテム情報には

そんなゲームのような要素のほか、フレーバーテキストとしての部分に

驚くことが記載されていた。


アイテムの登録者に忠誠にも似た感情を抱くという異能。


しかも本人の性格といった者は変わらず、

気が付かないままに信念といったものが

徐々に変質していく、といったようなことだ。


これを部屋に飾るなりひそめておけば影響は言うまでもない。


生き残りのルミナス兵はあっさりと口を割った。


何もできない、と高をくくっていたのだろうとファクトは思う。


あるいは自信の表れか。


とても命惜しさといった感じではなかったからだ。


彼曰く、赤、緑、黄のカラーオーブの場所、

陣地や聖地は既に手遅れだと。


きっかけは神武の発動だったとも。


このまま奴らは天帝様の物だ!


そう叫んだルミナス兵は程なく息絶えた。


怪我でも負っていたかとファクトらが確認するも、

特に外傷はなかった。


だが異様なのはその体。


かなりの強行軍だったのか、衰弱していると言っていい状態であった。


任務のためとはいえ、ここまで命をすり減らす行動を

何人もが行えるという状況。


それはルミナスの異常さ、恐怖をわずかでも感じさせるに十分であった。


「このままなら後二日、すぐだろう」


「頼む。ケンタウロスの足だけが頼りだ」


行きと比べ、乗るというよりしがみつくという様子で

ファクトらを含めて16人は走る。


もしもルミナス兵の言うように、ケンタウロス達が

部族としてではなく、ルミナスのことを優先的に

考えるようになったならば自身の消耗も気にしなくなるだろうと判断だった。


即ち、王子たちが危ない、と。






「おかしい。ゲイターはこんな戦い方は良しとしないはずだ」


フェンネルたちのいるフォールヴァル砦では困惑が広がっていた。


「事実は事実として受け止めねばならないがこれは……」


フェンネルもロスター同様、目の前の光景に困惑を隠せなかった。


漫画的な表現をするならば、顔に一筋の汗が垂れてくるような状態であろう。


これまではどちらかといえば秩序だった形で

知恵を感じる戦い方を仕掛けてきたゲイターら赤の部族。


だが今日は最初からその定石から外れた行動をとってきていた。


仕掛けられた罠をもろともせず、全て踏み砕く勢いで

灰色のケンタウロスらとともに突撃してきたのだ。


偶然にも次の襲撃に勝負をかける予定だった人間側は

その攻撃に耐えるだけの状況にあった。


慌てつつも、各々の攻撃手段により迎撃を始める。


「そんな狂った牛のような突撃なんか!」


思わず漏れ出た冒険者の叫びはその場の他の人間の代弁でもあった。


そんな中、戦場に点在する異形、人狼たちは別の物を感じていた。


敵の向こう側に感じる何かの意志。


それが何かはわからないままに全員が泥沼のように戦いに飲み込まれていく。


戦いの始まりから30分。


戦場に変化が生まれる。


それは光。


黒い、光。


見た目だけは何度も見た覚えのある物だった。


即ち、クリムゾングレイブの発動光。


すぐさまスカーレットホーンでカウンターを仕掛けようとする

フェンネルを制し、ロスターが前に出る。


「あれは何かおかしい。私がやろう」


いうが早いか、黒い光があふれだすと青い光の壁とぶつかった。


不可視の力がぶつかり合う轟音が、一時戦場を止める。


誰もがその光同士のぶつかり合いを目撃していた。


赤いはずの神武、クリムゾングレイブ。


その色が黒い理由もわからぬままにロスターはじわりと後退する。


青い神武、ブルースクリーン。


その神秘の障壁が今、押し込まれていた。


「なんだと……こんな馬鹿な!?」


驚愕に顔を染めながらもロスターは神武の維持をやめない。


本来互角のはずの神武。


だが今は押されている。


10秒ほどの時間が永遠にもロスターには感じられた。


消える2つの光。


今日も凌いだか、そうロスターが思った時だった。


再び、黒い光が立ち上る。


それは2回目の神武の発動の合図に他ならない。


「正気か!? そんなことをしたら体が!」


強力であるがゆえに、神武の発動は1日1回。


それが代償を考えると常識であった。


驚いている間にもゲイターの神武は準備が進んでいく。


遅れ気味に覚悟を決めて自身も神武を発動させようと

ロスターが構えたとき、戦場に、声が響く。


「マテリアルドライブ!」


ケンタウロス達の背後からの叫びは、

なぜか戦場に大きく響いた。


現れる無数の何かと金属音。


それは剣や槍ではなく、鎖であった。


1本だけではなく、半透明の幻想的ですらある鎖が

無数に現れケンタウロス達を縛っていく。


その鎖の手元、すべての鎖を握りしめてファクトは立っていた。


「ここで決めるんだ!」


視線の先では鎖に抵抗しようとするゲイターたちがいる。


彼らを縛るのはフェンリルを縛る足枷の鎖をアレンジし、

基本素材の1つにケンタウロスの鬣を入れたものだ。


『マテリアルドライブ』の効果はあらゆる条件を緩和・解除する。


攻撃スキルであれば使用に必要な媒体の消耗アイテムや

MP、HP、その他までも。


であるならば……必要な素材という条件自体変更してしまえばいい。


本来、狼系統にしか発動しないはずの

戒めの力が赤の部族、灰色の部族を全て拘束し続ける。


だがこれでは倒せない。


それはファクト自身もわかっている。


「むううん!」


それに答えるように空気を切り裂くのは上段に構えられたスカーレットホーン。


フェンネルである。


気合の声とともに一瞬、フェンネルの体が膨らんだ気がした。


「テイヤアアアアア!」


飛び上がり、逆光を背負い気迫とともに振りおろし。


スキル名は叫ばれなかったが、それは紛れもなくスキル。


両手剣中級スキルのスターフォール。


落ちる流星のように剣閃があとから追いつき、

さらなる追撃となる。


そして断末魔すらあげず、赤は2つにわかれた。


戦場は沈黙する。


「……すまん」


「何を謝る。フェンネル殿がやらねば私がやった。それだけのことだ」


呆然と動きを止めるケンタウロス達を見ながら、

フェンネルはそうつぶやき、ロスターもそれに答えた。


戦いは一時の平穏をその手に手繰り寄せていた。

もうすぐ本編ナンバリングが200なんだとようやく気が付いた今日。


なお、フェンネルのスキルはいわゆるサン○イズ斬りです。

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